「ママ、今日は食べたくない」昼食代を渋々受け取った16歳、フロッピーに別れの手紙を残して消えた

「ママ、今日は食べたくない」昼食代を渋々受け取った16歳、フロッピーに別れの手紙を残して消えた 行方不明・失踪

1995年3月15日の朝、オーストリアの首都ウィーン。玄関を出ようとした16歳の少年を、母親が呼び止めた。毎朝台所に置いてある昼食代を、息子が持たずに出ようとしていたからだ。「ママ、今日は食べたくない」。お金を持たずに行くのは許さない、と母親が手に握らせると、少年はため息をついて受け取り、学校へ向かった。母親が息子の姿を見たのは、これが最後になった。

少年の名はミルコ・バンディッチ。その日、学校の物入れには1枚のフロッピーディスクが残されていた。中にあったのは英語で書かれた別れの手紙で、自ら命を絶つと書かれていた。ところが当時の捜査責任者は、この自殺は「あまりにも完璧に演出されている」と見た。遺体は、31年たった今も見つかっていない。

事件の概要

🗓️ 失踪日:1995年3月15日

🌫️ 場所:オーストリア・ウィーン(通っていた私立のインターナショナルスクールを午前10時すぎに出たまま行方不明)

👤 行方不明者:ミルコ・バンディッチ(16歳。6日後に17歳の誕生日を控えていた)

🔍 状況:自宅の机にポーランド語のメモ、学校の物入れに別れの手紙を保存したフロッピーディスク。パスポートは持たず、所持金もわずかだった

🕯️ 現状:遺体は見つかっていない。2026年現在も、行方不明者の家族を支える団体が情報を求めている

ミルコは1978年、ハンガリーのブダペストで生まれた。母親はポーランド出身、父親はブダペスト生まれのクロアチア人で、一家は1980年代の初めにウィーンへ移り住んだ。両親は懸命に働き、一人息子を学費の高い私立のインターナショナルスクールに通わせた。成績は最上位で、物理が得意、コンピューターに強い関心があった。母親とは、ドイツのミュンヘンの大学で何を学ぶかを話し合っていたという。

身長185センチ、青い目に眼鏡。鍛えた体の持ち主で、水泳がとても得意だった。ポーランド語、ドイツ語、英語を完璧に話し、ハンガリー語とクロアチア語もできた。オーストリアでは2019年だけで約1万1000人が行方不明として届けられたが、ほとんどは見つかり、長く解決しないまま残るのは年に10件ほどだという(連邦刑事庁)。何の問題もなさそうに見えた少年の失踪は、その数少ない一つになった。

判明している事実

「gameover」という名前の手紙
その日の昼、いつものように学校の前で待っていた母親の前に、ミルコは現れなかった。午前10時すぎに授業を抜けて、学校を出ていたのだ。帰宅した母親は、息子の机の上にメモを見つける。書かれていたのは、ふだん母親との会話ではほとんど使わないポーランド語で、学校の物入れにフロッピーディスクがある、という内容だった。ディスクには「gameover」という名前で、1ページ分の英語の手紙が保存されていた。書き出しは「みなさん、こんにちは。いや、『さようなら、みなさん』のほうがふさわしいかな……」。

手紙は前日の夜に書き始められている。冒頭には、いまは19時24分で、友だちから電話があったばかり、オフスプリング(米国のパンクバンド)を聴きながら書いている、とある。続けて「悪い人生だったわけじゃない。気立てのいい両親のもとで、中流の上の家庭の一人息子として、最高の人生を送ってきた」「ひどいストレスや八方ふさがりの状況といった、よくある理由じゃない」。前半は「さて、ちょっと飯を食ってくる」で終わり、翌日の分はこう始まる。「くそっ、時間までに書き終わらなかった。宿題のときといつもいっしょだ。続きは学校のマック室で書くしかない」。絶望を訴える言葉はなく、乾いた調子で、ときに冗談めかしてさえいる。そして手紙は、ドナウ川に架かるライヒス橋※へ向かい、そこで命を絶つと告げる一文で終わっていた。

※ ライヒス橋:ウィーン市内でドナウ川に架かる大きな橋。車道と地下鉄が通り、人や車の行き来が多い。

一文だけの遺言と、前の晩の電話
ミルコは姿を消す直前、学校で「遺言」も書いていた。中身はたった一文で、自分が死んだらパソコンを親友に譲る、というもの。別の同級生が証人として署名していた。その前の晩、ミルコは居間で落ち着かない様子で電話を待っていた。ベルが鳴ると飛びつき、電話を自分の部屋に持ち込んでドアを閉め、親友と30分ほど話した。母親には、それがひどく珍しいことに見えた。

捜査責任者が自殺説をとらなかった理由
当時ウィーン警察で行方不明者の捜査を率いていたクリスティアン・マーダーは、ミルコがパスポートを持たず、お金もほとんど持っていなかったにもかかわらず、自ら命を絶ったとは考えなかった。まず、自殺としては「あまりにも完璧に演出されている」。母親が意見を求めた危機介入センターのゾネック教授も、別れの手紙にしては長すぎ、詳しすぎると指摘した。夜に書き始め、翌朝に学校で打ち終えるという書き方も、死を決めた人には珍しいという。さらに、人通りの多い橋で、午前中にそんなことがあれば誰かが気づいたはずだ。だが目撃者はおらず、大がかりな捜索でも、ミルコと一致する遺体は見つからなかった。

家を出たかった少年
両親は、ミルコにマトゥーラ※を受けさせたかった。一方のミルコは、学校を終えるより、働いてお金を稼ぎたがっていたという。失踪の数日前には学校の水泳遠征でブダペストへ行き、メダルを5つ取っている。そのとき、期限の切れたパスポートでも国境を越えられたのを目にして、驚いていた。直前には、外国で学ぶための情報を集めるフェアにも足を運んでいた。警察は新聞記事を通じて、児童福祉の窓口に連絡すればいいこと、18歳で成人と認めてもらう手続きがあり、そうなれば親元に戻らなくて済むことを本人に呼びかけた。だが、返事はなかった。

※ マトゥーラ:オーストリアなどドイツ語圏の中等学校の卒業試験。合格すると大学に進む資格が得られる。

途切れた手がかり
警察はミルコが連絡を取っていた電話番号を洗い直し、インターポール(国際刑事警察機構)を通じて国外にも手配したが、何も出てこなかった。ある日、フランスで保護された、ひどくやせ細った身元不明の若い男性の写真がマーダーのもとに届く。眼鏡も顔立ちもミルコに似ていたが、指紋を照合した結果、別人だった。知人がウィーンのショッピングモールで見かけたという話もあったが、それ以上の手がかりにはならなかった。母親は専門家に頼んで息子のパソコンのデータを調べ、ネット上のつながりをフィンランドまでたどった。ORF※の記者を名乗る男から電話があったものの、ORFにそんな記者はいなかった。街の壁や地下鉄の駅で、凝った字体の「Mirko」という落書きを何度も目にしたこともある。その後も長いあいだ自宅には無言の電話がかかり続け、母親は息子からだったと信じている。

※ ORF:オーストリア放送協会。オーストリアの公共放送。

主な仮説

仮説1:手紙に書いたとおり、自ら命を絶った

元スレのコメント欄でいちばん多かった見方。手紙には、物心ついたころからずっとそのことを考えてきたと淡々と書かれており、はっきりした理由がないまま気持ちが沈んでいく、重い抑うつの表れとも読める。昼食代を渋ったこと、パソコンを譲る遺言を残したこと、パスポートを持たず、お金もほとんど持たなかったこと、そして31年間、確かな連絡が一度もないことも、この説に合う。「死を考える人の手紙に決まった型はない」として、ゾネック教授の見立てに反論する声も多かった。弱点は、目撃者がいないことと、遺体が見つかっていないことだ。

仮説2:誰かの手を借りて国外へ渡り、別の名前で暮らしている

捜査を率いたマーダーの見方。2019年の取材では「自ら命を絶ったのではなく、誰かの手を借りて、自分の意思で国外へ出た」「おそらく、とうに別の名前で安定した暮らしを築いている」と語り、2020年にも「まだ生きていると確信している」と話している(ただし「行方不明の事件だから、確かなことは分からない」とも付け加えた)。根拠は、整いすぎた手紙、目撃者のいない橋、ミュンヘンや外国の大学への関心、ブダペストで見た国境の様子、そしてマトゥーラをめぐる親との食い違いだ。ミルコは家の鍵も持って出ていた。母親も、数日前の水泳でメダルを5つ取った息子について「死のうとしている人間が、あんなふうに勝負にこだわるはずがない」と話し、落ち込んだ様子は一度も見なかったという。ただ、身分証も持たない16歳が、31年も見つからずに暮らせるのかという疑問は残る。

仮説3:家を出たあとで、誰かにだまされたか、事件に巻き込まれた

家出か自殺かのどちらでもなく、学校を出たあとで別の何かが起きたという見方。母親は2020年の取材で「誰かが息子をだましたのだと思う」と話し、のちには、国外に出た先でカルト的な団体に取り込まれたのではないかと考えるようになった。元スレにも「戻るつもりで家を出て、たまたま危険な人物に出会った可能性もある」という声があった。ただし、裏付けになる手がかりは何ひとつない。1990年代の取材では、母親自身も、息子がカルトや薬物、犯罪者と接点を持っていたとは考えにくいと話していた。

海外の反応

1. 謎の名無しさん
オーストリアは、自殺の報道に関するガイドラインを早くから作った国なんだよ。だから、もし本当に自殺だったとしても、続報が記事になることはまずない。「ニュースが無い」こと自体は、生きている証拠にはならないと思う。

2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
ジャーナリズムの学校で最初に教わったのがそれだった。法律で禁じられていない国でも、自殺を詳しく書かないのは報道の最低限のルールとされてる。報じられないまま終わる死は、みんなが思っているよりずっと多いよ。

3. 謎の名無しさん
遺体が見つかっていないこと以外は、そこまで謎めいた話には見えない。手の込んだ失踪を計画していたなら、昼食代を断ろうとするのはおかしいでしょ。手紙に書いたことを本当にやるつもりだったなら、悲しいけど筋は通ってしまう。

4. 謎の名無しさん
自分には、手紙どおりの結末に見える。専門家が「別れの手紙にしては長すぎる」と言ったことには、正直あまり意味がないと思う。死を考えている人の書き方や振る舞いに、決まった型なんてないんだから。

5. 謎の名無しさん(>>4への返信)
手紙はいかにも17歳前後が書きそうな文章だと思った。よく書けているけど、中身は単純でまっすぐ。あの朝「今日は食べたくない」と言ったのも、気持ちがずっと沈んでいたからだと考えれば、つじつまが合う。

6. 謎の名無しさん
自分も落ち込んでいるときは、何も喉を通らなくなる。昼食代を握らされてため息をついた場面が、この話の中で一番つらかった。お母さんは、あの朝のことを何度思い返したんだろう。

7. 謎の名無しさん
ゾネック教授を「古い考えの専門家」扱いしてるコメントが多いのは気になる。この人はオーストリアの自殺予防と危機介入の第一人者で、国に相談の仕組みを根づかせた人だと聞いてる。その人が「典型的じゃない」と言ったのは軽くないよ。

8. 謎の名無しさん(>>7への返信)
それでも、型に当てはまらないから違う、とは言えないと思う。祖父が自ら命を絶ったとき、孫一人ひとりに長くて丁寧な手紙を残していった。何日もかけて書いたはず。なのに警察は「典型的じゃない」と言って、半年も家族を問いただした。

9. 謎の名無しさん
仕事でこういう問題に関わってきて、自殺をひとくくりに語るのは難しいと学んだ。データで裏付けられることもあるけど、世間の思い込みの多くは当たらない。一語だけの書き置きも、長い手紙も、同じように本物でありうる。

10. 謎の名無しさん
前の晩の電話は、母親には不自然に見えたんだろうけど、16歳が電話を自分の部屋に持っていって30分話すのはよくあることだと思う。最後に話す相手だと思っていたなら、なおさら誰にも聞かれたくないはず。

11. 謎の名無しさん(>>10への返信)
手紙の書き出しに、友だちから電話があったばかりだと書いてあるよね。母親が覚えているのは、たぶんその電話のこと。謎というより、手紙を書き始める直前の電話だったんだと思う。

12. 謎の名無しさん
当時の記事を読むと、警察はミルコが連絡を取っていた電話番号を洗い直したけど、何も出てこなかったらしい。インターポールを通じた国外の手配も空振り。電話の相手から何か出ていれば、とっくに動いていたはず。

13. 謎の名無しさん
きつい言い方になるけど、親が子どもの変化に気づけず、息子の死を受け入れられずにいる、よくあるケースに見える。いつか遺体が見つかって、家族が区切りをつけられるといいんだけど。

14. 謎の名無しさん(>>13への返信)
親の思い込みで片付けるのは乱暴だと思う。生きていると言っているのは母親だけじゃなく、捜査を率いた刑事もなんだから。たくさんの家出人を見てきたプロが「完璧に演出されすぎている」と言うのには、それなりの理由があるはず。

15. 謎の名無しさん
警察が新聞記事を通じて「親元に戻らなくて済む方法もある」と呼びかけたのが印象に残った。本気で家出の可能性を考えていなければ、そこまではしないよね。それでも何の反応もなかったのは重い。

16. 謎の名無しさん
この事件は、1995年に担当した刑事が書いた本で読んだことがある。刑事は今もミルコがどこかで新しい人生を始めたと信じていた。でも、本人の事件まとめを読んだ自分は、正直あまり納得できなかった。警察は表に出していない何かを知っているのかもしれないけど。

17. 謎の名無しさん
ブダペストの話がずっと引っかかってる。期限切れのパスポートでも国境を越えられたのを見て驚いた、その数日後に消えてるんだよね。ミュンヘンの大学を考えたり、留学のフェアに行ったりしていた子が、外への出口を探していたように見える。

18. 謎の名無しさん(>>17への返信)
でも当日はパスポートを持って出ていない。当時はハンガリーとの国境にまだ検問があったし、語学ができても、身分証なしの16歳が31年も見つからずに暮らすのは相当難しいと思う。モールで見かけたという話も、すれ違っただけなら見間違いはいくらでも起きる。

19. 謎の名無しさん
パソコンを譲るという遺言に、同級生が証人として署名しているのが不思議。書いた時点で、周りは本気だと思わなかったのかな。16歳が遺言なんて、ふつうは書かないと思うんだけど。

20. 謎の名無しさん(>>19への返信)
10代のころ、友だちと冗談半分で「死んだらこのゲーム機はお前にやる」みたいな遺言を書いたことがある。別に死にたかったわけじゃない。署名した子も、ふざけた紙だと思ったんじゃないかな。

21. 謎の名無しさん(>>20への返信)
いや、さすがに普通じゃないよ。冗談でも、死んだあとにパソコンを譲るって紙に証人のサインまで付けるのは変わってる。ただ、それが死ぬための準備だったのか、あとで取りに来るための段取りだったのか、どっちにも読めるのが厄介なんだよな。

22. 謎の名無しさん
手紙はずっと皮肉っぽい調子で書かれている。「悪い人生だったわけじゃない」とわざわざ念を押しているのは、才能のある10代が陥りやすい、生きる意味そのものに行き詰まるタイプの落ち込みに見える。誰にも分かってもらえないと感じていたんじゃないかな。

23. 謎の名無しさん(>>22への返信)
原因になるような子ども時代のつらい経験があったはず、と考えたくなるけど、そうとは限らないよ。はっきりした理由がなくても、心の調子が崩れることはある。だから周りも気づけないんだと思う。

24. 謎の名無しさん
勝手な妄想だけど、語学とコンピューターの才能を買われてどこかの情報機関にスカウトされ、家族を守るために過去を消した……みたいな話だったらいいのに、とつい思ってしまう。

25. 謎の名無しさん(>>24への返信)
気持ちは分かる。でも31年待っている母親がいる話で、その手の想像はちょっと酷かな。生きているにしても、たぶんもっと地味で、もっと寂しい理由だと思う。

26. 謎の名無しさん
オーストリアに住んでいる。ドナウ川は本当に大きくて、流れも川底の様子も変わり続けているから、遺体が見つからないこと自体はそれほど不自然じゃないと思う。

27. 謎の名無しさん(>>26への返信)
でもライヒス橋では、事故があるたびにダイバーが出ている。ウィーンの警察はあの川に慣れているはずで、本当にそこで亡くなっていたなら見つかっていたと思う。目撃者がいないのも含めて、橋の話はどうも腑に落ちない。

28. 謎の名無しさん
同じ学校に通っていたんだけど、この投稿を読んで初めて知った。あの学校でそんなことがあったなんて、在学中は一度も聞いたことがなかったよ。

29. 謎の名無しさん
母親のことを思うと胸が痛む。ORFの記者を名乗る謎の電話も、街の「Mirko」の落書きも、すがれるものには全部すがったんだと思う。自分が親でも、亡骸を見るまでは諦められない。

30. 謎の名無しさん(>>29への返信)
分かる。もしミルコがどこかで生きているなら、今からでも一言だけ連絡してほしい。お母さんは「ママ、生きてるよ」と電話が来たら、すぐに「ばかなことをしたのは、あなただけじゃない」と言うつもりなんだから。

未解決の謎

31年たっても、ミルコをめぐる事実はどれも二通りに読める。手紙の落ち着いた調子は、心を決めた人の静けさにも、家出を隠すための芝居にも見える。パスポートもお金もほとんど持たなかったことは自殺説を支えるが、目撃者も遺体もないことは家出説を支える。警察が新聞を通じて呼びかけても返事はなく、フランスで見つかった若者も別人だった。どの手がかりも、どちらか一方の説に決めさせてはくれない。

確認できた範囲では、2019年のクローネン・ツァイトゥング紙と2020年のディ・プレッセ紙の記事を最後に、捜査が動いたという報道は見当たらない。マーダーが立ち上げた、行方不明者の家族を支える団体「Österreich findet euch(オーストリアは、あなたたちを見つける)」のサイトには、2026年の今も、ミルコの捜索ページが残されている。

父親は、息子の消息を聞けないまま亡くなった。母親は2020年の取材で、今もほとんど毎日ミルコのことを考えると話し、こう続けている。「今でも、あの子から連絡が来るのを待っています。『ママ、生きてるよ。ばかなことをしちゃった』って。そうしたら、すぐに言うんです。『ばかなことをしたのは、あなただけじゃない』と」。2019年の冬には、今年も息子のためにクリスマスツリーを飾ると語っていた。手紙の言葉と、刑事の見立て。どちらが正しかったのかは、31年たった今もわからない。

※ 悩みを抱えている方は、ひとりで抱え込まずに相談してください。厚生労働省のサイト「まもろうよ こころ」で、電話やSNSの相談窓口を探せます。

出典:r/UnresolvedMysteries 元スレ / Die Presse(2020年6月22日) / Kronen Zeitung(2019年12月8日) / Österreich findet euch の捜索ページに掲載された1990年代の雑誌記事

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