2017年、米ニューメキシコ州の人口300人足らずの小さな集落で、亡くなった元教師の家の遺品整理が行われた。家財を買い取った骨董店が店内に1枚の抽象画を飾ると、客たちが次々に「デ・クーニング※の作品ではないか」と言い出す。調べてみると、それは1985年、開館直後のアリゾナ大学美術館から盗まれ、30年以上行方がわからなかった名画『Woman-Ochre』※だった。推定価値は1億〜1億6000万ドル。日本円にすれば100億円をゆうに超える絵が、夫婦の寝室のドアの裏にひっそりと掛けられていたのである。
※ ウィレム・デ・クーニング:オランダ出身で米国で活躍した画家(1904〜1997年)。抽象表現主義を代表する一人で、荒々しい筆づかいで女性像を描いた連作でも知られる。
※ 『Woman-Ochre』:デ・クーニングが1955年に描いた油彩画。題名は「女・黄土色」ほどの意味。本記事では原題で表記する。
家の持ち主だったジェリーとリタのアルター夫妻は、ニューヨークの学校で音楽教師と言語聴覚士をしていた、ごく普通に見える夫婦だ。ところが、盗難当日に目撃された男女の特徴は二人と一致するとされ、2024年には同じ遺品から別の美術館の盗品がさらに2点見つかった。この夫婦はいったい何者だったのか。二人を知る人たちでさえ、はっきり答えられずにいる。
事件の概要
🗓️ 発生日:1985年11月29日の朝(盗難)/2017年(発見)
🌫️ 場所:アリゾナ州ツーソンのアリゾナ大学美術館(盗難)/ニューメキシコ州クリフのアルター夫妻宅(発見)
👤 人物:ジェリー・アルター(1930〜2012年、元音楽教師)とリタ・アルター(1935〜2017年、元言語聴覚士)。いずれも故人で、罪に問われたことはない
🔍 状況:開館して間もない美術館に男女2人組が現れ、警備員の気をそらしている間に絵を額縁から切り取って持ち去ったとされる
🕯️ 現状:『Woman-Ochre』はアリゾナ大学美術館に戻ったとされる。同じ遺品から特定された別の盗品2点も、2025年5月にFBIからタオスのハーウッド美術館へ返還されたと報じられた
舞台となったクリフは、ニューメキシコ州南西部の町シルバーシティから約48キロ離れた、人口300人に満たない集落だ。そのシルバーシティは、芸術家や美術愛好家が多く暮らす町として知られている。
ハーマン・ジェローム(通称ジェリー)・アルターと、旧姓シノフスキーのサラ・リタ・アルターは、かつてニュージャージー州クロスターに住み、ニューヨークのマンハッタンへ通勤していた。ジェリーはプロのジャズ奏者でもあり、公立学校で音楽を教えていた。リタは言語聴覚士だった。元スレによれば、ジェリーは昇進を見送られたことをきっかけに勤め先を離れ、1977年、47歳で早々に引退した。夫妻はこの年にクリフの土地を買い、約160平方メートルの平屋を建てた。資金はリタの母親の遺産だったとされる。
夫妻と絵をめぐるこの一件は、2022年に米国のドキュメンタリー映画『The Thief Collector』※にもなっている。
※ 『The Thief Collector』:アルター夫妻と『Woman-Ochre』をめぐる経緯を、関係者への取材で追ったドキュメンタリー。本記事では原題で表記する。
判明している事実
寝室のドアの裏に掛けられていた抽象画
2017年6月にリタが亡くなると、遺産の整理にあたった甥が、シルバーシティの家具・骨董店「マンザニータ・リッジ」に家財を見てほしいと依頼した。家を訪れた店のデヴィッド・ヴァン・オーカー氏は、夫妻の寝室のドアの裏という妙な場所に掛けられた1枚の絵に目を留める。店は家財を買い取り、この絵も店内に飾った。すると、芸術家の多い町らしく、何人もの客がすぐに「デ・クーニングだ」と気づいた。少なくとも1人は、その場で20万ドル(日本円で数千万円)で買いたいと申し出たという。
店のトイレに隠し、FBIの到着を待った数日間
20万ドルという申し出にただごとではないと察したヴァン・オーカー氏は、店で唯一鍵のかかるトイレに絵を隠してデ・クーニングについて検索し、1985年にツーソンのアリゾナ大学美術館から盗まれた『Woman-Ochre』だと知る。元スレの投稿者によれば、同氏はすぐに美術館へ電話し、学芸員のオリビア・ミラー氏と1時間近くかけて、寸法やひび割れまで照らし合わせた。数日後にFBIフェニックス支局の捜査官と、ミラー氏率いる美術館のチームが到着して正式に『Woman-Ochre』と確認するまで、同氏は自宅のソファの裏に絵を隠し、ライフルを手に「怖くてたまらない」思いで眠れない夜を過ごしたとも伝えられる。絵はその後修復され、ロサンゼルスのJ・ポール・ゲティ美術館での展示を経て、2022年にアリゾナ大学美術館へ戻ったと報じられている。
1985年、感謝祭明けの朝に消えた名画
絵が盗まれたのは1985年11月29日、感謝祭※の翌日の朝だった。開館して間もない美術館に男女2人組が現れ、女が警備員に話しかけて気を引いている間に、男が展示室へ向かい、絵を額縁から刃物で切り取った。2人はわずかな時間で立ち去り、後には額縁だけが残されていたとされる。犯人は捕まらず、事件は30年以上未解決のままだった。目撃された2人組の特徴は、当時50代だったアルター夫妻と一致すると報じられている。夫妻の住むクリフからツーソンまでは、車で数時間の距離である。
※ 感謝祭:米国の祝日で、11月の第4木曜日。翌日の金曜日も休んで連休にする人が多い。
早すぎる引退、145か国の旅、100万ドル超の預金
引退後の夫妻は旅に明け暮れ、145か国を訪れて北極と南極にまで足を延ばした。リタが亡くなった時点で、銀行口座には100万ドル以上が残っていたという。元スレが投稿された2024年3月の時点で、FBIはこの件について多くを語っておらず、夫妻がほかの盗難事件で疑われているのか、共犯者がいたのかは明らかになっていない。
同じ遺品から盗品がさらに2点、約40年ぶりの返還
2024年2月、カリフォルニア州の作家ルー・シャクター氏が、夫妻の遺品に含まれていた絵のうち2点も盗品だったと突き止めたことが発表された。ジョセフ・ヘンリー・シャープの『Indian in a War Bonnet』(羽根冠をかぶった先住民の絵)と、ヴィクター・ヒギンズの『Fall Landscape』(秋の風景)で、いずれも1985年にニューメキシコ州タオス※のハーウッド美術館から盗まれていた。ネットでこの事件を知ってのめり込んだシャクター氏が、遺品の目録を米南西部の盗難美術品のデータベースと1点ずつ突き合わせて見つけ出したものだ。報道によれば、2点は夫妻の死後に遺品の一部として非営利団体へ寄付され、2018年に競売にかけられていた。ハーウッド美術館は2024年にこの件をFBI(サンタフェの美術犯罪担当)に託し、FBIが2点の所在を突き止めた。そして2025年5月、2点は盗難から約40年ぶりにハーウッド美術館へ返還されたと報じられている。
※ タオス:ニューメキシコ州北部の町。20世紀初めから画家たちが集まった芸術家の町として知られ、シャープとヒギンズもこの地で活動した。
主な仮説
仮説1:アルター夫妻自身が盗み出し、30年以上寝室に飾っていた
最も有力視されている見方だ。盗難当日に目撃された男女の特徴は夫妻と一致するとされ、絵は寝室の、ドアを閉めたときにしか目に入らない場所に掛けられていた。自分たちだけで眺めるにはうってつけの位置だ。さらにジェリーは、亡くなる前年の2011年に短編集『The Cup and the Lip: Exotic Tales』を出している。収録作の「ジャガーの目(The Eye of the Jaguar)」は、中年の女と14歳の孫娘が美術館で展示品のエメラルドについて警備員に尋ね、半年後に再び訪れて急ぎ足で去ると、エメラルドが消えていたという話だ。物語は、誰もいない部屋のエメラルドと、それを見る「ふた組の目だけ」の描写で終わる。2018年の米紙ワシントン・ポストによれば、ジェリーは序文で収録作を「現実と空想の混ぜ合わせ」と書いていた。ただし夫妻は生前にこの件で罪に問われておらず、本人たちの口から語られた事実は何もない。
仮説2:盗みには関わらず、盗品を手に入れていただけ
夫妻は実行犯ではなく、盗まれた絵を誰かから買い取ったり預かったりしていただけ、という見方もある。盗難と夫妻を直接結びつける決定的な証拠は公表されておらず、この可能性を完全には消せない。だが、同じ家から別の美術館の盗品がさらに2点見つかったことで、この説はかなり苦しくなった。偶然にしては重なりすぎる、というのが大方の見方である。
仮説3:ほかにも盗みを重ねていて、まだ見つかっていない盗品がある
47歳での引退、145か国に及ぶ旅、100万ドルを超える預金。元教師の夫婦にしては余裕がありすぎるとして、各地で美術品を盗んで売り、暮らしを支えていたのではないかと考える人は多い。旅先でよく美術館に立ち寄っていたとも報じられている。3点のうち2点が、寄付と競売を経て人手に渡ったあとで盗品と気づかれたことも、同じような品がまだどこかに埋もれているのでは、という見方を後押ししている。一方で、夫妻は長年学校に勤め、母親の遺産も受け継いでいた。田舎で質素に暮らしていれば、蓄えや遺産で旅費をまかなえた可能性もある。
仮説4:ガードナー美術館事件など、ほかの大事件にも関わっていた
ネット上では、1990年にボストンで起きたイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館盗難事件※にまで夫妻を結びつける声がある。しかし、ガードナー事件の犯人は警官に変装した男2人組とされ、男女2人組による1985年の手口とは異なる。事件当時、ジェリーは60歳前後、リタも50代半ばだった。今のところ夫妻との接点を示すものは何もなく、推測の域を出ない。
※ イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館盗難事件:1990年3月18日、警官に変装した2人組がボストンの同美術館に入り込み、レンブラントの『ガリラヤの海の嵐』など13点を奪った事件。米国史上最大の美術品盗難とされ、今も解決していない。
海外の反応
1. 謎の名無しさん
亡くなったリタおばさんとジェリーおじさんの家を片づけていたら、二人がプロの美術品泥棒だったと判明する。親戚としてはどんな顔をすればいいのか。
2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
しかも学校の言語聴覚士と音楽の先生で、住まいはニューメキシコの小さな集落の平屋。こんな二人を疑えというほうが無理だよ。
3. 謎の名無しさん
盛り上がっているところ悪いけど、アルター夫妻は生前に取り調べも裁判も受けていない。目撃された男女と特徴が似ていて、家から絵が出てきた。確実なのはそこまでで、「プロの泥棒」と言い切るのはまだ早いと思う。
4. 謎の名無しさん
亡くなる前の年にジェリーが出した短編集が、気になって仕方ない。中年の女と孫娘が美術館に下見に来て、半年後にまた現れたら展示品のエメラルドが消えている、なんて話が入っているんだ。これで無関係と言われても信じられない。
5. 謎の名無しさん(>>4への返信)
作家としての腕前はともかく、美術品泥棒としては一流だったってことか。手口を下敷きにしたような話を堂々と出版するあたり、よほど自信があったんだろうな。
6. 謎の名無しさん
ジェリー本人が序文で「現実と空想の混ぜ合わせ」と書いているのが、いちばんたちが悪い。どこまでが本当なのか、読む側は勝手に想像するしかないんだから。本人がいない今となっては、確かめようもない。
7. 謎の名無しさん(>>6への返信)
でも、小説の筋書きを証拠みたいに扱うのは危ないと思う。物騒な話を書く作家がみんな犯罪者なら、本屋の棚は犯罪者だらけになる。短編集は状況をそれらしく見せる材料にはなっても、それ以上のものではないよ。
8. 謎の名無しさん
投稿者によると、現物を見た学芸員はその場でひざから崩れ落ちたらしい。電話で1時間近く細部を確かめていても、本物を前にしたら別格だったんだろう。美術館が32年待ち続けた絵だもの。
9. 謎の名無しさん
1990年3月、ボストンのガードナー美術館が襲われたとき、アルター夫妻はどこにいたのか。ボストンの人たちなら、今すぐにでも知りたいはずだ。
10. 謎の名無しさん(>>9への返信)
正直、頭をよぎった。冗談半分でガードナー事件の犯人の似顔絵とジェリーの写真を見比べたら、突き出たあごのあたりがけっこう似ていた。まあ、まさかとは思うけど。
11. 謎の名無しさん(>>10への返信)
似顔絵が似ているくらいで疑ったら、世の中のおじさんの半分は容疑者だよ。ガードナー事件の犯人は警官に変装した男2人組とされているし、1990年のジェリーはもう60歳前後。手口もまるで違う。
12. 謎の名無しさん
シルバーシティに住んでいる者だけど、このニュースを聞いたとき、友だちに真っ先に言ったのは「これは強盗映画になるぞ」だった。まさか地元の骨董店が舞台になるとは。
13. 謎の名無しさん
若い頃の夫妻の写真を見たら、びっくりするくらい華やかな二人だった。元教師の地味な老夫婦という印象とはまるで違う。ハリウッドが伝記映画にしないのが不思議なくらいだ。
14. 謎の名無しさん
個人的には、20万ドル出すと言った客のほうが気になる。ドキュメンタリーに少し出てくるけど、車で寝泊まりする暮らしなのにそれだけの蓄えがあって、買ったら倉庫にしまうつもりだったらしい。あの人の半生のほうが謎だよ。
15. 謎の名無しさん
20万ドルに飛びつかず、まず絵をトイレに隠して検索したヴァン・オーカーさんが本当にえらい。あそこで売っていたら、絵は誰かの倉庫に消えて二度と出てこなかったかもしれない。
16. 謎の名無しさん
で、結局見つけたお店は謝礼をもらえたの? 20万ドルの申し出に応じず、美術館に返したのに何ももらえなかったとしたら、切なすぎる。
17. 謎の名無しさん(>>16への返信)
盗品は見つけた人のものにはならないからね。売ることもできないし、美術館が懸賞金でもかけていない限り、たぶん何ももらえない。それでも返したんだから立派だよ。
18. 謎の名無しさん
1回目の盗みでここまで手際よくやれるとは思えない。それに、絵そのものが好きで盗んだ感じもしないんだよな。二人の人生を追った本が出たら、発売日に買うと思う。
19. 謎の名無しさん(>>18への返信)
絵が好きじゃなかった、は違うと思う。1億ドルの絵を売りもせず、30年以上も寝室に掛けて眺めていたんだから。旅先ではよく美術館に寄っていたらしいし、家の中も外も絵や彫刻、タペストリーだらけだったと記事で読んだ。
20. 謎の名無しさん
2024年の2点って、最初は何の話かわからなかった。遺品の目録を1点ずつ盗難美術品のデータベースと照らし合わせたなんて、その執念には頭が下がる。一般の作家が見つけたというのもすごい。
21. 謎の名無しさん
夫妻は盗品を買っただけ、という見方もあるにはある。でも、別の美術館の盗品がさらに2点出てきた時点で苦しい。未解決事件の盗品ばかりが偶然3点も集まる家なんて、普通はないよ。
22. 謎の名無しさん
どこかに誰にも知られていない貸し倉庫があって、まだ盗品が眠っているんじゃないか。145か国も回った夫婦なら、国の外に何か残していても不思議じゃない。
23. 謎の名無しさん(>>22への返信)
そんな倉庫があったら、とっくに見つかっていると思う。アメリカの貸し倉庫は賃料が止まれば中身が競売にかけられるから、誰かが開けた時点で大ニュースになっているはず。
24. 謎の名無しさん
引退した元教師の口座に100万ドル以上って、どうして誰にも怪しまれなかったんだろう。しかもそれは世界中を旅したあとの、亡くなった時点の残高でしょ。
25. 謎の名無しさん(>>24への返信)
銀行は思うほど細かく見ていないよ。現金でなければ、投資の利益か相続か区別がつかない。目をつけられるのは、多額の現金を持ち込む人か、届け出の基準額を下回るようにわざと分けて入金する人くらい。
26. 謎の名無しさん(>>24への返信)
そもそも100万ドルってそんなに不自然かな。夫婦とも長く学校に勤めて、母親の遺産も入り、田舎で質素に暮らしていたなら、何十年もかけて貯まってもおかしくない。盗みの稼ぎと決めつけるのは早いよ。
27. 謎の名無しさん
1980年代だから通用した手口だよね。感謝祭明けの開館直後、警備員の気をそらした隙に1億ドルの絵を額縁から切り取るなんて。当時の警備が甘すぎたとしか言いようがない。
28. 謎の名無しさん(>>27への返信)
その反省もあってか、アリゾナ大学美術館は感謝祭の翌日を休館にするようになったと聞いた。あの朝のことは、それだけ重く受け止められているんだろうな。
29. 謎の名無しさん
ドナ・タートの小説『ゴールドフィンチ』を思い出した。美術館から持ち出された名画を、主人公が誰にも言えないまま何年も隠し持つ話。まさか現実に、それを夫婦でやっていたかもしれない人たちがいたとは。
30. 謎の名無しさん
ロマンのある話だけど、もし本当に夫妻が盗んだのなら、二人は誰にも明かさないまま亡くなったことになる。店の人が気づかなければ、絵は歴史に埋もれていた。美術館からすれば30年以上奪われ続けたわけで、手放しでは面白がれない。
未解決の謎
盗まれた3点の絵は、いずれも美術館に戻った。それでもこの事件を「解決した」と言い切れないのは、答えを知っているはずの二人がすでにこの世にいないからだ。夫妻は罪に問われることのないまま亡くなり、絵が見つかったのはその後だった。1985年のあの朝、美術館に現れた2人組が本当に夫妻だったのか、法廷で確かめられる機会はもうない。
いちばん大きな謎は、ほかにも盗んだ作品があるのかどうかだ。2点目と3点目の絵は、夫妻の死後に寄付され、競売で人手に渡ったあとになって、一人の作家が目録を丹念に照らし合わせてようやく盗品だと気づかれた。裏を返せば、同じように散らばった品の中に、まだ誰にも気づかれていない盗品が残っていても不思議ではない。145か国に及ぶ旅が、ほかの盗みと結びついていたのかもわかっていない。
動機や手口にも答えは出ていない。1億ドルを超える絵を売ろうともせず、なぜ30年以上も寝室のドアの裏に掛け続けたのか。初めから眺めるためだったのか、有名すぎて売るに売れなかったのか。夫婦2人だけでやったのか、手を貸した者がいたのか。早すぎる引退と世界中を巡る旅、100万ドルを超える預金は、教師夫婦の蓄えと遺産だけで説明がつくのか。そして、ジェリーが亡くなる前年に世に出した「ジャガーの目」は、ただの空想だったのか、半ば告白のつもりだったのか。
ニューヨークの学校で働き、ニューメキシコの小さな集落で老後を送った夫婦は、周りの人にとってもつかみどころのない存在だったようだ。絵がすべて持ち主のもとへ帰った今も、「アルター夫妻とは何者だったのか」という問いに答えられる人はいない。
出典:r/UnresolvedMysteries 元スレ / azcentral「Who were Jerry and Rita Alter?」 / The Washington Post / Silver City Daily Press

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