1983年12月23日、ニュージャージー州アトランティックシティ。ドアも窓も外され、吹きさらしになった空き家の二階で、ひとりの男性が冷たくなっていた。50代とみられる白人男性。歯は一本も残っておらず、白髪まじりの豊かな顎髭をたくわえていた。死因は凍死だった。
解剖台の上で、検死官はもうひとつのことに気づく。彼の頭皮には、前頭葉ロボトミー※の手術痕がはっきりと残っていた。頭蓋骨には直径4センチほどの開頭痕が二か所、骨片を戻して塞がれた状態で治癒している。つまりこの男性は、どこかの病院の手術室で、記録を残しながら脳の手術を受けている。それなのに、彼が誰なのかは42年経った今も分かっていない。
※ ロボトミー:前頭葉と脳の他の部位をつなぐ神経線維を切断する精神外科手術。20世紀半ば、精神疾患の「治療」として世界的に大量に行われたが、深刻な人格変化や意欲の喪失といった後遺症が問題となり、抗精神病薬の登場とともに廃れた。
事件の概要
🗓️ 発見日:1983年12月23日
🌫️ 場所:ニュージャージー州アトランティックシティ、ベイ・アベニュー沿いの空き家(二階の寝室)
👤 男性:白人男性、50〜60歳(60歳未満)、身長168cm・体重約66kg、青い目、白髪まじりの茶色い髪と口髭を含む顎髭、歯は一本もなし
🔍 状況:ドアも窓も残っていない建物の二階で発見。着衣は緑のシャツ、灰色のズボン、茶色の海水パンツ、赤い靴下、茶色の靴
🕯️ 現状:死因は氷点下の環境による低体温症。ニュージャージー州南部地域検死局の事件番号01831044として、今も身元不明のまま登録されている
当時のアトランティックシティは、1976年の住民投票を経て1978年に最初のカジノが開業したばかりの、再開発の只中にあるリゾート都市だった。一攫千金を狙う人々が全米から流れ込む一方で、市内には200〜300人といわれる路上生活者がいて、彼らは街のあちこちに空いたままになっていた家屋を寝床にしていた。地元紙の取材に応じた警察官は、この男性もそうした一人だったのではないかと示唆している。
12月下旬のニュージャージーは、夜には容赦なく氷点下まで下がる。ドアも窓も無い建物は風をそのまま通すが、それでも屋根だけはある。彼が一階ではなく二階の寝室を選んでいたことは、その暮らしにある程度慣れていた人だったことを静かに示している。
判明している事実
ドアも窓もない家の、二階の寝室
遺体はベイ・アベニュー沿いの空き家の二階寝室で発見された。建物にはドアも窓も残されておらず、外気がそのまま吹き込む状態だった。周辺は当時、路上生活者が寝場所として日常的に使っていた区域だという。
頭皮に残る前頭葉ロボトミーの痕
検死官の所見によれば、手術には長さ18センチのステンレス製ワイヤーループ2本が使われていた。さらに後部前頭骨には直径約4センチの開頭痕が二か所あり、いずれも骨片を元に戻したうえで治癒していた。同じ時代に悪名を残したウォルター・フリーマンの経眼窩式――いわゆるアイスピック式――はまぶたの上から器具を差し込むため、頭皮には傷が残らない。この男性が受けたのは、手術室で頭蓋を開けて行う古典的な術式だったことになる。
歯は無く、指紋と歯の記録は残っている
男性は無歯顎で、歯が一本も残っていなかった。それでも歯科記録は保存されている。入れ歯を合わせるために取った歯茎の型や、抜歯後の顎骨のレントゲンは照合材料になりうるためだ。指紋も採取済みで記録されている。一方でDNAは手元に無い。1983年は法医学にDNA型鑑定が導入されるより前で、検体を採って将来のために保存するという発想自体が一般的ではなかった。
死因は寒さ
死因は氷点下の環境にさらされたことによる低体温症と判定された。遺体はズボンが足首まで下ろされた状態で見つかっている。ただし重度の低体温症では、死の直前に体が熱く感じられて自ら衣服を脱いでしまう「逆説的脱衣」※という現象が広く知られており、この状態だけを取り上げて事件性を語ることはできない。
※ 逆説的脱衣:重度の低体温症でみられる行動。体温調節が破綻して末梢の血管が急に開き、強い熱感を覚えて衣服を脱いでしまう。凍死の現場でしばしば報告されている。
身につけていたもの
緑のシャツ、灰色のズボン、赤い靴下、茶色の靴。そして、下着代わりのように穿かれた茶色の海水パンツ。12月のニュージャージーで夜を越すための装備ではない。持っているものを全部身につけていた、という言い方のほうが近いのかもしれない。
主な仮説
仮説1:退役軍人だった
元スレでもっとも支持を集めたのがこの説である。退役軍人局は実際にロボトミーを行っており、対象は第二次世界大戦と朝鮮戦争の帰還兵が中心だった。当時「戦争神経症」と呼ばれていたもの――今でいうPTSDに近い状態――に対する処置として施されたケースがある。80年代には退役軍人局系の入所施設が各地でまとめて閉鎖されており、行き場を失った人が街に出た時期とも重なる。ただしこの説を取ると、彼の年齢は50歳寄りではなく60歳寄りだったことになる。
仮説2:州立精神科病院の「脱施設化」※で行き場を失った
1960年代から70年代にかけて、アメリカでは州立の精神科病院が次々と縮小・閉鎖された。地域で患者を支える体制が整う前に収容施設だけが閉じられた結果、住まいも医療も失ったまま街に出された人が大量に生まれている。ロボトミーを受けた患者の多くはこうした施設の中にいた。彼が退院という名目で外に出され、そのまま誰の記録からも消えていったとしても、時代背景としては何ら不自然ではない。
※ 脱施設化:大規模な収容施設での処遇をやめ、地域社会での生活支援に移行させる政策。理念としては前進だったが、受け皿の整備が追いつかず、行き場のない当事者を路上に押し出す結果を招いたと批判されている。
仮説3:カジノの街で身寄りを失った地元の人
取材に応じた警察官が示唆していたのはこの線である。カジノ合法化後のアトランティックシティは、賭けに全てを失った人を吸い寄せる街でもあった。再開発で安価な下宿が消えたことも、路上生活者が空き家に流れた一因として当時から指摘されている。ただしこの説だけでは、彼が「なぜロボトミーを受けていたのか」も「なぜ誰も捜索願を出さなかったのか」も説明できない。
仮説4:記録は今も存在するが、照合する相手がいない
手術室で頭蓋を開ける処置を受けた以上、カルテ・麻酔記録・手術記録が当時どこかの病院に存在したはずだ、というのがこの説の出発点である。だが1990年代に電子化が進むまで、医療記録は医師ごと、病院ごとに紙で保管されていた。医師が亡くなれば処分され、施設が閉じれば行方が分からなくなる。何より、そもそも彼の失踪届が誰からも出されていなければ、突き合わせる相手が存在しない。手がかりが強すぎるのに身元が割れない理由は、記録が無いことではなく、探している側の記録が無いことなのかもしれない。
海外の反応
1. 謎の名無しさん
今週これで2件目だ。ロボトミーの痕が残っている身元不明遺体の話を、立て続けに読んでいる。頭に手術の跡がはっきり残っているなら身元なんて一発で割れそうなものなのに、そうならない。祈るしかない。
2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
一時期のアメリカでは、統合失調症もうつも、家族が手を焼いただけの人も、ひとまとめに「治療」の名目でロボトミーにかけられていた。本人の同意が無いケースも珍しくない。受けた人の数が多すぎて、傷痕だけでは絞り込みの材料にならないんだ。
3. 謎の名無しさん(>>2への返信)
ケネディ大統領の妹、ローズマリー・ケネディも受けている。あれだけ有名な家の娘ですらそうなんだから、名前も記録も残らないまま受けた人がどれだけいたのか、想像もつかない。
4. 謎の名無しさん(>>3への返信)
彼女の場合、術後は言葉をほとんど失い、歩くことも一から覚え直すことになった。生涯にわたって介助が必要な状態が続いた。23歳のときの手術だ。当時の「治療」がどういうものだったかを、これ以上なく物語っていると思う。
5. 謎の名無しさん(>>2への返信)
90年代の終わりに、成人向けのグループホームで働いていた。入居者のひとりがロボトミーを受けた人で、「ケネディ家のあの人と同じなんだ」と誇らしげに傷跡を見せてくれた。誇らしげ、というところが今でも忘れられない。
6. 謎の名無しさん
術式の話をしたい。アイスピック式と呼ばれる経眼窩ロボトミーは、まぶたの上から器具を差し込むので頭皮には傷が残らない。この人は頭蓋骨を開けて、骨片を戻して閉じてある。手術室と麻酔と、それを扱える人手が揃った場所でやっているということだ。
7. 謎の名無しさん(>>6への返信)
そこが引っかかるところだよね。診療所で思いつきでやれる処置じゃない。カルテ、麻酔記録、手術記録――少なくとも三種類の紙が、当時どこかの病院に確実に存在したはずなんだ。
8. 謎の名無しさん
ウォルター・フリーマンという医師は、判明しているだけで数千件のロボトミーを行ったとされている。実数は誰も把握していない。記録の管理がその程度だった時代の話をしている、というのは頭の隅に置いておいたほうがいい。
9. 謎の名無しさん
「歯の記録はある」と書いてあるのが最初は理解できなかった。歯が一本も残っていないのに、何を記録として残せるんだろう。型を取るにも土台が無いじゃないかと思っていた。
10. 謎の名無しさん(>>9への返信)
入れ歯を作るときに歯茎の型を取るんだ。その型や記録が歯科医院に残っていれば、口の中の形そのものが照合材料になる。歯が無いことと、記録が無いことは別の話だよ。
11. 謎の名無しさん(>>9への返信)
顎の骨の形は個人差が大きくて、抜歯後のレントゲンさえ残っていれば十分に比較できる。父が歯科医で医院を手伝っていたけれど、一度、古いX線写真から頭蓋骨の主を特定したことがあった。
12. 謎の名無しさん
医療記録を全国で串刺しにできるようになったのは90年代以降の話だ。それ以前は医師ごと、病院ごとに紙で抱えていて、医師が亡くなればまとめて処分されることも普通にあった。ロボトミーを受けた人の名簿なんて、どこにも存在しない。
13. 謎の名無しさん
「今は一元化されている」というのも言い過ぎだと思う。実際には病院グループごとにシステムが分かれていて、州をまたいだ瞬間に普通に途切れる。ただ80年代とは比べものにならないのは確かだ。
14. 謎の名無しさん
1983年は、DNA型鑑定が実際の捜査に使われ始めるより数年早い。手法そのものが世に出るのが80年代半ばで、現場に定着するのはさらに後だ。検体を採って将来のために保存しておくという発想がまだ無かった時期で、今から遡って取るのはおそらく無理だろう。それが一番惜しい。
15. 謎の名無しさん
忘れられがちだけど、60年代から70年代にかけて州立の精神科病院が次々に縮小・閉鎖されて、行き場のないまま街に出された人が大量にいる。地域で支える体制を作る前に建物だけ閉じた結果だ。この人がその一人だったとしても、何も不思議はない。
16. 謎の名無しさん
退役軍人局が実際にロボトミーを行っていたのは事実だ。対象は第二次大戦と朝鮮戦争の帰還兵が中心で、当時「戦争神経症」と呼ばれていたものを何とかしようとした結果だった。80年代に施設が次々閉じられた時期とも符合する。
17. 謎の名無しさん(>>16への返信)
その線だと引っかかるのが指紋なんだ。軍に入れば指紋は連邦の記録に登録される。軍歴があるなら、指紋の照合をかけた時点で名前が出てきてもおかしくない。出てこなかったのはなぜなのか。
18. 謎の名無しさん
ただし83年当時の指紋照合は、候補を絞ってから人の目で見比べる作業だった。全米の記録を機械が横断検索できるようになるのはもっと後の話で、「照合した、該当なし」を今と同じ意味に受け取っていいかは怪しいと思う。
19. 謎の名無しさん
身元不明者のデータベースは今ではかなり整備されていて、行方不明者の届出と身体的特徴を突き合わせられるようになっている。ただ、そもそも誰からも失踪届が出されていない人は、どれだけ検索しても引っかからない。この人の壁はたぶんそこだ。
20. 謎の名無しさん
服装の記録が刺さる。緑のシャツ、灰色のズボン、赤い靴下、茶色の靴。そして下着代わりの海水パンツ。12月のニュージャージーを越すための格好じゃない。あるものを全部着ていたんだと思う。
21. 謎の名無しさん
ドアも窓も無い家の二階、というのが妙に具体的で頭から離れない。一階より風が回らないし、人にも見つかりにくい。寝場所として二階を選ぶのは、その暮らしにそれなりに慣れた人の選び方だと思う。
22. 謎の名無しさん(>>21への返信)
低体温症が進むと、体が焼けるように熱く感じて自分から服を脱いでしまうことがある。逆説的脱衣と呼ばれる現象で、凍死の現場ではよく報告されている。ズボンの状態だけを取り上げて事件性を語るのは、たぶん筋が悪い。
23. 謎の名無しさん
誰も彼を探していなかった、と決めつけるのは早い気がする。探していたけれど、どこに問い合わせればいいのか分からなかった人はいたはずだ。83年に隣の州で身元不明の遺体が出たことを、家族が知る方法が当時あっただろうか。
24. 謎の名無しさん
50代後半だとすると、親はもう亡くなっている可能性が高い。きょうだいがいても連絡が切れて何十年か経っている。探す側が先にいなくなってしまうというのは、身元不明の案件で一番よくある行き止まりだ。
25. 謎の名無しさん
彼が受けた手術のことも、最期の夜のことも、当人はもう何も語れない。それでも名前だけは、まだ取り戻せる可能性が残っている。そこに何十年もこだわり続ける人たちがいるのが、この分野の唯一の救いだと思う。
26. 謎の名無しさん(>>25への返信)
同意する。名前が戻れば、彼はようやく「空き家で見つかった男性」ではなくなる。墓標に刻める言葉がひとつ増えるだけでも、意味はあると思っている。
27. 謎の名無しさん
火葬されていなければ、無縁墓地に埋葬されている可能性がある。掘り起こして骨からDNAを取れた事例は実際にいくつもあるし、まずは遺体がその後どう扱われたかの記録を当たるところからじゃないだろうか。
28. 謎の名無しさん
州立病院の患者名簿が州の公文書館に移管されて残っているケースがある。年代と性別と手術の有無で絞り込めば、候補は無限に広がるわけではないはずだ。誰かが本気で当たれば、まだ動く余地はあると思う。
29. 謎の名無しさん(>>28への返信)
気持ちは分かるけれど、医療記録はプライバシーの壁が厚くて、身元不明遺体との照合という理由だけでは開けてもらえないことが多い。そもそも保存年限を過ぎて廃棄されているものも山ほどある。簡単な道ではないんだ。
30. 謎の名無しさん
頭を開ける手術を受けて、そのあと何十年か生き延びて、最後は屋根だけの部屋で凍えて亡くなった。その間に彼がどこで何をしていたのか、誰も知らないままだ。せめて名前が返る日が来てほしい。
未解決の謎
この事件の切なさは、手がかりが乏しいことではなく、手がかりが強すぎるのに届かないところにある。頭蓋を開けて骨片を戻す手術は、手術室と麻酔と複数の医療者がいなければ成立しない。つまり彼には、確実にカルテがあった。麻酔記録があり、手術記録があり、術後の経過を書いた紙があった。誰かが彼の名前を書き、誰かがそれを読んでいる。
にもかかわらず、42年間、その紙は彼と結びつかなかった。医療記録が医師ごと・病院ごとの紙で管理され、医師が亡くなれば処分されていた時代。施設が閉じられれば、その中にいた人の記録ごと行方が分からなくなる時代。彼が受けた手術は、彼を特定するための最大の手がかりであると同時に、彼が制度からこぼれ落ちた経路そのものでもある。
もうひとつ重いのは、捜索願の不在だ。データベースは、探している側の情報が登録されて初めて機能する。誰も届け出ていない人は、どれだけ検索しても永遠に一致しない。彼を探した人がいなかったのか、探し方が分からなかったのか、あるいは探す人のほうが先にいなくなってしまったのか――それすらも分からない。
残っているのは指紋と歯の記録、そして頭蓋骨に刻まれた二つの穴だけである。DNAは無い。それでも、いつか誰かが古い病院の書庫や州の公文書館で、この身体的特徴と一致する一人の患者を見つける可能性はゼロではない。情報提供の窓口はニュージャージー州南部地域検死局(事件番号01831044)とされている。彼に名前が返るまで、この事件は終わらない。


Comments