【1985年】「朝も夕方も電話に誰も出なかった」16歳の息子が帰らなかった日——フィラデルフィア

【1985年】「朝も夕方も電話に誰も出なかった」16歳の息子が帰らなかった日——フィラデルフィア 行方不明・失踪

1985年12月13日、金曜日。フィラデルフィアで二つの仕事を掛け持ちしていた母親は、いつものように朝7時半、子どもたちが起きているか確かめるために自宅へ電話をかけた。誰も出なかった。放課後の午後3時半にもう一度かけたが、やはり誰も出ない。深夜に帰宅すると、家の鍵を持っていたはずの16歳の息子、アレン・ブリスコー・ジュニアの姿はどこにもなかった。

その日、彼は友人と地下鉄で街を回り、夕方にバスで地元へ戻っている。「女の子に会いに行く」と言い残してバスを降りたのが、確認されている最後の姿だ。同じ高校では、その8か月前にも16歳の女子生徒が登校途中に消えていた。40年近くたった今も、二人とも見つかっていない。

事件の概要

🗓️ 発生日:1985年12月13日(金)

🌫️ 場所:アメリカ・ペンシルベニア州フィラデルフィア、ウッドランド・アベニュー付近

👤 行方不明者:アレン・ブリスコー・ジュニア(16歳、愛称「スクイーキー」)

🔍 状況:バートラム高校の生徒。日中は友人と地下鉄で市内を回り、夕方バスで地元へ。ウッドランド・アベニューでバスを降り、「女の子に会いに行く」と友人に告げて別れた

🕯️ 現状:遺体・遺留品ともに見つかっていない。行方不明者として登録されたまま、2026年9月時点で解決の報道はない

アレンは1969年12月5日生まれ。失踪のわずか8日前に16歳になったばかりだった。母親の話では、当時の趣味はラップとバスケットボール、そして食べ物の好き嫌いが激しい子だったという。

仕事を掛け持ちしていた母親が帰宅したのは夜11時半だった。アレンのきょうだいの少女はその30分ほど前に帰っていたが、家の鍵を持っていたのはアレンだけだったため中に入れず、祖母の家に身を寄せていた。アレンが通っていたバートラム高校や、最後の足取りとなったウッドランド・アベニューがあるのはフィラデルフィア南西部。狭い間口の家が壁を共有して一列に並ぶロウハウス※が続く、労働者の多い地域だ。

※ ロウハウス:数軒〜数十軒の住宅が横の壁を共有してひと続きに建つ集合住宅の形式。フィラデルフィアやボルティモアなど米東海岸の古い都市に多く、日本の長屋に近い。

判明している事実

学校にいたのか、いなかったのか
失踪当日、バートラム高校は早めに下校になっていたと伝えられている。母親は「あの子はその日、学校に行っていない」と信じていた。一方で警察の記録では、アレンは一日のどこかの時点で友人と一緒に学校にいたことになっている。朝の電話に誰も出なかったことが、母親の確信の根拠の一つになっているとみられる。

最後に目撃されたのはウッドランド・アベニュー
アレンと友人は、学校を出たあと地下鉄で市内をあちこち回り、夕方にバスで地元へ戻った。友人は警察に「アレンがウッドランド・アベニューでバスを降りるのを見たのが最後」と話している。別れ際、アレンは「女の子に会いに行く」と言っていた。これが確認されている最後の目撃証言で、その女の子のところにアレンが着いたのかどうかは公表されていない。

家出の形跡はなかった
アレンは服をすべて家に残していた。母親から誕生日祝いにもらった50ドルも手つかずのままだった。家を出る計画を口にしたこともなく、当局は家出とはみていない。行方不明者データベースのチャーリー・プロジェクトは、この事件を「家族以外による連れ去り」に分類している。

身体の特徴
身長約173cm、体重約64kg。黒髪に茶色の目で、額に傷跡、左の肩甲骨のあたりにこぶ、前歯の欠け、右肩が下がり気味で、O脚だった。最後に着ていたのは黒いジャケットとブルージーンズ。全米行方不明・被搾取児童センター(NCMEC)と、米司法省系の行方不明者データベースNamUsにも登録されている。

同じ高校で8か月前にも失踪
1985年4月23日、同じバートラム高校に通う16歳のクリスティーン・グリーンが、朝8時ごろ自宅を出てウッドランド・アベニューの路面電車へ向かったまま、学校に姿を見せなかった。真面目で授業をさぼらない生徒だったという。捜査当局は二つの事件がつながっている可能性を挙げているが、裏付ける決定的な証拠はない。どちらも未解決だ。その後、警察は当時の友人たちに何度も再聴取を試みたが、多くは所在がつかめていない。

主な仮説

仮説1:女の子に会いに行く途中で事件に巻き込まれた

最も素直な見方。バスを降りてから目的地に着くまでのわずかな時間に、何者かに襲われたか連れ去られたというものだ。当時のウッドランド・アベニュー周辺は治安が良いとは言えなかった。ただ、会いに行く相手が誰だったのか、その家に家族がいたのか、アレンが実際に訪ねてきたのかといった情報が表に出ておらず、どこで何が起きたのか絞り込めない。相手の家族とのトラブルを想定する声もあるが、根拠はない。

仮説2:人種間の対立を背景にした暴行

失踪の約3週間前、1985年11月に、同じ南西部のエルムウッド地区で、黒人家族と異人種カップルが引っ越してきた家を白人住民が最大400人ほど取り囲み、窓を割るなどして嫌がらせを続けた。グッド市長が一帯に非常事態を宣言したほどの騒ぎだった。同じ年の5月には、市警が黒人解放団体MOVE※の拠点に爆弾を落とし、子ども5人を含む11人が死亡している。黒人の少年が「来てはいけない場所」に足を踏み入れただけで危険な目に遭いうる空気は、確かにあった。ただし、アレンの失踪がこうした対立と関係していることを示す証拠は見つかっていない。

※ MOVE:1970年代にフィラデルフィアで結成された黒人解放・自然回帰を掲げる団体。1985年5月13日、立てこもった拠点に市警がヘリから爆発物を投下し、火災で周辺の住宅61軒が焼失、250人以上が家を失った。

仮説3:クリスティーン・グリーン事件と同じ犯人

同じ高校、同じ16歳、同じ年、そしてどちらもウッドランド・アベニューが最後の足取りに関わっている。共通点を並べると同一犯の可能性は捨てがたい。一方で、性別も時間帯も状況も違い、同じ地域の同じ学校の生徒ならウッドランド・アベニューを使うのは当たり前だという反論もある。

仮説4:自分の意思で姿を消した

16歳の少年が何かのきっかけで家を出て、そのまま新しい名前で生きている可能性。だが、服も誕生日にもらった50ドルも置いていったこと、家出をほのめかしたことがないこと、鍵を持ったまま戻らずきょうだいを締め出したことを考えると、この説を支える材料は乏しい。当局も家出とはみていない。

海外の反応

1. 謎の名無しさん
同じ高校から、同じ年に、時期をずらして二人の生徒が完全に消えるなんて、そんな偶然あるか?捜査技術は1985年からずいぶん進歩したんだから、元同級生を探し出して話を聞き直すくらいできるはず。誰かが何かを知ってる。人間の義理なんて時間がたてば変わるもんだよ。

2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
いや、残念ながら十分ありうる。母子家庭で貧しくて、治安の悪い地区に住む黒人の少年で、1985年のフィラデルフィアは本当にひどいことがいっぱい起きてた。当時あの辺に住んでた身として言うけど、同じ年に生徒が二人いなくなった高校なんて、たぶん珍しくなかった。それに40年だよ。友達が10人いたとして、亡くなった人、引っ越して行き先が分からない人、話したがらない人を除いたら、警察に協力してくれるのは一人残るかどうかだと思う。ちなみにここ、DJジャジー・ジェフの母校なんだよね。

3. 謎の名無しさん(>>2への返信)
まさにこういう環境だったから、『ベルエアのフレッシュ・プリンス』のウィルはフィラデルフィアから金持ちのおじさんの家に送られたんだよな。ドラマの設定だけど、冗談抜きで。

4. 謎の名無しさん
あえて反対意見を言うと、友達のうち何人かが亡くなってたとしても、残りは生きてどこかで働いてるはず。社会保障番号(日本のマイナンバーみたいなもの)から最後の勤め先をたどれば、刑事が本気になれば大半は見つけられると思う。自分だったら、あの日一日中一緒にいた友達にまず話を聞き直す。事実をいくつか確定させてから、話の食い違いを突いていく。潔白かもしれないし、そうじゃないかもしれない。

5. 謎の名無しさん(>>4への返信)
友達の証言がどこまで正確だったのかは気になるね。子どもって、友達をかばってるつもりでくだらない理由で大人に嘘をつくことがあるし。学校の一日なんて毎日似たようなものだから、バスを降りたのがその日だったのか前の日だったのか、本人も混ざってたかもしれない。証言がずれてたら時系列ごと変わる。

6. 謎の名無しさん
生きてる友達は、手間をかければ見つかると思うよ。でもこれは都市部の貧しい地区の黒人の少年の失踪で、当時の警察の熱の入り方は正直、違ったと思う。しかも40年前の事件だから、人種に関係なく、新しい事件に比べて後回しにされる。

7. 謎の名無しさん
フィラデルフィアの歴史を知らない人向けに補足。アレンが消える半年ちょっと前の1985年5月13日、市警が黒人解放団体MOVEのメンバーがいた家に爆弾を落としてる。子ども5人を含む11人が死に、61軒が焼けて、250人以上が家を失った。人種間の緊張が高かった、なんて言葉じゃ足りない時期だよ。警察がこの失踪をまともに捜査したかどうか、自分は疑ってる。

8. 謎の名無しさん(>>7への返信)
それは全部事実だけど、背景のすべてでもないと思う。あの年のフィラデルフィアは殺人事件だけでも相当な数で、銃、ドラッグ、ギャングと、警察は街の秩序を保つだけで手いっぱいだった。捜査に落ち度はあったかもしれない。でも、大人の目の届かないところで街じゅうを移動してた少年を探すのは、そもそも簡単な仕事じゃない。

9. 謎の名無しさん
テキサス州デントン郡で1990年に見つかった身元不明の少年の遺骨が気になってる。14〜18歳くらいの黒人男性で、左腕に古い怪我による変形があって、白いタンクトップで作った手製の吊り具で腕を吊ってたらしい。左右が記録のどこかで入れ替わってたりしないかな。

10. 謎の名無しさん(>>9への返信)
「右肩が下がってる」ってどんな状態なのか調べてみたけど、そのデントン郡の遺骨の腕の変形とはだいぶ種類が違う気がする。吊り具が必要なほどなら、失踪時の特徴にまず書かれてるはずだし。

11. 謎の名無しさん
関係あるかは分からないけど、当時あの一帯は人種間の対立がかなり荒れてた。アレンが消える約3週間前、学校から数ブロックの地区で、黒人家族や異人種の夫婦が越してきた家を何百人もの白人住民が囲んで「出ていけ」と叫び、家を壊した。市長が非常事態を宣言して全国ニュースになってる。証拠があるわけじゃないけど、ヘイトクライムの可能性って捜査で検討されたことはあるんだろうか。

12. 謎の名無しさん(>>11への返信)
ネットで語られるときは必ずその説が出るけど、警察の公式の見立てがどうなのかは知らない。ただ、黒人の少年が「来ちゃいけない場所」にいたら、罪悪感を持つ目撃者が一人もいないまま、ひどい目に遭いうる空気だったのは確か。個人的には襲われたんだと思う。殺すつもりはなかったにしても、その場で亡くなったか、どこかに捨てられて怪我と寒さで亡くなった。人種絡みとも限らなくて、女の子の家まで行けたなら、怒った父親って線もある。

13. 謎の名無しさん
アメリカの学校の事情はよく知らないけど、自分が子どもの頃は出欠を取るのは朝の最初だけだった。だから抜け出しても欠席にならない。あと気になるのは、アレンが会いに行った女の子の家に誰かいたのかどうか。着いてたなら事件の場所と時間がかなり絞れるし、着いてないならバス停から家までの間ってことになる。

14. 謎の名無しさん(>>13への返信)
この事件の15年くらい後にアメリカで高校に通ってたけど、うちは授業ごとに出欠を取ってた。ただ、80年代と2000年代じゃ学校の管理はまるで別物。80〜90年代に子どもの連れ去り事件が社会問題になって、出欠の扱いが一気に厳しくなったんだよ。親世代なんて「友達に風邪って言っといて」で休めたらしいし。

15. 謎の名無しさん
89年卒だけど、うちも出欠は朝だけだった。それをいいことにさぼりまくって、単位が足りなくて実は卒業できてない。式には出させてもらえたけど、大学に入るのに後で高卒認定を取るはめになった。授業ごとに出欠を取られてたら、さすがにまじめに通ってたと思う。

16. 謎の名無しさん
早めの下校っていうのがずっと引っかかってる。何時に終わったのか、予定されてた半日授業だったのか、何か突発的なことがあったのか。1985年に一斉連絡の仕組みなんてないから、何百人もの保護者に事務員が一件ずつ電話するしかない。親が「まだ学校にいるはず」と思ってる時間に、女の子の家へ行こうとしてたなら話がつながるんだよな。

17. 謎の名無しさん
当日の天気を調べたら、冷え込んで雨も降ってたみたい。金曜日だし、朝は学校に顔を出して、友達とさぼって地下鉄で遊んで、バスで戻ってから女の子に会いに行った、というのが一番ありそうな流れだと思う。気になるのは、母親の朝の電話にいつもはアレンが出てたのかどうか。いつも話せてたのにその日だけ出なかったなら、母親が「学校に行ってない」と感じたのも分かる。

18. 謎の名無しさん
朝の電話に、きょうだいの子も出なかったのはなぜなんだろう。その朝の家の様子を知ってるのは、アレン以外だとその子だけのはずなんだけど、証言がほとんど出てこない。

19. 謎の名無しさん
母親の気持ちを考えるとたまらない。仕事を二つ掛け持ちして、帰れたのは夜11時半。朝も夕方も電話がつながらなくて、一日じゅう嫌な予感を抱えたまま働いてたんだろうな。家に帰ったら息子がいなくて、娘は締め出されてて祖母の家にいる。

20. 謎の名無しさん
ちょっと冷たい言い方になるけど、家出の線をそんなに簡単に消していいのかな。16歳なんて、大人に言えない悩みを抱えてても不思議じゃない。服も金も置いていったのは、衝動的に飛び出したからとも取れる。

21. 謎の名無しさん(>>20への返信)
衝動的な家出で、誕生日にもらったばかりの50ドルを置いていくかな。16歳にとって当時の50ドルは大金だよ。しかも家の鍵を持ってたのはアレンだけで、戻らなければきょうだいが締め出されるのは分かってたはず。自分で消えたにしては、残されたものが「帰ってくるつもりだった」ことを示しすぎてる。

22. 謎の名無しさん
こういう事件を見るたびに思うけど、警察はあの日一緒にいた友達や周りの子の居場所を、何年もずっと把握しておくべきだったんじゃないか。そうすれば今になって「所在がつかめない」なんてことにはならなかった。

23. 謎の名無しさん(>>22への返信)
何の予算で、何の法的根拠で?その子たちは容疑者でもない普通の市民だよ。警察が理由もなく一般人の居場所を追い続けるほうがよっぽど問題だと思う。

24. 謎の名無しさん
アレンと同じ年の生まれで、自分は87年卒。今でも同級生の大半とはSNSでつながってる。当時の同級生や家族をSNSで探して、そこから話を聞ける人をたどっていけないのかな。もうやってるのかもしれないけど、何か手はないかと思ってしまう。

25. 謎の名無しさん
クリスティーン・グリーンのほうも調べてみた。4月23日の朝8時ごろ家を出て、ウッドランド・アベニューの路面電車に向かったまま学校に来なかった。授業をさぼらない真面目な子だったらしい。どちらも「ウッドランド・アベニュー」で足取りが途切れてるのが気持ち悪い。

26. 謎の名無しさん(>>25への返信)
でも同じ学区の生徒なら、みんなウッドランド・アベニューを通るんじゃない?地元の大通りなんだから、そこが共通点になるのは当然だと思う。朝の登校中の少女と夕方の少年じゃ状況も違いすぎるし、同一犯と決めつけるのは早い。

27. 謎の名無しさん
この事件、何十年も新しい情報がほとんど出てこないのがつらい。額の傷、欠けた前歯、O脚と、身体の特徴はかなり具体的に残ってる。どこかの身元不明の遺骨と照合される日が来てほしい。

28. 謎の名無しさん
80年代のフィラデルフィアで、すぐ近くには黒人の家族が引っ越してきただけで家を囲まれるような地区があった。同じ時期にヘイトクライムが何件も起きてた。それを考えれば、人種がらみの事件だった可能性を考えるのは全然突飛じゃないと思う。

29. 謎の名無しさん(>>28への返信)
可能性として考えるのは当然だけど、今のところ何の証拠もないのも事実なんだよな。女の子の家族とのトラブルだったかもしれないし、まったく関係ない通り魔だったかもしれない。背景が重いぶん、みんなそっちに引っ張られがちなのは気をつけたい。

30. 謎の名無しさん
アレンが生きていれば、もう50代半ば。お母さんがまだ答えを待ってるのかと思うと、せめてあの日会いに行った女の子が誰だったのかだけでも分かってほしい。40年もたてば、黙ってた人が話せるようになることもあるはずだから。

未解決の謎

アレン・ブリスコー・ジュニアの事件でいちばん大きな空白は、ウッドランド・アベニューでバスを降りてからの時間だ。会いに行くと言っていた女の子は誰だったのか。アレンはその家に着いたのか、着かなかったのか。その日、女の子の家に誰かいたのか。事件から40年近くたっても、こうした基本的な情報は公になっていない。

学校をめぐる食い違いも解けていない。母親は「学校には行っていない」と信じ、警察の記録は「学校にいた」とする。早めの下校が本当にあったのか、あったなら何時だったのかも分からない。朝の電話に誰も出なかった理由も含めて、その日の朝から夕方までの足取りは、友人一人の証言にほぼ頼っている。その友人を含め、当時の関係者の多くはもう所在がつかめない。

8か月前に消えたクリスティーン・グリーンとの関係も、「可能性がある」から先に進んでいない。同じ学校、同じ年齢、同じ通り。偶然として片づけるには重なりすぎているが、つなげる証拠もない。そして1985年のフィラデルフィアには、MOVE爆撃やエルムウッド地区の騒ぎに象徴される人種間の深い溝があった。貧しい地区の黒人の少年の失踪に、当時どこまで捜査の手が割かれたのかを疑う声は、今もネット上で絶えない。

アレンは生きていれば50代半ばになる。NamUsとNCMECに登録された彼の特徴、額の傷、欠けた前歯、左の肩甲骨のこぶ、O脚が、いつかどこかの身元不明者の記録と結びつくのか。それとも、あの日のことを知る誰かが口を開くのか。答えはまだどこからも出ていない。

出典:r/UnresolvedMysteries 元スレ / The Charley Project「Allen Briscoe Jr.」/ NamUs MP5881 / NCMEC 行方不明者ポスター / Christian Science Monitor(1985年11月25日)

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