2020年8月の終わり、スペイン北部アストゥリアス州シエロの住宅地で、近所の人たちが「エバ」と呼んで親しんでいた68歳の女性の姿が見えなくなった。子守りや犬の散歩を引き受けてくれる、物静かで礼儀正しい人だった。電話にも呼び鈴にも応答がない。心配した隣人が警察に届け、警官が家に入ると、彼女は床に座り込んだまま動けなくなっていた。
命は取りとめた。ところが、身寄りに知らせようとした警察は行き詰まる。「エバ」という名前が、どの記録とも合わなかったのだ。数日後に分かった本名はブランカ。1995年、隣のレオン県で43歳のときに姿を消し、家族が探し続けてきた女性だった。隣人たちは、そうとは知らないまま、25年前の失踪者を見つけ出したことになる。
※ この記事では、スペインで報じられた本名のうち「ブランカ」という名だけを使い、姓と家族の名前は書かない。彼女は事件の被害者でも加害者でもなく、成人が自分の意思で姿を消すことは犯罪ではない。
事件の概要
🗓️ いつ:1995年11月30日に失踪(報道による)。2020年8月29日に発見され、9月1日に身元が判明
🌫️ 場所:失踪はスペイン北西部のレオン。発見は北部アストゥリアス州シエロ(中心地はポラ・デ・シエロ)の住宅地ラ・フレスネダ
👤 人物:ブランカさん。1952年アルゼンチン生まれ。失踪時43歳、発見時68歳。近所では「エバ」と名乗っていた
🔍 状況:勤め先を辞め、服も持ち物も置いたまま姿を消した。1997年に母親が失踪届を出した
🕯️ 結末:隣人の通報で、自宅で衰弱しているところを発見された。入院先で身元が分かり、家族と再会。なぜ姿を消したのかは明らかになっていない
元スレは発見直後の2020年9月3日、スペインの報道をもとに書かれた。ブランカさんは1952年、スペインからアルゼンチンに渡った両親のもとに生まれた。きょうだいは男2人。現地で小学校の教師をしていたが、1973年、21歳のときに一家でスペインへ戻る。働き口の乏しい時代で教職には就かず、スペイン国鉄(レンフェ)に職を得てレオンに移り、20年近く勤めた。
レオンの地元メディアによると、彼女は別の女性と共同でアパートを借り、週末は県内の実家に帰るのが習慣だった。1995年11月30日、彼女は帰ってこなかった。兄弟の一人が探しに行くと、職場には自分から退職を申し出ており、アパートからもいなくなっていた。兄弟は「服も、何もかも置いていった」と語っている。
一方の「エバ」は、住宅地ラ・フレスネダで、棟続きの家に一人で暮らしていた。子守り、近所の犬の散歩、よその家の掃除で生計を立てていたという。隣家の住人はアルゼンチンのメディアに、11年ほど前に越してきてエバと知り合い、8年前に息子が生まれてからはよく預けたと話している。息子はいまでは彼女を祖母のように思っているそうだ。礼儀正しく控えめで、自分のことはほとんど話さない。発見の数週間前からは脚の痛みで松葉杖をついていた。隣人たちは病院まで送ると申し出たが、彼女は断り続けたという。
判明している事実
失踪届が出たのは2年後で、父親は届け出を望まなかった
家族が警察に失踪届を出したのは1997年。届けたのは母親だった。兄弟の一人の説明では、それまで届けなかったのは、父親が「届けを出したがらなかった」からだという。地元メディアによると、家族は行方不明者を探すテレビ番組にも連絡を取ったが、村での撮影を父親が拒んだ。父親がなぜ嫌がったのかは報じられていない。
警察は一度居場所を突き止めたが、本人が家族との連絡を断った
届けから間もなく、アストゥリアス州のヒホンで警察が彼女を見つけた。だが本人は、家族と電話で話すことを断った。成人で判断力にも問題がない以上、警察に彼女を連れ戻す権限はない。大人が自分の意思で家を出ることは、犯罪ではないからだ。住まいを知った母親と兄弟の一人が訪ねたときには、部屋はもう空だった。地元メディアによれば、その後の足取りは、2000年5月に同じ州のアビレスの病院で受けた血液検査の記録が最後になった。
「いつか連絡する、いつか帰る」という手紙が最後の便りになった
やがて家族のもとに、本人から手紙と写真が届いた。元スレとスペインのニュースサイト「エル・エスパニョール」は2005年のこととしている(2000年ごろとする地元メディアもある)。彼女は、家を出たまま連絡しなかったことを父親に詫び、兄弟には、いつか連絡する、いつか帰ると書いていた。「もう探さないでほしい、そっとしておいてほしい」とも書かれていたと兄弟は語っている。2006年、とくに仲のよかった父親ががんで亡くなったときにも、彼女は姿を見せなかった。
この間、彼女は身分証※も運転免許も更新せず、銀行口座を動かすこともなかった。手紙を受けて家族は届けを取り下げたとも報じられているが、警察の発表では、2020年の時点でも「1995年からの行方不明者」として記録に残っていた。
※ 身分証(DNI):スペインの国民身分証。14歳以上は取得が義務づけられ、発行のときに指紋が登録される。銀行口座や賃貸契約など、暮らしの手続きの多くで提示を求められる。
発見の3か月前、兄弟は身元不明の遺体を彼女だと考えていた
2001年6月、ヒホンから約150キロ離れたサンタンデールのカメージョ海岸で、身元の分からない中年女性の遺体が見つかった。海岸の名前から「カメージョの貴婦人」と呼ばれている。2013年に作られたその似顔絵を、兄弟の一人がたまたま目にし、彼女に違いないと確信して警察に連絡した。地元メディアが2020年6月1日に報じたところでは、その数日前のことだ(元スレは2013年の出来事としている)。父親の最期にも帰らなかったのは、もう生きていなかったからではないか。兄弟はそう考え始めていた。しかし指紋とDNAの照合で、遺体は別人と分かる。彼女が生きて見つかったのは、それから3か月後のことだ。
名前の食い違いから身元が浮かび、指紋で確かめられた
2020年8月29日(土)の朝8時40分ごろ、シエロの地元警察に通報が入った。一人暮らしの68歳の女性を、もう何日も見かけないという。家は内側から鍵がかかっていた。警官が窓をこじ開けて入ると、彼女は意識こそあったものの、床に座り込んだまま動けず、ひどい脱水状態で、受け答えもはっきりしなかった。オビエドの大学病院(HUCA)に運ばれ、集中治療室に入った。
身寄りを探そうとした警察は、近所で通っていた名前と、自宅の書類や病院の記録とが食い違うことに気づく。彼女はシエロの住民登録もしていなかった。調べを進めると、1995年にレオンで行方が分からなくなった女性に行き着いた。州の警察幹部は、鑑識が自宅で採取した指紋が、その女性の身分証の指紋と一致したと説明している。
元スレが書かれた9月3日の時点では、容体は危険な状態と伝えられていた。その後の報道によると、治療への反応はよく、兄弟の一人が毎日病院を見舞った。「25年ぶりにきょうだいと再会できるなんて、こんなにうれしいことはない」と地元メディアに語り、退院したら自分の家に迎えたいとも話している。9月20日付の地元紙でも、家族は順調に回復していると答え、いまは少し静かに過ごさせてほしいと話している。これより後の様子は、2026年10月に調べた範囲では報じられていない。
主な仮説
仮説1:家族とのあいだに何かがあり、自分の意思で離れた
元スレのコメント欄でいちばん多かった見方。父親が届け出を望まなかったこと、警察に見つかっても家族と話すのを断ったこと、家族が訪ねてくる前にまた姿を消したことが根拠に挙げられた。兄弟の一人も発見後、「いま思うのは、一時の感情の高ぶりだったのだろうということだけだ。父と、母と、私と、言い争いがあった……理由は何であれ」と語っている。ただし、家族のなかで具体的に何があったのかを示す話は、報道のどこにも出てこない。虐待があったと決めてかかるコメントには、同じスレの中で強い反論が出た。
仮説2:別の人生をやり直したかった
特別な事情がなくても、人はそれまでの暮らしをまるごと降りたくなることがある、という見方。コメント欄にも、ふっと消えてしまいたくなる気持ちは分かる、と書く人が何人もいた。自分から退職を申し出ていたこと、移った先で選んだのが目立たない質素な暮らしだったことは、この見方と食い違わない。ただ、それだけの理由で25年も別の名前を名乗り、身分証の更新まで止める必要があったのか、という疑問は残る。
仮説3:家族以外の何か、あるいは誰かから身を隠していた
家族と関わりたくないだけなら、そう伝えれば済む。二度も急に姿を消し、名前まで変えるのは、何かから必死に逃げている人の動き方だ、という見方。コメント欄では交際相手や借金を挙げる人がいた。兄弟の一人も発見の前には、金銭の問題や、何かの団体に入った可能性まで考えたと地元メディアに話している。ただし、どれも推測で、裏付ける事実は一つも報じられていない。
仮説4:本人にも、うまく説明できない事情だった
はっきりした一つの理由など、無いのかもしれない。少し離れるだけのつもりが、警察に見つかり、家族が訪ねてくるうちに引っ込みがつかなくなり、戻るきっかけを失ったまま年月が過ぎた、という見方だ。父親に詫び、「いつか帰る」と書きながら、結局そうできなかったこととは符合する。コメント欄には心の不調を疑う人もいたが、当時の警察は彼女を判断力に問題のない成人として扱っており、病気があったという報道もない。本人が語らないかぎり、確かめようのない説でもある。
海外の反応
1. 謎の名無しさん
何があって家を出て、名前まで変えてひっそり暮らすことになったんだろう。そこがいちばん知りたい。
2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
父親が失踪届を出したがらなかった、という点はやっぱり引っかかる。母親が押し切って、ようやく2年後に届けが出たわけでしょ。
3. 謎の名無しさん(>>2への返信)
届けを出したがらなかったというだけで、父親が原因だと決めてかかるのは乱暴だよ。彼女は「いなくなった」んじゃなくて「出て行った」。大人は理由を説明せずに出て行っていい。事件の気配が無いなら、父親が届けをためらっても不思議じゃない。
4. 謎の名無しさん
この展開は読めなかった。「エバ」として行方が分からなくなって、調べてみたら「ブランカ」としても行方不明だった。二重の行方不明じゃないか。
5. 謎の名無しさん
彼女は行方不明者じゃない。放っておいてほしい人だ。それだけの話だよ。
6. 謎の名無しさん(>>5への返信)
ブランカくらい徹底して姿を消した人は、そのまま「消えさせて」あげたい。家族がどんな人たちなのかは知らない。分かるのは、彼女が関わりたくないと思っていたことだけ。それで十分だ。
7. 謎の名無しさん
自分から縁を切った大人を、本当に「行方不明」と呼んでいいんだろうか。「行方不明」と「こっちが連絡先を知らないだけ」は、別物だと思う。
8. 謎の名無しさん(>>7への返信)
届けが出ている以上、本人が警察に「無事です、自分の意思で出ました。居場所は誰にも教えないで」と伝えるまでは、行方不明として扱うべきだと思う。無事を確かめられないうちは、事件に巻き込まれた可能性を捨てられないんだから。
9. 謎の名無しさん(>>7への返信)
でも彼女は偽名で暮らしていたし、持ち物を全部置いたまま、ある日突然いなくなったんだよ。「家族ともう連絡を取りたくない」というだけの話とは、次元が違う。
10. 謎の名無しさん(>>9への返信)
機能不全の家族から離れるには、そこまでしないと無理なことがよくあるんだよ。家族の側が「お前に自分たちを避ける権利なんかない」と思い込んで、執念深くつきまとう。ただ「連絡を絶つ」だけじゃ済まないんだ。
11. 謎の名無しさん
家族が原因だという推測は、どれも的外れに思える。彼女は仕事を持って自立していた中年の女性で、家出少女じゃない。家族と関わりたくないなら、そう伝えれば済む。二度も夜逃げ同然に姿を消して別人になったのは、何かから、あるいは誰かから必死に逃げていた人の動き方だよ。それが家族だったとは考えにくい。あとで自分から連絡しているんだから。たちの悪い交際相手か、怖い相手からの借金か、そういう類じゃないかな。
※ 交際相手や借金は、このコメントを書いた人の推測。そうした事実は報じられていない。
12. 謎の名無しさん
なぜ急に消えたのかは気になる。でも家族内のもめ事が原因なら、表に出ないままであってほしい。当事者の一人がそっとしておいてほしいと示しているのに、他人の家の事情を娯楽にすべきじゃない。このスレにも、根拠もなく虐待を疑う書き込みがある。最悪の筋書きに飛びつくのはやめよう。
13. 謎の名無しさん
家族に問題があったはずだ、と考える人が多いので、身内の話をひとつ。自分はスペイン人で、母は10人きょうだいの貧しい家の出だ。おじの一人は働きにバルセロナへ出たきり、きょうだいの誰にも連絡してこない。家族みんなが眠る村にも帰ってこない。家族のほうも探していない。おばは「帰りたいなら、村は昔と同じ場所にあるよ」と言う。おじに同じことが起きたら、生死も知らないのに届けも出していない私たち家族は、ネットで何と言われるんだろうね。
14. 謎の名無しさん
害になる家族と「離婚」するような経験をせずに済んだ人には、それがどういうものか分からないと思う。縁を切るのは、小さいころから刷り込まれてきたことの全部に逆らう行為なんだ。なのに周りは、気軽に是非を論じたがる。
15. 謎の名無しさん
いったん離れて、不安や落ち込みの引き金がそばに無い暮らしを知ると、距離を置いた形でなら家族とつながっていられる人もいる。「いつか連絡する」と書いたとき、ブランカ/エバもそう考えていたのかもしれない。でも、やっぱり無理だと気づいたのかも。
16. 謎の名無しさん
姿を消して前の人生と縁を切るという発想を、自分はそれほど変だとは思わない。うちは家族仲がいいし、人生もそこそこうまくいってる。それでも、ふっと消えたらどうなるだろうと考えることがある。たぶん実行はしないけど、やる人の気持ちは分かる。
17. 謎の名無しさん(>>16への返信)
まるごと別人として生き直す、ってことだよね。分かるよ。人生が手に余るときがあって、自分も同じことを考えた。
18. 謎の名無しさん
父親が届けを嫌がったのは、「人に何と言われるか」と世間体を気にしただけかも。それと、彼女は移った先で派手に暮らしたわけじゃないんだよね。銀行口座も書類もほとんど要らない、地味な仕事を選んで質素に暮らしてた。
19. 謎の名無しさん
近所の人から直接もらうお金で食べていけたとしても、病院はどうしてたんだろう。身分証を出せないままだと、具合が悪くても我慢するしかなかったんじゃないかな。
※ 2000年5月に病院で血液検査を受けた記録はある。その後の受診は伝えられていない。
20. 謎の名無しさん(>>19への返信)
年金もそうだよね。20年近く勤めた分があっても、本名で手続きしないかぎり受け取れないはず。それを手放してでも、名乗り出たくなかったのかな。
21. 謎の名無しさん
スレのタイトル、68歳で「高齢の女性」なのか……。調べてみたら、65歳を超えると誰でも高齢者なんだって。40代後半の自分まで、急に年を取った気がしてきた。
22. 謎の名無しさん
すごい話だ。どうか持ちこたえてほしいし、居場所を家族に知られたことで本人が傷ついていなければいいけど。それと、「私物を持って出ていないから、自分の意思で消えたはずがない」と言う人には、この件が反証になるね。
※ その後の報道によると、容体は持ち直し、兄弟の一人が毎日病院を見舞った。
23. 謎の名無しさん(>>22への返信)
ほんとそれ。本気で姿を消したい人にとっては、持ち物を全部置いていくところまで含めて「消える」なんだよ。
24. 謎の名無しさん
ひどい話だ。本人の同意も無いのに、警察に家族を探し出す権利なんてない。名前まで変えて、あれだけ手を尽くして隠れていたんだ。それだけの理由があったに決まってる。
25. 謎の名無しさん(>>24への返信)
彼女は危険な状態で運ばれたんだよ。警察は、亡くなる前に身内を見つけるか、後見人や退院後に世話をする人を探そうとしただけ。家族と縁を切っていたなんて、警察に分かるわけがないでしょう?
26. 謎の名無しさん(>>24への返信)
気になるのは、彼女の身の上がこうして誰でも読める情報になってしまったこと。何から逃げていたのかも分からないのに。報じた人を責める気はないけど、本人が希望を伝えられるようになるまで、待てなかったのかな。
27. 謎の名無しさん
消えた側に寄り添うコメントが多いけど、残された側も25年、生きているのかどうかも分からないまま過ごしたんだよね。どちらが悪いという話じゃなくて、どちらにとっても長すぎる時間だったと思う。
28. 謎の名無しさん
姿が見えない、電話にも呼び鈴にも出ない。それだけで警察に届けてくれる隣人がいたんだよ。本名を誰も知らなかったのに、ちゃんと「いないと心配される人」になっていた。そこに少し救われる。
29. 謎の名無しさん
家の扉の向こうや人の心の中で何が起きているかなんて、外からは分からない。エバが一人で生きた年月を、自分らしく過ごせていたならいい。回復して、この先の人生も楽しめますように。
30. 謎の名無しさん
ここに謎なんて無いよ。あるのは、他人が首を突っ込むべきじゃない事情だけだ。家族だって、彼女が自分の意思で出て行ったことは、とっくに分かっていたんだから。
未解決の謎
「エバ」が誰だったのかは分かった。失踪届の出ていた女性は生きていて、家族と再会した。行方不明者の件としては、これで解決である。それでも、いちばん大きな問いは残っている。なぜ彼女は43歳で、仕事も家族も名前も置いて出て行ったのか。本人がその理由を語ったという報道は、見つかっていない。
25年をどう暮らしたのかも、分かっているのは輪郭だけだ。身分証を更新せず、住民登録もせず、仕事は近所の人から直接頼まれるものばかり。住まいをどう確保したのか、体を壊したときにどうしていたのかは伝えられていない。脚を痛めても病院へ行こうとしなかったのは、本名を知られたくなかったからなのか。それも本人にしか分からない。
見つかったことは、彼女にとってよかったのか。スペインの失踪者支援団体の代表は地元紙に、「成人は誰でも、望むなら姿を消す権利がある。これは自分の意思による失踪で、警察にそう伝えていた以上、居場所を明かさない権利が彼女にはあった」と語っている。一方で、警察が探していたのは25年前の失踪者ではなく、危険な状態で運ばれた女性の身寄りだった。彼女を見つけたのも捜査ではない。何日も姿が見えないことを放っておかなかった、隣人たちである。
その後、彼女がどこでどう暮らしているのかは報じられていない。家族は当時、少し静かに過ごさせてほしいと話していた。本名を伏せたまま、いないと心配される隣人になった25年間。その理由を知っているのは彼女だけで、語るかどうかを決めるのも彼女だけだ。
出典:r/UnresolvedMysteries 元スレ / El Español、leonoticias、Diario de León、COPE、Vozpopuli、Infobae(2020年の報道)


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