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【1972年】「ポンという音がして姉が倒れた」白昼のシンガポール、誰も発砲を見ていない

【1972年】「ポンという音がして姉が倒れた」白昼のシンガポール、誰も発砲を見ていない 未解決事件

1972年9月17日の夕方、シンガポールのクイーンズタウン。買い物からの帰り道を妹と並んで歩いていた女性が、大通りの真ん中で突然うずくまった。妹は腹痛だと思い、鞄から薬を取り出した。だが姉はそのまま倒れ、胸から血が広がっていた。銃創だった。人通りのある白昼の路上で、発砲の瞬間を見た者は一人もいない。民間人が銃を手にすること自体がほとんどあり得ない国で、なぜ一発の銃弾が彼女の心臓を貫いたのか。50年以上経ったいまも、その答えは出ていない。

※ クイーンズタウン:シンガポール南西部の地区名。1950〜60年代に整備された同国でも最初期の公共住宅地で、中高層の団地が密集している。

事件の概要

🗓️ 発生日:1972年9月17日

🌫️ 場所:シンガポール・クイーンズタウン地区、コモンウェルス・アベニュー沿いのクイーンズ・サーカス環状交差点付近

👤 被害者:チャン・チーチャン(マレーシア・ジョホール州クルアン出身、縫製工)

🔍 状況:買い物帰りに妹と歩行中、背後から.22口径弾を撃たれて路上に倒れる。発砲を目撃した者はゼロ

🕯️ 発見/結末:搬送先のアウトラム病院(現・シンガポール総合病院)で11時間後に死亡。動機・容疑者ともに未特定のまま

チャン・チーチャンがシンガポールへ渡ったのは1970年のことだった。恋人がすでに3年前からこの街で働いており、縫製工の職が見つかったことが後押しになった。彼女はクイーンズタウン内のタンリンホルトにある団地の一室に落ち着き、のちにきょうだいのうち2人——妹のキムモイともう1人——が同居するようになる。故郷はマレーシア・ジョホール州のクルアン。国境を越えて働きに来た若い縫製工の、ごく静かな暮らしだった。

※ タンリンホルト:クイーンズタウン内の一帯を指す地名。1960年代前半に建てられた公共団地が立ち並び、当時は移住してきた労働者世帯が多く暮らしていた。

※ クルアン:マレー半島南部・ジョホール州の内陸にある町。シンガポールとは州境を挟んで陸続きで、当時から出稼ぎで海峡を渡る人が少なくなかった。

その日、姉妹は近所のショッピングモールで一日の大半を過ごし、徒歩で帰路についた。ルートはコモンウェルス・アベニュー。クイーンズ・サーカスの環状交差点に差しかかったとき、妹のキムモイは「ポン」という軽い音を聞いた。振り返ると、姉が腹を押さえている。薬を差し出そうとした次の瞬間、チーチャンは崩れるように倒れた。集まってきた人だかりに気づいた巡回中のパトカーが彼女を病院へ運んだが、11時間後に息を引き取った。

判明している事実

心臓を貫いたのは.22口径弾
死因が銃創だと分かったのはX線撮影の後だった。弾は左胸の上部から入り、肋骨に当たって跳ね、心臓を貫いていた。撃たれたのは背後から。使われたのが回転式拳銃なのかライフルなのかは、最後まで特定されなかった。.22口径は反動も発射音も小さく、「ポンという音」という妹の証言とも矛盾しない。

※ .22口径:弾丸の直径が約5.6ミリの小口径弾。狩猟や射撃競技で広く使われ、大口径の銃に比べて発砲音が小さいのが特徴。

かみ合わない発射地点の数字
弾道の分析からは「約9メートル(30フィート)先、左30度の角度から」という推定が出た。一方で警察は、現場から約146メートル(160ヤード)離れた16階建ての住宅開発庁団地から飛んできた可能性を検討している。9メートルと146メートル——この二つの数字はそのままでは重ならない。どちらが正しいのか、あるいはどちらも推定にすぎなかったのか、記録からは判然としない。

※ 住宅開発庁(HDB):1960年に設立されたシンガポールの公共住宅公社。同国の団地の大半を手がけており、当時のクイーンズタウンにも高層棟が建ち始めていた。

銃声を聞いた6人
事件後、団地の近くで同じ頃に銃声らしき音を聞いたという届け出が6件寄せられた。ただし「撃つところを見た」という証言は一つもない。捜査では周辺の銃所持許可者から7丁の銃器が押収されたが、いずれも彼女を殺した弾丸とは一致しなかった。

恨みの心当たりは誰にもなかった
家族も恋人も、そして同居していたきょうだいも、彼女に危害を加えたがる人物に心当たりはないと口を揃えた。「妹のキムモイこそが本当の標的で、言い寄ってきた男を最近断ったばかりだった」という噂も流れたが、キムモイ本人がこれを否定している。それでも自分たちが狙われ続けるのではという恐怖から、キムモイともう1人のきょうだいは事件後にマレーシアへ帰っていった。

主な仮説

仮説1:団地からの暴発・流れ弾

もっとも支持が多い見方。誰かが室内で銃を手入れしていて暴発させた、あるいは不用意に窓の外へ向けて撃った——という筋書きである。標的を狙ったにしては口径が小さく、当たり方も偶然めいている。銃声を届け出た6件のうちのどれかが、実は発射元のすぐ近くだった可能性もある。無許可で銃を持っていたなら、名乗り出るはずもない。

仮説2:走行中の車からの発砲

約9メートル・左30度という弾道推定と素直に噛み合うのは、高層階よりむしろ路上の高さだ。通りかかった車の中から撃たれたのなら、姉妹のすぐ背後という距離感も、誰も撃つ人物を目撃していないことも説明がつく。ただし当時のコモンウェルス・アベニューは人通りのある大通りで、車から銃口が出れば誰かが気づいてもおかしくない。

仮説3:標的違いの狙撃

警察は、犯人がショッピングモールから姉妹を尾行してきた可能性も検討していた。ただし本命はチーチャンではなく妹だった、という噂は本人が明確に否定している。雇われた実行犯という説も当時から語られたが、それを裏づける動機も金の流れも、ついに一つも出てこなかった。

仮説4:完全な無差別

そもそも「誰かを狙った弾」ではなかった、という考え方。動機を探すこと自体が出口のない作業で、たまたまその時刻にその場所を歩いていたことだけが不運だった——という、もっとも救いのない仮説である。

海外の反応

1. 謎の名無しさん
やりきれない話だ。個人的には、団地の誰かが銃を不用意に扱っていて、当たったことに気づかなかったか、気づいたけど名乗り出られなかっただけだと思う。悪意より無責任のほうが、こういう死に方をずっとよく説明する。

2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
昔、当時の彼氏から聞いた話がある。友人が部屋で銃をいじっていて暴発させ、弾が壁を抜けて隣の部屋まで飛んだ。幸い誰も当たらなかったが、警察が来る前に銃を袋に詰めて別の友人に持ち出させていた。アメリカでの話だけど、銃がある場所ならどこでも起きることだと思う。.22で距離もあるとなると、狙って撃たれたとは考えにくい。銃声を届け出た人たちの中に、発射元の部屋の住人が紛れていた可能性すらある。

3. 謎の名無しさん(>>2への返信)
それで思い出したのが、テキサスで石油関係の仕事をしていた男性が、隣の部屋で銃をふざけて扱っていた連中の弾に壁越しに撃たれて死んだ事件。入射角があまりに妙で、しばらく銃創だと分からなかったらしい。壁の弾痕も目立たない場所にあって見落とされていた。読み物として本当に面白かった。

4. 謎の名無しさん(>>3への返信)
バニティ・フェアの「The Body in Room 348」だよね。懐かしくなって探し直して読み返してきた。何度読んでも唸る。担当した私立探偵の執念が異常で、あの角度をよく突き止めたと思う。逆に言えば、あれくらい執拗に追わないと「暴発の流れ弾」は真相にたどり着けないということでもある。

5. 謎の名無しさん
そもそも無許可で持っていたから名乗り出られなかった、という線もあるんじゃないか。正規の許可を持っていたなら、事故として届ける選択肢もあったはずだ。表に出せない銃だったなら、黙って処分して一生口をつぐむほうが合理的になってしまう。

6. 謎の名無しさん(>>5への返信)
ただ、許可があっても安全な取り扱いを怠って人を死なせたなら普通に罪に問われるよ。現地の法律には詳しくないけど、過失致死にあたる話だと思う。遺族から訴えられる可能性もある。許可の有無にかかわらず、名乗り出るのが怖い状況だったのは変わらない。

7. 謎の名無しさん(>>6への返信)
許可の話が出てくるのは、警察が周辺の許可所持者から銃を集めて弾丸と照合し、7丁とも一致しなかったからだよ。つまり「登録されている銃ではなかった」ところまでは分かっている。そこから先が真っ暗というわけ。

8. 謎の名無しさん
この小さな島の事件がここで取り上げられるのは珍しい。ありがとう。祖父母が70年代にクイーンズタウンの近くに住んでいて、祖父がこの件を話していたのを子どもの頃に聞いた記憶がある。自分が生まれた90年代後半以降のシンガポールに銃文化なんてものは存在しないので、チーチャンの事件を知ったときは同じ国の話とは思えなかった。

9. 謎の名無しさん(>>8への返信)
自分も当時の銃の普及具合には驚いた。記事の一つに、あの頃は許可を持っている個人が5,000人ほどいて、その多くは射撃クラブの会員だったと書いてあった。人口比で見れば微々たる割合だけど、想像していたよりはずっと多い。今の感覚で当時を測ると読み違えるということだと思う。

10. 謎の名無しさん
静かに暮らしていた人だったという記述を読むと、やはり偶発的な事故だった可能性が高い気がする。恨みを買う人生を送っていない人が、白昼の路上でいきなり撃たれる理由なんてそう多くない。せめて残された人たちが、いつか何が起きたのかを知れますように。

11. 謎の名無しさん
警察が最初「撃たれた」と気づかなかった事例は、イギリスでもゼロではない。すぐに二件は思い浮かぶ。小口径だと外傷が小さく出血も派手にならないことがあるから、倒れた人を見ても発作や急病を疑うほうが自然なんだよ。妹さんが腹痛だと思ったのも、まったく不自然じゃない。

12. 謎の名無しさん
妹のキムモイのことを考えるとつらい。隣を歩いていた姉が急にうずくまって、腹痛だと思って薬を出そうとしたら胸から血が出ていた。その数秒間の記憶を一生抱えて生きることになったわけで。しかも「本当は自分が狙われた」という噂まで立てられて、国を離れざるをえなかった。

13. 謎の名無しさん
気になるのは距離の話が最後まで噛み合っていないこと。弾道推定では9メートル先からとされ、警察は146メートル離れた団地を疑っていた。同じ一発の弾について語っているのに、この開きは大きすぎる。どちらかが早い段階の見立てで、後から上書きされたのに記録だけ両方残っているのでは。

14. 謎の名無しさん(>>13への返信)
1972年の弾道推定なんて今の精度とは比べものにならない。肋骨に当たって跳ねている時点で、入射角から発射位置を逆算するのはかなり乱暴な作業になる。9メートルという数字は「至近距離ではない」程度の意味しかなかった可能性もあるし、団地説のほうが後付けの当て推量だった可能性もある。

15. 謎の名無しさん
16階建ての建物から撃ったのなら、弾は明確に上から下へ向かうはずだ。ところが彼女は左胸の上部を背後から撃たれて、弾は肋骨で跳ねている。高所から見下ろす角度の弾道としては素直じゃない。地上に近い高さから撃たれたと考えるほうが、傷の位置とは整合する気がする。

16. 謎の名無しさん
雇われた実行犯という説は当時から出ていたようだが、これは一番苦しいと思う。縫製工として静かに働いていた女性を消すために金を払う人間がいるなら、動機の痕跡がどこかに残る。恋愛、借金、身内の揉め事、何でもいい。50年掘って何も出ないのは、最初から無かったからだ。

17. 謎の名無しさん(>>16への返信)
その理屈には一応の反論もできる。.22口径は音が小さく携行しやすいので、近距離で狙う手口ではむしろ定番だった時代がある。「小口径だから素人の事故」と決めつけるのも早い。もっとも、この件は背後からの一発で終わっていて、確実に仕留めにいった撃ち方には見えないのも確かだけど。

18. 謎の名無しさん
車からの発砲説は個人的にかなり厳しいと思う。買い物客が行き交う夕方の大通りで、窓から銃を出して撃って、誰一人として見ていないというのは無理がある。音を聞いた人は6人もいるのに、誰も車を見ていないというのが逆に不自然だ。

19. 謎の名無しさん
跳弾の可能性は検討されたんだろうか。壁でも道路でも標識でも、硬いものに一度当たった弾は角度も速度も変わる。そうなると発射位置の逆算はほぼ意味をなさない。彼女の体内でも肋骨で跳ねているくらいだから、体に入る前にもう一度跳ねていた可能性はある。

20. 謎の名無しさん
祝砲みたいに空へ撃った弾が落ちてきた、という説明も一瞬考えたが、これは合わないと思う。落下してきた弾はほぼ真上から来るので、頭や肩に当たるのが普通だ。背後から左胸の上部というのは、明らかに水平に近い方向から飛んできた弾の入り方だ。

21. 謎の名無しさん
たしか同じ事件を扱った番組を見た記憶がある。こういうことが実際どれくらい稀なのか、ずっと気になっている。感覚としては、もっと頻繁に起きていてもおかしくない気がするんだけど。

22. 謎の名無しさん(>>21への返信)
実際は言われているほど稀じゃないと思う。ただ、当たったのが人ではなく壁や車や木だった場合、そもそも事件にならないから統計に残らない。誰にも当たらなかった流れ弾のほうが圧倒的に多いはずで、彼女の件はその中でたまたま最悪の結果になった一発だったということ。

23. 謎の名無しさん
当時の新聞がデジタル化されて誰でも読めるようになっているのがすごい。半世紀前の記事に、目撃者の届け出や押収された銃の数まで残っている。こういうアーカイブがあるから、地元の人以外でもこの事件を追える。逆にそれだけ記録があって、なお何も分からないというのが重い。

24. 謎の名無しさん
70年代前半のクイーンズタウンは、地方から出てきた人や海峡を渡ってきた人が入り混じって暮らしていた時期だ。同じ棟に誰が住んでいるかも把握しきれないような場所で、一発の銃声の出どころを特定するのは、今考えても相当きつい捜査だったと思う。

25. 謎の名無しさん
「妹こそが本当の標的で、言い寄られて断った男がいた」という噂の扱いが気になる。本人が否定しているのに、いまだにこの話が事件の説明として持ち出される。若い女性が撃たれた事件に、誰かが後から物語をあてはめたがるいつものパターンにしか見えない。

26. 謎の名無しさん(>>25への返信)
とはいえ、否定したからといって無かったことにはならないのが難しいところ。姉が自分のせいで死んだかもしれないと思われる状況で、それを認められる人はそう多くない。噂を鵜呑みにするのも、否定を額面通り受け取るのも、どちらも危うい。結局この線は検証しようがないまま残った。

27. 謎の名無しさん
事件のあと、残されたきょうだいがマレーシアへ帰ったという一行がいちばんこたえる。姉が死んだ場所に住み続けられず、次は自分かもしれないと思いながら国境を越えたわけで。その後の人生でこの件がどう語られたのか、あるいは一切語られなかったのか、想像するしかない。

28. 謎の名無しさん
現代の技術で再検証できないんだろうか。摘出された弾丸が保管されていれば、旋条痕の解析は当時よりはるかに精密にできる。押収された7丁のうち何丁かが今も証拠品として残っていれば、当時の照合が本当に正しかったのかを確かめることはできるはずだ。

29. 謎の名無しさん(>>28への返信)
それができれば理想だけど、50年以上前の証拠品が残っている可能性はかなり低いと思う。未解決のまま担当者が代替わりし続けた事件では、物証が失われたり廃棄されたりするのは珍しくない。弾が現存しているかどうかを確認するところが、そもそも最初の壁になる。

30. 謎の名無しさん
結局この事件がいちばん怖いのは、犯人像がまったく描けないことだと思う。恨みも金も痴情も出てこない。悪意すら存在しなかったかもしれない。買い物袋を提げて歩いていただけの人が、誰の意図ともつかない一発で死んだ。それが50年間そのまま置かれている。

未解決の謎

チャン・チーチャンの死をめぐって、確かなことは驚くほど少ない。分かっているのは、彼女が背後から.22口径弾で撃たれ、その弾が肋骨で跳ねて心臓を貫き、11時間後に息を引き取ったという事実だけだ。撃った人物も、撃たれた理由も、弾が飛んできた場所さえ確定していない。

捜査が行き詰まった原因ははっきりしている。目撃者がいないのだ。銃声を聞いたという届け出は6件あったのに、誰も発砲の瞬間を見ていない。周辺の許可所持者から集めた7丁はいずれも一致せず、そこで手がかりの糸は切れた。「登録された銃ではなかった」という結論は、裏を返せば追う先がどこにもないという意味でもある。

もっとも筋が通るのは、やはり誰かの不注意による一発だろう。悪意ではなく無責任、狙撃ではなく暴発。そう考えれば、動機が一つも出てこないことも、犯人が名乗り出なかったことも説明がつく。ただしその仮説も、9メートルと146メートルという噛み合わない距離の推定を解消してはくれない。

50年以上が過ぎ、当時の捜査員も証言者も、その多くはもういない。それでも記録は残っている。買い物帰りの夕方、大通りを妹と並んで歩いていた縫製工の女性が、誰の意図とも知れない一発で命を落とした——その一行だけが、答えのないまま今も残されている。

出典:r/UnresolvedMysteries 元スレRemember Singapore: The Queenstown Shooting

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