ワシントンD.C.の一部の地域でAMラジオを1650kHz※に合わせると、録音された交通案内が聞こえてきた。無線局のコールサイン※を読み上げ、14番街橋※を避けるよう呼びかける案内だ。中身は2013年1月21日、オバマ大統領の2期目の就任式の日のもの。それが8年後の2021年になっても、同じ内容のまま繰り返し流れていた。
※ 1650kHz:AMラジオの周波数のひとつ。ダイヤルのかなり端のほうにあたる。
※ コールサイン:無線局ごとに割り当てられる識別用の符号。電波の中で読み上げて、どの局が出している電波なのかを示す。
※ 14番街橋:ポトマック川に架かり、D.C.と対岸のバージニア州を結ぶ橋。並んで架かる複数の橋をまとめて「14th Street bridges」とも呼ぶ。
最初に指摘したのは、ジョージタウン大学のセキュリティ研究者だった。話を聞きつけた記者がD.C.の役所に問い合わせ、担当者が方向探知機を手に送信機を探し始めると、翌日の午後には電波がぱったりと途絶えた。いったい誰が、どこから、なぜ8年も流し続けていたのか。海外掲示板Redditの r/UnresolvedMysteries には「軽めで、ちょっと不気味なネットの謎」として投稿され、300件を超えるコメントが集まった。
事件の概要
🗓️ 時期:録音は2013年1月21日(オバマ大統領の2期目の就任式の日)。話題になり、電波が止まったのは2021年3月
🌫️ 場所:アメリカ・ワシントンD.C.の一部の地域(AM1650kHz)
👤 関係者:マット・ブレイズ(ジョージタウン大学の研究者。最初に指摘した人物)、ビル・カリー(D.C.の国土安全保障・緊急事態管理局で通信セキュリティを担当)
🔍 状況:コールサイン「WQOQ613」を読み上げ、14番街橋を避けるよう呼びかける就任式当日の交通案内が、同じ内容のままループで流れていた
🕯️ 結末:方向探知機で送信機が探され、2021年3月に停波。送信機がどこにあったのかは、報道では明らかにされていない
大統領の就任式の日、D.C.では式典と警備のために市内の多くの道路が通行止めになる。車で街に入ってくる人に向けて、ラジオで迂回を呼びかけるのは理にかなった手段だ。道路沿いで交通情報を流す弱い電波のラジオ局は、アメリカではHAR※などと呼ばれる。日本でいえば、高速道路で聞ける「ハイウェイラジオ」に近いイメージだろう(仕組みまで同じとは限らない)。
※ HAR:Highway Advisory Radio(ハイウェイ・アドバイザリー・ラジオ)の略。通行止めや工事、渋滞などの情報を、ドライバー向けに弱いAMの電波で流す仕組み。
問題は、その「就任式の日の案内」が2021年3月になってもまだ流れていたことだ。しかも受信できたのは、D.C.の限られた場所だけだった。臨時に置かれた小さな送信機だったのなら、聞こえる範囲が狭かったのもうなずける。だが、なぜそんなものが8年も動き続けていたのか。
判明している事実
流れていたのは2013年の就任式当日の交通案内
録音はコールサイン「WQOQ613」を読み上げたうえで、14番街橋を避けるよう聞き手に呼びかける内容だった。少なくとも2013年1月21日、オバマ大統領の2期目の就任式の日から繰り返されていたとされ、報道では、それが8年後の2021年3月まで流れ続けていたと伝えられている。受信できたのはD.C.の一部の地域に限られていた。
発端はセキュリティ研究者のツイート
最初にこの放送を指摘したのは、ジョージタウン大学でコンピューター科学と法学を研究するセキュリティ研究者、マット・ブレイズ。Twitter(現X)への投稿を米国のウェブメディアの記者が取り上げ、D.C.の役所の関係者に何人も問い合わせたことで、話が広く知られるようになった。
コールサインはD.C.政府の公共安全用の免許
読み上げられていた「WQOQ613」は、FCC※の記録ではワシントンD.C.政府に出された公共安全用の無線免許だった。少なくとも、放送が名乗っていたのは正体不明の海賊放送ではなく、役所の正規の局だったことになる。
※ FCC:米連邦通信委員会。電波の割り当てや無線局の免許を管理する、米国の政府機関。
担当者の見立ては「誰かが切り忘れた」
記者の問い合わせに応じたのは、D.C.の国土安全保障・緊急事態管理局で通信セキュリティの責任者を務めるビル・カリーだった。カリーは「誰かが送信機を切り忘れたのだろう」との見方を示した。就任式の交通案内は臨時の局をいくつも使って流しており、それらはとっくに廃止されたと思われていた。臨時の送信機は、道路脇の電柱に取り付けられていたかもしれないし、2輪のトレーラーに積んで必要な場所へ引いていく型だったかもしれない。トレーラー型にはソーラーパネルで動くものもあったという。記事によれば、カリーの読みはトレーラーのほうで、どこかの空き駐車場に置かれたまま、太陽光で電気をまかないながら同じ案内を毎日流し続けていたのではないか、というものだった。
方向探知機で送信機を探し、2021年3月に停波
送信機の置き場所は記録に残っていなかったため、カリーは探索の段取りをつけた。チームが方向探知機(RDF)※を持って捜索を始めると、翌日の午後、D.C.一帯で電波が急に途絶えた。米ラジオ業界紙の報道によると、送信機は方向探知機を使って突き止められ、2021年3月に停波されたという。ただ、送信機が具体的にどこにあったのかは、報道では明らかにされていない。
※ 方向探知機(RDF):電波がどの方向から来ているかを調べる装置。向きによって感度が変わるアンテナを使い、発信源の位置を絞り込んでいく。
主な仮説
元スレのもとになった記事では、送信機の場所も、誰が止めたのかも、はっきり書かれていなかった。そのため、この時点ではいくつもの読みが成り立った。
仮説1:就任式用の臨時局の切り忘れ
担当者のカリー自身の見立てで、現在いちばん有力な説。コールサインがD.C.政府の免許と一致すること、就任式では臨時の送信機を使っていたこと、捜索を始めた翌日に電波が止まったことが、この説ならすんなりつながる。業界紙も、送信機は方向探知機で突き止められて停波されたと伝えている。弱点は、臨時のはずの機材が8年もの間だれにも見とがめられず、電源も保たれ続けた理由に、はっきりした説明がないことだ。ソーラーパネル式なら電源の問題は小さくなるが、トレーラー型だったとすれば、屋外に置かれた機材が8年間動き続けたことになる。
仮説2:乱数放送やスパイの合図だった
乱数放送※の好きな人たちから出た説。ありふれた公的な放送に見せかけて、実は「この放送が流れている限り、連絡役は無事」といった合図に使われていたのではないか、というものだ。D.C.が諜報活動の本場であること、普通の放送に暗号を紛れ込ませる手口が第二次世界大戦のころから使われてきたことが根拠に挙げられた。捜索が始まった翌日に止まったのも、事情を知る誰かが止めたと見れば筋が通る、という。ただ、流れていたのは実際にあった交通規制の案内で、名乗っていたのも役所の正規のコールサインだ。担当部署が自分たちで探して止めたと考えるほうがはるかに自然で、この説を裏づける材料は見当たらない。
※ 乱数放送:数字の読み上げなどを延々と流す、発信元が公にされていない短波放送。スパイへの指令に使われていると広く考えられている。
仮説3:誰かのイタズラ・海賊放送
可能性としては、当日の録音を手に入れた誰かが、無許可で流し続けていたという見方もありうる。話題になった翌日に電波が消えたのも、見つかるのを恐れて止めたと考えれば一応の説明はつく。ただ、8年間も、よりによって就任式の日の交通案内という地味な録音を流し続ける動機が見えない。機材の置き場所や電源を個人で確保し続けるのも負担が大きく、担当者の「臨時局の切り忘れ」という説明とも合わない。
仮説4:8年間ずっとではなく、最近になって動き出した
コメント欄に出た、少し変わった見方。8年も流れていたのなら、もっと早く誰かが気づいていたはずだ。実は機材が最近になって何かの拍子に再び動き出し、たまたま気づかれて、すぐに止められただけではないか、というもの。録音の日付が2013年だからといって、その日から一度も途切れずに流れていたと言い切れるのか、という疑問でもある。一方で、ダイヤルの端のほうの周波数で、しかも聞こえる範囲の狭い小さな局なら、8年間だれの耳にも留まらなくても不思議はない、という反論もできる。
海外の反応
1. 謎の名無しさん
こういう話、大好き。投稿ありがとう。似たような不気味な電波の話なら「乱数放送」も調べてみて。YouTubeで何回もハマって、気づいたら何時間も経ってた。
2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
わかる、この手の電波の謎は大好物。デジタルの時代に、ザーッというノイズの向こうから正体の分からない声が聞こえてくるって、禁断のものに触れてるような感じがするんだよね。別の時代から届いた音みたいでさ。ちゃんと理屈で説明がつくのは分かってるんだけど、あの感覚だけは消えない。
3. 謎の名無しさん
なんであんなに不気味なんだろうね。ロシアの短波で延々とブザー音を流してる「UVB-76」を初めて知ったときは、何日も頭から離れなかった。周りじゅうに飛んでるのに、誰にも正体が分からないっていうのが怖いんだと思う。
4. 謎の名無しさん
自分はこれ、実は乱数放送の類だったと思ってる。「この電波が流れてる限り、連絡役は捕まってない」みたいな合図としてさ。放置されたはずの公式の放送が話題になって、探しに行った途端に止まる。D.C.はスパイだらけの街だし、普通のラジオ放送に暗号を紛れ込ませる手口は第二次大戦のころからあるんだよ。まあ、役所が単に「止めました」と言い忘れただけって可能性もあるけど。
5. 謎の名無しさん(>>4への返信)
止まったのは探しに行った当日じゃなくて翌日ね。普通に読めば、捜索に出て、翌日には見つけて電源を切ったってだけでしょ。それを記者にいちいち報告しなかっただけで、そんなに怪しい話かな。
6. 謎の名無しさん
待って、8年も流れてたのに、人が探しに行ったタイミングでちょうど止まったってこと? ちょっと鳥肌が立ったんだけど。
7. 謎の名無しさん(>>6への返信)
普通に見つけて切ったんだと思うよ。……と思ったら、記事には「どこから流れてたのかは分からないまま」って書いてあるんだよな。見つけたのか見つけてないのか、どっちなんだって読みながら混乱した。
8. 謎の名無しさん
役所はちゃんと見つけてて、こっちに教えてないだけだと思う。記者から話を聞いた担当者が「探します」と言って、翌日に止まった。言ったとおりに見つけたんだろう。場所まで記者に伝える義理はないしね。
9. 謎の名無しさん
5ドル賭けてもいい。捜索の話を聞いた誰かが「あれ、これってうちの部署で置いたやつじゃ……」って青ざめて、怒られる前に大慌てで止めに走ったんだよ。
10. 謎の名無しさん
記事の「誰かがスイッチを切り忘れただけ、というかなりもっともらしい説」のくだりで笑った。画期的な推理ですね、ビルさん。
11. 謎の名無しさん(>>10への返信)
茶化してるけど、実際それがいちばんありそうだよ。自動で流す機械って、最後に渡された音声を律儀に流し続けるから。交通情報の中には、共有フォルダに最後に置かれた音声ファイルをそのまま再生するだけの仕組みもあるし。
12. 謎の名無しさん
記事で分かりにくかったところを補足。このコールサインをFCCのサイトで調べると免許の情報が出てきて、連絡先にビル・カリーの名前が載ってるんだよ。記事だと「たまたま役所にいた人」みたいな書き方だけど、実はこの局の担当そのもの。つまり、自分の部署が昔置いたまま見失ってた局を探しに行って、見つけて止めた。謎が残るとしたら、誰が止めたかじゃなくて、なんで8年も見失ってたのかのほうだね。
13. 謎の名無しさん(>>12への返信)
なるほど、カリーさんはスパイ映画の内通者でも何でもなくて、ただ仕事をしてるだけの人ってことか。「駐車場にゴミが落ちてますよ」と店長に言ったら片付けてくれた、でもわざわざ「片付けました」と電話はしてこない、みたいな話だな。
14. 謎の名無しさん
8年間ずっと流れてて、人が探しに行ったとたんに止まる? 偶然にしてはできすぎてる。見つけたなら場所くらい公表すればいいのに、黙ってるのが余計に怪しく見える。
15. 謎の名無しさん
見つけて止めたに決まってるって。場所を言わないのは、治安や防災を担当する部署だからだと思う。情報公開請求を出せば分かるかもしれないけど、中身によっては出てこないだろうし、出てきても何年後になるやら。
16. 謎の名無しさん
想像してみてほしい。パンデミックが最悪の形になって、誰ひとり生き残らなかったとする。街が混乱して、ビルが燃えて、人の気配が消えても、あの放送だけは流れ続ける。やがてソーラーパネルがツタに覆われて、最後の人間の声が途切れるまで。宇宙に向けて残された人類最後のメッセージは「14番街橋は避けてください」だ。
17. 謎の名無しさん(>>16への返信)
人類最後の言葉が迂回のお願いなの、妙に人間くさくて好き。宇宙人がこれを受信したら、14番街橋でいったい何が起きたのか、必死に考察し始めそう。
18. 謎の名無しさん
4、8、15、16、23、42……。この話を読んでから、頭の中でずっとこの数字が回ってる。
19. 謎の名無しさん(>>18への返信)
一瞬、乱数放送の実例かと思って真面目に調べかけた。ドラマ『LOST』に出てくる数字か。完全に引っかかったわ。
20. 謎の名無しさん
たぶん、道路工事でよく見る「渋滞情報はAMの何番へ」っていう臨時設備の類だと思う。高速道路で看板を見るたびに、あれって専用の局が常設されてるのかと不思議だったけど、移動式の送信機が録音をループで流してるなら納得。まあ、今どきはスマホのナビがあるから、そのうち消えていく仕組みなんだろうけど。
21. 謎の名無しさん
そもそも、トレーラーってどうやったら忘れられるの? 車で引っ張っていくような代物だよ。誰かが置き場所くらい覚えてるでしょ。
22. 謎の名無しさん(>>21への返信)
トレーラーだったとは限らなくて、電柱にくっつけてあった可能性もあるよ。それにトレーラーでも、置く場所しだいで誰も気にしなくなる。駐車場とか工業団地の隅には、何のためにあるのか分からない箱や機材がいくらでもあるけど、いちいち気にする人なんていないでしょ。
23. 謎の名無しさん
こういうのは意外とよくある話。うちの警察署の無線設備でも同じことがあった。外から電波のことで指摘を受けて調べたら、うちの電波塔からAMで同じ音楽がずっとループで流れてたんだ。近くの交通安全情報を中継するはずが、設定が途中のまま放ってあったらしい。
24. 謎の名無しさん(>>23への返信)
警察署にそんな無線設備があるなんて初めて知った。でも、気づくきっかけが外からの指摘だったってところは今回とそっくりだね。中の人は案外、自分のところの電波なんて聴いてないのかも。
25. 謎の名無しさん
今度D.C.に住んでる友だちのところへ遊びに行ったら、「駐車場に置きっぱなしのトレーラーを探して回りたい」って言うつもり。絶対にがっかりされる。
26. 謎の名無しさん(>>25への返信)
やめときな。D.C.で駐車場のトレーラーを覗き回ってたら、それこそ当局に目を付けられるよ。あの街はロンドン並みにカメラやセンサーだらけなんだから。
27. 謎の名無しさん
D.C.のはずれに30年以上住んでるけど、ありそうすぎて笑った。街の奥の、建物の裏の空き地に、小さいトレーラーが10年近くぽつんと置かれっぱなし。この街なら普通に想像できる。
28. 謎の名無しさん
乱数放送をただの都市伝説だと思ってる人もいるけど、公に認められた例もあるんだよ。1998年に摘発されたキューバのスパイ網の裁判では、短波の数字の放送で指令を受け取ってたことが法廷で明かされてるし、イギリス政府の担当者も「皆さんが想像しているとおりのものです」と認めてた。
29. 謎の名無しさん
自分が引っかかるのは、止まったタイミングより「8年も誰も気づかなかった」ってところ。首都の話だよ? 本当はずっと流れてたんじゃなくて、最近になって何かの拍子に動き出して、すぐ見つかっただけなんじゃないかな。
30. 謎の名無しさん(>>29への返信)
AMのダイヤルの端っこなんて普段誰も合わせないし、聞こえる範囲も狭いなら、8年くらい気づかれなくても全然おかしくないと思う。人類が明日いなくなっても、こういうトレーラーはきっと何年も律儀に交通案内を流し続けるんだろうな。
未解決の謎
放送の正体そのものには、おおむね説明がついた。流れていたのはD.C.政府の免許のコールサインを名乗る就任式の日の交通案内で、担当者は臨時の局の切り忘れとみて方向探知機で送信機を探し、2021年3月に電波は止まった。乱数放送やスパイの合図を思わせる材料は、少なくとも表に出ている情報からは見つかっていない。
残るのは、なぜ8年もの間、誰も気づかなかったのかという点だ。首都で、しかも役所の免許の電波である。臨時の局はとっくに廃止されたと思われていたというが、なぜ廃止したはずの局が動き続けていたのか。設置した機材を把握する記録や、撤去を確かめる手順はどうなっていたのか。聞こえる範囲の狭い、ダイヤルの端の周波数だったとはいえ、8年間にこの放送を耳にした人が本当にひとりもいなかったのか、それとも誰かが気づいていても役所まで届かなかったのか。報道では、そうした経緯は詳しく明かされていない。
電源の問題もある。カリーはソーラーパネルで動くトレーラーを疑っていたが、実際に見つかった送信機がその型だったのか、電柱に取り付けられたものだったのか、あるいはどこかの建物の中にあったのかは伝えられていない。トレーラーや電柱の機材だったとすれば、屋外で8年間も故障せずに電波を出し続けられたのはなぜなのか。送信機のありかが明らかにされない限り、この疑問には答えが出ない。
コメント欄では、そもそも本当に8年間途切れずに流れていたのか、という声も出ていた。仮にずっと流れていたのだとすれば、首都の片隅で8年間、ほとんど誰にも聞かれないまま、とうに終わった就任式の迂回を呼びかけ続けた小さな送信機があったことになる。怖い話ではない。けれど、少しだけ不気味で、どこか物悲しい謎だ。


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