「何か忘れ物?」行ったこともない店で声をかけられた男と、最後まで会えなかった双子の兄弟

「何か忘れ物?」行ったこともない店で声をかけられた男と、最後まで会えなかった双子の兄弟 未解決事件

行ったこともない店で、店員に「何か忘れ物?」と聞かれる。医者からの帰りに駐車場で息子を見かけた父親が手を振ると、相手は振り向きもせず車で走り去る。米イリノイ州ロックフォードの近くに住んでいたジム・ボームガーデンの周りでは、こんな人違いが何年も続いた。やがて彼は、自分が双子として生まれ、生後半年ほどで兄弟と引き離されていたことを知る。

1992年、ジムはテレビ番組『アンソルブド・ミステリーズ』※で双子の兄弟に呼びかけた。30年以上たった今も、そっくりな男が誰だったのかは分かっていない。「DNA検査も顔認識もある今、なぜ解けないのか」と問われた海外掲示板の議論をまとめた。

※ アンソルブド・ミステリーズ:1987年から米国で放送されてきた番組。未解決事件や生き別れの家族などを再現ドラマで紹介し、視聴者に情報を呼びかける。

事件の概要

🗓️ 発生日:1947年3月29日、双子として誕生(26日とする書類もある)。そっくりな男の目撃は、ジムの少年時代から1992年ごろまで続いた

🌫️ 場所:米イリノイ州北部。ロックフォードとその周辺の町(ロシェル、バイロン、シカモアなど)

👤 人物:ジム・ボームガーデン(1947〜1994)。養子として育ち、ベトナム戦争に従軍した。もう1人は生き別れの双子の兄弟で、名前は分かっていない(「ビリー」だった可能性がある)

🔍 状況:行ったことのない場所でジムを見た、話したという人が相次ぎ、のちに養子縁組の書類から双子の兄弟がいたことが分かった。1992年に全国放送で情報を呼びかけた

🕯️ 現状:番組をきっかけに姉は見つかったが、ジムは双子に会えないまま1994年に47歳で死去。2026年10月時点で、双子の身元が分かったという報道は見当たらない

ロックフォードはシカゴから北西へ130キロほどの工業都市だ。ジムは養子だと知って育ち、ベトナムから帰ると妻のシンディと所帯を持ち、ロックフォードの会社でコンピューターのオペレーターとして働いた。地元では顔の広い人物だった。

判明している事実

行ったこともない場所で「ジムを見た」という人が相次いだ
始まりは少年時代だ。ロックフォードの南の町ロシェルにある祖父母の家に遊びに行ったとき、近所の子どもたちに「ビリー」と呼ばれ、遊ぼうと誘われた。自分はジムだと言っても子どもたちは納得せず、しまいにはいら立っていたという。1984年には、ジムの義理の兄弟のリックが、ロックフォードであった会社対抗のソフトボールの試合で、相手チームのピッチャーをジムだと思った。声をかけても反応はなく、試合後に近づいてジムの家族の様子を尋ねると、男は戸惑った様子で足早に立ち去った。

その5年後には、医者からの帰りだった養父のアーニーが、駐車場でジムを見かけた。手を振って呼びかけたが、男は無視して車で走り去った。どちらの日も、ジムには別の場所にいたという説明がついた。1991年のクリスマスには、ジムが妻と近所の小さな店(ミニマート)に入ると、店員に「何か忘れ物?」と聞かれた。つい少し前に、ジムにそっくりな男が来ていたというのだ。ジムはやがて、町のあちこちに自分に会ったという人がいることを知る。話しかけられた相手は、戸惑うか無視して立ち去ったという。

出生の記録に残っていた双子の兄弟
1992年9月13日付の地元紙デイリー・クロニクル(イリノイ州ディカルブ)によれば、ジムは1947年3月29日、シカゴのあるクック郡の救世軍※の病院で生まれた。ロックフォードの養子縁組の機関を経て、兄弟と2人でロシェルの里親に預けられ、半年ほど一緒に暮らした。年配の里親が2人の面倒は見きれないと申し出たため、ジムはロシェルのすぐ北のホルコムの家庭に移され、のちにその家の養子になった。兄弟の姿を見たのは、それが最後だった。

※ 救世軍:英国生まれのキリスト教(プロテスタント)の団体。慈善活動で知られ、日本では年末の「社会鍋」でなじみがある。

同じ記事によれば、ジムが双子かもしれないと知ったのは記事の3年前、1989年ごろだった。医師に一卵性の双子に見られる特徴があると言われたのがきっかけで、双子の兄弟がいたことは、のちに祖母の話と書類で確かめられた。元スレでは1991年のクリスマスのあとに祖母が打ち明けたことになっていて、時期に食い違いがある。一卵性だったと確かめた記録は見当たらない。

封印された記録の代わりに、古い新聞から生みの家族へ
養子縁組の記録は封印※されていて、ジムは中身を見られなかった。機関が明かしたのは、名前を伏せた生みの母の家族の経歴だけ。そこに書かれていた親族の水死事故を手がかりに、ジムは古い新聞の記事と死亡記事を探し当て、生みの母の家族の姓をつかんだ。1992年に入ってから、ロックフォードの西の町ペカトニカで生みの母の姉妹に会っている。彼女はジムを見るなり「名乗らなくても分かる。兄弟のバドに生き写しだもの」と迎え入れたという。生みの母はその3年前に亡くなっていて、家族とは長く連絡を絶っていた。双子を産んで養子に出したことは、家族の誰も知らなかった。

※ 養子縁組記録の封印:米国では20世紀半ばから多くの州が、養子縁組の記録や元の出生証明書を非公開にしてきた。イリノイ州で養子本人が元の出生証明書を請求できるようになったのは、2010年代に入ってからだ。

放送のあと、姉は見つかり、双子は見つからなかった
番組は1992年9月2日に全米で放送された。地元紙によれば、放送後には、ロックフォードの南東の町シカモアで見たという電話がいくつも来た。妻のシンディによれば、5、6人がオークションやフリーマーケット、店の中でそっくりな男を見たと伝えてきた。「名前を知っている人はいない。ただ見かけただけ」だという。ジムは「シカモアには、自分の知る限り一度も行ったことがない」と話している。

一方でジムは、番組をきっかけに、生みの母が先に産んでいた姉を見つけ出し、1993年に対面した。姉も養子として育ち、ジムのことも双子のことも知らなかった。2人はその後とても親しくなったという。しかし双子には会えないまま、ジムは1994年7月25日、47歳で亡くなった。家族と姉はその後も探し続けたが、見つかっていない。

息子を名乗る人物が明かした「その後」
元スレのコメント欄には、ジムの息子を名乗る人物が、米国のテレビ番組ファンの掲示板に書いた内容が紹介されている(本人のものかは確かめられない)。寄せられた情報の多くは再現ドラマの俳優に似た人のもので、双子は接触を望んでいないという知らせも何件かあった。ジムの友人が地元の店でそっくりな男に事情を尋ねると、男は「家族とは関わりたくない」と言って店を出た、とも書いている。

主な仮説

仮説1:そっくりな男は、近くの町で育った生き別れの双子だった

ジムの家族が考えている筋書きだ。双子の兄弟がいたことは書類で確かめられていて、2人は生後半年ほどロシェルで一緒に暮らした。ジムが「ビリー」と呼ばれたのも同じロシェルだった。家族は、双子の名前はビリー(ウィリアムの愛称)かウィリアムで、ロシェルかその周辺の家庭に引き取られたと見ている。

弱いのは、どの目撃も名前に結びついていないことだ。双子が実在したことと、目撃された男が双子だったことは、別の話である。

仮説2:双子は気づいていたが、名乗り出ないことを選んだ

息子を名乗る人物の書き込みが本当なら、男は自分にそっくりな誰かがいることを知っていて、関わらないことを選んだことになる。呼びかけを無視して立ち去ったという目撃も、これなら説明がつく。ただ、店での一件はあくまで掲示板の書き込みで、ほかの裏付けはない。

仮説3:目撃の多くは、ただの他人の空似だった

懐疑派の見方だ。全国放送で顔が流れれば、似た人を見たという電話は必ず来る。息子を名乗る人物によれば、実際に寄せられた情報の多くは再現ドラマの俳優に似た人のものだった。

反対する側は、間違えたのが養父や義理の兄弟といった、ジムをよく知る人たちだった点を挙げる。同じ地域に双子が実在した以上、すべてを偶然で片づけるのは難しい。

仮説4:DNAが答えを出せないのは、双子の側が検査を受けていないから

元スレの問いへの答えだ。遺伝子系図※で養子に出された人を見つけるには、本人か子や孫がデータベースに登録している必要がある。一卵性なら、ジムの子どもと双子のDNAは親子と同じくらい一致する。ただしそれも双子の側が登録していればの話で、誰も登録していなければ照合のしようがない。生きていれば2026年で79歳になる。

※ 遺伝子系図:DNA検査サービスに登録された人どうしのDNAを照らし合わせ、親族関係を割り出す方法。米国では家族探しや未解決事件の捜査に使われている。

海外の反応

1. 謎の名無しさん
ジムの息子を名乗る人の書き込みを見つけた。父は双子に会えないまま放送の2年後ほどで亡くなったけど、80キロほど離れた町の姉は見つかって、とても仲良くなったそうだ。情報は多かったが、再現ドラマの俳優に似た人ばかりで、双子は連絡を望んでいないという知らせも何件かあったらしい。

2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
その人は別の書き込みで、番組で流れなかった話も明かしてる。父の親しい友人が地元で店をやっていて、入ってきた男を見て幽霊かと思ったって。事情を聞こうとしたら「家族とは関わりたくない」と言って店を出て、トラックで行ってしまった。引き止めても、話す気はまったくなかったそうだ。

3. 謎の名無しさん(>>2への返信)
悲しいけど、それならもう答えは出てる。向こうには関わらない権利がある。息子さんがDNAを登録しておけば、いつかビリーの子や孫が自分のルーツを調べたときの手がかりにはなる。家族にできるのは、もうそこまでだと思う。

4. 謎の名無しさん
一卵性の双子なら顔はそっくりのはずなのに、顔認識ソフトで照合しようって話にならないのが不思議。今も生きていれば、年を取ったジムにそっくりな顔をしているはずだよね。

5. 謎の名無しさん(>>4への返信)
顔認識には、本人だと分かっているジムの写真が要る。ジムが亡くなったのは1994年で、そんな技術はまだ無かった。そのうえ双子の写真もネットに上がっている必要があるし、何十年分の老け方まで補わないといけない。DNAのほうがずっと望みがあるよ。

6. 謎の名無しさん
兄弟のほうが、身元を知られたくないんだと思う。養子だと知らずに育って受け入れられないのかもしれないし、知っていても育ての家族への義理で再会を望まないのかもしれない。同じ地域に住んでいたなら、向こうも「ジム」と呼ばれたことが何度もあったはず。似た誰かがいることには、とっくに気づいていたんじゃないかな。

7. 謎の名無しさん(>>6への返信)
気味が悪くて関わりたくない、っていうのは分かる。知らない大人がいきなり「家族です」と来るんだから。血がつながっていれば何かを感じるはず、と誰もが思うわけじゃない。

8. 謎の名無しさん
うちの父にも似たことがあった。三人兄弟の長男として育って、近くの大きな町に移ったら、なぜか地元の人に「ビリー」と呼ばれるようになった。調べたら、祖母は20歳になる前に4人の息子を産んでいて、末っ子のビリーを手放さざるを得なかったと分かった。その子がその町の家庭にもらわれていたんだ。のちに会えたら、髪型も声も仕草もそっくりだったって。

9. 謎の名無しさん(>>8への返信)
途中で「ビリー」が出てきて声が出た。人違いがきっかけで兄弟が見つかるなんて、この件とそっくりだ。お父さんが弟さんに会えて本当によかった。

10. 謎の名無しさん
ソフトボールの試合なら、相手チームがどこの会社だったか分かれば、ピッチャーが誰だったか聞くだけで済みそうなものだけど。

11. 謎の名無しさん(>>10への返信)
1984年の時点では、まだ誰も双子を探してなかったんだよ。ジムが双子かもしれないと知ったのは何年も後。それに相手の会社にもよる。町の小さな修理工場どうしの試合なら一発だけど、大企業の支店チームだったら、何年もたってから1人を割り出すのはまず無理。

12. 謎の名無しさん
もし両方の家が子どもに「ジム」と名付けていたら、と思うとそれはそれでぞっとする。

13. 謎の名無しさん(>>12への返信)
それ、実際にあったんだよ。生き別れた双子が2人ともジムと名付けられていた有名な例がある。子どものころの犬の名前も、1人目と2人目の奥さんの名前まで同じ。息子のファーストネームとミドルネームまでそろっていたらしい。生き別れの相手が自分と同じ人生を歩んでいたなんて、鳥肌が立つ。

14. 謎の名無しさん
生き別れの双子と聞くと、ニューヨークの三つ子のドキュメンタリー『まったく同じ3人の他人』(原題 Three Identical Strangers)を思い出す。あれも別々の家にもらわれた三つ子が、大学での人違いをきっかけにお互いの存在に気づく話だった。

15. 謎の名無しさん(>>14への返信)
あの三つ子は、1960年代に研究のためにわざと引き離された話でしょ。こっちは地元紙の記事を読むと、双子を半年預かった年配の里親が「2人は見きれない」と申し出たのが別れのきっかけだったらしい。事情はまるで違うと思う。

16. 謎の名無しさん
ジムの実の子どもがDNA検査サイトに登録すればいい。一卵性の双子は遺伝的には父親と同じだから、本当はおじさんなのに、検査結果には「父親」と同じ近さで出てくるはず。

17. 謎の名無しさん(>>16への返信)
自分もDNAの家系調査で生みの家族を見つけた。共通の祖先を持つマッチを何人も突き合わせて、家系をたどっていけば絞り込める。専門の学位なんか要らないし、おばやいとこみたいな近い親族がヒットすれば、あっという間だよ。

18. 謎の名無しさん
養子に出された本人をDNAで見つけるのは簡単じゃない。生みの家族はもう分かっているから、そこを掘ってもビリーには届かない。必要なのは本人か子や孫の登録で、誰も探す気がなければ見つからない。地元のテレビ局で「あなたを探している家族がいます」と小さく流してもらったほうが、全国放送より効いたかもしれない。

19. 謎の名無しさん
最初はドッペルゲンガーの怪談かと思って読み始めたのに、出生の記録まで出てくる話だった。「世の中には自分に似た人が3人いる」なんて言うけど、そのうち1人が本当に血を分けた兄弟だったら、と思うとぞくっとする。

20. 謎の名無しさん
うちの父は匿名の精子提供者だった。DNAサイトで同じ父を持つきょうだいが大勢見つかったけど、すぐ輪に入ってくる人もいれば、黙って消える人もいる。親に「そんな検査は間違いだ、詐欺だ」と言われた人までいた。病歴を知るためだけでも、本当のことは子どもに伝えるべきだと思う。

21. 謎の名無しさん
自分は17歳のとき、一卵性の双子がいると知った。郵便局で知らないおじさんにいきなり肩を抱かれて「やあバーバラ、元気だった?」って。笑って「元気だけど、バーバラじゃないよ」と返したら、その人は彼女の継父だった。1年後にやっと会えたけど、本当に不思議な体験だった。

22. 謎の名無しさん
当時は、子どもを養子に出した親が恥を背負わされて、その子の話をすることすら許されなかった。友人にも、母親が亡くなったあとで、養子に出されていた姉から連絡が来て、初めてその存在を知った人がいる。

23. 謎の名無しさん
1992年に番組に出たとき、ジムはまだ45歳だったって本当? 写真を見ると60代にしか見えない。よほど苦労したんだろうか。

24. 謎の名無しさん(>>23への返信)
親父が老けて見えたのは、ほとんどベトナムのせいだと思う。戦争中は通信用の無線機を直していて、前線の機材も扱っていた。そこで見たものの影響は大きかった。老け顔は遺伝もあると思う。俺も16歳で同じ生え際になって、あごひげも生えてきて、店が年齢確認をするか試すおとり役を警察に頼まれたくらいだから。

25. 謎の名無しさん
自分も知らない人によく話しかけられて、身に覚えのないことを聞かれる。養子じゃないけど、たぶんどこかにドッペルゲンガーがいる。もう説明するのも面倒で、適当に濁して離れることにしてる。相手の顔を見ると「何か変だぞ」と思っているのが分かるから、性格までは似てないんだろうな。

26. 謎の名無しさん(>>25への返信)
自分も「よくいる顔」らしくて、店員さんによく「どこかでお会いしました?」と聞かれる。でも別の名前で呼ばれたことはないし、どこで会ったかも相手は言えない。特定の誰かに似てるんじゃなくて、似た顔立ちの人が大勢いるだけだと思う。

27. 謎の名無しさん
自分もそっくりさんのせいでよく怒られた。州外の大学にいたころ、地元でバイクの後ろに乗っていたと親から電話で叱られた。1000キロ近く離れたところにいたのに、今も信じてもらえてない。自分も養子だけど、生みの家族と連絡が取れていて、双子じゃないのは確か。似た人がいるのは、ただの偶然だよ。

28. 謎の名無しさん
疑問が2つ。アメリカってクリスマス当日はほとんどの店が閉まってるのに、91年のクリスマスに開いてる店なんてあったの? それと、何年も前に人違いされた日に自分がどこにいたかなんて、そんなにはっきり覚えていられるもの?

29. 謎の名無しさん(>>28への返信)
開いてたのは家の近くのミニマートだよ。ガソリンスタンドの売店みたいな店は、クリスマスでも開けていることが多い。アリバイのほうは確かに気になるけど、クリスマスの件は夫婦で店に入ったその場で言われた話だから、何年も前の記憶を掘り起こすのとは違う。

30. 謎の名無しさん
正直、全部が双子だったとは思えない。テレビで顔が流れれば、似た人を見たという電話は必ず来る。人の顔の記憶なんて、それくらい当てにならない。ただ、父親や義理の兄弟みたいにジムをよく知っている人まで間違えたのは、ただの空似では片づけにくい。半分は空似で半分は本物、くらいが正解だと思う。

未解決の謎

この謎が解けない最大の理由は、そっくりな男の名前を知る人が一人もいないことだ。目撃は少年時代のロシェルから放送後のシカモアまで数多くあるのに、名前や勤め先に結びついたものは一つもない。1984年の試合も1989年の駐車場の車も、当時は誰も追わなかった。双子を探す理由ができたときには、手がかりはもう冷えていた。

残る違和感は男の振る舞いだ。親しげに声をかけられても、戸惑うか無視して立ち去る。息子を名乗る人物の話が本当なら、男は自分に似た誰かがいることを知っていて、関わらないことを選んだ。ただ、目撃のすべてが同じ男だったとは限らない。

「世の中には自分に似た人が3人いる」という言い回しがある。ジムの場合、そのうちの1人は書類の上では確かに実在した。1992年の地元紙の取材に、ジムは「自分に似た人に会えたら、どんなにすごいだろう。聞きたいことが多すぎて、何から聞けばいいか分からない」と語っていた。その相手が名乗り出ないことを選んだのなら、それもまた一つの答えなのかもしれない。

出典:r/UnresolvedMysteries 元スレ / Unsolved Mysteries Wiki / The Daily Chronicle(イリノイ州ディカルブ、1992年9月13日)/ Find a Grave

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