「ご飯食べてるの?」「うん」やせた女の子はバナナとおむすびを夢中で食べた、東京の一室

「ご飯食べてるの?」「うん」やせた女の子はバナナとおむすびを夢中で食べた、東京の一室 未解決事件

1988年の夏、東京・西巣鴨のマンションで、大家に付き添われた警官が一室に入った。台所の板の間には、毛布にくるまった幼い女の子が2人。14歳の長男が、母親に代わって妹たちの面倒を見ていた。子どもたちは全員、出生届が出されておらず、学校へ一度も行ったことがなかった。のちに映画『誰も知らない』の題材になる「巣鴨子供置き去り事件」※である。この事件を紹介した海外の掲示板の投稿が、いま改めて多くの人に読まれている。

※ 巣鴨子供置き去り事件:「西巣鴨子供置き去り事件」とも呼ばれる。本記事では関係者の実名を出さず、「長男」「母親」のように書く。事実関係は当時の『週刊新潮』の記事を再編集した「デイリー新潮」(2026年7月)を中心に確かめ、海外の投稿の誤りや資料の食い違いはその都度記した。

事件の概要

🗓️ 発覚:1988年7月17日

🌫️ 場所:東京都豊島区西巣鴨のマンションの一室

👤 亡くなった子ども:次男(乳児)と三女(2歳)

🔍 状況:母親が同棲相手のもとへ移り、14歳の長男が幼い妹たちと部屋に残された。5人の子全員に出生届がなく、誰も学校へ通っていなかった

🕯️ 結末:母親は懲役3年・執行猶予4年。長男は施設へ。妹2人は母親に引き取られた

母親は40歳。不動産屋には「デパートの出張販売員」として紹介され、1987年10月に長男と2人で暮らす形で入居した。長男は有名私立中学に通っている、という話だった。家賃は2DKで月9万円である。

実際にはこの部屋に、長男のほか2人の妹も住んでいた。大家が見かけたのは母親と長男だけで、母親に会ったのは入居のときの一度きりだったという。

海外の投稿は「1987年の秋から母親は家を離れた」と書いている。ただ、大家の証言では、母親は翌年1月ごろまではたまに帰ってきていた様子で、母親の供述でも家を出たのは1月とされている。秋に引っ越してから少しずつ足が遠のき、年が明けて戻らなくなった、と読むのが実情に近いようだ。生活費は送っていたが、それも途切れがちになったと報じられている。

判明している事実

大家が気づいたほころび
家賃は数か月前から滞っていた。母親に連絡を取ろうとしても、長男は「電話させます」と答えるばかり。不審に思った大家は、母親の勤め先と長男の学校に問い合わせた。どちらにも、そんな人間はいないという答えだった。事件発覚の1か月ほど前には、部屋を訪ねると7歳ぐらいの女の子がドアを開けた。長男は「夜の仕事の人から預かった子」と説明した。大家は7月13日に警察へ相談している。

毛布にくるまった2人の女の子
7月17日、警官と一緒に部屋へ入ると、女の子が2人いた。下の子はひどくやせていて、「ご飯食べてるの?」と聞くと「うん」と答えた。ところが大家がバナナとおむすびを持ってくると、夢中で食べ、やっと元気が出たのか、チョコレートが食べたいと言った。2人が名乗った年齢は2歳と5歳だったが、のちの資料では3歳と7歳とされる。大家も「もっと大きく見えた」と話していた。帰ってきた長男はここでも「預かっている子」と説明したが、警官は福祉事務所の案件と判断し、翌日、3人とも保護された※。

※ 福祉事務所:生活保護や児童福祉などを担当する自治体の窓口。

押し入れの次男、部屋にいなかった三女
7月22日、部屋を調べていた署員が、押し入れから乳児の遺体を見つけた。翌23日に母親が逮捕された。母親の話では、これは次男で、1984年2月に仕事から帰ると亡くなっていたが、届け出ずに隠し、引っ越しのときも運んだという。もう1人、2歳の三女の行方について、母親は「長男に預けた」と言い、長男は「お母さんが連れて行った」と言った。話が食い違ったため問いただすと、長男は、4月に三女が亡くなっていたことを認めた。そのとき部屋には、遊びに来ていた中学生2人がいた。三女の遺体は長男の話どおり、埼玉県秩父の山中で見つかった。

※ 資料の食い違い:長男がどこまで関わったかは、資料によって書き方が違う。『週刊新潮』は長男が友人と一緒にいたと認めた形で報じ、英語版ウィキペディアは長男はその場にいなかった可能性が高いとする。海外の投稿も「はっきりしない」としている。母親についても、日本語版ウィキペディアはニュースを見て出頭したと書くが、『週刊新潮』は逮捕としている。

5人とも出生届がなかった
母親は5人の子を産み、長男以外の4人は前の住まいで自宅出産していた。長男についても、父親が婚姻届も出生届も出していなかったと母親は話している。父親は少なくとも3人いるとされる。前のマンションの大家は「ずうっと坊ちゃん1人」だったと語り、近所の人も、ほかの子がいることに気づいていなかった。子どもたちを保護した福祉事務所の所長は、14歳まで戸籍もなく学校に一度も行ったことがないケースは「前代未聞」と驚いている。生き残った3人には、保護のあと戸籍が作られることになった。

判決と、その後の子どもたち
母親は4回の公判を経て、1988年10月26日に東京地裁で懲役3年、執行猶予4年の判決を受けた。判決は「母親としての責任放棄は、厳しい非難を免れない」としたが、法廷で同棲相手と結婚して子どもを引き取ると誓ったことが考慮された。約2か月後、母親と結婚相手は婚姻証明書を持って東京都児童相談センターを訪れ、「娘2人をできるだけ早く引き取りたい」と話した。反対意見もあったが、協議の末、妹2人は帰された。長男は少年鑑別所※を経て養護施設へ入り、友人2人は矯正施設に送られたとされる。

※ 少年鑑別所:家庭裁判所の審判の前に少年を収容し、心身の状態を調べる施設。養護施設は現在の児童養護施設にあたる。

映画『誰も知らない』との関係

是枝裕和監督の映画『誰も知らない』(2004年)は、この事件を題材にしている。ただし事件の再現ではなく、事件を出発点にした創作である。監督は15年かけて構想を温めたとされ、長男を演じた柳楽優弥さんは、カンヌ国際映画祭で史上最年少、日本人初の最優秀男優賞を受けた。

事実と違う点も多い。映画のきょうだいは4人で、実際の事件の5人、とくに押し入れの次男は出てこない。末の子の死の原因も事件とは違い、友人が関わる筋は描かれない。長男が家庭裁判所に送られたことも、施設に入ったことも、映画の物語にはない。映画の長男は弟妹思いの優しい少年として描かれるが、事件の長男の心の内は分かっていない。子どもたちの日々の場面の多くも、映画のために作られたものである。

主な仮説

犯人が分からない事件ではない。残っている問いは「なぜ、9か月も誰も止められなかったのか」である。

仮説1:出生届がなく、制度の網に一度もかからなかった

もっとも大きいとされる理由。出生届がなければ戸籍に載らない。戸籍や住民票に記載がない子は、教育委員会が把握できず、就学の案内も届きにくい。学校から「来ていない」と連絡が行くことも、検診で見つかることもなかった。子どもたちは、行政の名簿の上では存在していなかった。

仮説2:母親の説明が「ふつうの家庭」に見せていた

有名デパート勤め、有名校に通う息子。母親は周囲に、こうした説明を繰り返していた。近所の人には、息子の成績はトップクラスだと話し、今日は父兄会だったとも言っていたという。長男も、学校を聞かれると教えられた校名を答えていた。大家が実際に問い合わせるまで、誰も裏を取らなかった。

仮説3:気づいた大人はいたが、踏み込む理由がなかった

大家だけでなく、マンション1階のコンビニの店長も、真夜中に来る少年を「おかしい」と思っていた。それでも「警察へ知らせるのもおかしい」と考えたという。隣人は昼間働いており、少年も外出は夕方以降にしていた。妹たちの姿を見た人はほとんどいない。当時は児童虐待防止法(2000年施行)もまだなく、近隣の違和感が通報につながる仕組みも弱かった。

仮説4:長男は被害者でもあり、誰にも頼れなかった

『週刊新潮』は「本来なら被害者であるべき14歳の少年」と書いた。学校に行ったことがなく、相談できる大人もいないまま、幼い妹たちの世話を背負っていた。三女の死にどこまで関わったかは資料で食い違うが、司法は少年院ではなく施設で育て直す道を選んだ。夜中に集まる仲間だけが、長男の居場所だったのかもしれない。

海外の反応

1. 謎の名無しさん
最初に言っておくと、スレの家族写真は2004年の映画『誰も知らない』のもので、本物の家族の写真は公開されていない。部屋の写真のほうは実際のものだ。日本では育児放棄の事件としてよく知られている。

2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
補足ありがとう。あの映画は一度見たら忘れられない。観終わったあと、何日も頭の中に残っていたよ。

3. 謎の名無しさん(>>2への返信)
うちの子たちが、ちょうど映画の子どもと同じくらいの年なんだ。あのラストには打ちのめされた。

4. 謎の名無しさん
長男役の子はカンヌで男優賞を取ったんだよな。史上最年少で。あの目の演技は、どう見ても演技に見えなかった。

5. 謎の名無しさん
こないだ別の投稿も読んだけど、3歳の子に1歳の子の世話をさせて、食べ物も置かずに出ていった母親の話だった。言葉が出ないよ。

6. 謎の名無しさん(>>5への返信)
あれは2010年の別の事件で、みんな混同してるんだ。あちらは詳しい記録が多いぶん、より残酷に聞こえる。1988年のこの事件のほうが有名なのに情報は少ない。2人の幼い子が亡くなり、残りは見捨てられたのに。

※ 2010年の事件:大阪市のマンションで2人の幼児が置き去りにされて亡くなった事件のこと。今回の巣鴨の事件とは別の事件である。

7. 謎の名無しさん
母親が服役せず、しかも娘たちを取り戻したことが許せない。その後どうなったのかも分からないなんて。

8. 謎の名無しさん(>>7への返信)
同じことを思った。あのあと、せめて妹たちの暮らしが良くなっていたらいいんだけど。

9. 謎の名無しさん(>>8への返信)
悪いけど、良くなったとは思えない。結婚したくらいで人が変わるなら、最初からこんなことにはなってない。

10. 謎の名無しさん
夫を亡くして、5歳の娘と2人で仕事を掛け持ちしてる。娘に強く当たった日を思い出して泣く夜もある。でも置いていったことは一度もない。ひとりで泣かせたこともない。子どもにとっては最低限のことのはずなのに。

11. 謎の名無しさん(>>10への返信)
それだけでじゅうぶん立派だよ。シングルマザーだった母のことを思い出した。娘さんもきっと分かってくれてる。かわいいヤギの動画でも見て、ゆっくり休んで。

12. 謎の名無しさん
懲役3年で執行猶予4年?それで娘も返すのか。周りの制度は今はもっとしっかりしてると信じたいよ。学校も近所も、もっと早く気づけなかったのかな。

13. 謎の名無しさん
何度読んでもわからない。子どもを見捨てて、1人を亡くす結果になって、執行猶予で、子どもも返される。誰か納得できるように説明してほしい。

14. 謎の名無しさん(>>13への返信)
結婚が判決に効いたって話もよくわからない。相手が継父になれば子どもの面倒を見ると本気で思ったのかね。婚姻届1枚で、こんなことをする人間が変わるとは思えない。

15. 謎の名無しさん
長男はどうなったんだ?最後に母親が取り戻しに行ったのは、娘たちだけなんだよな。あれだけ妹の世話をしていたのに。

16. 謎の名無しさん(>>15への返信)
それは気になる。投稿には書かれてないけど、児童相談所の話では、翌年に両親が長男にも会いに行ったそうだ。ただ、関係を戻すのは簡単じゃないと言われていた。

17. 謎の名無しさん
いちばん怖いのは、この子たちが仕組みの上で見えなかったことだ。出生届がないから、学校にも病院にも記録がない。息子に嘘の学校名まで教えていたのは、母親がその穴を分かっていたからだと思う。1人の親の問題で終わらない話だよ。

18. 謎の名無しさん
14歳で、学校に行ったこともなく、頼れる大人もいないまま、妹たちを抱えて家を回していた。あの子は被害者でもあり、当事者でもある。もっと前に誰かが手を伸ばせなかったのか。

19. 謎の名無しさん
長男が関わったのか、友人だけなのかははっきりしないんだろ。だから友人は矯正施設で、本人は施設送りになったんじゃないかな。ここは決めつけないほうがいいと思う。

20. 謎の名無しさん
ほかに方法はなかったのかな。せめて施設に預ければよかったのにと思ったけど、当時の日本でできたのかどうかは分からない。

21. 謎の名無しさん(>>20への返信)
福祉事務所も施設もあったはずだよ。実際、保護されたあと子どもたちはそこに入ってる。ただ、頼ろうとすれば出生届のことが表に出る。母親が避けたのはそこじゃないかと個人的には思う。

22. 謎の名無しさん
映画は、大家やコンビニの店員、近所の人たちまで描いていたのが見事だった。みんな礼儀正しくて、距離を保つ。家族に立ち入らない社会そのものが、この悲劇の舞台だったんだと思う。

23. 謎の名無しさん(>>22への返信)
ただ、あれを事実だと思って観ると間違えるよね。映画はきょうだい4人で、実際は5人だし、長男の結末も違う。別物として観たほうがいい。

24. 謎の名無しさん
『誰も知らない』は生涯のベスト10に入る。でも、もとになった事件を読むと、映画がどれだけ抑えて撮っていたかが分かる。

25. 謎の名無しさん
しばらく事件ものから離れていたのに、読むんじゃなかった。子どもが2人も亡くなって、見つかるまで誰も気づかなかったなんて、気持ちが沈む。

26. 謎の名無しさん(>>25への返信)
わかる。友人にも、小さい子が生まれてから子どもの事件を読めなくなった人がいる。母親になると、もう他人事として読めないらしい。

27. 謎の名無しさん
バナナとおむすびを夢中で食べたあと、チョコレートが食べたいと言った場面がつらい。子どもらしい、その一言がいちばんこたえた。

28. 謎の名無しさん
大家さんがいなかったら、どうなってたんだろう。お金の問題で調べ始めたとはいえ、学校と勤め先に実際に確認して、警察まで動かした。この人だけが踏み込んだんだよな。

29. 謎の名無しさん
生き残った3人が今どうしているのか、連絡を取り合えているのか、何も分からないのが悲しい。これだけ有名な事件なのに、肝心の子どもたちの声がどこにもない。

30. 謎の名無しさん(>>29への返信)
でも、声が聞こえないのは当然かもしれない。名前が出なかったから、普通に暮らせている可能性もある。そうであってほしいよ。

未解決の謎

この事件の犯人探しは終わっている。それでも解けていないのは、3つの問いである。まず、三女が亡くなった日に部屋で何があり、長男はどこまで関わったのか。報道と資料の書き方は揃っておらず、少年事件だったこともあって、詳しい経緯は公にされていない。

次に、子どもたちはその後どう生きたのか。1989年の時点で、児童相談センターは長男について「関係を修復するのは容易ではない」と話している。それ以降は、確かな情報がほとんどない。ネット上には長男の後年についての話も見られるが、裏付けを確かめられなかったので本記事では取り上げない。当事者が静かに暮らしているのなら、探り当てる必要もないのだろう。

最後に、なぜ見過ごされたのか、そして今なら防げるのか。今回の子どもたちが見えなかった原因は、出生届がないことと、それによって学校の名簿にも載らなかったことだった。文部科学省は2015年の通知で、戸籍の有無にかかわらず就学の機会を確保することは憲法上きわめて重要だとし、保護者には戸籍や住民票の有無に関係なく就学させる義務があると確認した。一方で、戸籍や住民票に記載がないと教育委員会が子どもの情報をつかめないことも認めている。同じ年の調査では、把握された無戸籍の学齢期の子142人のうち、1人が未就学で、6人に未就学の時期があった。

裏を返せば、この数字に入るのは行政が見つけられた子だけである。誰の名簿にも載らない子は、いまも、誰かが気づかなければ見つからない。あの夏、大家が扉を開けるまでの9か月間と同じように。

出典:r/TrueCrimeDiscussion 元スレ / デイリー新潮「週刊新潮が見た昭和」(2026年7月18日、全2回) / 文部科学省の通知(2015年7月8日)

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