「事故のことは覚えていません」子ども4人を乗せた逆走で7人が死亡、懲役215年の母の言い分

「事故のことは覚えていません」子ども4人を乗せた逆走で7人が死亡、懲役215年の母の言い分 未解決事件

午後4時ごろ、インディアナ州の小さな集まりに、知らない女性が子どもたちを連れて入ってきた。「助けがほしいの」。どんな助けかと聞かれた彼女は、「誕生日パーティーが必要なの」と答えた。その場にいた人たちは別の集会所を教えた。約1時間後、彼女の車は幹線道路を逆向きに走っていた。

2000年3月25日、ジュディ・カービー(当時31歳)の車と対向のミニバンが正面からぶつかり、7人が亡くなった。うち6人は子どもだった。陪審は全7件の殺人で有罪とし、刑は懲役215年。ただし本人は「事故のことは覚えていません」と語り、「私は誰も殺していません」と否定した。裁判で確定したことと、本人の言い分はどこで分かれているのか。この記事では二つを分けて見ていく。

事件の概要

🗓️ 発生日:2000年3月25日(土)午後4時57分ごろ

🌫️ 場所:米インディアナ州マーティンズビル近くの州道67号線

👤 亡くなった人:カービーの車の子ども4人(実子3人と、10歳の誕生日を迎えたおい)/ミニバンのトーマス・リールさん(40)と、その子ども2人(14歳・13歳)

🔍 状況:カービーの車が出口ランプから州道に入り、反対車線を約2.7キロ逆走してミニバンと正面衝突

🕯️ 結末:2001年に殺人7件などで有罪、懲役215年。2014〜15年の再審理の求めも退けられた

生き残ったのは、車から投げ出されて負傷したカービーと、リールさんのミニバンに同乗していた13歳の少年だけだった。少年には一生残る障害が残ったと判決文は記している。リールさん親子は教会の行事から帰る途中だったと、元スレの投稿は伝えている。

カービーの子どもの人数は資料で分かれる。元スレは「10人の母」とし、控訴審の判決文は「8人」としている。実子8人と養子2人という書き込みもあったが、確認はできなかった。元スレによると、彼女は15歳で結婚して10年後に離婚し、その後は元夫の親族の男性と暮らしていた。この男性が元夫の兄弟か叔父かは、資料によって異なる。

判明している事実

事故の3週間前に精神科へ入院していた
控訴審の判決文によると、カービーは2000年3月2日に本人の意思によらない形で精神科病棟に入院し、精神病状態と甲状腺機能亢進症※と診断された。3月4日に「自身や他人への差し迫った危険はなくなった」として退院している。元スレは「自分で入院して途中で出た」と書いているが、ここは判決文の記述を採る。判決文はほかに、変装をする、木にカメラを仕掛ける、自殺をほのめかすといった奇妙な行動も挙げている。

※ 甲状腺機能亢進症:甲状腺ホルモンが過剰に出る病気。動悸や体重減少のほか、不安やいらだちなど精神面の症状が出ることもある。

当日の足取りは何度も人の目に触れていた
当日の足取りは捜査で再現された。カービーは午後2時ごろ、おいの誕生日プレゼントを買うため子どもたちを乗せて出発した。姉妹が別の車で後を追っていたが、午後2時半ごろ渋滞で見失った。その後、近くにいた人から電話を借りたまま走り去って返しに戻り、午後4時ごろに見知らぬ人たちの集まりへ入った。午後4時45分ごろにはガソリンスタンドで3ドル分を給油している。

衝突時にブレーキランプはついていなかった
判決文によると、カービーは6枚の「逆走」標識と10枚の「進入禁止」標識を通り過ぎ、9人の運転手が避ける動作を強いられた。路肩も空いていた。衝突時の速度は時速90マイル(約145キロ)超で、ブレーキランプはついていなかった。検察官は最終弁論で87秒間黙り込み、逆走を始めてから止まるまでに彼女に与えられていた時間を陪審に示した。

裁判で確定したこと
2001年5月10日、ダーボーン郡で選ばれた陪審は、7件すべての殺人で有罪とした。動機について検察は、交際相手との関係の破綻と、薬物取引で逮捕されるおそれから自殺を図ったと主張した。控訴審も、薬物に関する証拠は当時の精神状態を示すものとして認めている。同年6月13日、刑は懲役215年と決まった。リールさん親子3人への各65年と、少年への加重暴行罪の20年を足した数字で、子ども4人への各55年は同時に執行される形になっている※。

※ 同時執行:アメリカの量刑は罪ごとに刑期を決め、足し合わせる「連続」と、重ねて数える「同時」を裁判官が選ぶ。日本の感覚より極端に長い刑期が出るのはこのため。

本人の言い分と、その後の申し立て
カービーは審問で「事故のことは覚えていません。誰かを傷つけるなんて絶対にしません。私は誰も殺していません。子どもたちに会いたい」という趣旨の言葉を述べた。弁護側は、診断されずにいた甲状腺の病気のせいで現実が分からなくなっていたと主張し、彼女が子どもを愛していたことを訴えた。2014年には弁護士の不十分な弁護などを理由に裁判のやり直しを求めたが、2015年2月に退けられ、同年12月にはインディアナ州控訴裁判所もその判断を支持した。それより後の動きは確認できなかった。

主な仮説

有罪は確定している。ここで分かれているのは、「あの87秒に彼女の中で何が起きていたか」という点だ。

仮説1:自分の意思で命を絶とうとして逆走した(検察の主張・陪審の結論)

元夫は、カービーが息子に自殺すると話していたと証言した。ほかにも、標識の数、使えたはずの路肩、衝突時についていなかったブレーキランプがある。陪審はこれらを踏まえ、彼女は自分のしていることを分かっていたと判断した。もっとも、これは裁判で採用された結論であって、本人が認めた話ではない。

仮説2:甲状腺の病気で現実を失っていた(弁護側の主張)

弁護側の主張の柱である。実際に入院時の診断には精神病状態と甲状腺機能亢進症の両方があった。一方で、検察側の医学の専門家は、事故前の奇妙な行動は甲状腺の病気から来るものではないと証言し、陪審もこの主張を退けた。なお元スレは「産後うつ」を弁護側の主張として挙げているが、判決文と確認できた報道に出てくるのは甲状腺の話である。

仮説3:病気と追い詰められた状況が重なった

裁判の二択には収まらない見方もある。判事は、刑を軽くする事情として精神面の問題も認めたうえで215年を言い渡した。つまり判決そのものが、責任はあるが健康な状態でもなかった、という形になっている。退院から3週間、周囲が見守っていたのに止められなかったことを考えると、この見方に引かれる人は多い。

仮説4:本当に覚えていないのか、覚えていないと言っているのか

車外に投げ出されて頭を負傷したと元スレは伝えており、記憶が失われること自体はありうる。ただ、本人の記憶を外から確かめる方法はない。本人が詳しく語っていない以上、ここは今も確かめようがない。

海外の反応

1. 謎の名無しさん
めったなことでは動じない方だけど、この事件は忘れられない。救急隊員たちまでカウンセリングが必要になった。自分は当時教師で、春休みに実家へ帰っていて、その週はほとんど母と病院にいた。生き残った少年に付き添ってたんだ。

2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
私も夫と、対向車線を暴走してきた車をぎりぎりでかわしたことがある。それだけでしばらく震えが止まらなかった。子どもがこれだけ亡くなった現場に関わった人の気持ちは想像もできない。あなたも大丈夫だといいけど。

3. 謎の名無しさん(>>2への返信)
ありがとう。事故を目撃して、リールさんの手を最後まで握っていた女性がいてね。その人が少年の通う学校を調べて、校長だった父の家に、つまりうちの母に連絡してきた。少年の家は母ひとり子ひとりで、引っ越してきたばかりで頼れる人がいなかった。それで母が彼の母親を病院まで連れて行ったんだ。

4. 謎の名無しさん(>>3への返信)
話してくれてありがとう。こういう、亡くなった人や残された人に目を向けた話が読みたかった。手を握っていた女性にも、あなたの家族にも頭が下がる。たいていの人は、そこまでできないよ。

5. 謎の名無しさん
本当にむなしい。ちょっと「ダイアンおばさん」の事件※を思い出した。向こうは本人が生き残らなかったけど。

※ ダイアンおばさんの事件:2009年、ニューヨーク州の道路をダイアン・シュラーが逆走し、本人を含む8人が死亡した事故。ドキュメンタリー『There’s Something Wrong with Aunt Diane』で広く知られる。

6. 謎の名無しさん(>>5への返信)
よく比べられるよね。経緯が似てるのに、なぜダイアンの方ばかり語られるんだろうって思う。どちらも最後に立ち寄ったのがガソリンスタンドなのも不気味。

7. 謎の名無しさん
ダイアンの事件と比べる人もいるけど、全然違うと思う。向こうは飲酒が問題だった。ジュディは精神の問題がはっきりしていて、医者も家族に注意していた。入院歴があるかどうかは大きいよ。

8. 謎の名無しさん
彼女の精神状態がどうだったか、結論が出ることはないと思う。子だくさんで、関係はこじれて、薬物の売買で捕まるのを恐れていた。精神病じゃなくても不安定になる理由はいくらでもある。

9. 謎の名無しさん(>>8への返信)
弁護側は甲状腺の問題を訴えてたはず。死にたかったとして、なんで子どもまで乗せて、何の関係もない家族を巻き込むんだ。愛していたと言うなら、そこが一番分からない。

10. 謎の名無しさん
かばうつもりはないけど、15歳で結婚して、たぶんすぐ子どもを産み続けた人に、まともな選択肢がどれだけあったんだろう。精神病だったとは思わないけど、ひどく追い詰められて抑うつ状態だったとは思う。

11. 謎の名無しさん
こういう昔の事件を判断するのは難しい。同じ頃の裁判がやり直されて、当時の知識が間違っていたと分かる例も多いから。生き残った少年が今は穏やかに暮らしていて、判決にも納得できているといいんだけど。

12. 謎の名無しさん
産後うつの話、一番下の子が5歳なのに変だと思って調べたら、車に乗っていなかった赤ちゃんがいて、事故の時は生後5か月くらいだったらしい。それなら話は別だね。元の投稿に書いておいてほしかった。

13. 謎の名無しさん(>>12への返信)
31歳で一番上が15歳。ほぼ子どものうちに親になって、それ以外の人生を知らないまま来たわけだ。あんな結末はもちろん許せないけど、ずっと限界だったんだろうとは思う。

14. 謎の名無しさん
この当時、薬物の検査はどうだったんだろう。何も書かれてないよね。事故前の行動を見ると、まともな状態の人には思えない。

15. 謎の名無しさん(>>14への返信)
薬物もアルコールも体から出なかったと聞いてるよ。逮捕の結果から逃れたくて死のうとした、というのが私の理解。

※ 検査結果について:確認できた判決文と報道には、この点の記載は見当たらなかった。

16. 謎の名無しさん
検察が最終弁論で87秒黙ったって話がきつい。陪審員は黙ったまま、ただ時間が過ぎるのを待たされたわけでしょ。あの沈黙は、どんな説明より効いたと思う。

17. 謎の名無しさん
あの日の足取りを読むと、止められそうな場面が何度もあった。渋滞で止まる、電話を借りる、見知らぬ集まりで「助けがほしい」と言う、給油機が動かせない。みんな少しずつ手を貸して、それきりになった。

18. 謎の名無しさん(>>17への返信)
後からならそう見えるけど、その場で分かるのは無理じゃないかな。店員が動揺した客に会うなんて珍しくないし、人の心は読めない。家族だって24時間は見張れない。姉妹が追いかけてたんだから、十分やってたと思う。

19. 謎の名無しさん
止められたかどうかは別として、87秒の話を読むと、やっぱり本人の責任は軽くならない。周りが何度もすれ違ったことと、最後の2分は別の話。両方が同時に本当なんだと思う。

20. 謎の名無しさん
病気だったのは間違いないと思う。ひどいことを言うようだけど、それで刑を軽くすべきだとは思わない。うちも親が自ら命を絶っていて、残された子どもの側の気持ちは少し分かるから。

21. 謎の名無しさん
「覚えていない」と法廷で言う人を、いつもは信じない。でも頭を打ったなら、本当に覚えていないこともあるのかも。もしそうなら、子どもを失って、覚えていない罪で裁かれるわけで、それも地獄だろうな。

22. 謎の名無しさん(>>21への返信)
私は覚えていると思う派。最初は捜査員に話そうともしなかったらしいし。ただ、これは推測でしかないのも分かってる。

23. 謎の名無しさん
31歳で10人の母? 読み間違いかと思って3回見直した。何をどう考えていいのか、もう分からない。

24. 謎の名無しさん(>>23への返信)
判決文だと8人らしいね。養子を入れて10人という話もある。どっちにしても、ひとりで抱えられる数じゃない。福祉の人は関わってなかったのかな。

25. 謎の名無しさん
私は地元の人間で、事故現場を数分前に通ったところだった。車に幼い子を3人乗せていた。あとで救急隊員たちがとても辛い思いをしたと聞いたのを覚えている。本当に悲しい出来事だった。

26. 謎の名無しさん
そんなに死にたかったのなら、なぜ他人を巻き込むのか。何度考えてもそこに戻ってしまう。子どもたちにも、リールさんの家族にも、何の落ち度もなかったのに。

27. 謎の名無しさん(>>26への返信)
そこは私も同じ。ただ、合理的に考えられる状態じゃなかったとも思う。理屈が通らないのが、この事件の一番つらいところなんだよ。

28. 謎の名無しさん
素朴な疑問。わざとぶつけたって、どうやって証明したんだろう。病気のせいで事故になっただけじゃない、と言い切れた決め手は何?

29. 謎の名無しさん(>>28への返信)
標識の数と、ブレーキランプがついていなかったこと、自殺をほのめかしていたという証言の積み重ねだと思う。本人が認めたわけじゃない。それでも陪審は十時間ほどの評議で全件有罪にした。

30. 謎の名無しさん
少年のことがずっと気になる。友だちと、友だちのお父さんを一度に失ったんだから。さっきの先生の話で、周りに支えてくれる人がいたと知れて、少し救われた。

未解決の謎

この事件で裁判が決めたのは、運転していたのがカービーであること、そして彼女が殺人の罪を負うということだ。そこは2002年の控訴審、2015年の再度の申し立てでも揺らがなかった。2014年の審問で、当時の判事は不十分な弁護だったという訴えを「ばかげている」とまで言っている。

確かめようがないのは、ハンドルを握っていた本人の中で何が起きていたかだ。87秒の沈黙は陪審には十分だったが、本人の口から語られたものではない。一度は精神病状態と診断された人が、3週間後にどこまで自分の行動を分かっていたのか。子どもたちを車に乗せたまま走り出したとき、何を考えていたのか。「覚えていない」が本当でも嘘でも、その答えはもう出てこないのかもしれない。

もう一つ残るのは、周りの人たちの問いである。医師は退院を認め、家族は見守り、道で出会った人は手を貸した。それぞれができることをして、それでもあの日は止まらなかった。

2015年、再審理の訴えが退けられたとき、夫と子ども2人を亡くした女性は「これで一区切りにして、家族や友人と過ごす毎日を大切にしたい」という趣旨の言葉を残している。ただ、「まだ続くかもしれない」とも付け加えた。解き明かせない部分を抱えたまま、遺された人たちの時間は続いている。

出典:r/TrueCrimeDiscussion 元スレ / インディアナ州控訴裁判所 判決文(2002年)

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