【2008年】ホンジュラスの島で23歳の教師が死亡——三か国の鑑定が出した三つの結論

【2008年】ホンジュラスの島で23歳の教師が死亡——三か国の鑑定が出した三つの結論 未解決事件

2008年8月22日の朝、カリブ海に浮かぶホンジュラス領ロアタン島の病院で、一人のオランダ人女性の死亡が確認された。マリスカ・マスト、23歳。オランダで小学校の教師をしていた彼女は、長期の休みを取って中米をバックパッカーとして旅している最中だった。翌日にはコスタリカへ飛ぶ予定で、その前日にはこの島で最後のダイビングを楽しんでいる。ところが、その夜を過ごした部屋で何が起きたのかは、18年経った今も誰にも説明できていない。ホンジュラス、ベルギー、オランダ——三つの国が同じ遺体を調べ、三つの違う答えを出したからである。

※ ロアタン島:ホンジュラス本土の北、カリブ海に浮かぶベイ諸島最大の島。世界第2位の規模とされるメソアメリカ・バリアリーフに面し、ダイビング目当ての欧米人旅行者が集まる観光地になっている。

※ バックパッカー:航空券と宿だけを押さえ、荷物を背負って長期間・低予算で各地を回る個人旅行のスタイル。当時のヨーロッパでは、進学や就職の前後に数か月かけて中南米を回るのは珍しくなかった。

事件の概要

🗓️ 発生日:2008年8月21日深夜〜22日早朝

🌫️ 場所:ホンジュラス・ロアタン島(ベイ諸島)のアパート

👤 被害者:マリスカ・マスト(当時23歳/オランダ・ホールン出身の小学校教師)

🔍 状況:ダイビング仲間と夜に出かけたあと、インストラクターの部屋に泊まる。午前3時と午前6時に「異変」があったとされ、病院に運ばれたときには死亡が確認された

🕯️ 現状:ホンジュラスではコールドケース。オランダ検察は2024年9月、「事故が最も考えられる」として捜査を終了

三人が知り合ったきっかけは、いずれもダイビングだった。マリスカはロアタン島のダイビングショップでPADIの講習を受けており、その担当インストラクターがオーストラリア出身のダニエル・イアン・ロスだった。韓国出身のジス・ハンも同じ店でインストラクターになる訓練を受けていたが、コースが違ったため、マリスカとジスは8月21日の夜まで面識がなかった。ジスがダニエルの部屋で同居を始めたのは、その一週間前のことである。

※ PADI:世界最大手のレクリエーションダイビング指導団体。旅行先の店で数日の講習を受けてその場でライセンスを取れる仕組みが普及しており、リゾート地では観光客向けの定番になっている。

マリスカは以前から、姉妹の一人にダニエルへ惹かれていることを打ち明けていた。21日の夜には、旅先で知り合った友人に「彼にキスされた」と伝えている。ダニエルの後の説明では、アパートへ戻る道すがら、マリスカのほうから一緒に行っていいかと尋ねてきたという。本当は気が進まなかったが、自分はもう寝るだけだからと言って承諾した、と彼は述べている。ここから先に起きたことについて、外部の目撃者は一人もいない。

判明している事実

二度の「異変」と、病院までの時間
午前3時、二人は物音を聞いて浴室のドアを開けた。二人の説明では、マリスカは腕で受け身を取らないまま倒れ、床に頭を強く打ったという。彼女は転んだことを謝り、二人は大丈夫だろうと判断して、服を着せたままソファに寝かせて自分たちのベッドへ戻った。病院には運んでいない。ダニエルは「20分おきに起きて様子を見ていた」と述べ、ジスはそのまま眠ったとしている。3時間後の午前6時、ダニエルがジスを呼んだ。マリスカは寝室の戸口で服を身につけておらず、激しく息をしていた。二人は近隣住民にトラックを出してもらって病院へ向かったが、到着時には死亡が確認された。

遺体に残っていた傷
その後、複数回にわたって行われた法医鑑定で共通して記録されたのは、左目のまわりの内出血、折れた歯、切れた唇、そして頭部の損傷である。血液からはアンフェタミン系の成分も検出された。ただし「頭部に何があったのか」の解釈は鑑定ごとに食い違い、それがそのまま結論の違いになった。

※ 法医鑑定:遺体を調べて死因や死亡の経緯を判断する手続き。日本では警察の検視のあと必要に応じて司法解剖が行われるが、どの死を解剖に回すか、誰が判断するかは国によって制度がまったく違う。設備や人員の差も大きく、同じ遺体を別の国の専門家が調べて結論が変わること自体は珍しくない。

三つの国、三つの結論
最初にホンジュラスで行われた鑑定は「殴られ、蹴られたことによる死亡」とした。二度目の鑑定は、首を絞められたことによる死亡だと結論づけている。どちらも「事故ではない」という点では一致していた。2011年には遺体が掘り起こされてベルギーで改めて調べられ、腕の傷が防御創に見えることなどから暴力の関与があったとされ、「頭蓋骨の骨折があり、それが死因」という判断が出ている。ところが2017年にオランダで捜査が再開され、7年かけて出た答えは正反対だった。骨折に見えたものは頭蓋縫合——誰の頭にもある骨の継ぎ目——であり、死因は事故の可能性が高い、というものである。オランダ側は、ホンジュラスでの初期捜査そのものについても「まともに行われていなかった」と指摘している。

※ 頭蓋縫合:人間の頭蓋骨は生まれたときには複数の骨に分かれており、成長にともなって噛み合わさって一つになる。その継ぎ目の線が頭蓋縫合で、成人にも必ず残っている。割れ目と見た目が似ているため、状態の悪い遺体では骨折と取り違えられることがある。

病院を離れ、そのあと部屋が片付けられた
三人は病院に着いてまもなく、その場を離れている。ダニエルとジスの説明では、車を出してくれた住民が待てないと言い、ほかに帰る手段がなかったからだという。アパートに戻ったあと、部屋はダニエル、ジス、そしてもう一人の近隣女性の手で片付けられた。理由は「ひどく汚れていたから」だった。遺族が今も引っかかっているのは、この数時間である。

二つのパスポートと、その後の二人
マリスカが死亡した当時、ダニエル・イアン・ロスはホンジュラス当局に信用されず、身柄を拘束されていた。釈放の条件はパスポートを預け、出国しないことである。当局が知らなかったのは、オーストラリア出身の彼が英国とオーストラリアの二つのパスポートを持っていたことだった。彼は英国のパスポートを預けたうえで、捜査の結果を待たずにマレーシアへ渡っている。ホンジュラス政府が身柄を求めたことで、彼の名前は国際手配を通じて再び表に出た。一方の同居人ジス・ハンは、いったん韓国へ戻ったあとエジプトで働こうとしたが、2009年にカイロの空港で拘束され、ホンジュラスへ送り返された。勾留のまま裁判を受け、2010年に無罪となった。マリスカの体内から薬物とアルコールが検出されたことが理由とされている。ジスの逮捕を受けて、ダニエルは母国オーストラリアへ戻った。同国とホンジュラスの間に犯罪人引渡しの取り決めがないため、身柄が送られることはなかった。

主な仮説

仮説1:転倒による頭部外傷(オランダ検察がたどり着いた結論)

午前3時に頭を強く打ち、いったんは受け答えができる状態に戻ったものの、頭蓋内の出血や腫れが進んで数時間後に致命的な状態になった、という筋書き。医療の現場では「意識清明期」と呼ばれる経過で、頭を打った人がしばらく普通に見えたあとで急変することは実際にある。受け身を取れないまま床に顔から落ちれば、目のまわりの内出血・歯の破折・唇の裂傷が同時に起きることも説明はつく。

仮説2:第三者による暴力(遺族が一貫して主張してきた見方)

遺族はマリスカが殺されたと考え続けてきた。根拠として挙げられているのは、ホンジュラスとベルギーの鑑定がいずれも暴力の関与を指摘したこと、腕の傷が防御創に見えたこと、ダニエルが捜査の結果を待たずに出国し、遺族に一度も連絡をしなかったこと、そしてオランダ政府がホンジュラスに強く働きかけようとしなかったことである。マリスカの姉妹の一人は数年前のインタビューで、相手が体の関係を求め、彼女がそれを望まなかったことがもみ合いにつながったのではないか、という見方を語っている。ただしこれはあくまで遺族の推測であり、ダニエル・イアン・ロスは起訴も有罪判決も受けていない。本人はメディアに対し、自分は彼女の死に関与しておらず、その夜できることはすべてやった、と述べている。

仮説3:いくつもの条件が重なった夜だった

マリスカはその日、昼間にダイビングをしていた可能性が高い。血液からはアンフェタミン系の成分が検出されており、飲酒もあった。潜ったあとの体調に薬物とアルコールが重なれば、意識を失って倒れることも、そのあとの判断が鈍ることもありうる——という見方である。この説に立つと、三人の行動(3時に病院へ行かなかった、朝になって慌てた、部屋を片付けた)は悪意ではなく、全員が酩酊と動転のなかで最悪の選択を重ねた結果、と読める。

仮説4:判断できるだけの材料がもう残っていない

最初の鑑定が行われた場所と時期の条件が悪すぎた、という立場。オランダ側自身が初期捜査の質を問題にしており、2011年に遺体を掘り起こしてからも十数年が経っている。証拠を保全しそこねた時点で、事故か事件かを決められるだけの材料は失われていた——だから「事故が最も考えられる」も「殺された」も、どちらも証明はできない、という見立てである。

海外の反応

1. 謎の名無しさん
彼女は半分意識を失った状態でドアに寄りかかっていて、開けた拍子に倒れて頭を打った——それだけの話に読める。ホンジュラス側の捜査がひどすぎたことが、この話をここまでこじらせたんじゃないか。

2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
「左目のまわりの内出血、折れた歯、切れた唇、頭部の損傷、血中からアンフェタミン、最初の鑑定は殴打と蹴り、二度目は絞頸」——これ全部、床に倒れただけで起きるのか?さすがに多すぎないか。

3. 謎の名無しさん(>>2への返信)
救急と法医の現場に20年以上いるけど、受け身を取れないまま顔から床に落ちた人の傷は、だいたいこうなる。目のまわりが黒くなって、歯が折れて、唇が切れる。何人見たか数え切れない。珍しい組み合わせじゃないんだ。

4. 謎の名無しさん(>>2への返信)
オランダの番組で当時の写真を見たけど、正直かなりきつい状態だった。3時と6時という説明も、20分おきに様子を見ていたという話も、腑に落ちない。事故だとすると、防御創に見えた腕の傷はどう説明するんだろう。

5. 謎の名無しさん
ロスがさっさと国を出たのは確かに引っかかる。ただ、その国の司法をまったく信用できず、刑務所に何年も入れられるかもしれないとなれば、やっていない人間でも逃げる理由にはなる。逃げた=犯人、で片付けられる話でもない。

6. 謎の名無しさん
正直、どう考えていいのか分からない。その夜に三人とも酔っていたなら、まともな判断ができなかったことの説明にはなる。仮に事件だったとして、同居して一週間のジスがダニエルをかばう動機は何だ?逆でもいい。一週間の同居人のためにそこまでするか。

7. 謎の名無しさん(>>6への返信)
その「もし事件だったとして」を支える証拠は、具体的にどれなんだ。鑑定が割れているという事実そのものは、殺人の証拠にはならないと思う。

8. 謎の名無しさん
自分がいちばん引っかかっているのは、病院を出てから部屋を片付けるまでの数時間だ。人が運ばれていったあとに掃除を始める、という順番がどうしても飲み込めない。汚れていたからというのは分かるけれど、そこは後回しにならないものだろうか。

9. 謎の名無しさん
逆に言うと、混乱している人間ほど手を動かしてしまうものだと思う。何が起きたのかも分からなくて、とりあえず片付ける。冷静に「ここは触るな」と判断できるのは訓練を受けた人だけだ。ただ、結果として何も残らなかったのは痛い。

10. 謎の名無しさん
現地の法医が、頭部・顔面・上半身に複数の打撲があり、腕の内出血は防御創と矛盾しない、と報告し、法医学的には他殺だと結論づけたと報じられている。この鑑定を最初に否定したのは誰で、どういう根拠だったのかが知りたい。

11. 謎の名無しさん(>>10への返信)
その報告が存在するのは分かる。でも同じ遺体について、別の国の専門家が別の結論を出しているのも事実だ。合う鑑定だけを選んで合わないほうを切り捨てるなら、それは証拠を読んでいるのではなく、探しているだけだ。

12. 謎の名無しさん
頭蓋縫合(skull suture)は、頭蓋骨の板と板が合わさっている継ぎ目のこと。赤ん坊のときは頭の骨が複数に分かれていて、成長にしたがって噛み合って一つになる。骨盤が狭いのに頭がでかい、という無理を出産で通すための仕組みだ。

13. 謎の名無しさん(>>12への返信)
「骨折ではなく縫合だった、縫合は誰にでもある」という一文の意味が取れなかった。こっちで suture といえば傷口を縫う糸のことだから、遺体の頭に糸?と本気で混乱した。骨の継ぎ目のことだったのか。

14. 謎の名無しさん
これは「意識清明期」の典型例に見える。頭の中でひどい損傷を負った人が、最初は朦朧としていて、そのあと目を覚まして一見大丈夫そうに見え、それから頭蓋内の出血が脳を圧迫してもう一度意識を失う。あと、死後に血が下へ溜まる死斑は、慣れていない人には打撲に見える。

15. 謎の名無しさん
気になるのは、3時の時点で病院に行っていないことだ。受け身も取れずに床で頭を打った相手をソファに寝かせる、という判断が自分にはできない。ただ深夜の離島で車も呼べない場所なら、選択肢がそもそも無かったのかもしれない。

16. 謎の名無しさん
20分おきに起きて様子を見ていた、という話は、本当ならかなり心配していたということになる。心配していたのに朝まで病院に行かなかった、というのが自分の中で結びつかない。眠っているだけだと思っていたのか、動けない事情があったのか。

17. 謎の名無しさん
誰も聞いていないけど、その日の昼間、彼らは潜っていたのか?減圧や血中のガスの影響みたいなものが絡んでいる可能性はないんだろうか。自分も昔、意識を飛ばしてテーブルに顎を打ちつけたが、あれは血糖と酸素のせいだった。

18. 謎の名無しさん(>>17への返信)
潜っている。オーストリア人の友人が、最後にダイビングをした日にマリスカが息苦しさを訴えていた、と話している。ブログの最後の記事には「明日はファンダイブを1〜2本」「金曜にコスタリカへ飛ぶ」とある。22日は金曜日だから、その「明日」は21日——三人で出かけた、あの日だ。

19. 謎の名無しさん
知らなかった事件を取り上げてくれてありがとう。あまり扱われないケースが読めるのはうれしい。気のせいかもしれないけど、2000年代から2010年代にかけて、オランダ人の女性旅行者が海外で不可解な亡くなり方をした話、多くないか。

20. 謎の名無しさん(>>19への返信)
それはパナマのジャングルに入って戻らなかった二人組のことを言っている?あれは不可解というより、装備も準備もないまま入ってしまったという話だと思うけど。

21. 謎の名無しさん(>>19への返信)
ウガンダで亡くなったソフィア・クーツィールの件もある。言い方が悪かったかもしれない。「不審死が多い」というより、「海外での死が謎めいたものとして受け取られ、大きな議論になった例が続いた」という意味だった。

22. 謎の名無しさん
同じ遺体を三つの国が調べて、殴打・絞頸・事故と全部違う答えが出ているのが、この話のいちばん恐ろしいところだ。どれかは間違っているわけで、しかも一番最初の——遺体の状態が一番よかったはずの——鑑定が一番信用されていない。

23. 謎の名無しさん(>>22への返信)
掘り起こして調べ直したのが3年後というのが、どうしても効いてくる。軟らかい組織はもう残っていないから、首を絞められた痕跡のような所見は最初に見た人しか判断できない。逆に骨だけが残ると、継ぎ目が割れ目に見えることもある。

24. 謎の名無しさん
遺族の立場になると、「事故が最も考えられます、ただし何が起きたのかは分かりません」で終わるのが一番つらいと思う。誰かがやったと言われたほうが、まだ向き合う先がある。分からないまま閉じられると、行き場がない。

25. 謎の名無しさん
この件を追いかけていたオランダの事件記者は、まったく別の裁判をめぐる件で2021年に撃たれて亡くなっている。組織的な薬物犯罪の裁判で証言した人物を支援していたことが背景だと見られている。実行役は捕まっても、上までは線がつながらない。

26. 謎の名無しさん
引渡しの取り決めがない国に帰れば手が出せない、という話が制度として実在するのが、国をまたいだ事件のどうしようもないところだ。あくまで手続きの話なのに、外から見ると同じことに見えてしまう。

27. 謎の名無しさん(>>26への返信)
そこは分けて考えたい。同居していた女性は裁判まで行って無罪になっているし、彼のほうも公になっている範囲では起訴に至っていない。何も確定していない段階の話を「逃げ切った」と言うと、事実と印象が入れ替わる。

28. 謎の名無しさん
海外で家族が亡くなったときに何ができるのか、というのを、この件で初めて考えた。言葉が通じない、制度が違う、鑑定書がいつ出るかも、遺体をいつ返してもらえるかも分からない。旅行の楽しい部分しか想像していなかった。

29. 謎の名無しさん(>>28への返信)
大使館ができることも、思っているよりずっと少ない。現地の捜査に口を出す権限はないから、基本は連絡の仲立ちと手続きの案内までだ。相手国が動かないと決めたら、そこで止まる。遺族がもっと押せたはずだと言うのも分かる。

30. 謎の名無しさん
彼女のブログが今も残っていて、旅の途中の写真が読めるらしい。23歳で、教員をやっていて、休みを取って中南米を回っていて、翌日にはコスタリカへ行くはずだった。事故か事件かという議論の手前に、一人の人間がいたことは忘れたくない。

未解決の謎

この事件でいちばん重いのは、犯人が分からないことではなく、何が起きたのかが分からないまま公式に閉じられたことだと思う。オランダ検察は2024年9月、「不慮の事故が最も考えられる」として捜査の終了を発表した。ただし同時に、何が起きたのかは依然として分かっていない、とも明言している。ホンジュラス側でも、この死はもう積極的には捜査されないコールドケースとして扱われている。

三つの国の鑑定が三つの答えを出した、という事実はそのまま残る。殴打、絞頸、そして事故。最も早く——つまり遺体の状態が最もよかったはずの時点で——行われた鑑定が後になって「まともに行われていなかった」と評価され、最も遅い鑑定が結論をひっくり返した。どちらの方向にも決め手がない。

残るのは、説明されていない数時間である。なぜ午前3時に病院へ向かわなかったのか。20分おきに様子を見ていたという説明と、朝まで動かなかった経過は、どう両立するのか。なぜ病院にほとんど留まらず、そのあとに部屋を片付けたのか。いずれも不自然だと指摘されてきた点だが、不自然であることと、誰かが罪を犯したことは同じではない。ダニエル・イアン・ロスは起訴も有罪判決も受けておらず、一貫して関与を否定している。ジス・ハンは裁判を受けたうえで無罪になっている。それでも遺族は、事故という結論を一度も受け入れていない。

マリスカ・マストは23歳で、小学校の教師で、休みを取って中南米を回っていた。翌日にはコスタリカへ飛ぶ予定で、旅の記録を残したブログは今も読める。その最後の記事には、翌日のダイビングの予定が書かれている。彼女に何が起きたのかを、18年経った今も誰も説明できていない。

出典:r/UnresolvedMysteries 元スレオランダ検察庁(Openbaar Ministerie)2024年9月13日発表

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