1991年12月6日の夜、テキサス州オースティンにある小さなヨーグルト店で、10代の少女4人が命を落とした。閉店作業をしていた店員の2人と、一緒に帰るために立ち寄った2人。犯人は店に火を放って立ち去り、炎は残されたはずの物証の大半を焼いた。それから34年、この事件はアメリカでもっとも有名な未解決事件のひとつであり続けてきた。そして2025年9月、当時この事件を担当していた元刑事が、テレビ番組の取材に「容疑者は特定された」と語る。ただしこの事件が重いのは、ようやく名前が出たからではない。34年のあいだに無実の若者4人が起訴され、うち2人が10年近く自由を奪われたまま、のちに釈放されているからだ。
事件の概要
🗓️ 発生日:1991年12月6日(金)夜
🌫️ 場所:テキサス州オースティン、アンダーソン・レーン沿いのヨーグルト店「アイ・キャント・ビリーブ・イッツ・ヨーグルト!」
👤 被害者:エリザ・トーマス(17)、ジェニファー・ハービソン(17)、サラ・ハービソン(15)、エイミー・エアーズ(13)
🔍 状況:閉店作業中の店内で4人が襲われ殺害される。犯人は立ち去る前に店に放火し、現場に残された証拠の多くが失われた
🕯️ 発見/結末:同夜、消火に入った消防隊が4人を発見。34年間未解決。2025年9月、元捜査官が「DNAで容疑者が特定された」とCBSの取材に証言
その夜、店で働いていたのはエリザ・トーマスとジェニファー・ハービソンの2人だった。閉店の準備をしていたところに、ジェニファーの妹サラと、その友人のエイミーが「一緒に帰ろう」と迎えに来た。4人がそろったのは、ほんの数十分のあいだのことだったとみられている。
通報を受けた消防隊が到着したとき、店内はすでに燃えていた。オースティン市警は事件専従の特別捜査班を立ち上げ、FBIを含む連邦機関も応援に入る。ところが、火災によって指紋も繊維も血痕も大半が使えなくなっており、捜査は最初の数か月で行き詰まった。街全体が震え上がった事件でありながら、手がかりだけが決定的に足りない——それが以後30年以上続く構図の出発点になる。
判明している事実
犯人は立ち去る前に店へ火を放った
この一点が、その後の34年をほぼ決めてしまった。1991年当時の鑑識は、微量の生体試料からDNA型を読み取れる水準になく、現場保全と物証の採取がすべてだった。そこへ放火が重なり、店内から得られるはずだった情報の多くが失われている。捜査本部が「証拠がないから証言を集めるしかない」という方向へ傾いていった背景には、この火災がある。
事件直後に浮上した4人は証拠不十分で釈放された
事件から数日後、店からそう遠くないショッピングモールで、モーリス・ピアースという少年が22口径の拳銃を所持していたとして拘束される。犯行に使われたとみられる銃と同じ種類だった。ピアースを含む4人——ロバート・スプリングスティーン、マイケル・スコット、モーリス・ピアース、フォレスト・ウェルボーン——がこのとき事情を聴かれるが、いずれも証拠不十分で放免された。全員が事件当時まだ10代である。
8年後の再捜査で得られた2つの自白は、のちに本人が撤回した
1999年、新しい捜査チームが事件を洗い直し、あらためて同じ4人に行き着く。そしてスプリングスティーンとスコットの2人から自白を得た。だが2人はのちに「取調べで言わされたものだ」として自白を撤回している。ピアースとウェルボーンへの起訴は証拠不十分で取り下げられ、法廷に立ったのは自白した2人だけだった。裁判で2人に不利に働いた証拠は、事実上その自白だけである。両名とも有罪となったが、数年後、その判決は憲法上の理由で上訴審によって取り消された※。互いの自白を互いの裁判で証拠として使いながら、法廷で相手に反対尋問する機会が与えられていなかったためだ。
※ 上訴審で有罪判決が覆るとは:アメリカでは、一審の手続きに憲法違反があった場合、上級裁判所が有罪判決そのものを無効にできる。この件で問題になったのは合衆国憲法修正第6条が保障する「対面権」で、被告人は自分に不利な証言をした相手を法廷で問いただす権利を持つ。判決の取り消しは「無実が認定された」という意味ではなく、あくまで「この裁判はやり直しが必要」という判断である。この違いが、のちに補償をめぐる争点になった。
被害者から採取された男性のDNAは4人の誰とも一致しなかった
判決が取り消されたあと、地方検事局は2人を再度裁く方針を固めていた。その前段として、事件当時に被害者から採取・保管されていた試料に対し、当時としては新しかったY-STR検査※が指示される。被害者のひとりが暴行を受けていたとみられると当時から報じられており、その関連で採取されていたものだった。結果は検察の想定を裏切る。試料からは男性の部分的なDNAプロファイルが得られたが、逮捕された4人の誰とも一致しなかったのである。それでも検察は再審理の方針を崩さず、この見知らぬDNAの主を突き止めようとした。だが照合先は見つからず、2009年、スプリングスティーンとスコットへの起訴は取り下げられる。2人は10年近くを収監されたのちに釈放された。
※ Y-STR検査:男性だけが持つY染色体上の反復配列を調べる手法。女性由来の細胞が大量に混ざった試料からでも男性のDNA情報だけを取り出せるため、加害者の型を読むのに向いている。ただし父系で共有される型のため、父・息子・兄弟など同じ父系の男性は同じ結果になる。個人を一点に絞り込む力は通常のDNA型鑑定より弱い。
一致した相手は、その26年前にすでに死亡していた
2025年9月、CBSの報道番組「48 Hours」の記者エリン・モリアーティが、事件当時の担当刑事だったジョン・ジョーンズから「容疑者が特定された」との証言を得たと報じた。名前として挙げられたのはロバート・ユージーン・ブラッシャーズ。1990年代にサウスカロライナ州とミズーリ州で起きた複数の殺人・暴行事件に、DNAを通じて容疑者として結びつけられている人物である。1999年1月、警察との対峙のさなかに自ら命を絶とうとし、その6日後に死亡した。ブラッシャーズの名が浮上したのは2018年、DNA系図捜査※によって別の事件の容疑者として特定されたのがきっかけだった。ジョーンズによれば、ブラッシャーズがそのとき手にしていた銃は、ヨーグルト店の排水口から回収された薬莢と矛盾しないとみられているという。
※ DNA系図捜査:現場に残ったDNAを、一般の人が家系調査のために登録している遺伝子データベースと照合し、遠い親戚を見つけ出したうえで家系図をたどって本人に近づく手法。2018年にアメリカで大型事件の解決に使われて一気に広まった。本人がデータベースに登録していなくても、いとこや又いとこが登録していれば辿り着ける点が従来の照合と根本的に違う。
主な仮説
仮説1:ブラッシャーズによる単独犯行
元捜査官ジョーンズの見解であり、報道の骨格になっている見方。決め手はDNAで、加えて弾道の照合結果もこれを補強するとされる。ブラッシャーズは当時、州をまたいで移動を繰り返す生活を送っており、オースティンに縁のない人物が短期間だけ立ち寄って犯行に及んだのだとすれば、地元を軸に組み立てられた初期捜査が空振りしたことも説明がつく。ただしこれは元担当者の証言としてメディアが報じた段階であり、司法の場で確定した事実ではない。
仮説2:単独では成立しない——共犯者がいた
当時の捜査本部は、複数犯によるものだという前提に立っていた。閉店直前の店内で4人を同時に制圧し、放火して逃げるまでを1人でやり切るのは難しい、という判断である。DNAが1人分しか得られていないことは、共犯者がいなかった証明にはならない——生体試料を残したのが1人だけだった、という説明も成り立つからだ。今回の報道をもってしても、店内にいたのが本当に1人だけだったのかという問いは開いたままである。
仮説3:DNAの一致だけでは、まだ「解決」と呼べない
もっとも慎重な立場。得られていたのは部分的なプロファイルであり、Y-STR型は父系で共有されるという性質もある。さらに決定的なのは、この事件がすでに二度、「確信」を持って誤っている点だ。1991年に4人の少年へ向けられた確信、1999年に自白を積み上げた確信。どちらも当時は関係者が正しいと信じていた。地元紙が見出しで「解決」と書き始めた一方で、当局からの正式な結論はまだ出ていない。
仮説4:ブラッシャーズは、ほかにも名前のつかない事件を残している
1990年から1998年にかけての複数の事件にDNAを通じて結びつけられており、その範囲だけでも数州にまたがっている。1985年の事件で有罪判決を受けながら刑期の途中で仮釈放されていたとする指摘もあり、その後の期間に何が起きていたのかは十分に検証されていない。今回の報道を受けて、他州の未解決事件を洗い直す動きが出るのではないかという見方は、コメント欄でも繰り返し出ていた論点だった。
海外の反応
1. 謎の名無しさん
この事件だけは何も動かないまま終わるものだと思っていた。34年だぞ。ニュースの見出しを二度読み返して、それでもまだ信じられていない。
2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
同じ気持ちだ。これが動いたのなら、スプリングフィールドの3人失踪みたいに絶望的だと言われ続けてきた事件にも、まだ望みがあるのかもしれないと思えてきた。
3. 謎の名無しさん(>>1への返信)
自分が子どもの頃からずっと未解決だった事件が、生きているうちに名前まで辿り着いた。そういうことが実際に起きる時代になったんだな、と静かに驚いている。
4. 謎の名無しさん
まず遺族のことを考えてしまう。ハービソン姉妹の父親は少し前に亡くなっている。この知らせを聞けなかった人がいるという事実が、どうしても引っかかって離れない。
5. 謎の名無しさん(>>4への返信)
待ち続けた人が答えを聞けないまま先に逝く。未解決事件の記事を読んでいて一番こたえるのがそこだ。せめて母親には届いていることを願うしかない。
6. 謎の名無しさん
自分が引っかかっているのは、10年近く刑務所に入れられていた人たちのほうだ。事件当時は彼ら自身もまだ10代で、出てきたときには30代になっていた。
7. 謎の名無しさん(>>6への返信)
しかも州は補償を拒んできた。起訴が取り下げられただけで「無実が証明されたわけではない」という理屈らしい。今回の件でその扱いが変わってくれるといいんだが。
8. 謎の名無しさん(>>6への返信)
あの自白の録画は一度見ておいたほうがいい。長時間の取調べというものが人に何をさせられるのかがよく分かる。弁護士なしで警察と話すな、というのはこういうことだ。
9. 謎の名無しさん
DNAがどの被告とも一致しなかったのに、それでも検察が再度の裁判に持ち込もうとしていたところが一番怖い。証拠のほうが先に答えを出したあとで、まだ押し切ろうとしている。
10. 謎の名無しさん
この事件では自白が1つや2つではなかったと聞いた。名乗り出た人間が何人もいて、誰ひとり実行犯ではなかったらしい。紙に書かれた自白がどれだけ当てにならないかという話だ。
11. 謎の名無しさん
相手がすでに死んでいると分かったときの、この宙ぶらりんな気持ちをどう処理すればいいのか毎回わからなくなる。裁判もない、証言もない、本人の口から出てくるものが何もない。
12. 謎の名無しさん(>>11への返信)
ただ今回は、長生きして安らかに老衰した相手ではない。25年以上前に警察に囲まれて自分で終わらせている。逃げ切ったつもりのまま人生を閉じたわけではないはずだ。
13. 謎の名無しさん
当時オースティンに住んでいた。うちの娘はちょうど16歳で、小さな飲食店で働いていた。事件のあと怖くてすぐ辞めさせた。あの冬の街の空気はいまでも思い出せる。
14. 謎の名無しさん(>>13への返信)
地元の人にとっては未解決事件リストのひとつではなくて、生活の一部として残り続けた出来事なんだろうな。読んでいて重くなった。
15. 謎の名無しさん
昔から、あれを10代の少年グループがやったという筋書きが自分にはどうしても飲み込めなかった。手際が素人のものではない、という違和感がずっと消えなかった。
16. 謎の名無しさん
遺伝子系図の捜査がこの数年で変えたものは本当に大きい。無理だと言われていた事件が毎年いくつか動く。技術が進んだというより、保管され続けた試料がようやく報われている感じがある。
17. 謎の名無しさん
事件発生から一貫して追い続けてきた記者が第一報を出したというのが、この話のなかで唯一きれいな部分だと思う。30年以上も同じ事件を追える人はそういない。
18. 謎の名無しさん
ドキュメンタリーに出ていた元刑事の姿が忘れられない。人生のかなりの部分をこの事件に持っていかれた人だった。あの人が生きているうちにこの知らせを聞けたのはよかった。
19. 謎の名無しさん(>>18への返信)
あの番組は本当に良かった。捜査が迷走していく過程も、遺族が少しずつ削られていく過程も、どちらも逃げずに映していた。
20. 謎の名無しさん
経歴を読むと、1985年の殺人未遂で有罪になって、12年の刑のうち4年で仮釈放されていたらしい。あのまま服役していたなら1991年の冬に外を歩いてはいなかった。
21. 謎の名無しさん
一致したのが部分的なプロファイルだという点は忘れないでおきたい。この事件は過去に二度、関係者全員が確信を持ったうえで間違えている。三度目でないと言い切れる材料がまだ足りない。
22. 謎の名無しさん(>>21への返信)
同意する。慎重でありたい。とはいえ今回は自白を積み上げた話ではなく、事件当時から保管されていた物証が出発点になっているという違いは大きいと思う。
23. 謎の名無しさん
地元紙はもう見出しで「解決」と書いていたが、当局からの正式な発表は出ていないはずだ。元捜査官の証言として報じられた段階と、当局が結論を出した段階はまったく別物だろう。
24. 謎の名無しさん
検察が勝ち星を欲しがる構造そのものが、この事件のすべてを歪めたんだと思う。捜査本部にかかる圧力、世間の注目、そして選挙。無実の人間が10年を失った理由はそこにある。
25. 謎の名無しさん
記憶が曖昧なんだが、当時から起訴の中身はここまで危ういものだったのか。ニュースで見ていた頃は、もっと確かな証拠が揃っているものだと思い込んでいた。
26. 謎の名無しさん(>>25への返信)
法廷で使われたのは本人たちの言葉だけだ。凶器も、指紋も、現場に残された物も、被告と結びつくものは何ひとつ出ていない。だからこそ判決が覆った。
27. 謎の名無しさん
90年代の時点で何度も捕まっていた人物なのに、DNAが登録されないまま社会に戻っていたというのが恐ろしい。制度が技術に追いついていなかった時期の穴だと思う。
28. 謎の名無しさん
こうして名前まで辿り着く事件は例外中の例外で、実際にはどこにも行き着かないまま棚に戻される事件のほうが圧倒的に多い。それを思うと素直には喜べない自分もいる。
29. 謎の名無しさん
エリザ、ジェニファー、サラ、エイミー。名前を書いておきたい。この事件はいつも店の名前で呼ばれるけれど、亡くなったのは4人の少女だ。
30. 謎の名無しさん(>>29への返信)
本当にそう思う。事件名が有名になればなるほど、被害者の名前のほうは消えていく。34年経ってなお、報道の見出しに並ぶのは店の名前だ。
未解決の謎
今回の報道でこの事件が終わったのかというと、そうとは言い切れない。名前が出たのは元担当刑事の証言としてであり、当局が公式に結論を示したわけではない。得られているのは部分的なDNAプロファイルであり、Y-STR型が父系で共有されるという性質を考えれば、それ単独で個人を一点に絞る力は通常のDNA型鑑定より弱い。加えて、当時の捜査本部が抱いていた「1人では成立しない」という見立てが、今回の報道で正面から否定されたわけでもない。店内にいたのが本当に1人だけだったのかという問いは、いまも開いたままだ。
そして、たとえDNAが正しく本人を指していたとしても、名前の挙がった人物はすでに1999年に死亡している。法廷で問いただすことも、動機を聞き出すことも、なぜあの店だったのかを知ることも永遠にできない。「特定された」という言葉が遺族に何をもたらすのかは、外側からは測れない。
もうひとつ残るのは、無実のまま巻き込まれた4人のほうだ。ロバート・スプリングスティーンとマイケル・スコットは10年近くを収監されたのちに釈放されたが、判決が取り消された理由はあくまで手続き上の憲法違反であって、「無実が認定された」ことにはならない。テキサス州はこの区別を根拠に補償を拒んできた※。彼らから奪われた10年は、DNAが一致したというニュースでは戻ってこない。
※ 補償をめぐる線引き:アメリカの多くの州には冤罪被害者への補償制度があるが、支給の条件は州ごとに大きく違う。テキサス州の制度は「実際に無実であること」の認定を要件としており、手続き上の理由で判決が取り消されたり、起訴が取り下げられて釈放されたりしただけでは対象にならない場合がある。この点は日本の刑事補償の考え方とかなり異なる。
34年という時間が問いかけているのは、なぜ犯人が見つからなかったのかというより、なぜ間違った答えのほうが先に出てしまったのか、ということなのかもしれない。証拠が焼かれた現場で、捜査は言葉に頼るしかなかった。そして言葉は、圧力をかければいくらでも出てくる。この事件が今後どんな結論で閉じられるにせよ、その部分だけは記録に残しておく価値がある。

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