【2024年】選挙のチラシを配りに出た9歳が消えた——1800人態勢の捜索でも手がかりゼロ

【2024年】選挙のチラシを配りに出た9歳が消えた——1800人態勢の捜索でも手がかりゼロ 行方不明・失踪

2024年2月25日の夕方、イスラエル北部の街ツファットで、9歳の少女ハイマヌット・カサウが友達と一緒に市議会選挙のチラシを配りに出かけた。午後7時45分、彼女が家族と暮らす移民の受け入れ施設の入口で、防犯カメラがチラシを手にした子どもたちの姿をとらえている。ハイマヌットが記録に残ったのは、それが最後だった。その夜のうちに家族が警察へ届け出て、翌朝からは犬部隊とヘリコプターを含む1,800人態勢の捜索が始まり、街も周辺の一帯も、地域の防犯カメラの映像も洗われた。それでも、彼女につながる手がかりはひとつも出てこなかった。あれから900日が過ぎ、少女はまだ帰っていない。

※ ツファット:イスラエル北部のガリラヤ地方、山の上に広がる人口4万人ほどの古い街。英語表記は Safed / Tzfat で、日本語では「ツファット」「サフェド」の両方の書き方が使われる。

事件の概要

🗓️ 発生日:2024年2月25日(日)午後7時45分以降

🌫️ 場所:イスラエル北部・ツファット(サフェド)市内、移民の受け入れ施設の周辺

👤 被害者:ハイマヌット・カサウ(当時9歳)。資料によっては「ヘイムノット」と表記される

🔍 状況:友達と市議会選挙のチラシを配りに出たまま戻らず。施設入口の防犯カメラに映ったのが最後の姿

🕯️ 発見/結末:未発見。2026年8月の時点で、有力な手がかりも容疑者も公表されていない

カサウ一家がエチオピアからイスラエルへ移り住んだのは2021年のことだった。失踪当時、一家はツファットにある「吸収センター」と呼ばれる施設で暮らしていた。移り住んだばかりの家族が言葉を学び、住まいと仕事のあてがつくまでの数年を過ごす、いわば生活の足場を作るための場所である。ハイマヌットにとっては、その施設と周りの区画がほとんど世界のすべてだった。

※ 吸収センター:イスラエルが国外から移り住んできた人を一定期間受け入れる公的な滞在施設。ヘブライ語講習や生活支援を受けながら、家族単位で暮らす。ヘブライ語では「メルカズ・クリタ」と呼ばれる。

2024年2月25日は、市議会選挙を控えた日曜日だった。ハイマヌットは近所の友達と連れ立って、選挙のチラシを配る手伝いに出ている。子どもが小遣い稼ぎに、あるいは遊びの延長として大人の手伝いをする、それ自体はどこの街にもある風景だ。夕方の街を何往復かして、日が落ちた頃に施設の入口へ戻ってきた——そこまでは映像に残っている。そのあと、彼女がどこへ向かったのかを知る者はいない。

判明している事実

最後の記録は午後7時45分の防犯カメラ
施設の入口に向けられたカメラが、チラシを持ったハイマヌットと友達の姿をとらえている。この時点で彼女は生きており、施設のすぐそばにいた。ここから先の足取りは、市内の防犯カメラを洗っても一本もつながらなかった。少なくとも公表されている範囲では、彼女が写った映像はこの1本しか存在しない。

通報から捜索開始まで10時間の空白
家族が地元警察に行方不明の届け出をしたのは、その夜の午後10時。だが実際に捜索が始まったのは翌朝8時だった。この10時間が、のちに批判の中心になる。一晩あれば、車なら国内のどこへでも移動できる距離である。屋外にいる子どもの捜索において、最初の数時間がどれだけ重いかは各国の捜査機関が共通して認めているところで、ここで生まれた遅れは取り返しがつかなかった。

1,800人態勢でも何ひとつ出なかった
翌朝から始まった捜索には、犬部隊、延べ1,800人の人員、そしてヘリコプターが投入された。市街地と周辺の一帯を面で潰し、地域の防犯カメラの映像も収集された。それでも、衣類の切れ端ひとつ、足跡ひとつ、意味のある手がかりは出ていない。山あいの街で、しかも犬まで入れて何も拾えなかったという結果は、それ自体が事件の性質を示す情報でもある。

3週間後に見つかった青いフォード
失踪から3週間後、施設のすぐ近くに停められていた青いフォードが不審車として浮上した。車体は手作業で塗り直され、前輪だけがオフロード用のタイヤに交換され、後部のドアは外側からネジで固定されて開かないようにされていた。警察は所有者から供述を取ったうえで、事件への関与を否定している。ただし、どのような根拠で除外に至ったのかは公表されていない。友達の一人は、失踪当日の日中に水色の車が絡んだ連れ去り未遂があったとも話しているが、こちらも警察は否定した。

後から出てきた二つの目撃情報
失踪から約半年後、ハイマヌットの友達の一人が「男がハイマヌットをつかまえ、背中に担いで走り去るのを見た」と語った。警察は調べたうえで、この線を否定している。同じ2024年の9月には、ツファットから約200km南のキルヤット・マラヒで「自分はハイマヌットだと叫ぶ少女を、自宅のバルコニーから見た」と話す男性がいることが警察の耳に入った。警察がこの男性に接触できたのは、それから3週間後のことだった。男性は当時けがをして入院していたが、それでも供述には応じている。

捜査の体制そのものも、時間をかけて動いてきた。2025年12月、事件の主担当は地元警察から国家警察の重大犯罪部門へ移された。さらに2026年2月には、司法長官の承認を経て国内保安機関シンベトが捜査への協力に加わっている。国会でも複数回にわたって審議の場が設けられ、少女の顔写真のポスターは国中の街に貼られたままだ。それでも、公表される新しい情報は増えていない。

※ シンベト:イスラエルの国内保安機関。国内の治安・防諜を担当する組織で、警察とは別系統の情報機関にあたる。通常の刑事事件で表に出ることは多くない。

主な仮説

仮説1:顔を知られた人物による連れ去り

2025年12月、ツファットから遠く離れた南部の街ベエルシェバで、63歳の男がエチオピアから移り住んだ子どもを連れ去ろうとして逮捕された。その子はハイマヌットの友達で、かつて同じ吸収センターで暮らしていた。男ももとはツファットの出身で、その子の話では地元でよく知られた人物だったという。警察はハイマヌットの一件との関与を否定しているが、同じ施設に縁のある子どもが2度にわたって狙われたという事実の重さは残る。相手が顔見知りなら、少女が騒ぎもせずについていった説明もつく。逆に言えば、この説を裏づける物証は今のところ何も出ていない。

仮説2:車を使った計画的な連れ去り

3週間後に施設のそばで見つかった青いフォードの状態は、どう見ても普通ではない。手塗りの塗装は登録上の車体色をごまかす手口として知られ、後部ドアを外からネジ止めするのは、中にいる者が自力で出られなくする以外の使い道が思いつかない。失踪当日に水色の車が絡んでいたという友達の話とも重なる。警察はどちらも否定したが、その判断の根拠が示されていないため、外から見ると「除外された」という結果しか分からない。もっとも、不審な車が街に一台停まっていることと、その車が事件に使われたことは別の話でもある。

仮説3:遠方へ移されたまま、まだ生きている

キルヤット・マラヒの目撃情報が本物だとすれば、少女は失踪から半年ほどのあいだ、200km離れた土地で生きていたことになる。国内で子どもが隠されたまま長期間見つからない事例は各国にあり、可能性としては否定できない。家族が捜索資源の増強を求め続けているのも、この線が生きているという前提があるからだ。ただし、警察が男性に接触するまでに3週間かかっている以上、仮に本物の目撃だったとしても、その時点でもう追いようがなくなっていた可能性が高い。

仮説4:事件性はなく、事故か遭難だった

本来なら最初に潰されるべき筋であり、実際に初動の捜索はこの前提で街と周辺を面で当たっている。犬部隊も入った。それでも2年半、痕跡はひとつも出ていない。皮肉なことに、この仮説を最も強く否定しているのは「大規模な捜索をして何も見つからなかった」という事実そのものである。人の手が加わっていないなら、どこかに何かが残っているはずだからだ。

海外の反応

1. 謎の名無しさん
午後10時に届け出て、実際に捜索が始まったのが翌朝8時。子どもが夜の街から消えているのに、その10時間で誰が何をしていたのかがまず知りたい。ここが埋まらない限り、あとの捜査がどれだけ丁寧でも意味がない。

2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
本当にそれ。子どもの行方不明は最初の一晩がすべてで、そこを逃すと足取りは指の間からこぼれ落ちる。翌朝8時から1,800人集めたところで、集める先が「もうどこにもない」状態になってしまっている。

3. 謎の名無しさん(>>1への返信)
しかも一緒にいた子どもたちからきちんと話を聞いたのが数週間後で、そこから出てきた話も「調べた結果、関係なかった」で終わり。どう調べてどう除外したのかが何も出てこない。それで納得しろというのは無理がある。

4. 謎の名無しさん
一緒にチラシを配っていた友達は、結局何を話しているんだろう。途中で列から離れたのか、気づいたらいなかったのか。その一点が分かるだけで、想定すべき範囲がまるで変わってくるはずなんだけど。

5. 謎の名無しさん(>>4への返信)
自分が読んだ限りでは、防犯カメラの映像は「配り終えて施設に戻ってきたところ」らしい。だとすると、外を歩いている最中じゃなくて、家のすぐそばまで帰ってきてから消えたことになる。それはそれで怖い。

6. 謎の名無しさん(>>5への返信)
戻ってきた後に消えたなら、まず施設に出入りしていた人間を一人ずつ当たるのが筋だと思う。土地勘のない外部の人間が、あの入口の前でちょうど一人になった子を拾えるとは考えにくい。

7. 謎の名無しさん
一番きついのは、その場にいた子どもたちが事件当時にきちんとした形で聴取されていないこと。目の前で何かを見ていたかもしれない証人が、何週間も放っておかれた。二度と取り返せない種類のミスだと思う。

8. 謎の名無しさん
9歳は赤ん坊じゃない。訓練を受けた大人が正しい手順で聞けば、時間・方向・服装くらいは十分に語れる年齢だ。「子どもだから証言にならない」で片付けたのだとしたら、それは判断ではなく手抜きだと思う。

9. 謎の名無しさん(>>7への返信)
子どもから話を聞く手順は世界中で研究されていて、専門の面接官を立てるのが標準になっている。誘導せずに記憶を引き出す方法も確立している。それをやらなかった理由が知りたい。

10. 謎の名無しさん
半年経ってから友達が「男が背負って走っていくのを見た」と言い出した件、遅すぎるという声は分かる。ただ、最初の週にちゃんと聞いていれば同じ話が出ていた可能性もあるわけで、そう考えると余計につらい。

11. 謎の名無しさん
青い車の説明を読んで背筋が寒くなった。手で塗り直された車体、前輪だけオフロード用、そして後部ドアを外側からネジ止め。中の人間が開けられないようにする以外の目的が思いつかないんだが、これで「関与なし」なのか。

12. 謎の名無しさん(>>11への返信)
所有者から話を聞いて除外しました、で終わってるのがきつい。アリバイがあったのか、車内を調べたのか、いつからそこに停まっていたのか。せめてどれか一つでも出してくれれば納得の余地があるのに。

13. 謎の名無しさん
ベエルシェバの63歳の件が引っかかって仕方ない。同じ施設に住んでいた友達が狙われて、しかもその男はもともとツファットの人間だという。関係ありませんの一言で流していい話とは思えない。

14. 謎の名無しさん(>>13への返信)
その男が2024年2月の時点で車を使える立場だったかどうか、そこは調べたんだろうか。青い車の話と時期がつながるかどうかで、まったく別の絵になる。素人が思いつく程度のことは当然やっていてほしい。

15. 謎の名無しさん
公式にはいまだに「行方不明」の扱いで、誘拐や殺人としては立件されていないらしい。扱いが変わらないと動員できる権限も変わらないから、家族が体制の強化を求め続けているのはそういうことなんだと思う。

16. 謎の名無しさん
移り住んだばかりの家族という状況も大きい。言葉が完全ではなく、土地の知り合いも少なく、どこに何を言えば動くのかも分からない。声を上げるコストが他の家庭より何倍も高い場所で起きた事件だと思う。

17. 謎の名無しさん
選挙のチラシ配りという設定が、なんとも普通の日常でつらい。子どもが小遣い稼ぎに手伝う、あちこちの国にある光景だ。それが最後の日常になるなんて、当日は誰も想像していなかっただろう。

18. 謎の名無しさん
夜7時台に子どもが外を歩いていたこと自体を責める書き込みを見かけるけど、その時間なら子どもが普通に出歩いている街は世界中にある。少なくとも今この段階で家族に向ける言葉ではないと思う。

19. 謎の名無しさん
この街の周辺では前にも人が消えている、みたいな話をネットで見かけた。バミューダトライアングルみたいだ、と書いている人までいた。何か地形的な要因でもあるんだろうか。

20. 謎の名無しさん(>>19への返信)
その手の言い方は本筋をぼやけさせるだけだと思う。件数と期間を出して、他の同規模の街と比べないと「多い」とは言えない。神秘的な話にした瞬間、初動の10時間という現実の問題が背景に沈んでしまう。

21. 謎の名無しさん
犬とヘリを入れて1,800人で当たって何も出ないというのは、逆に言えば人の手が加わっている可能性が高いということだと思う。自然に起きた出来事なら、二年半のあいだにどこかで何かが出てくる。

22. 謎の名無しさん
山あいの街だから遭難説を推す人もいるけど、遭難なら犬が匂いを拾う。靴の片方でも、上着の切れ端でも出てくるのが普通だ。何も出ないというのは、そもそも探すべき場所が街の外ではなかったという意味かもしれない。

23. 謎の名無しさん
2025年12月にようやく国の重大犯罪の部署へ移って、2026年2月から保安機関が加わったという流れを見ると、動き出すまでが本当に長い。最初からこの体制なら違ったのでは、と考えてしまう。

24. 謎の名無しさん(>>23への返信)
遅くても動いたのは、家族が二年半ずっと声を上げ続けたからだと思う。国会で審議の場が持たれるところまで持っていくのは、身内を失った人間にとって尋常な労力じゃない。それは覚えておきたい。

25. 謎の名無しさん
少女の顔のポスターが今も国中に貼られているというのが、せめてもの救いに思える。忘れられた事件ではないということだから。年単位で貼り続けるには誰かが動き続けている必要があって、それは決して自然に起きることではない。

26. 謎の名無しさん
200km南の街で「自分はハイマヌットだ」と叫ぶ少女を見たという話、これが本物ならすべてが変わる。ただ、警察がその男性に会えたのが3週間後というのが、読んでいて一番こたえた。

27. 謎の名無しさん(>>26への返信)
3週間あれば、どこへでも移せるし、誰でも姿を消せる。仮に本物の目撃だったとしても、その時点で追える線ではなくなっている。この事件はずっとこの繰り返しになっているように見える。

28. 謎の名無しさん
家族の立場を想像すると言葉が出ない。二年半、朝が来るたびに何も分からないまま一日が始まる。答えが出ないというのは、悲しむ形すら決められないということでもある。

29. 謎の名無しさん
生きていればもう11歳か12歳になっている。9歳からの二年半は顔つきが大きく変わる年頃で、当時の写真だけで探し続けるのは相当に難しくなっているはずだ。ここも時間が敵に回っている部分だと思う。

30. 謎の名無しさん(>>29への返信)
成長を予測した似顔絵を作って配り直すのは、こういう長期の事案では標準的な手法になっている。ポスターを貼り続けるなら、そこも合わせて更新してほしい。見つけてもらうには、今の顔の情報が要る。

未解決の謎

この事件で最も語られるのは、犯人像でも動機でもなく、最初の10時間である。午後10時に届け出があり、捜索が始まったのは翌朝8時。その間に何が失われたのかは、もう誰にも計算できない。翌朝から1,800人と犬部隊とヘリコプターを投入したこと自体は決して小さな対応ではないが、投入するのが早いか遅いかで結果が変わるのが、屋外で消えた子どもの捜索という仕事である。

次に重いのが、その場にいた子どもたちの扱いだ。ハイマヌットと一緒にチラシを配っていた友達は、事件を挟んで最も近くにいた証人だった。それが数週間放置され、半年後や、さらにあとになってから断片的に語り始めることになった。「背負って走り去る男を見た」という話も、失踪当日に聞いていれば別の重みを持ったはずだ。記憶は放っておけば薄れ、周りの話に上書きされる。証言が弱くなったのは子どもたちのせいではない。

そして、除外の理由が公表されないという問題が残る。不審な青いフォード、当日の水色の車、背負って走った男、200km南の目撃者、同じ施設の友達を狙った63歳の男。どれも警察は調べたうえで関与を否定しているが、外から見えるのは「否定された」という結論だけである。判断の根拠が示されないと、否定された線がいつまでも仮説として生き残り続ける。事件が二年半たっても輪郭を持たないのは、この情報の非対称にも理由がある。

2026年2月から捜査の体制は一段階上がった。だが、これまでに出てきた手がかりの多くはすでに時間の側に食われている。それでも国中にポスターは貼られたままで、家族は今も答えを求め続けている。9歳でチラシを手に映った少女が、どこでどう消えたのか。分かっていることは、あの午後7時45分の映像から先が、まるごと空白だということだけだ。

出典:r/UnresolvedMysteries 元スレThe Times of Israel(失踪直後の報道)The Times of Israel(900日後の続報)

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