【1989年】「幼稚園の月組の父兄です」一家の帰る日を尋ねてきた女性——徳島・4歳男児失踪

【1989年】「幼稚園の月組の父兄です」一家の帰る日を尋ねてきた女性——徳島・4歳男児失踪 行方不明・失踪

1989年3月、徳島県の山あいにある一軒家に、女性から電話がかかってきました。女性は茨城の「幼稚園の月組の父兄」を名乗り、園で見舞金を集めたので送り先を教えてほしい、皆さんはいつ帰ってくるのか、と尋ねます。言葉には徳島のなまりがありました。その1週間あまり前、この家の玄関先から、茨城県牛久市から帰省していた4歳の松岡伸矢くんが姿を消していたのです。

父親が抱いていた弟を家の中の母親に預け、すぐに外へ戻るまで、わずか40秒ほど。そのあいだに、男の子は石段を上りきった玄関先から消えました。手がかりは今もひとつも見つかっていません。電話の女性が誰だったのかも分からないままです。事件から37年がたった2026年7月、家庭裁判所の失踪宣告※が確定しました。

※ 失踪宣告:生死が7年以上分からない人について、家族などの申し立てを受けて家庭裁判所が宣告すると、法律上は死亡したものとみなされる制度。本人が生きていると分かれば取り消すことができる。

事件の概要

🗓️ 発生日:1989年(平成元年)3月7日 午前8時15分ごろ

🌫️ 場所:徳島県美馬郡貞光町(現・つるぎ町)、母方の親戚の家の玄関先

👤 被害者:松岡伸矢くん(当時4歳、茨城県牛久市在住)

🔍 状況:祖母の葬儀の翌朝、近所の散歩から戻った直後、父親が弟を家の中へ預けに入った40秒ほどのあいだに玄関先からいなくなった

🕯️ 発見/結末:見つかっていない。2026年7月、家庭裁判所の失踪宣告が確定

伸矢くんは1984年4月生まれ。茨城県牛久市で、両親と6歳の姉、2歳の弟と暮らしていました。左利きで、茨城県警が公開している情報提供の資料には「自宅住所、電話番号を話せる位利発」と書かれています。

3月、徳島の祖母が亡くなり、一家は葬儀に参列するため徳島へ向かいます。葬儀を終えた6日の夜は、美馬郡貞光町にある母方の親戚の家に泊まりました。町道の終点に近い、山の斜面に建つ家です。

翌7日の朝、父親の正伸さんは伸矢くんと姉、弟、いとこたちを連れて家のまわりを散歩しました。10分ほどで戻ってくると、道路から玄関までは10mほどの石段が続いています。正伸さんは、伸矢くんが石段を上りきって玄関先までついてきたのをはっきり覚えていました。伸矢くんはまだ散歩を続けたそうにしていたといいます。正伸さんは抱いていた弟を家の中の妻・圭子さんに渡し、すぐに玄関を出ました。ところが、そこにいるはずの伸矢くんがいません。

家族と親戚ですぐにあたりを捜し、地元の消防団も加わりましたが見つかりません。午前10時ごろ、警察に届け出ました。はじめは山に迷い込んだとみられ、その日のうちに警察や消防、地元の人たち100人近くが山に入ります。翌日には200人に増え、12日には徳島県警の警察犬22頭が、家から半径2kmの山林を7時間かけて調べました。捜索は3か月続きましたが、伸矢くんにつながるものは何ひとつ見つからず、6月に打ち切られています。

判明している事実

目を離したのは1分足らず
父親が弟を預けて戻るまでは40秒ほどでした。朝日新聞は「数十秒」と書き、英語圏のまとめでは「20秒」とされることもあります。どの資料でも1分には届きません。そのあいだに、4歳の子が誰の目にも触れずに消えたことになります。

見慣れない車は一台もなかった
親戚の家は山の斜面を切り開いた標高200mほどの場所にあり、外から人が入ってくることはほとんどありませんでした。この朝、100mほど離れた畑で農作業をしていた人は、車を一台も見かけなかったと話しています。車にはねられて連れ去られた可能性も調べられましたが、ブレーキ痕など事故の痕跡は見つかっていません。

「ナカハラマリコの母」を名乗る電話
一家は知らせを待って親戚の家にとどまっていました。茨城へ帰る前日の3月16日(15日の夜とする資料もあります)、その家に女性から電話があり、母親の圭子さんが呼ばれます。女性は「ナカハラマリコの母」と名乗り、伸矢くんたちが通う茨城の幼稚園の「月組の父兄」だと言いました。幼稚園で見舞金を集めたので送り先を知りたい、いつ帰ってくるのか、という内容です。話し方には徳島のなまりがありました。一家は17日に茨城へ戻りましたが、見舞金はいつまでたっても届きません。幼稚園に問い合わせると、見舞金を集めた事実はなく、ナカハラマリコという園児もいませんでした。電話には警察が録音装置を付けていましたが、女性の声は残っていなかったとされます(理由の説明は資料によって食い違います)。

翌月、日和佐の海岸での目撃
全国から寄せられた目撃情報のうち、特定失踪者問題調査会※や徳島県の資料にも記されているものがあります。失踪の翌月、1989年4月の終わりか5月の終わりごろ、県南部の日和佐町(現・美波町)の弁天浜の岸壁で、伸矢くんによく似た男の子を抱いて海を見ている30代後半くらいの男がいたというものです。親子にしては様子がおかしい。そう感じた目撃者が顔をのぞき込もうとすると、男は子どもを隠すように体の向きを変え、白い乗用車で立ち去ったといいます。この証言が寄せられたのは、11年後の2000年になってからだったとされます。

※ 特定失踪者問題調査会:北朝鮮に拉致された可能性のある失踪者を独自に調べ、公表している民間団体。

2018年、DNA鑑定で「別人」
2018年1月31日、TBSの『緊急!公開大捜索’18春』で、2014年に愛知県で保護された身元の分からない男性が紹介されると、徳島県警に「伸矢くんに似ている」という電話が相次ぎました。県警は一度は両親のDNA採取を見送ると発表したものの、一転して採取に踏み切り、2月6日に「親子関係は認められない」との結果が出ました。父親は当時、徳島新聞の取材に「今後も前向きに子どもを捜していきたい」と話しています。

主な仮説

仮説1:自分で歩いていき、山で迷った

警察が最初に考えたのがこの線です。4歳の子は、大人が目を離したほんの数秒で驚くほど遠くへ行きます。ただ、延べ数百人と警察犬による捜索が3か月続いても、何ひとつ見つかっていません。山に入ったのなら痕跡がなさすぎますし、住所や電話番号を言える子だったので、人里に出ていれば誰かに保護されたはずだという指摘もあります。

仮説2:通りがかった人物による連れ去り

散歩する一家をたまたま見かけた誰かが、子どもが一人になった瞬間に連れ去った、という見方です。ただ、現場は外部の人間がめったに来ない場所で、近くの畑にいた人も車を見ていません。歩いて連れ去ったのなら、山あいの道のどこかで誰かに見られていてもおかしくありません。

仮説3:電話の女性がかかわる、計画的な連れ去り

謎の電話を事件の核心とみる説です。女性は、茨城の幼稚園と組の名前、そして徳島の親戚の家の電話番号の両方を知っていました。茨城の人間なら徳島の番号を、徳島の人間なら茨城の幼稚園を、どうやって知ったのか。住所や電話番号を言えた伸矢くんがそばにいたのなら、幼稚園や組の名前は本人から聞き出せたはずです。見舞金の話は口実で、本当に知りたかったのは一家が徳島を離れる日だったのではないか、という読み方です。一方で、一家がこの家に泊まったのは前の晩からで、計画して待ち伏せるのは難しかったという反論があります。電話が事件に便乗したいたずらや取材だった可能性も否定できません。

仮説4:北朝鮮による拉致

特定失踪者問題調査会は、伸矢くんを北朝鮮に拉致された可能性のある「特定失踪者」の一人として公表しています。徳島・茨城両県警も「拉致の可能性を排除できない事案」の対象者としてホームページに掲載し、情報提供を呼びかけています(警察が拉致と判断したという意味ではありません)。調査会の情報には、日和佐が北朝鮮の船の来航していた港とされることも記されており、海岸の男と白い車をこの説と結びつける人もいます。ただ、日本政府が認定している拉致被害者は、もっとも若い横田めぐみさんでも当時13歳で、4歳の子を連れ去る理由は見当たらないという反論があります。拉致を裏づける証拠も見つかっていません。

元スレの英語のまとめには「イヌワシにさらわれた」という説まで出てきますが、体重19kgほどの子どもを鳥が運び去れるはずもなく、スレ主自身が「きわめて考えにくい」と退けています。

海外の反応

1. 謎の名無しさん
信じられない。1分もないうちに跡形もなく消えた? 散歩中の家族を誰かが見ていて、隙をついた可能性はあると思う。でもそれなら、誰にも見られなかったのは異常な幸運だよ。イヌワシ説なんてものが出てくるほど完全に消えるなんて、家族はどれほどつらかったか。

2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
正直に言うと、4歳児は1分あればかなり遠くまで行ける。5歳と3歳の甥っ子の面倒をときどき見るんだけど、ちょっと背中を向けた隙に視界から消えるスピードは本当にとんでもないよ。

3. 謎の名無しさん(>>2への返信)
うちの真ん中の子は、小さいころ脱走の常習犯だった。じっと見ているのに、人が前を横切ったらもういない。伸矢くんがどんな性格で、よく家族の目をすり抜ける子だったのか知りたい。子どもが左へ行って大人が右を捜したら、あっという間に取り返しがつかなくなるから。

※ 父親の話では、伸矢くんはこのとき、まだ散歩を続けたそうにしていたとされる。

4. 謎の名無しさん
この前、5歳と1歳7か月の子を連れて小さなプールに行った。上の子に気を取られてたのは20秒もないのに、すぐ横にいた下の子が幼児エリアを抜け出して大人用のプールに入ってた。ライフガードの目の前ですぐ見つかったけど、震えが止まらなかった。そこにいたのに、次の瞬間にはいなかったんだ。

5. 謎の名無しさん
こういう話で、本当に「1分」だったためしはないと思う。人は「ほんの一瞬だった」と言い、そのうち「数秒だった」と自分でも思い込む。実際はもっと長かったのかもしれない。今となっては誰にも確かめようがないけど。

6. 謎の名無しさん(>>5への返信)
スレ主です。資料によって20秒とも40秒とも書かれているけど、どれを見ても1分に満たなかったという点は一致してるよ。

7. 謎の名無しさん(>>6への返信)
問題は、その資料が何を根拠にしているか。お父さんの証言だけが元なら、確かなことは言えないと思う。本人が精いっぱい正直に話していても、人は過ぎた時間を見積もるのがものすごく苦手だから。

8. 謎の名無しさん
20秒で子どもをさらうのは無理だと思う。誰にも見られずにやるなら、時速18kmで走れるアスリート並みの犯人か、車が要る。でも子どもを抱えて走る人も、車に乗せるところも、誰も見ていない。目を離していた時間は、本人が思うよりずっと長かったんじゃないかな。

9. 謎の名無しさん
プロの誘拐みたいに聞こえる。20秒で全部済ませるなんて、とっさに子どもをつかんで見られないよう祈るやり方じゃ無理だ。

10. 謎の名無しさん(>>9への返信)
でも何のために? 自分もそう思って、家がお金持ちか有力者なんだろうと本文を読んだ。でも狙われるような家柄でもないし、身代金の要求もなかった。プロの犯行にしては合わない点が多すぎる。何もかもが奇妙なんだよ。

11. 謎の名無しさん(>>10への返信)
自分は、幼い子ども、とくに男の子を組織的にさらって新しい親に売り渡す犯罪を思い出した。もしそうなら、彼は今もどこかの家族のもとで生きていて、いつかDNA検査を受けるかもしれない。心の底からそうであってほしい。

※ この事件で、組織的な連れ去りや養子の売買とのつながりを示す材料は見つかっていない。

12. 謎の名無しさん
たとえば、40代になってから、自分が子どものころに連れ去られて海外の養子に出されていたと知った韓国の女性の記事を読んだことがある。何十年もたってから本当のことが分かるケースは、実際にあるんだよ。

13. 謎の名無しさん
あの電話は最初から事件と関係なくて、正体は一家が茨城へ帰ったところをつかまえたかった記者だった、なんてことはないかな。

14. 謎の名無しさん(>>13への返信)
地元の新聞は何日も続けて報じていたみたいだし、記者説はありえると思う。ただ、それなら普通に取材を申し込めばいい。存在しない園児の名前や見舞金の話まで作り込む必要があったのかは疑問だな。

15. 謎の名無しさん
茨城県警が公開してる資料を読んだら、伸矢くんは自分の家の住所や電話番号を話せるくらい賢い子だったと書いてあった。もし誰かのところにいたなら、幼稚園や組の名前も本人から聞き出せたはず。そう考えると、あの電話の辻褄が合ってしまうのが本当に怖い。

16. 謎の名無しさん(>>15への返信)
スレ主の本文では、女性は見舞金を集めたと言っただけで、幼稚園と組の名前はお母さんのほうから確かめたのかもしれない、という見方も紹介されてたね。それなら電話の主が前もって知っていたのは、親戚の家の番号だけってことになる。

※ 日本の資料では、女性は自分から「月組の父兄です」と、幼稚園の組の名前を出して名乗ったとされている。

17. 謎の名無しさん
親戚の家の番号なら、地元の人は調べられたと思う。当時の日本は電話帳に名前と番号が載っているのが普通だった。徳島のなまりがあったなら、なおさら地元の誰かだったんじゃないかな。

18. 謎の名無しさん
一緒に散歩していた子たちは何か話してないのかな。お姉ちゃんやいとこもいたんだよね。誰か一人くらい、伸矢くんがどっちへ行ったのか見ていてもおかしくないのに。

19. 謎の名無しさん
写真の伸矢くん、本当にうれしそうに笑ってる。もし電話の女性が連れて行ったのなら、せめて大事に育ててくれていて、今もどこかで元気に生きていてほしい。家族のことを思うと胸が痛む。

20. 謎の名無しさん
統計では、子どもの連れ去りは家族によるものが一番多いと言われる。ただこの件は迷子の線も捨てきれない。4歳の双子のシッターをしてたけど、あの年の子は本当に素早いし、時間の感覚もない。パパがすぐ戻ると分からずに歩き出して、まだ見つかっていないだけなのかも。

21. 謎の名無しさん(>>20への返信)
その統計の「家族による連れ去り」は、ほとんどが離婚や別居をめぐって親の片方が子どもを連れていくケースなんだよね。今回みたいに、両親がすぐそこにいた状況とは話がまったく違う。

22. 謎の名無しさん
アメリカの原野で子どもが行方不明になる事件を思い出した。ああいう事件で子どもが見つかると、こんなに遠くまで歩けるのかといつも驚かされる。自分は、この子は森に入っていったんだと思う。

23. 謎の名無しさん(>>22への返信)
でも現場は山の斜面の一軒家で、玄関から道路までは10mの石段だよ。4歳の子が一人でそこを下りて、200人がかりの捜索と警察犬の目をすり抜け、3か月たっても手がかりひとつ出てこない。迷子にしては痕跡がなさすぎると思う。

24. 謎の名無しさん
本文に「日本の三大未解決児童失踪事件の一つ」ってあったけど、残りの2つは何?

25. 謎の名無しさん(>>24への返信)
2つ目は1991年の加茂前ゆきちゃんの失踪、3つ目も同じ1991年の石井舞ちゃんの事件。舞ちゃんの件もすごく不気味で謎が多いから、別にスレを立てようかと思ってる。

※ 加茂前ゆきちゃん:1991年3月、三重県四日市市で8歳の女の子が自宅からいなくなった事件。石井舞ちゃん:同年7月、福島県船引町(現・田村市)で7歳の女の子が就寝中に自宅から消えた事件。どちらも見つかっていない。「三大」はネットなどでの呼び方で、公的な分類ではない。

26. 謎の名無しさん
本当にかわいい男の子だね。同じ1989年にアメリカでいなくなったジェイコブ・ウェタリングくんの家族は、長い年月の末にようやく答えにたどり着いた。伸矢くんの話は、もっと幸せな結末であってほしい。

※ ジェイコブ・ウェタリング:1989年10月、米ミネソタ州で11歳の少年が連れ去られた事件。2016年、男の自供で遺体が見つかった。

27. 謎の名無しさん
いま55歳だけど、子どものころ母親のそばを離れては、スーパーやデパートで迷子になってたのを思い出した。店員さんに迷子のアナウンスをしてもらって、自分はもちろん大泣きしてた。見つけてもらえるのが当たり前だと思ってたな。

28. 謎の名無しさん
最近のCasefileで、80年代に北朝鮮が日本で起こした組織的な拉致事件を扱ってた。すごく興味深くて、同時に心底恐ろしい内容だったから、聴いてみてほしい。

※ Casefile:オーストラリア発の実録犯罪ポッドキャスト。

29. 謎の名無しさん(>>28への返信)
拉致は本当に恐ろしいけど、伸矢くんに当てはめるのは無理がある気がする。工作員に日本語を教えさせたり、日本人になりすますのに使ったりするのが目的だったと言われていて、認定被害者で一番若いのも13歳の横田めぐみさん。4歳の子を連れて行く理由が見当たらない。

30. 謎の名無しさん
自分も1989年3月に4歳だった。4歳のあの日から、自分がどれだけの人生を生きてきたかを考えると気が遠くなる。ご家族にとっては、答えを待ち続ける長い長い年月だったはず。心から思いを寄せたい。

未解決の謎

この事件には、答えの出ていない問いが二つあります。一つは、山あいの家の玄関先から4歳の子が1分足らずで消えた理由です。自分で歩いていったのなら、なぜ3か月の捜索で何も見つからなかったのか。誰かが連れ去ったのなら、前の晩に着いたばかりの一家の子を、どうやって誰にも見られずに連れ去れたのか。どちらの説明にも穴が残ります。

もう一つは電話の女性です。事件にかかわっていたのなら、なぜ声を聞かせる危険を冒してまで、一家の帰る日を確かめようとしたのか。かかわっていなかったのなら、誰が、何のために、存在しない園児の母親を名乗ったのか。徳島のなまりと茨城の幼稚園の組の名前という、ちぐはぐな組み合わせには、37年たった今も説明がついていません。

両親は伸矢くんを捜し続けました。父親の正伸さんは勤めていた会社を辞めて自営業に切り替え、夫婦でビラを配って歩き、テレビの公開捜査番組への出演は2000年の時点で50回を超えていたとされます。SNSでも情報提供を呼びかけ続けた正伸さんは、2025年に68歳で亡くなりました。遺産分割の手続きには、行方の分からない伸矢くんを戸籍の上で「死亡」扱いにする必要があり、家族は失踪宣告を申し立てました。

2026年9月の朝日新聞によれば、母の圭子さんは宣告を機に、伸矢くんへの手紙を書きました。伸矢くんが「住んでみたい」と言っていたログハウスを、約束を守ろうと父親が懸命に働いて建てたこと。「決してあなたを忘れたわけでも、諦めたわけでもない」こと。帰ってくればいつでも戸籍は元に戻せると聞いて、つらい決断をしたこと。圭子さんは「今でも帰ってくると信じている」と話しています。2026年4月13日、伸矢くんは42歳になりました。徳島県警と茨城県警は、今も情報提供を呼びかけています。

出典:r/TrueCrimeDiscussion 元スレ / 朝日新聞(2026年9月24日)、徳島新聞(2018年2月)、徳島県警察・茨城県警察「拉致の可能性を排除できない事案に係る方々」、徳島県「特定失踪者の方々の情報提供のお願い」、特定失踪者問題調査会「失踪者リスト」

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