2001年9月11日。世界貿易センタービルが崩れ落ちたその日の深夜、ロウアー・マンハッタンから川を隔てたブルックリンの住宅街で、ひとりの男性が銃で撃たれて亡くなった。ポーランドから来た移民、ヘンリク・シヴィアク。朝のテロで建設現場の仕事を失い、新しく見つけた清掃の仕事へ向かう途中で、道に迷っていた。
テロで亡くなった人々とは別に、この日ニューヨーク市で記録された殺人事件の被害者は、彼ひとりだとされる。街じゅうの目と人手がロウアー・マンハッタンに注がれるなか、事件はほとんど報じられないまま忘れられていった。元スレの投稿者は、胸が痛む話だからと、毎年9月11日にこの事件を紹介し直しているという。25年がたった今も、誰が彼を撃ったのかは分かっていない。
事件の概要
🗓️ 発生日:2001年9月11日 午後11時40分ごろ
🌫️ 場所:米ニューヨーク市ブルックリン区、ベッドフォード=スタイベサント地区のディケーター・ストリート
👤 被害者:ヘンリク・シヴィアク(ポーランド出身の移民男性)
🔍 状況:新しい職場へ向かう途中で道に迷い、路上で言い争う声が聞こえた直後に銃撃された。放たれた7発のうち1発が肺に命中
🕯️ 結末:駆けつけた救急隊と警察が現場で死亡を確認。容疑者も有力な手がかりもないまま、25年がたった今も未解決
シヴィアクはそれまで建設現場で働いていたが、テロの影響で現場は再開のめども立たないまま閉鎖された。いつ仕事に戻れるか分からないのを待ってはいられず、彼は人材派遣会社を通じて、ブルックリンのイースト・フラットブッシュ地区※にあるスーパーマーケット「パスマーク」※の清掃の仕事を見つけた。その日の深夜から働くことになっていた。
※ イースト・フラットブッシュ:ニューヨーク市ブルックリン区の中部にある住宅地区。事件現場のベッドフォード=スタイベサント地区からは南に離れている。
※ パスマーク:ニューヨーク都市圏を中心に店舗を展開してきたスーパーマーケットチェーン。
イースト・フラットブッシュは彼にとってなじみのない土地で、店のある通りまでの行き方は、下宿の大家の女性に一緒に考えてもらった。この道順が、彼の運命を変えることになる。
その夜、のちに現場となるベッドフォード=スタイベサント地区※は、張り詰めた空気に包まれていた。近くに住む女性によれば、夜遅くになっても少なくとも25〜30人が通りに出て、その日の出来事について話し込んでいたという。アメリカ史上最悪のテロから、まだ十数時間しかたっていない。そこへ、迷彩服姿の見知らぬ男性が歩いてきた。
※ ベッドフォード=スタイベサント:ニューヨーク市ブルックリン区の中北部にある住宅地区。ブラウンストーンと呼ばれる古い連棟住宅が並ぶ街並みで知られる。
判明している事実
教わった降車駅は、職場から約5キロも北だった
大家の女性は、パスマークの正確な住所までは確かめないまま道順を考えた。そのため彼女がシヴィアクに伝えたのは、地下鉄のユーティカ・アベニュー駅で降りるという行き方だった。ところが実際の店は、この駅から約3マイル(約5キロ)も南にあった。目指す通りはアルバニー・アベニューで合っていたが、店があったのは同じ通りのずっと南だったのである。
迷彩服姿で、紙を手に住所を探していた
シヴィアクには、清掃会社に知り合いがひとりもいなかった。そこで仕事を紹介してくれた派遣会社に、当日の服装をあらかじめ伝えていた。迷彩柄のジャケットに迷彩柄のズボン、黒いブーツ。午後11時にユーティカ・アベニュー駅で降りた彼は、西へ歩いてアルバニー・アベニューを目指したが、南へ向かうべきところを北へ進んでしまい、道に迷った。近くに住む女性は、バッグを提げ、住所を探すように紙を手にしてアルバニー・アベニューを歩く男性を見ていた。彼はフルトン・ストリートとの角にある公衆電話のところまで行き、また引き返してきたという。
少なくとも3人の男が後をつけていたという証言
同じ女性は、シヴィアクがディケーター・ストリートの方へ戻っていくとき、その後ろを男たちが歩いていたと証言している。人数は少なくとも3人で、建物1棟分、約15メートルほど後ろにいた。発砲の瞬間は見ていないが、銃声は聞いた。ディケーター・ストリートの方に目をやると人々が散り散りに逃げていき、近づいてみると男性が倒れていた。「撃たれたとき、彼はまだ紙を手に持っていた」。ただし20年近くたってからの取材では、男たちは「3人か4人」だったと話す一方で、顔も服装も覚えていないと語っている。暗かったうえ、男たちは通りの反対側にいたからだという。
7発のうち命中は1発、財布の75ドルは残っていた
午後11時40分、ディケーター・ストリートの住民たちは、言い争う声に続いて銃声を聞いた。犯人はシヴィアクに向けて7発を撃ち、当たったのは1発だけだった。その1発が肺に達していた。彼は助けを求めて近くの家へ向かおうとしたが、たどり着く前に倒れた。通報は午後11時42分。救急隊と警察は数分のうちに到着したが、その場で死亡が確認された。財布には現金75ドルが残っており、物盗りが目的ではなかった可能性を示している。
テロの陰で手薄になった初動捜査
元スレの投稿者は、テロの影響でこの事件がまともに捜査されなかったと指摘している。現場の証拠を集めたのは、ふだんは暴力をともなわない事件に使われる証拠収集班だったとされる。殺人事件なら通常9人以上の刑事が投入されるところ、近隣の聞き込みや目撃者への事情聴取にあたれたのは、わずか3人だった。
主な仮説
仮説1:強盗が言葉の壁でこじれた
警察の見立てはこうだ。強盗目当ての誰かが夜道でシヴィアクに近づいたが、英語が得意でなかった彼には何を求められているのかが分からず、言い争いになった末に撃たれた——。住民が銃声の直前に口論を聞いていることとは噛み合う。紙を手に同じ通りを行き来する土地勘のない男性は、狙われやすかっただろう。一方で、財布に75ドルが残っていた点は、この説の弱みとして挙げられる。ただ、発砲したことで犯人が慌ててその場から逃げたのなら、何も奪わなかったことにも説明はつく。「強盗未遂が最悪の形で終わった」という筋書きは、分かっている事実と大きくは食い違わない。
仮説2:テロ当日の空気が生んだヘイトクライム
遺族は、これはヘイトクライム※だったと考えている。シヴィアクはオリーブ色がかった肌に黒っぽい髪で、強いポーランド訛りの英語を話した。そのせいでアラブ系の男性と間違えられたのではないか、というのである。テロから十数時間後の張り詰めた通りに迷彩服姿の見知らぬ男が現れれば、周囲が身構えたとしても不思議ではない。コメント欄でも触れられているように、テロの数日後にはアリゾナ州で、ターバンを巻いたシク教徒の男性がアラブ系と間違えられて射殺される事件が起きている。ただし、口論で何が言われていたのかは、元スレを見る限り分かっていない。7発中1発しか当たらなかったことから、至近距離で撃ったわけではなさそうで、個人的な憎しみによる犯行とは考えにくいとするコメントもある。捜査当局がこの説を裏付けたという話も出ていない。
※ ヘイトクライム:人種や宗教、出身国などへの偏見や憎悪を動機とする犯罪。
仮説3:ギャングの抗争に巻き込まれた流れ弾
コメント欄で目立ったのは、テロとは関係のない地元の暴力に巻き込まれたという見方だ。当時の現場周辺はギャングが幅をきかせる危険な地域だったと指摘する声があり、今も多少は荒れているというコメントもある。7発撃って1発しか当たらなかったのは、狙いを定めた一撃ではなく、揉め事の中での乱射だったからではないか——というわけだ。住民が報復を恐れて口を閉ざしているのだとすれば、手がかりが出てこないことにも説明がつく。ただしこの説は、銃声の直前に口論が聞こえていたことや、男たちがシヴィアクの後をつけていたという証言とはうまく噛み合わない。ただの流れ弾なら、なぜ男たちは彼の後を追っていたのか。
仮説4:ギャングに加わるための「通過儀礼」として狙われた
遺族の見方も、ひとつではなかったようだ。コメント欄では、シヴィアクの姉妹が「ギャングに入るために、人をひとり殺さなければならなかった10代の若者の一団」に殺されたのではないかと考えていた、という話が紹介されている。この見方なら、少なくとも3人の男が後をつけていたという証言とも、財布に手をつけなかったこととも矛盾しない。紙を手に夜道をさまよう、見るからに土地の人間ではない男性は、誰かにとって「手近な標的」に映ったのかもしれない。とはいえ、これも遺族のひとりの推測をコメント主が紹介しているにすぎず、捜査当局がこうした見方を示したという話は元スレには出てこない。男たちの年格好も、証言からは確かめようがない。
海外の反応
1. 謎の名無しさん
同じ国の人だ。仕事に行こうとしていただけなのに、道を一本間違えて、最悪のタイミングで最悪の場所に居合わせてしまった。犯人が捕まっていないのが本当に悲しい。今年もこの日に事件を思い出させてくれてありがとう。9月11日のことは決して忘れない。
2. 謎の名無しさん
ほとんどの人はこの事件を聞いたこともないと思う。自分はイギリスに住んでいるけど、何年もかけていろんな記事を読んできた。いまだに解決していないのが悲しい。
3. 謎の名無しさん
今日という日にこの事件を取り上げてくれるのはいいことだと思う。彼の身に起きたことは、ほぼ間違いなくあの日のほかの出来事とつながっている。彼はあの日の最後の犠牲者だったんだ。
4. 謎の名無しさん(>>3への返信)
「ほぼ間違いなく」はさすがに言い過ぎだよ。自分はテロとは何の関係もなかったと思う。彼があの夜歩いていたのは、ギャングがはびこる本当に危険な地域だった。十中八九、地元のギャングにやられたんだろう。
5. 謎の名無しさん(>>4への返信)
3が言っているのは、テロの実行犯がどうこうって話じゃなくて、テロのせいで殺されたって意味じゃない? アラブ系と間違えられたっていう、ヘイトクライム説のことだと思うよ。
6. 謎の名無しさん
テロとの関係で言えば、少なくとも間接的にはつながっていると思う。テロで建設現場が閉まらなければ、彼がその夜あの地域を歩くことはそもそもなかったんだから。
7. 謎の名無しさん
読んでいてつらくなった。彼はこんな最期を迎えていい人じゃなかった。本人のためにも家族のためにも、罪を犯した人間にはきちんと報いを受けてほしい。
8. 謎の名無しさん
気の毒すぎる。本人も、残された家族も。何年かかってもいいから、いつか本当のことが分かる日が来てほしい。
9. 謎の名無しさん
正直、この事件が解決する望みがあるとしたら、凶器の銃がどこか別の事件で見つかるくらいしかないと思う。
10. 謎の名無しさん(>>9への返信)
近所の住民が話してくれさえすれば、解決できる事件だと思う。証言した女性は、彼の後ろを男たちが歩いていたと話している。しかも近所の人の顔はだいたい知っているのに、その男たちには見覚えがなかったそうだ。
11. 謎の名無しさん
事件のあと、地元の州議会議員の女性が「彼は威圧的に見えた」と話したという記事もある。でも外にいた何十人もの人が見ていたのは、紙を手に道に迷っている男だよ。どこが威圧的なんだろう。
12. 謎の名無しさん(>>11への返信)
擁護するつもりはないけど、あの日の夜だったことは考えないといけない。テロから半日あまりで、迷彩服を着た見知らぬ男が暗い通りを行ったり来たりしていたら、それだけで身構える人がいたのは想像がつく。それがまた悲しいんだけど。
13. 謎の名無しさん
この事件の記事は前に読んだことがある。正直、ギャング同士の撃ち合いの流れ弾に当たったように思える。彼が歩いていたのはひどく荒れた地域だった。近所の人たちが警察に協力しなかったのも、ギャングの報復が怖かったからじゃないかな。あの夜何があったのか、知っている人はきっと何人かいる。
14. 謎の名無しさん(>>13への返信)
今のあのあたりは、25年前ほどひどくはないよ。それでもまだ多少は荒れていて、とくに現場の一画は今でも物騒だ。いつ行っても何かしら揉め事が起きている。
15. 謎の名無しさん(>>13への返信)
同感。証言した近所の女性の話には少し引っかかる。彼の迷彩服も手にしていた紙も見えていたのに、後をつけていた男たちの格好は分からないと言っているんだから。シヴィアクの姉妹は、ギャングに入るために人を殺さなければならなかった10代の連中の仕業だと考えていたそうだ。自分もそれがいちばんありそうだと思う。
16. 謎の名無しさん
あの日くらい、家にいてくれたらよかったのにと思ってしまう。一日くらい仕事を休んで、お金のことは明日考えればよかったのに。こうして覚えている人がいるのは救いだし、解決してほしい。個人的には、犯人ももう死んでいるんじゃないかと思う。生きていれば、とっくに別の事件で捕まっているはずだから。
17. 謎の名無しさん(>>16への返信)
警察が期待していたのはまさにそれで、誰かが別件で逮捕されたときに、取引材料としてこの事件の情報を差し出すことだった。まだそうはなっていないけど、いつかその日は来ると自分は楽観している。
18. 謎の名無しさん
7発撃って1発しか当たらないほど射撃が下手だったなら、至近距離で面と向かって撃ったわけじゃないと思う。そう考えると、憎しみからのヘイトクライムという線は薄い気がする。夜に、ひとりで、あまり治安のよくない地域を歩いていた場違いな男が、手近な標的にされただけじゃないか。
19. 謎の名無しさん
彼の死はテロと無関係とは言えないと思う。テロがなければあの地域にも警察の巡回があって、襲われずに済んだかもしれない。当日の夜、もうアラブ系の人を責める空気はあったんだろうか。ポーランド人として言うと、たしかに彼は「よくいるポーランド人」っぽい見た目ではない。数日後に、アラブ系と間違えられたシク教徒が別の場所で殺された事件もあったはずだ。
20. 謎の名無しさん(>>19への返信)
当日の夜のテレビでは、もう中東の過激派の犯行だという見方が流れていた記憶がある。シク教徒の件はアリゾナ州で、テロの4日後だったはず。ガソリンスタンドを営んでいた男性が、ターバン姿のせいで狙われて撃たれた。
21. 謎の名無しさん
この事件を詳しく扱ったポッドキャストの回があって、すごくよかった。本当に悲しい事件だよ。あれだけのことが起きた日をなんとか生き延びたのに、その夜にこんな最期が待っていたなんて。
22. 謎の名無しさん
あまりにも痛ましい。あの日はもう、それだけで数えきれないほどの人が亡くなっていたのに。そこへさらに死を重ねようと思える人間がいたなんて、どうしても理解できない。
23. 謎の名無しさん
大家さんを責める気にはなれないな。住所までは確かめずに、店のある通りの名前から道順を考えてあげたんだと思う。同じ通り沿いでも5キロ近く離れているなんて、住所を見なければ思いもしなかったんだろう。
24. 謎の名無しさん(>>23への返信)
2001年だから、スマホの地図アプリもないしね。知らない街の夜道を、紙に書いた行き方だけを頼りに歩くしかなかった。撃たれたとき、その紙をまだ握っていたという証言がいちばんこたえる。
25. 謎の名無しさん
刑事を3人しか割けなかったという話が、すべてを物語っている気がする。あの夜は市の警察の人手がテロ対応に取られていたはずで、誰かを責められる話でもない。でも殺人の捜査で、最初の数日を逃すのは致命的だ。
26. 謎の名無しさん(>>25への返信)
ただ、初動が完璧だったとしても結果は変わらなかったかもしれない。夜遅くに25人から30人も外にいたのに、少なくとも表に出ている範囲では、犯人の顔を証言した人がいないんだから。刑事の人数より、話してくれる人がいるかどうかの問題だと思う。
27. 謎の名無しさん
遺族がヘイトクライムを疑う気持ちは分かる。テロの話で持ちきりの通りに、訛りの強い英語を話す見慣れない男が、迷彩服で現れたんだ。言い争いになったとき、相手の目に彼がどう映っていたのかを考えると、ぞっとする。
28. 謎の名無しさん(>>27への返信)
でも、口論で何を言われていたのかは誰にも分かっていないよね。英語がうまく通じない相手に強盗が苛立って撃った、という警察の見立ても十分ありうる。財布に手をつけていないのは、撃った瞬間に怖くなって逃げたからかもしれないし。
29. 謎の名無しさん
投稿してくれて本当にありがとう。「式典で彼の名前を読み上げる人はいない」というニューヨーク・タイムズの一文が、ずっと胸に残っている。
30. 謎の名無しさん
毎年この日に誰かがこうして思い出してくれるなら、少なくともここでは彼は忘れられていない。テロの犠牲者を悼むのと同じように、ヘンリク・シヴィアクという名前も覚えておきたい。いつか家族に答えが届きますように。
未解決の謎
シヴィアクの事件が解けないまま25年がたった理由は、いくつも重なっている。最大の不運は、殺人事件の捜査でもっとも大切な最初の数時間から数日が、ニューヨークの歴史でもっとも混乱した時間とそっくり重なったことだ。聞き込みにあたれた刑事は通常の3分の1ほどで、現場の証拠も、ふだんは暴力犯罪を扱わない班が集めた。容疑者はおらず、手がかりもなく、目撃者はごくわずか。強盗なのか、憎しみなのか、地元の暴力なのか、動機さえ絞り込めていない。警察も遺族も、事件の解決には悲観的だと元スレは伝えている。
それでも、あの夜の通りには大勢の人がいた。後をつける男たちを見たという証言もある。コメント欄では、凶器の銃が別の事件で見つかるか、別件で捕まった誰かが取引のために口を開くか、望みはそのどちらかだという声が上がっていた。犯人はすでにこの世にいないのではないかと考える人もいる。それでも、あの夜に何が起きたのかを知る人がどこかにいる可能性は、まだ消えていない。
そして何より、この事件は「テロの日」の陰に隠れてしまった。2011年のニューヨーク・タイムズは、こう書いている。9月11日に最後に殺された男であるとは、どうしようもなく無名であるということだ。ごくわずかな人に静かに悼まれるだけで、街のほかの人々は、来る年も来る年もロウアー・マンハッタンの方を向いている。式典で彼の名前を読み上げる人はいない。肺に銃弾を受けて彼が倒れた歩道には、追悼の印ひとつない——。
新しい仕事に向かうため、教わった道順を頼りに夜の街を歩いた男性が、紙を握ったまま命を落とした。テロで亡くなった数千の人々を悼むこの日に、同じ街の片隅で失われたもうひとつの命のことも、少しだけ思い出したい。いつか真相が明らかになり、家族が答えを得られる日が来ることを願っている。
出典:r/UnresolvedMysteries 元スレ / Wikipedia / The New York Times(2011年)


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