群馬県の山あいにある霧積温泉は、その名のとおり霧の多い土地で、いまは一軒宿の金湯館だけが残っている。1972年の夏、この宿に一人で泊まった24歳の女性が、翌日、歩いて山を下りる途中で消息を絶った。3日後、彼女は宿から3.5キロほど離れた林道脇の作業小屋で、遺体となって見つかる。
小屋に残されていたカメラには、5枚の写真が写っていた。そのうち帰り道の写真について、「自分が撮った」と新聞社に電話してきた男がいる。男は警察に行くと約束したまま姿を見せず、名乗った住所にも勤め先にも、該当する人物はいなかった。事件は1987年に時効を迎え、54年がたったいまも、誰が彼女を殺したのか、最後の写真を撮ったのが誰なのかは分かっていない。
事件の概要
🗓️ 発生日:1972年(昭和47年)8月13日。死亡推定時刻は同日の夕方
🌫️ 場所:群馬県碓氷郡松井田町(現・安中市)の霧積温泉付近。遺体は宿から約3.5キロ離れた林道脇の作業小屋で見つかった
👤 被害者:井上恵子さん(24歳)。伊勢崎市に住み、ガソリンスタンドに勤めていた(元スレでは23歳の会社員)
🔍 状況:一人で宿を出て、歩いて山を下りる途中で消息を絶った。全身に24か所の刺し傷があり、死因は失血死
🕯️ 結末:延べ約8千人の捜査員を投入しても犯人は分からず、1987年8月13日に公訴時効が成立した
霧積温泉は、軽井沢が別荘地として開ける前から避暑地としてにぎわった。1910年の山津波で大きな被害を受け、残ったのは明治17年(1884年)創業の金湯館だけで、1981年まで電気の通っていない「ランプの宿」だった。森村誠一が、宿の弁当の包み紙に刷られていた西條八十の詩から『人間の証明』を着想したと伝えられる宿でもある。
元スレは英語圏の掲示板 r/TrueCrimeDiscussion への投稿(2026年7月)で、日本語の資料(鉄人社の書籍をもとにした文春オンラインの記事)とは、年齢や凶器などの細部が違う。以下は日本語の資料を軸にし、元スレにしかない話はそう断って書く。
判明している事実
母と弟が来られなくなった一人旅
井上さんは母親と弟の3人で泊まるつもりで、8月2日に宿を予約していた(金湯館には電話がなく、麓にある霧積温泉の出張所が受け付けた)。ところが出発の前日、母と弟にそれぞれ急用が入り、彼女は一人で行くことにした。12日、出張所に着いた彼女は、宿までの約10キロを歩こうとして、職員にハイヒールでは無理だと止められ、近くの雑貨屋で運動靴を買ってマイクロバスを待った。宿に着いたのは15時過ぎ。2人が来られないことは前もって伝えておらず、夕方に2人分の食事を取り消したという。金湯館に泊まるのは3度目だったが、受付では「初めて泊まる宿」と話していたとされる。
「歩くと3時間以上かかる」と止められた下山
13日の朝、井上さんは宿のアルバイトの学生にカメラを渡し、宿の水車を背に写真を撮ってもらった。10時にチェックアウト。女将は、女性一人では危ないうえに歩けば3時間以上かかると、マイクロバスを勧めたが、彼女は「大丈夫です。歩いて帰ります」と答えて宿を出た。足元は前日に買った運動靴だった。13時ごろ、宿から1キロほど下った坂を一人で歩く姿を、2人連れの客が見ている。大人の足なら15分ほどの距離に、3時間かかっていたことになる。14時ごろには、同じ宿に泊まっていた親子3人が、宿から5キロほどの地点で彼女に会い、車に乗るよう声をかけた。彼女は丁寧に断った。これが最後の目撃になった。
林道脇の作業小屋で見つかった遺体
15日には姉が現地を捜し歩き、16日、父親が警察に捜索願を出して、近所の人たちと捜索隊をつくった。その日の16時半ごろ、一行は林道脇の古い作業小屋を見つける。奥の8畳間まで何かを引きずった跡が続き、重ねたトタン板の下に井上さんが倒れていた。全身に24か所の刺し傷があり、司法解剖では、刃渡り10センチほどの刃物で何度も刺されたことによる失血死、死亡推定時刻は13日の夕方とされた。出血の量が少なかったことから、ほかの場所で殺されてから小屋に運ばれたとみられている。小屋にはカメラ、手編みの白い帽子、10時9分で止まった腕時計など、持ち物43点が残っていた。地下足袋※の足跡と血の付いた軍手の跡があり、小屋の前の道にはタイヤの跡もあった。
※ 地下足袋:ゴム底の付いた足袋。当時は建設現場や山仕事、農作業で広く履かれていた。
元スレは、小屋の床が大量の血で染まり、傷の形から2種類の刃物が使われた可能性があると書くが、日本語の資料ではこの2点は確かめられない。
カメラに残っていた5枚の写真
現像したフィルムには、現地で撮られたとみられる写真が5枚あった。1枚目と2枚目は、金湯館で従業員に撮ってもらったもの。3枚目と4枚目は、帰り道の途中にある池の堰堤(せき止めの土手)のあたりで、白い帽子を手にポーズを取る姿。5枚目は、藪の中にぼんやりと立つ姿だった。3枚目から5枚目を撮った人物を探すため、警察は地元紙の上毛新聞に写真を載せて情報を求めた。元スレは、5枚目の下のほうには妙な光が写り込み、彼女の表情はこわばっていたと伝えられる、と書くが、日本語の資料に光の話は出てこない。
「石田」と名乗った男
写真が載ると、「石田」と名乗る22歳の修理工の男が上毛新聞社に電話をかけてきた。13日の昼過ぎに友人と霧積川へ釣りに来ていて、井上さんらしい女性に頼まれて2回シャッターを切り、何事もなく別れたという。元スレによれば、男は、カメラの使い方が分からないと言うと彼女に「シャッターを押すだけ。簡単よ」と言われた、と話したという。男は警察に出向いて話すよう求められたが、二度と現れなかった。男が話した東京都世田谷区の住所(元スレでは下北沢)にも勤め先にも、該当する人物はいなかった。警察はこの電話を「いたずら」と結論づけたが、犯人が捜査の様子を探るためにかけた電話だとみる捜査員もいた。上毛新聞は群馬県内だけで配られる地方紙で、東京の人が目にする機会はほとんどなかったはずだ、という指摘もある。元スレは男を「ヨシダ・イシダ」と書くが、日本語の資料にあるのは「石田」という姓だけだ。
県警は捜査本部を置いて200人の捜査員を動員し、温泉客や登山客、宿の従業員、霧積ダムの建設工事の作業員も調べたが、疑わしい人物は浮かばなかった(元スレは、お盆でダムの作業員の多くが帰省していたとも書く)。発生から1年で延べ約8千人の捜査員が投入され、約6千人と車約1400台が調べられたが、手がかりはつかめないまま、1987年8月13日、当時15年だった殺人罪の公訴時効が成立した。
主な仮説
仮説1:電話をかけてきた「石田」が犯人だった
捜査員の中にもあった見方だ。架空の住所と勤め先は、最初から見つかるつもりがなかった証拠ではないか。群馬の地方紙に反応できたのなら、東京に住んでいたという話のほうが怪しい。ただ、男が話したのは写真を2枚撮って別れたということだけで、コメント欄にも、新聞に出ていない話は何もしていないという指摘がある。警察の結論どおり、事件に便乗しただけの人物だったとも考えられる。
仮説2:山で働く人など、土地に詳しい人間の犯行
遺体が運び込まれたのは林道脇の古い作業小屋で、山に入る人でなければ存在を知るのは難しい。地下足袋の足跡と軍手の跡も、山仕事や工事の現場を思わせる。元スレは、捜査が最後には現場の近くにいた釣り人に絞られていったと書く。ただ日本語の資料では、宿の従業員やダムの作業員を含めて疑わしい人物は浮かばなかったとされる。
仮説3:車で通りかかった人物による行きずりの犯行
小屋の前にはタイヤの跡があり、遺体はほかの場所から運ばれたとみられている。一人で山道を下る女性に、車で通りかかった誰かが目をつけた、という筋書きだ。ただ彼女は、同じ宿に泊まっていた親子連れの誘いさえ丁寧に断っている。見知らぬ人物の車に自分から乗ったとは考えにくく、そうでなければ力ずくで連れ去られたことになる。
仮説4:2人組の犯行
元スレは、2種類の刃物が使われた可能性から、警察は2人組の犯行も否定できなかったと書く。電話の男も「友人と釣りに来ていた」と話している。コメント欄では、男は2人のうちの1人で、名乗り出ようとして相棒に止められたのでは、という説がよく挙がっていた。一方、日本語の資料に2本目の刃物の話は出てこない。
海外の反応
1. 謎の名無しさん
この事件でいちばん背筋が寒くなるのは、「イシダ」を名乗った男だ。自分から新聞社に連絡して、写真を撮ったときの様子まで話しておきながら、そのまま消えた。名前も住所も勤め先も全部でたらめ。事件に関わっていたか、何かを見て怯えていたのでもなければ、ここまでして話に割り込む理由が分からない。
2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
犯人は2人いて、電話の男はその片方だった、という説はわりと有名だよ。本当は自首したかったのに、相棒に止められたか、脅されて黙ったという筋。もう一つは、男が警察とマスコミをからかって遊んでいたという説。偽の名前と住所と勤め先を使ったのも、それなら説明がつく。
3. 謎の名無しさん(>>1への返信)
偽の情報提供なんてしょっちゅうある。ヨークシャー・リッパー※のときも、別人が犯人を名乗って手紙と録音テープを警察に送りつけた。そのせいで捜査は別の土地に向き、ピーター・サトクリフが捕まるまでさらに1年半かかったんだ。
※ ヨークシャー・リッパー:1970年代後半に英国北部で女性13人を殺害したピーター・サトクリフの呼び名。1981年に逮捕された。
4. 謎の名無しさん
怖かっただろうな。刃物が2種類あったっていうのは1人の犯人にしては妙だから、犯人が複数いた可能性には賛成。それに、写真を撮ったと自分から認めた男が、そのまま消えたっていうのもおかしい。
5. 謎の名無しさん(>>4への返信)
電話の男が犯人、少なくとも犯人の1人だったと思う。事件のあとで首を突っ込んで楽しむのは、犯人によくあることだ。最初から協力する気なんてなくて、事件に関わってる誰かとその話をしてみたかっただけなんじゃないか。
6. 謎の名無しさん(>>5への返信)
犯人だったとは思えないな。男が話した中身には、新聞を読めば誰でも分かること以上の情報が何もない。本当に犯人なら、もう少し何か漏らしそうなものだ。
7. 謎の名無しさん
意味なんてないこともあるよ。こういう事件では、何か見たと電話してくるけど実は全部作り話って人が多いし、やってもいない殺人を自白する人までいる。あの男は本当のことを言っていて、何かの理由で身元を明かしたくなかっただけかもしれない。
8. 謎の名無しさん
電話の男は、たぶん犯人か犯人の1人だと思う。罪悪感から電話したのか、自分の事件に謎を足すのが楽しかったのか。偽名を使ったのは、ある程度は本当のことを話しつつ、絶対に見つかりたくなかったからだろう。一人で山を歩いていて、目撃者のいない場所で運悪く犯人と出くわしたんだと思う。
9. 謎の名無しさん
東京の下北沢に住んでいるはずの男が、群馬の地元メディアにわざわざ連絡してきたってところが引っかかる。遠くに住んでる人が、地方の事件の写真にどうやって気づいたんだ?本当は現場の近くにいた人間なんじゃないのか。
10. 謎の名無しさん
10時に宿を出て、1時ごろには1キロも離れていない所にいたって、どういうことだろう。写真を撮りながらのんびり歩いたとしても長すぎる。この3時間に何があったのかが分かれば、話はかなり変わる気がする。
11. 謎の名無しさん
殺人に時効があるなんてどうかしてる!犯人が分かっても裁けないってことだろ。いまは変わってるといいんだけど。
12. 謎の名無しさん(>>11への返信)
自分も読んでいて驚いた。調べてみたら、日本では2010年に殺人の時効が廃止されてるみたいだね。
13. 謎の名無しさん(>>12への返信)
そう、なくなったのは2010年。大きかったのは世田谷一家殺害事件で、2015年に時効を迎えさせるわけにはいかないという声だった。ほかの未解決事件の遺族も廃止を求めた。ただ、さかのぼっては適用されないから、その時点で時効が成立していた事件は、いまも起訴できないままだ。
※ 2010年4月27日に成立・施行された改正刑事訴訟法で、殺人罪などの公訴時効が廃止された。施行の時点で時効が成立していない過去の事件にも適用される。廃止を求めた中心は、世田谷一家殺害事件の遺族らが2009年に結成した遺族の会「宙の会」だった。
14. 謎の名無しさん
殺人に時効なんて、あってはならないと強く思う。アメリカでは殺人に時効はないから、なおさら驚いた。
15. 謎の名無しさん
山道を歩くのにハイヒールを持ってくるのは変じゃないか。どんな所へ旅行するかは分かってたはずなのに。
※ 日本語の資料によると、井上さんは近くの雑貨屋で運動靴を買い、宿を出るときはその運動靴を履いていた。
16. 謎の名無しさん(>>15への返信)
1972年の話だってことを忘れちゃいけない。当時は、特に街に住む女性は、おしゃれな靴が当たり前だった。うちの母は70年代の終わりに10代だったけど、学校にまでヒールで行ってたって。山をなめていたというより、それが普通の格好だったんだと思う。
17. 謎の名無しさん
この辺りには何度か行ったことがある。自分は日本のもっと田舎のほうで暮らしてきたけど、彼女くらいの年の人は今でもあまり街を出ないし、山の暮らしの勝手を知らないことが多いよ。
※ 日本語の資料によると、井上さんが金湯館に泊まるのは3度目だった。
18. 謎の名無しさん
この事件は初めて知った。投稿してくれてありがとう。ところで「ヨシダ・イシダ」って変な名前だよね。どっちも普通は名字で、名前と名字の組み合わせにはならないはずだ。
※ 日本語の資料では、男は「石田」と名乗ったとだけ伝えられていて、「吉田」の部分は出てこない。
19. 謎の名無しさん
元スレの写真、最初は本物だと思って、目が黒く塗られてるのにぞっとした。再現写真なんだね。本物の最後の1枚がどんな写真だったのか、見たいような見たくないような。
※ 元スレには、5枚目を再現した写真が添えられていた。日本語の資料によると、警察は当時、撮影者を探すために写真を上毛新聞に載せている。
20. 謎の名無しさん
地元か、山で仕事をしていた人間だと思う。そうでなければ、林道脇の空き小屋のことなんて知らないはずだ。目撃者をでっち上げたのも、捜査をかく乱したかったから。拒まれて逆上して、抵抗されてさらに激高した、という流れじゃないかな。あくまで個人の推理だけど。
※ 日本語の資料によると、警察は宿の従業員や霧積ダムの工事の作業員も調べたが、疑わしい人物は浮かばなかった。
21. 謎の名無しさん
帽子はどこへ行ったんだろう。前の写真では帽子を手にくつろいでいるのに、最後の1枚では帽子を持たずに居心地悪そうに立っている。誰かに「この先にもっといい滝がある」とでも誘われて、そこで襲われ、見つからないように小屋へ運ばれたんじゃないか。
22. 謎の名無しさん(>>21への返信)
最後の1枚は再現写真だよ。その筋書き、全部頭の中で作った話じゃないか。
23. 謎の名無しさん(>>21への返信)
いや、現場はあの小屋だったはず。元スレにも床が血で染まってたって書いてあるし、どこかから運ばれたわけじゃないと思う。
※ 日本語の資料では、ほかの場所で殺されてから小屋に運ばれたとみられている。白い帽子は小屋に残っていた。
24. 謎の名無しさん
あれは彼女の小屋じゃないよ。彼女は宿に泊まっていて、小屋は森に囲まれた山の中の小さな空き小屋。地元の工事の作業員や釣り人が、ときどき休憩に使っていたらしい。
25. 謎の名無しさん
電話してきたのは犯人じゃなく、犯人にごく近い友人か家族だったと思う。直接突き出すことはできないけど、警察が犯人の近くまでたどり着けるように、ヒントを混ぜて話したんじゃないか。犯人は釣り人説に賛成。釣り人なら、魚をさばいたり糸を切ったりするのに、大きさの違う刃物を何本も持ってるからね。
26. 謎の名無しさん(>>25への返信)
釣り人説は分かるけど、電話の男は自分から「友人と釣りに来ていた」と言ってるんだよな。本当に釣り人の犯人なら、わざわざ釣りの話なんかしない気がする。逆に作り話なら、なぜ釣りを選んだのか。どっちに転んでも気持ち悪い。
27. 謎の名無しさん
この事件でDNAは残ってるの?日本の人も23andMe※みたいなのを使うのかな。アメリカで、身元の分からない中国系の女性の事件を読んだら、中国系アメリカ人には遺伝子検査アプリがあまり普及してなくて、特定が難しいらしい。国によって遺伝子への感覚って違うんだね。
※ 23andMe:唾液を送ると祖先や体質を調べられる米国の遺伝子検査サービス。米国では、民間のDNAデータから家系をたどって未解決事件の犯人を割り出す捜査が広がっている。
28. 謎の名無しさん(>>27への返信)
日本はプライバシーの決まりがすごく厳しくて、家系図をたどるDNA捜査はほとんど使えないはずだよ。
※ 警察庁は「DNAは究極の個人情報」として、遺伝に関わる情報を捜査に生かすことに慎重だと報じられている(週刊女性PRIME、2020年)。この事件はすでに時効が成立している。
29. 謎の名無しさん
小屋はもう残っていないのに、跡地を探しに行く廃墟好きがいるっていうのが、いちばん嫌だった。亡くなった人をいつまでも肝試しのネタにしてほしくない。覚えておくことと、見物に行くことは違う。
30. 謎の名無しさん
1年ほど前にもこの事件について書いたんだけど、読み返したら抜けや間違いがいくつもあったから、きちんと書き直した。恵子さんのことを、忘れられないようにするためにもね。
未解決の謎
井上恵子さんを殺したのは誰だったのか。宿を出てから、1キロほど下った坂で見られるまでの3時間、彼女はどこで何をしていたのか。最後に見られた14時ごろから、死亡推定時刻の夕方までに何があったのか。持ち物43点が小屋に残されていて、物取りとは考えにくい。10時9分で止まった腕時計が何を意味するのかも分からない。午前なら宿を出たばかりの時刻で、彼女はそのあとも生きて目撃されている。
そして写真だ。「2回シャッターを切った」と名乗り出た男は、群馬の地方紙を読んで電話をかけてきたのに、名乗った住所にも勤め先にも該当者はいなかった。いたずらだったとしても、なぜ偽の身元まで用意して事件に近づいたのかは分からない。残る5枚目、藪の中に立つ1枚にレンズを向けていたのが誰だったのかは、なおさら分からない。
事件は1987年8月13日に時効を迎え、2010年の時効廃止の対象にもならなかった。たとえいま犯人が分かっても、裁かれることはない。元スレによれば、現場の小屋はもう残っていないが、いまも跡地を探しに訪れる人がいるという。英語圏で細部の違う話になっても、「最後の写真を撮ったのは誰か」という問いだけは、54年前から変わっていない。
出典:r/TrueCrimeDiscussion 元スレ / 文春オンライン(鉄人ノンフィクション編集部、2026年8月22日・27日。『高度経済成長期の日本で起きた37の怖い事件』〈鉄人社〉より) / サライ.jp(2017年7月16日) / nippon.com / 週刊女性PRIME(2020年12月30日)

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