1955年、チェコスロバキアとポーランドの国境に近い森で、身分証を持たない若い男が拘束された。耳が聞こえず話せない様子で、筆談で「カレル・ノヴァーク」※と名乗り、過去の記憶がないと訴えた。だがこの男は、のちに6か国語を操ることが分かり、精神科医には「非常に高い教育を受けている」と書かれ、軍に入れば射撃で仲間を圧倒した。
※ カレル・ノヴァーク:チェコでごくありふれた名前の組み合わせ。日本でいえば「山田太郎」のような響きにあたる。
西側のスパイではないかと疑った秘密警察は、26年にわたって男の過去を探り続けた。それでも本名も国籍も分からないまま、男は1981年に世を去る。海外掲示板Redditの r/UnresolvedMysteries で反響を呼んだ投稿をもとに、名前を持たなかった男の足跡をたどる。
事件の概要
🗓️ 発生日:1955年6月24日(国境付近で発見)/1981年11月18日(死去)
🌫️ 場所:チェコスロバキア(現在のスロバキア北部)、ポーランド国境に近い町オラウスカー・ポルホラ付近の森
👤 人物:「カレル・ノヴァーク」を名乗った男。本人の申告では1934年生まれ、1962年の鑑定では推定27〜35歳
🔍 状況:聾唖を装い、記憶喪失を訴えた。高い教育と軍事訓練の痕跡から、秘密警察に長年スパイと疑われた
🕯️ 結末:再逮捕が予定されていた数日前に友人宅で死去。公式の死因は心停止。本名・国籍・経歴は今も分かっていない
国境の森で見つかった「聾唖の男」
男が見つかったのは1955年6月24日、ポーランド国境に近い町オラウスカー・ポルホラ付近の森だった。所持品はナイフ、かみそり、ナプキン、ポーランド産の食料だけ。不法に国境を越えたポーランド人ではないかと疑われた男は、近くの町ジリナの入国管理警察に引き渡され、筆談で取り調べを受けた。
男が紙に書いた身の上はこうだ。チェコスロバキアのラドホシュチ生まれで、生まれつき耳が聞こえない。ナチスの占領期に家族とドイツへ連れて行かれて離ればなれになり、オーストリア・グラーツの聾唖者施設で2年だけ教育を受けた。戦後はチェコスロバキアへ送り返され、住む家もなくキノコ採りなどの季節仕事でしのぎ、オストラヴァの中央駅で寝泊まりしていた。山で道に迷い、国境警備隊に出くわしたのだという。
だが話は矛盾だらけで、グラーツの施設にもオストラヴァの駅にも男を覚えている人はいなかった。男はプラハで6か月拘束され、ほぼ連日の取り調べと拷問を受けたが、決め手となる証拠は出ず、1955年12月に釈放された。
秘密警察に見張られ続けた26年
釈放された男は、秘密警察StB※の監視対象になった。公開されたStBの資料では、男は「N-44」「不明者」、さらには「火星人」といった呼び名で扱われていたとされる。
※ StB:チェコスロバキア国家保安部。共産党政権のもとで、反体制派の監視や摘発を担った秘密警察。
男が心を許したのは、仕事先で知り合ったフランチシェク・ヴェイスだった。哲学から建築、経済まで深い知識を持つ男は、やがてヴェイス夫妻に、聾唖のふりを続けるのに疲れたと打ち明ける。チェコ語、スロバキア語、ドイツ語、英語、ポーランド語、ロシア語に通じていたことも分かった。だがヴェイスはStBの有力な協力者で、男が亡くなるまで友人でありながら、1968年までは男の言動を当局に報告していた。
ほどなく男は人前で話し始め、交通事故で気を失ったあと急に耳が聞こえるようになった、と説明した。その言葉には、ポーランド語とも東スロバキアの方言ともロシア語ともつかない訛りがあった。結婚を望んでチェコスロバキア国籍を取り、1957年には共産党に入党し、軍にも入る。だが規定類を読みこなす速さや、部隊で群を抜いた射撃の腕は精鋭の訓練を受けた過去をうかがわせ、戦車を撮影していたとも報告されて、再び疑いを招いた。もっとも元投稿者は、StBの報告にはでっち上げもありうると断っている。
1961年5月、男はスパイ容疑で再逮捕され、以後はノヴァークと名乗るのをやめて「自分が誰なのか分からない」と言うようになる。自白剤としてアンフェタミンを注射されてもスパイ行為は認めず、1962年、政治犯として12年の刑を受けた。獄中では同房者を装った3人の工作員に見張られたが、紅茶とたばこを好み、読書と一人チェスで過ごす物静かな男、という以上のことは分からなかった。
1969年に模範囚として釈放されると、男はプラハ近郊の町クラドノでバスの運転手として静かに暮らした。StBは1972年に男を取り上げたドキュメンタリーを公開し、1976年には男の話をもとに、最後に西側のスパイとされて死ぬ筋書きの映画まで作ったが、男を知っていると名乗り出る人は現れなかった。
1979年、反体制派と交わるようになった男は、大統領グスターフ・フサークへの脅迫と、投獄中の反体制派ヴァーツラフ・ハヴェル※の釈放を狙う陰謀に関わった疑いで取り調べを受ける。1981年11月、StBは男を再び連行することを決めたが、その数日前の11月18日、男は友人宅を訪ねていた最中に亡くなった。
※ ヴァーツラフ・ハヴェル:チェコの劇作家で、反体制運動の中心人物。体制崩壊後、チェコスロバキアで初めて民主的に選ばれた大統領となった。
解剖では毒物は検出されず、死因も特定できなかった。公式の記録は心停止。すぐに部屋を調べたStBは「すでに誰かが調べたように見えた」と報告し、正体不明の化学物質が付着した所持品や、海外の電波も受信できる高性能の無線機を見つけたが、何ひとつ証明されなかった。1990年代の再調査でも、新しいことは分かっていない。
判明している事実
聾唖の偽装は、医学検査では見抜けなかった
拘束当初に何度も受けた医学検査の結果は、いつも「判断がつかない」だった。専門家は、ここまで障害を装い通すのはほぼ不可能だとする一方、生まれつき耳の聞こえない人がスロバキア語とドイツ語の2言語でこれほど自在に文章を書けるのは極めて奇妙だと指摘し、男の語学力を「桁外れ」と評した。手話も流暢に使いこなしていた。
精神鑑定は「高い教育」を認め、記憶喪失を否定した
1955年に男を診た精神科医は、「知能が高いだけでなく、非常に高い教育を受けているとみられ、本人の申告と一致しない」と記した。1962年の再鑑定では、人類学者が年齢を27〜35歳と推定。精神科医は「平均以上の知能を持ち、精神病質の兆候を示す」としたうえで、精神病や統合失調症、記憶喪失の可能性をいずれも否定している。
難民キャンプで男を見たという証言が複数あった
カレル・チェルヴェンカは、1951〜54年にドイツ・ニュルンベルクの難民キャンプで、外国訛りのチェコ語を話し、CIAで英語の通訳をしていた男に何度も会ったと証言した。エルネスト・ソルチャンスキーは、1952年にオーストリア・ヴェルスのキャンプで前腕にやけどを負った男を見たと話し、実際に男の前腕には傷跡があった(本人は体操でのけがと説明)。StBはほかにも同様の証言を集めたが、キャンプでの男の立場は証言ごとにばらばらで、裏づけは取れなかった。
身の上話は、話す相手ごとに違っていた
男が生まれたと申告したラドホシュチでは、1934年ごろに該当する子どもが生まれていないことが確かめられている。ヴェイス夫妻には、自分は申告より年上で、オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子オットー・フォン・ハプスブルクの息子だと語り、ポーランド軍で出世したが正体を知られて逃げてきたとも話した。StBの盗聴からは、オーストリアの旧貴族の家に生まれ、ソ連軍の粛清で母親を殺され、シベリアからウィーンまで歩いて戻ったという別の筋書きも浮かんだ。1950年代に結婚を考えた女性には、戦争中は森に隠れ、死体の山から自分を掘り出したと話している。どの話も確認されていない。
「息子かもしれない」と名乗り出た母親は、対面して否定した
1962年、報道で男の写真を見たクラクフのテオフィラ・グラボフスカが、戦時中にナチスに逮捕され、アウシュヴィッツで亡くなったとされていた息子フロリアン・グラボフスキではないかと名乗り出た。だが実際に会うと、まったくの別人だと言い、男のほうも彼女を知らない様子だった。歴史家の中には、息子の身に危険が及ぶのを恐れて、あえて否定したのではないかとみる人もいる。
主な仮説
仮説1:西側の情報機関が送り込んだスパイ
StBが最後まで手放さなかった説。精鋭並みの射撃の腕、6か国語を操る語学力、CIAの通訳をしていたという証言、軍の装備への関心、そして死後の部屋の無線機と「先に誰かが調べた」形跡。材料を並べると、確かにスパイの輪郭が浮かぶ。一方で、26年の監視の中でスパイ活動は一度も確認されていない。わざわざ疑いを招く聾唖の偽装はスパイらしくなく、国外へ逃げようとした形跡もない。無線機の話も、でっち上げの可能性があるStB自身の報告だ。
仮説2:戦争で心に深い傷を負った生存者
元スレでいちばん支持を集めたコメントもこの立場だ。戦後の中東欧には、戦争で心を壊されたまま行き場を失った元兵士や収容所の生還者が大勢いた。身の上がころころ変わるのは、本人にも本当の過去が分からず、記憶の断片と人から聞いた話をつなぎ合わせていたからではないか、という見方である。ただ、1962年の精神鑑定は記憶喪失を否定しており、軍事訓練の痕跡もこの説では説明しにくい。
仮説3:素性が知られると命に関わる逃亡者
正体がこの国では命取りになると分かっていて、隠し通したとみる説。上流階級らしい物腰からは、戦争や共産化で立場を失った家の出という線が浮かぶ。候補は、ポーランド人として暮らしていたドイツ系や旧貴族の家の人物、裁判を逃れようとしたナチスの協力者などさまざまだ。1970年代にはStBの工作員が、1947年に会ったウクライナ民族主義者の組織の「シュテファン」だと証言したが、確認されておらず、男はウクライナ語を話さなかったとみられる。コメント欄では、カティンの森事件※の生き残り説も出た。チェコ語の訛りを隠すために聾唖を装ったと考えれば、偽装の理由にもなる。ただ、ポーランドで出世していた人物なら誰かが顔を覚えていたはずだ、という反論もある。
※ カティンの森事件:第二次世界大戦中の1940年、ソ連の秘密警察がポーランド軍の将校らを大量に殺害した事件。冷戦期の東側諸国では、長くドイツの犯行とされていた。
仮説4:名前が挙がった「実在の誰か」
具体的な名前が挙がった候補は二人いる。母親が対面して否定したフロリアン・グラボフスキと、男自身がヴェイス夫妻に語った「皇太子オットーの息子」だ。前者は、息子を守るための否定だったとみる歴史家もいる。後者は裏づけが一つもなく、年齢の計算も合わない。ただ、ハプスブルク家とまではいかなくとも、中欧の旧貴族の出だったと考える人は少なくない。
海外の反応
1. 謎の名無しさん
ポーランド人として言わせてもらうと、この男は本当に地方の小貴族か地主の家の出だったと思う。戦争で没落して心が壊れた元兵士や収容所帰りは、戦後あちこちに何百人といた。スパイ説は筋が通らない。頭がよくて教養があったせいで、トラウマの出方が珍しく見えただけじゃないかな。
2. 謎の名無しさん
教養のある家の人が、収容所か、それよりひどい何かを生き延びた結果だと思う。結婚を考えた女性に「死体の山から自分を掘り出した」と話してたんでしょ。作り話でそんなこと言うかな。
3. 謎の名無しさん
スパイ説は、疑り深い共産党の連中がそう思い込んだだけだと思う。ただ、本人は自分が誰なのか分かってた気がする。一度聾唖を装ってしまった手前、引っ込みがつかなくなったんじゃないかな。
4. 謎の名無しさん
みんなスパイ説を笑うけど、射撃は部隊で一番、6か国語を話す、戦車の写真を撮ってる、CIAの通訳をしてたって証言まである。おまけに死後の部屋には高性能の無線機。これで一般人だと言われるほうが無理がある。
5. 謎の名無しさん(>>4への返信)
その証拠、出どころは全部StBなんだよね。それに本物のスパイなら、わざわざ聾唖を装って自分を謎だらけにしたりしない。優秀なスパイほど、地味で平凡な身の上話を用意するものだよ。
6. 謎の名無しさん
本当に耳が聞こえないのか確かめたいなら、寝ている間に耳元で大声を出せばよかったのに。いちばん簡単な方法だと思うんだけど。
7. 謎の名無しさん(>>6への返信)
実際にやってたらしいよ。取り調べ中に背後でこっそり物を叩きつけても、男はびくりともしなかったんだって。
8. 謎の名無しさん(>>7への返信)
収容所を経験していたなら、物音に慣れきっていても不思議じゃない。自分もPTSDで悪夢にうなされるけど、戦争体験者のドキュメンタリーに出てくる人たちは、そんなのとは比べものにならない状態だった。
9. 謎の名無しさん
ナチスの協力者で、裁判や処刑を逃れるために全部でっち上げた可能性はないかな。そこまでいかなくても、戦争か共産化で何かまずいことになった裕福な家の出で、新しい身元を作るしかなかった、というのは十分ありそう。
10. 謎の名無しさん(>>9への返信)
いい線だと思う。男が現れたのは、ズデーテン地方のドイツ系住民が追放されたあと。その中に紛れていたドイツ系の人物だったのかも。本当の素性がこの国では命取りになると分かってたのは確かだよ。
11. 謎の名無しさん
ヒトラーユーゲント育ち説もあるらしい。勤勉で完璧主義なところは合うけど、刑務所では反ユダヤ主義に強く反対してたっていうから違う気がする。むしろユダヤ系だった説のほうが納得できる。
12. 謎の名無しさん
身の上話がころころ変わるのは、解離性の障害だったからじゃないかな。本当に自分でも分からず、記憶のかけらと人に言われたことをつないで話を作り続けた。いつの時代も、スパイよりトラウマを抱えた人のほうがずっと多いんだから。
13. 謎の名無しさん(>>12への返信)
可能性はあるけど、軍事訓練の形跡がある以上、子どもの頃から収容所にいたって線は正直疑ってる。精神鑑定でも記憶喪失は否定されてるし。まあ、当時の精神医療が最先端だったとは言えないけど。
14. 謎の名無しさん
手話が流暢だったのが気になる。手話も一つの言語で、ろう者の家族もいない大人が身につけるには長い時間がかかる。昔よほど手話に触れる環境にいたんだと思う。
15. 謎の名無しさん(>>14への返信)
時々間違えることがあって、大人になってから覚えたとみられてたらしい。グラーツの施設の職員を知ってたのに、向こうは誰も男を知らなかったっていうから、施設に通う恋人か家族がいたんじゃないかな。
16. 謎の名無しさん
親友のヴェイスがずっとStBに報告してたって部分がいちばんこたえた。耳が聞こえると最初に打ち明けた相手が監視役だったなんて。それでも死ぬまで友達だったってことは、気づいてなかったのか、気づいたうえで許してたのか。
17. 謎の名無しさん
ヴェイスに話した身の上は、案外本当だと思う。戦後ポーランド領になった土地のドイツ系の家で育って、ポーランド語も完璧。ポーランドで出世するうちに正体がばれかけ、オーストリアへ逃げる途中で捕まった。チェコ語の訛りを隠すために聾唖を装った、と考えれば筋が通る。
18. 謎の名無しさん(>>17への返信)
50年代の東側は見せしめ裁判が横行したひどい時代だったけど、元地主や元貴族みたいな人は何万人もいて、ここまでして素性を隠すほどではなかった。それにポーランドで出世してた人なら、誰かが絶対に顔を覚えてるはず。
19. 謎の名無しさん
カティンの森事件の生き残りって可能性はないかな。ポーランド軍の将校なら教養も軍事知識もあるし、「死体の山」の話にもつながる。ソ連の犯罪を見た人間だと知られたら消される、と考えてもおかしくない。
20. 謎の名無しさん
記憶をなくした凄腕の男が国境の森で見つかって、語学も射撃もやたらできる。完全にジェイソン・ボーンじゃん。
21. 謎の名無しさん(>>20への返信)
ボーンよりカスパー・ハウザーだと思う。19世紀のニュルンベルクに突然現れた身元不明の少年。ハウザーは語れなかったほうで、この男は語らなかったほうだけど。
22. 謎の名無しさん
皇太子オットーの息子って話は計算が合わない。オットーは1912年生まれだから、申告どおり1934年生まれでもオットーが20歳そこそこのときの子。本人はもっと年上だと言ってたんだから、ますます無理がある。
23. 謎の名無しさん(>>22への返信)
話は盛りすぎでも、写真はちょっとハプスブルク家っぽいあごに見える。スラブ系の顔だ、いやドイツ系だって、コメント欄が真っ二つに割れてるのもこの男らしい。
24. 謎の名無しさん
自白剤にアンフェタミンって。昔の自白剤ならアモバルビタールのほうだと思う。覚醒剤で口数は増えても、本当のことを話すとは限らない。
25. 謎の名無しさん
再逮捕の数日前に急死、死因は不明、しかも誰かが先に部屋を調べた形跡。どう見ても口封じをして、回収係を送り込んだとしか思えない。
26. 謎の名無しさん(>>25への返信)
毒物検査では何も出てないし、推定年齢なら亡くなったときは40代後半から50代。拷問と投獄を経た体なら、心臓が止まってもおかしくない。「先に誰かが調べた」も、StBの報告書にそう書いてあるだけだよ。
27. 謎の名無しさん
追記の話が地味に怖い。StBの工作員が「シュテファンという男だ」と証言して、そのシュテファンの逃亡を手伝うはずだったハヴリーチェクが、ドキュメンタリーの公開から間もなく自殺を図ってる。本人は夫婦げんかが原因だと言ったらしいけど。
28. 謎の名無しさん
今ならDNA検査で何か分かりそうなのに。そもそもどこに埋葬されてるのか、知ってる人はいるのかな。このままずっと分からないと思うと、もやもやする。
29. 謎の名無しさん(>>28への返信)
近い親族と照合できないと、あまり意味がないと思う。中東欧は何世紀も国境が動いて人が混ざってきた土地だから、「この辺の人」くらいまでしか絞れないよ。
30. 謎の名無しさん
近所の人に「スパイのカレル」と呼ばれて、映画が話題になると笑って「ああ、それは私のことだ」と言ってたって話がいちばん好き。何十年も監視されてきた人の返しとは思えない。只者じゃなかったのは間違いない。
未解決の謎
男が「カレル・ノヴァーク」でなかったことは、ほぼ確かだ。聾唖は偽装で、高い教育と上流階級らしい物腰、揺るがない精神力、兵士としての訓練を身につけていた。そこまで分かっていながら、本名も国籍も、過去を隠した理由も分からない。1981年に男が亡くなったあとも、身元は判明していないままだ。
いちばん不可解なのは、男が一度も国外へ逃げようとしなかったことだ。スパイなら脱出の手段があってもおかしくないし、過去を捨てた逃亡者なら、拷問され投獄された国にとどまる理由がない。男は国籍を得て党に入り、刑期を終えるとバスの運転手になり、近所で「カレル・シュピオン(スパイのカレル)」とあだ名されながら暮らし続けた。
StBの執着もまた異様だった。聞き込み、盗聴、同房者を装った工作員、ドキュメンタリーや映画まで使っても、名前ひとつ引き出せなかった。2020年代には、チェコの作家アレシュ・チェサルがこの男を扱ったノンフィクション『Muž bez minulosti』(「過去のない男」の意)を出しているが、男が誰だったのかという問いには、今も答えが出ていない。
獄中で取り調べにあたった工作員に、男は自分についてこう語ったという。「一つ目の場合、そこにいるのは寝返って敵のために働く男だ。その場合、その男は正常だ。二つ目の場合、そこにいるのは無実の男だ。だがその場合、その男は正常ではない。いずれにせよ、彼に逃げ道はない」。スパイなら正気、無実なら狂気。そんな出口のない問いを残した男の本当の名前は、今も誰にも分かっていない。


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