「うちのしつけ」で途切れた10年、児童相談所が保護した三女をなぜ大人たちは見失ったのか

「うちのしつけ」で途切れた10年、児童相談所が保護した三女をなぜ大人たちは見失ったのか 未解決事件

2014年10月1日の未明、北海道南幌町の住宅で、71歳の祖母と47歳の母が亡くなった。逮捕されたのは同居していた高校2年の三女、当時17歳。成績のよい生徒だった。家庭裁判所はのちに、三女が祖母と母から虐待を受けていた事実を認める。

犯人が分からない事件ではない。残っている問いは別にある。10年前に児童相談所が一度は保護していた子どもを、なぜ大人たちは見失ったのか。海外の掲示板で千を超える支持を集めたこの事件を、日本の報道と裁判の記録をもとにたどる。三女の特定につながる情報と、虐待や事件の具体的な描写は載せない。

事件の概要

🗓️ 発生日:2014年10月1日未明

🌫️ 場所:北海道南幌町(札幌市中心部から東に約25キロの住宅街)

👤 関係者:祖母(当時71)、母(当時47)、三女(当時17・高校2年)、長女(当時23)

🔍 状況:三女が就寝中の母と祖母を殺害。当初は強盗に見せかけられていたが、同日中に逮捕された

🕯️ 結末:三女は医療少年院送致。長女は殺人幇助で懲役3年・執行猶予5年の判決が確定

事件当時、この家で暮らしていたのは祖母、母、長女、三女の4人だった。両親は10年ほど前に離婚し、次女は父と暮らしていた。朝日新聞の裁判報道によると、祖母と母は三女が幼いころから虐待を続けていた。祖母に従順だった長女が虐待を受けることはほとんどなかったという。

三女の少年審判に提出された家裁調査官の報告書には「壮絶な虐待」と記されていたと、朝日新聞は伝えている。中身は長女の法廷証言などで明らかになっているが、この記事では繰り返さない。外から見えていたのは、もっと断片的な姿だった。近所の人たちは、三女が一人で草むしりや雪かきをする様子を見ている。付添人の弁護士によると、高校入学後は暖房設備のない敷地内の建物で生活させられていた。見かねた住民が意見しても、祖母は「うちのしつけ」と受け入れなかったという。

※注:毎日新聞の報道によると、南幌町に隣接する江別市の1月の最低気温の平均は氷点下12.3度。

判明している事実

事件当夜と逮捕
仕事から帰宅した長女が通報し、家の中が荒らされていたことから、当初は強盗も疑われた。しかし三女は事情を聞かれるなかで関与を認め、1日のうちに逮捕された。長女も帰宅後に事件を知り、証拠を隠す行動に加わっていた。三女は調べに対し、「しつけが厳しかった」と話している。

2004年の一時保護と指導の打ち切り
小学校入学を控えた2004年2月ごろ、三女は頭に重傷を負い、病院からの通報で児童相談所に一時保護された。朝日新聞によると、けがの原因は祖母だった。ところが三女は母のもとに戻され、児童相談所は家庭訪問による指導を続けたものの、対象は祖母ではなく母だった。祖母による虐待の発覚を嫌った母の指示で、三女が「母からやられた」とうそをつき、児童相談所がそれを信じたためとみられる。同年11月、児童相談所は「必要がなくなった」として指導を打ち切り、以後は通報もなく関わりが途絶えた。

家庭裁判所の決定
2015年1月21日、札幌家裁は三女を医療少年院※に送る決定をした。三女に完全な責任能力があったと認め、結果は極めて重大で計画性もあり、原則として検察官送致※すべき事案とした。そのうえで、虐待の事実が経緯や動機に影響しているとし、精神状態や年齢を考えると刑事処分は相当でないと判断した。長年の虐待による心的外傷後ストレス障害(PTSD)も認定している。

※ 医療少年院:心身に治療が必要な少年を収容し、医療と矯正教育を行う施設。2015年施行の現在の少年院法では第三種少年院にあたる。

※ 検察官送致:家庭裁判所が事件を検察官に送り返し、大人と同じ刑事裁判にかける手続き。逆送とも呼ぶ。16歳以上が故意に人を死なせた場合はこれが原則で、朝日新聞によると医療少年院送致は約2%にとどまる。

長女の裁判
三女に頼まれて睡眠導入剤と手袋を用意したとして、長女は殺人幇助の罪で起訴された。2016年2月の札幌地裁の裁判員裁判で、長女は「二人を殺害してほしくないと思っていました。でも、彼女の願いをかなえることが自分のできることだと思いました」と述べた。26日、懲役3年・執行猶予5年の判決が言い渡され、検察側、被告側とも控訴せず確定した。裁判長は姉妹の置かれた状況に同情を示しながら、「事件を絶対に忘れないようにしてください」と説諭している。

1万534筆の嘆願書
2014年11月4日、同級生の保護者が代表を務める住民の会が、非公開の家庭裁判所で審理するよう求める1万534筆の嘆願書を札幌地検に提出した。南幌町の人口は約8千人。朝日新聞によると、署名は最終的に2か月で約1万8千人分に達し、札幌家裁などにも提出された。

主な仮説

事件の経過に争いはほとんどない。ここで並べるのは、犯人についての説ではなく、「なぜ10年間止まらなかったのか」についての見方である。どれも一つで説明しきれるものではない。

仮説1:児童相談所の視線が、別の人に向いてしまった

2004年に動いた仕組みが、三女のうそによって誤った相手を見ていたという見方。長女は法廷で、児童相談所に話を聞かれたとき、部屋の扉のすぐ向こう側に祖母と母がいたと証言した。この証言が事実なら、子どもが安心して話せる場ではなかったことになる。ただし、当時の聞き取りの詳しい状況は公表されていない。

仮説2:本人が「虐待」と認識できず、助けを求める先もなかった

三女は逮捕後に「厳しいしつけだと思っていた」と話し、少年審判でも虐待とは認識していない様子だったという。長女によると、妹たちが近所の人に相談したことがあったが、話は祖母らに伝わり、そのあとひどい目に遭った。長女は一時保護のあと「大人を頼ることはできないと思いました」と振り返っている。三女は一度札幌へ逃げたが見つかった、という証言もある。

仮説3:非行がなかったから、外からは見えなかった

三女の後見人を務める弁護士は、家庭外の非行で補導されるなどして虐待が明るみに出るケースは多いが、三女には事件前まで非行の兆しが見られなかったと語っている。成績は優秀で、ボランティア活動にも熱心だった。周囲が異変に気づくきっかけが、かえって少なかったのではないかという見方である。

仮説4:姉が家を出る話が、最後の引き金になった

高校に入ると暴力は減っていたという。一方、検察側は殺意の直接のきっかけを「親しい友人との関係から家を出たいという思い」と指摘した。同じころ、長女が交際相手と暮らすために家を出る話が持ち上がる。三女の供述調書によると、長女が祖母への愚痴をこぼしたことで、三女は姉も同じ気持ちだと受け取った。長女自身は冗談半分だったと述べている。

海外の反応

1. 謎の名無しさん
いま彼女のまわりに優しくしてくれる人がいて、次に何をされるかと怯えずに一日を過ごせていますように。読み終えて、まず思ったのはそれだけだった。

2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
本人は「厳しいしつけ」だと思っていたんだよね。あれは絶対に普通じゃなかったし、彼女が悪かったわけでもないと、今は分かっていてほしい。

3. 謎の名無しさん(>>2への返信)
殺人の側に肩入れするとは自分でも思わなかった。ただ、これしか出口がないと思うところまで子どもが追い込まれたという事実が、とにかくつらい。

4. 謎の名無しさん
家の中で絶対的な権力を持つ女性の支配って、父親による支配より表に出にくい気がする。言葉にしづらいし、周囲にも理解されにくいんじゃないか。

5. 謎の名無しさん
なんて悲しい話だ。父親はどうしていたんだろう。結局みんなが彼女を見捨てて、本人が自分でどうにかするしかなくなった。地域が味方になったのは立派だけど、それも事件のあとなんだよね。

6. 謎の名無しさん(>>5への返信)
父親が様子を見ようとしたのに知らされなかったのか、締め出されたのか、そこは分からないよな。当時の日本は離婚すると親権は片方だけで、面会は別に裁判所へ申し立てる形だったはず。

7. 謎の名無しさん(>>6への返信)
日本で離婚後に共同親権を選べるようになったのは、2024年に成立して2026年4月に施行された改正民法からだね。この事件のころはまだ単独親権しかなかった。

8. 謎の名無しさん
この事件はずっと頭に残っていた。英語の短い記事だと背景が書かれていなくて、親を殺した恩知らずの子という扱いだったから。経緯を知ると見え方がまるで違う。

9. 謎の名無しさん(>>8への返信)
自分も「殺人が許されることはあるのか」と考えてしまった。守るはずの大人が加害者で、逃げ場がない子どもの場合、正解なんて誰にも言えない気がする。

10. 謎の名無しさん(>>9への返信)
許されるかどうかは分からないけど、気持ちとしては自己防衛に近いものを感じる。人は押されつづければいつか壊れる。

11. 謎の名無しさん(>>10への返信)
ただ、寝ているところだったし計画もあった。家裁もそこは認定している。かわいそうだからで片づけず、責任能力を認めたうえで治療を選んだ判断はよくできていると思う。

12. 謎の名無しさん
ジプシー・ローズの事件を思い出した。行き場がなくて、大人も頼れなくて、逃げようとしても連れ戻されるなら、子どもにほかの手段があるのかって話になる。

13. 謎の名無しさん
殺人が答えであっていいはずはない。でも何年も受けてきた傷と精神状態を軽く見ることもできない。金目当てでも何でもなく、ただ逃げたかったんだと思う。

14. 謎の名無しさん
ああいうおばあさんを街で見かけても、孫にそんなことをしているとは想像もしないだろうな。母親も若いころ同じ目に遭って、逆らえなかったのかもしれない。

15. 謎の名無しさん(>>14への返信)
仮にそうだったとしても、自分の娘が苦しんでいるのを見ていた言い訳にはならないと思う。そこは分けて考えたい。

16. 謎の名無しさん
家裁の決定で虐待が認められているから、この2人のしたことを弁護する気にはなれない。それでも2人の命が失われた事実は消えないし、そこも忘れたくない。

17. 謎の名無しさん
かわいそうに。声を上げても家に戻されるだけだと学んでしまったら、ほかの方法は思いつかなくなるよ。病院も学校も、もっとできることがあったんじゃないかと思ってしまう。

18. 謎の名無しさん
いちばん引っかかるのは2004年2月だ。制度はこの子を見逃したわけじゃない。病院が虐待を疑い、保護までした。流れを変えられるはずの瞬間だった。それなのに注意は別の人に向かい、11月にはフォローが終わっている。

19. 謎の名無しさん
しかも透明な子じゃなかったんだよね。成績がよくて友だちもいて、ボランティアにも熱心だった。まわりの人はかけらを見ていたのに、一つにつながらなかった。そこがやりきれない。

20. 謎の名無しさん
人口約8千人の町で1万534筆は異例だと思う。ただ、支援が集まったのは2人が亡くなったあとだった。2004年の記録が審判で検証されたのかは知りたい。

21. 謎の名無しさん(>>20への返信)
少年審判は非公開だから、外からは分からないんじゃないかな。本人を守るために必要な仕組みだとは思うけど、再発防止の検証とは相性が悪いのかもしれない。

22. 謎の名無しさん
姉はどうなったんだろう?手伝ったわけだよね。何か処分は受けたのかな。自分もあの家で育って、妹を見つづけていたんだと思うと複雑だ。

23. 謎の名無しさん(>>22への返信)
殺人幇助で有罪、懲役3年に執行猶予5年だそうだ。裁判長が同情を示しつつ、事件を忘れないようにと声をかけたそうで、そこがいちばん胸に残った。

24. 謎の名無しさん
デイヴ・ペルザーの『”It”と呼ばれた子』を思い出した。ああいう話を読むたびに、子どもは家の中で起きていることを比べる相手がいないんだと気づかされる。

25. 謎の名無しさん
教えてくれてありがとう。聞いたことのない事件だった。重い内容だけど、こういう話はもっと知られていいと思う。すごくよくまとまっていた。

26. 謎の名無しさん(>>25への返信)
調べても日本語の資料ばかりで、続報はほとんど見つからなかったらしいね。少年事件だから当然なのかもしれないけど、その後が分からないのはもどかしい。

27. 謎の名無しさん
児童相談所を責めるのは簡単だけど、子ども本人が「母にやられた」と言ったら疑いにくいのは分かる。それを見抜く仕組みをどう作るかが問題なんだろうな。

28. 謎の名無しさん
近所の人も見ていたわけだよね。「よそのしつけ」に口を出すのは難しいし、言っても聞いてもらえなかった。自分がその隣人だったら通報できたか、正直あまり自信がない。

29. 謎の名無しさん
かなりきつい話だった。あの子はどれだけのものを抱えていたんだろう。どんな事情があっても、そこまで一人で背負う子どもがいてはいけないと思う。

30. 謎の名無しさん
彼女が今どこかで幸せな暮らしを築いていますように。失敗したときには自分に優しくできますように。そして、もう二度と寒い思いをしませんように。

未解決の謎

犯人も、処分も、もう決まっている。残っているのは、虐待のサインがいくつもありながら、なぜ子どもが救われなかったのかという問いだ。2004年には病院が通報し、児童相談所が保護し、家庭訪問も行っていた。それでも指導の対象は祖母ではなく母になり、同じ年の11月に打ち切られた。朝日新聞の取材に、厚生労働省の担当者は「幼少期に一時保護しても、その後、虐待の通報がなければ気づくのは難しい」と話し、都内の児童福祉司は「虐待案件は次から次に押し寄せてくる。継続的にケアするのは無理」と語っている。一度閉じた記録を、誰がどの時点で開き直せたのかは、はっきりしていない。

学校については、さらに分からないことが多い。報道から確かめられるのは、三女が成績優秀で、ボランティアに熱心だったこと、そして事件前に非行の兆しがなかったことまでだ。学校が虐待をどこまで把握し、児童相談所と何らかのやり取りがあったのかは、今回調べた範囲の報道では確かめられなかった。海外の掲示板には教師が動いたという書き込みもあったが、裏付けが取れないのでここでは扱わない。警察への家族トラブルの相談もなかったと報じられている。

見えていた断片を、つなげる人がいなかったのかもしれない。近所の人は草むしりや雪かきの姿を見て、学校は優秀な生徒を見ていた。児童相談所の手元には10年前の記録があった。本人はそれを「しつけ」と呼び、相談すれば事態が悪くなると学んでいた。北方ジャーナルは事件直後の特集に「誰も気づいてあげられなかった」という見出しを付けている。

審判は非公開で、札幌家裁が明らかにしたのは約300字の決定要旨だけだった。元家裁判事の井垣康弘弁護士は、なぜ防げなかったかを検証するため事実経過を公開すべきだと朝日新聞で訴えている。その一方で、公開は本人の将来に関わるという重い問題もある。行政による検証の報告は、今回の調査では見つけられなかった。三女のその後についても、確かな報道は見当たらない。三女がしたことの重さと、三女が受けてきたことの重さは、どちらかで打ち消せるものではない。大人たちが次の子どもに何を残せたのかは、今も分からないままだ。

出典:r/TrueCrimeDiscussion 元スレ / 朝日新聞社会部「絶対君主が支配する虐待の家」(幻冬舎plus) / 朝日新聞 2015年2月9日 / 毎日新聞 2015年1月21日 / 日本経済新聞(共同) / J-CAST ニュース / 北方ジャーナル

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