「また誰かにさらわれると思った」5歳で消えた息子、55年後の再会で車を降りるのも怖かった

「また誰かにさらわれると思った」5歳で消えた息子、55年後の再会で車を降りるのも怖かった 行方不明・失踪

仕事から戻ると、5歳の息子がいなかった。預けていたのは、よく知らないベビーシッターの女性だった。1965年、米国ケンタッキー州の10代の母親アンナ=メアリー・バーネットは、その日を境に息子のジェリーを見失う。それから55年後の2020年2月、年老いた母の前に現れたのは、60歳ほどになった息子だった。

親子を結びつけたのは、警察でも役所でもなく、ジェリーの息子が受けたDNA検査だった。事件は「解決」と報じられた。しかし、記事を読み終えても肝心なことが分からない。あのシッターは誰だったのか。なぜ連れ去り、なぜ置き去りにしたのか。

事件の概要

🗓️ 発生日:1965年(月日は報道に出ていない)/再会は2020年2月28日

🌫️ 場所:米国ケンタッキー州(連れ去りの現場の町は不明)→デラウェア州。再会の地はケンタッキー州ハーディン郡ラドクリフ

👤 被害者:ジェリー・バーネット(当時5歳)、母アンナ=メアリー・バーネット(当時10代)

🔍 状況:母が仕事に出ている間に、よく知らないベビーシッターの女性が息子を連れて姿を消した

🕯️ 発見/結末:数年後、デラウェア州で置き去りにされ里親制度へ。2020年、息子のDNA検査をきっかけに母と再会。シッターの名前は報道に出ていない

このスレッドの元記事は米フォックスニュースの2020年2月29日付の記事で、地元局WLKYの報道をもとにしている。ほかの全国向けの配信記事も同じWLKYの報道をなぞっており、事件そのものについて当時の記録を掘り起こした報道は、調べた範囲では見つからなかった。つまり、私たちが知っているのは、ほぼ家族の側から語られた話である。

1965年の米国は、公民権運動※が大きく動いていた時期だった。のちに母は、息子を失ったころをこう振り返っている。「本当に怖かった。だって、あの公民権運動のさなかだったんだから」。

※ 公民権運動:黒人などへの人種差別の撤廃を求めた、1950〜60年代の米国の社会運動。公共の場での差別を禁じる公民権法は1964年に成立したが、その後も現場の差別はすぐには消えなかった。

判明している事実

仕事から戻ると息子が消えていた
報道によると、アンナ=メアリーは5歳のジェリーを、あまりよく知らないベビーシッターに預けて仕事に出た。戻ったときには、その女性が子どもを連れていなくなっていた。シッターの名前、年齢、どこで知り合ったのかは、どの報道にも書かれていない。

デラウェアで置き去りにされ姓も誕生日も変わった
ジェリー本人によると、シッターは彼をデラウェア州へ連れて行き、そこで置き去りにした。連れ去りから数年後のことだという。身元を示す記録が無かったため、里親制度※のもとで別の姓を与えられ、誕生日も「推定」の日付で処理された。報道は、シッターと暮らした数年の中身には触れていない。

※ 里親制度:親と暮らせない子どもを、行政の管理のもとで一般の家庭や施設が預かる仕組み。養子縁組とは違い、法律上の親子にはならない。

家族の訴えは実を結ばなかった
アンナ=メアリーと家族は、いくつもの機関に息子の捜索を頼んだが、見つからなかったと語っている。少なくとも1つの機関には門前払いされたという。その機関の名前は明らかにされていない。家族は、母親の年齢と人種のせいで役人に取り合ってもらえなかったとみている。報道は一家の人種そのものは明記しておらず、当時の捜査記録も示していない。

手がかりは次の世代のDNA検査だった
転機は、ジェリーの息子が受けた市販のDNA検査だった。結果から、ケンタッキー州にいとこと、さらに祖母がいることが分かった。いとこの助けで、父の過去がようやくつながった。息子は父をデラウェアからケンタッキーまで車で連れて行った。

再会の日、ジェリーは車を降りるのが怖かった
2020年2月28日、ラドクリフで親子は再会した。アンナ=メアリーは「ああ、なんてこと、もう興奮しちゃって」と涙を流した。一方のジェリーは、集まった人の多さにこう語っている。「車から降りるのが怖かった。人がすごい数で、また誰かにさらわれると思ったんだ」。

主な仮説

シッターの動機について、報道は何も伝えていない。仮説1〜3はいずれも元スレの読者の推測で、裏付けのある話ではない。

仮説1:自分の子として育てたかった

子どもを亡くした、あるいは手放した経験のある女性が、代わりを求めて衝動的に連れ去ったという見方。数年は手元に置いていたことと合う。ただし、5歳は自分の親を覚えている年齢で、「自分の子」にするには難しい。赤ん坊ではなく5歳を選ぶ理由としては弱い、という反論もある。

仮説2:若い母親から「救い出す」つもりだった

10代の母親に向けられる偏見が強かった時代に、「この子はもっといい家庭で育つべきだ」と思い込んだ、という説。これなら、いずれ施設などに渡すつもりだったことになり、のちに手放したことの説明もつく。ただ、それなら連れ去りから数年も手元に置いた理由が残る。

仮説3:手放したのは発覚を恐れたか、生活が行き詰まったから

なぜ母親のもとへ返さなかったのかについては、「捕まるのが怖かった」という見方が目立つ。子どもを育てる金や余裕が尽きて、身元の分かるものを残さずに去った、という読みである。一方で、本当に手放すだけなら、名前や故郷の手がかりくらいは残せたはずだという怒りの声も強い。

仮説4:見つからなかったのは、当局が動かず、記録もつながらなかったから

こちらはシッターの動機ではなく、55年かかった理由の説明である。FBIが全米の犯罪情報をまとめたデータベース(NCIC)を作ったのは1967年で、行方不明者のファイルができたのは1975年とされる。1965年に州をまたいで子どもが動けば、追う仕組みはほとんど無かった。そこに、家族が語る「取り合ってもらえなかった」という事情が重なれば、デラウェアの身元不明の少年とケンタッキーの訴えが結びつく機会は、まず無かったことになる。

海外の反応

1. 謎の名無しさん
連れ去っておいて、結局は置き去りかよ。返していれば、この家族は何十年も苦しまずに済んだのに。腹が立つ話だけど、再会できたことだけは本当によかった。

2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
同じことを思った。さらうだけでもひどいのに、そのうえ捨てる? 母親が必死に探している間、自分の子が里親のもとにいたなんて知ったら、私なら余計につらい。

3. 謎の名無しさん(>>2への返信)
返さなかったのは捕まるのが怖かったからだろうな。でも身元や家族の手がかりを一緒に残すことはできたはず。どんな事情があっても言い訳にならない。

4. 謎の名無しさん
せめて母親の家の庭とか、この子を知っている人がいる町で降ろせばよかったのに。わざわざ遠い州まで行って置いていくのが分からない。

5. 謎の名無しさん
かばう気はないけど、このシッターはまともな精神状態じゃなかったんじゃないか。先のことを何も考えず、衝動で動いたようにしか見えない。

6. 謎の名無しさん
ひとつ疑問なんだけど、5歳なら自分の名前もお母さんの顔も覚えているんじゃない? それでどうして身元が分からないままになるんだろう。

7. 謎の名無しさん(>>6への返信)
覚えていても、信じてもらえなかったのかもしれない。何年か経つうちに前の暮らしを忘れたのかも。自分も5歳より前のことはほとんど覚えていない。子ども時代がひどかったせいかもしれないけど。

8. 謎の名無しさん(>>7への返信)
逆に自分は、親が親権を失って養子に出される前に住んでいた場所をはっきり覚えている。5歳になる前の話だ。そこは人によるとしか言えないと思う。

9. 謎の名無しさん
小さい子の記憶って大人が思うより簡単に書き換えられるんだよ。「本当のお母さんはもうお前を要らないと言った」「死んだんだ」と言われ続けたら、5歳の子は信じてしまう。

10. 謎の名無しさん
考えを並べるだけだけど、犯人は自分が子どもか母親のためになることをしていると思い込んでいたのかも。10代の母親は当時、いろんな目で見られていただろうから。

11. 謎の名無しさん(>>10への返信)
60年代なら、10代の母親より「ちゃんとした家庭」で育つほうがこの子のためだと本気で信じてもおかしくない。最初から施設に預けるつもりだったのかもしれないな。

12. 謎の名無しさん
読んでいて少し泣いてしまった。子どもを失うなんて想像もできない。これからたくさんの時間を一緒に過ごしてほしい。

13. 謎の名無しさん(>>12への返信)
10代で母親になった人だから、親子の年が近いんだよね。まだ一緒に過ごす時間はあるはず。そう思いたい。

14. 謎の名無しさん
いや、お母さんはもうかなりの高齢だよ。55年分を取り戻すには全然足りない。だからこそ、2人とも生きているうちに間に合ったことがすごいと思う。

15. 謎の名無しさん
DNAサイトのおかげで、こういう話はこれからもっと出てくるだろうな。うちも23andMe※で、祖父に養子に出された隠し子がいたと分かった。外国で育った人で、見つかったときには祖父もその子どもたちも亡くなっていた。父に「妹がいたんだよ」と伝えられなかったのが心残りだ。

※ 23andMe:米国の市販のDNA検査サービス。唾液を送ると祖先の情報のほか、登録者の中から血縁者が見つかることがある。

16. 謎の名無しさん
うちの祖母にも隠し子がいた。出生証明書に父親の名前がなくて、分かっているのは戦争中にニュージーランドに来ていた米兵ということだけ。祖母が検査を受けてくれたら、と思っている。

17. 謎の名無しさん
記事の中で一番重いのは「本当に怖かった、あの公民権運動のさなかだったんだから」という言葉だと思う。あの時代の10代の母親が、当局に頼ってもどうにもならなかったなんて。

18. 謎の名無しさん(>>17への返信)
そうだよな。警察に頼ることそのものが怖かった人もいた時代だ。それでも結局みんな同じことを思う。シッターはなぜ何年も手元に置いて、それから捨てたんだ?

19. 謎の名無しさん
かわいそうに、最初は連れ去られていることすら分からなかっただろうな。「お母さんはいつ来るの?」と聞く5歳の子に、この女はいったい何と答えていたんだろう。

20. 謎の名無しさん
「また誰かにさらわれると思った」って言葉が刺さった。はっきりした記憶は無くても、何かがおかしかったという感覚は、ずっと体に残っていたのかもしれない。

21. 謎の名無しさん
でもこの人には、あの誘拐ジョークを言う権利があると思う。55年越しの再会で、あれを言える人の強さよ。

22. 謎の名無しさん
60年代に子どもを連れて州をまたぐ? 朝飯前だよ。監視カメラも無いし、誰かが顔写真付きの情報をすぐ回してくれる時代でもない。

23. 謎の名無しさん(>>22への返信)
カナダ人なんだけど、米国の州境って国境みたいなものなの? こっちの州境は、看板とトイレがあるだけで、ただ道が続いているだけなんだけど。

24. 謎の名無しさん(>>23への返信)
いや、街から街へ移るのと同じだよ。「ようこそ」の看板があって、制限速度が変わるくらい。裏道なら越えたことにも気づかないと思う。

25. 謎の名無しさん
姓が変わるだけじゃなく、誕生日まで推定というのがきつい。自分がいつ生まれたかも分からないまま、60歳近くまで生きてきたわけだ。誕生日を祝うたびに何を思っていたんだろう。

26. 謎の名無しさん(>>25への返信)
里親の家で育つと、自分のルーツより今日の暮らしのほうが切実だったはず。自分を望んでいたかも分からない家族を探す余裕なんて、なかったんじゃないかな。

27. 謎の名無しさん
水を差すようだけど、当局が動かなかったというのは家族の側の話だけだよね。60年前の記録なんて残っていないだろうし、当時の対応が実際どうだったかは確かめようがない。感動はするけど、そこは分けて読みたい。

28. 謎の名無しさん(>>27への返信)
記録が無いこと自体が答えみたいなものだと思う。ちゃんと捜査していたら、どこかに名前くらい残っているはず。シッターの名前が今も出てこないのがすべてだろう。

29. 謎の名無しさん
それで、シッターはどうなったの? まだ生きているなら罪に問えないのかな。この女についてもっと知りたい。一番肝心な人物だけ、記事に何も書かれていない。

30. 謎の名無しさん(>>29への返信)
偽名を使っていた可能性もあるよね。もう亡くなっているなら、死ぬ前に身近な誰かにだけ打ち明けたのかもしれない。誰かが知っていて、今も黙っている気がしてならない。

未解決の謎

親子は再会した。その意味で事件は終わっている。だが、調べた範囲では、再会後の続報は見つからなかった。シッターが特定されたという報道も、捜査が開かれたという報道も無い。2020年の時点ですら、事件の中心にいた女性の名前は記事に出てこなかった。

一番大きな謎は、やはりシッターの動機である。5歳の子を連れて州を越え、数年も一緒に暮らし、なぜ突然手放したのか。そして、なぜ母親のもとへ返す道を取らず、名前すら残さなかったのか。ここが分からない限り、「よく知らない人に預けた」という一文の先には何も見えてこない。そもそも母親はあの女性の素性をどこまで知っていたのか、名乗っていた名前が本名だったのかも分からない。

もう一つの謎は、55年という時間の長さである。5歳のジェリーは、自分の名前や母親のことをデラウェアで誰かに話さなかったのか。話したとして、なぜケンタッキーの訴えと結びつかなかったのか。家族を門前払いした機関はどこで、どんな記録が残っているのか。全米の情報をつなぐ仕組みが無かった時代の事情に、家族の語る差別がどれほど重なっていたのかは、確かめられていない。

結局、この事件を解いたのは捜査ではなく、孫の世代が受けた1回のDNA検査だった。母と息子は取り戻せたが、シッターと過ごした数年の間に何があったのかは、ジェリー本人の記憶の中にしか残っていない。「また誰かにさらわれると思った」という60歳ほどの男性の言葉だけが、その空白の重さを伝えている。

出典:r/UnresolvedMysteries 元スレ / Fox News(2020年2月29日) / WLKY-TV、Cox Media Group、Law Officer の報道

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