【2006年】「樽に詰められ井戸の底へ」ガソリンスタンド跡から出た白骨、服が示した年代

【2006年】「樽に詰められ井戸の底へ」ガソリンスタンド跡から出た白骨、服が示した年代 未解決事件

2006年6月、カナダ・サスカチュワン州サスカトゥーンの一角で、古いガソリンスタンドの燃料タンクを撤去する工事が行われていた。地面を掘り進めた作業員が掘り当てたのは、埋設タンクではなかった。麻袋にくるまれ、木の樽に詰め込まれた状態の、女性の白骨遺体だった。

身元を示すものは何ひとつ残っていなかった。手がかりは、身につけていた服と、切れた金のネックレスと、なぜか同じ樽に入っていた男物のベストとズボンだけ。捜査は服飾史の専門家による年代鑑定から始まり、そこから19年をかけて、彼女は「井戸の女性」という呼び名ではなく、アリス・スペンスという自分の名前を取り戻すことになる。

※ 服飾史による年代鑑定:20世紀初頭の女性服は、襟の高さ・スカートの丈・上着の仕立てが数年単位で移り変わった。専門家はその型から仕立てられた時期・着られていた時期を絞り込むことができ、年代の分からない古い写真の撮影時期を推定するときにも同じ手法が使われる。

事件の概要

🗓️ 発生時期:1916年〜1918年ごろ(捜査当局の推定)

🌫️ 場所:カナダ・サスカチュワン州サスカトゥーン サザランド地区

👤 被害者:アリス・スペンス(旧姓バーク/1881年9月生まれ)

🔍 状況:麻袋に包まれ木の樽に詰められた状態で、下宿屋「ショア・ホテル」の敷地内にあった井戸に落とされていた

🕯️ 発見・その後:2006年6月にガソリンスタンド跡の掘削工事で発見。2025年にDNA鑑定で身元が判明。何が起きたのかは未解明のまま

遺体が落とされていたのは、ショア・ホテルという下宿屋の敷地にあった井戸だった。ホテルは1927年に取り壊され、その跡地に燃料タンクを備えたガソリンスタンドが建った。井戸は埋め戻され、地面の下から消えた。80年近く経ってタンクを抜くための掘削が入るまで、そこに何が沈んでいるのかを知る者はいなかった。

※ 当時の井戸:上水道が引かれる前の掘り抜き井戸は、地面に掘った縦穴の内壁を木材や石で組んだもので、深さは数メートルから十数メートルほどあった。使われなくなると板で蓋をされたり土で埋め戻されたりして、地表からは存在そのものが分からなくなることが多かった。

当時のサザランドは、サスカトゥーンの隣に位置する鉄道の町だった。ショア・ホテルはその町にあった下宿屋で、「評判はまちまちだった」とだけ記録されている。アリス・スペンスは1913年にアメリカ・ミネソタ州からこの町へ移ってきた。夫チャールズ、そして1905年生まれの娘イデラとの三人暮らしだった。

※ 20世紀初頭のサザランド:急成長していたサスカトゥーンの近郊にあった鉄道の町。カナダ西部の開拓が進むなかで線路の敷設や保守の仕事を追って各地から人が移り住み、部屋と食事をまとめて提供する下宿屋が労働者の住まいになっていた。

判明している事実

燃料タンクの撤去工事で掘り当てられた
2006年6月、サザランド地区にあった古いガソリンスタンドで、地下の燃料タンクを撤去する工事が行われていた。作業員が掘削中に人骨を発見し、サスカトゥーン市警が現場に入って捜査が始まった。遺体は麻袋に包まれて木の樽に詰め込まれており、その樽が井戸に落とされていた。捜査当局は、樽に入れられる前に遺体が部分的に切断されていたとみている。

服が示した「1910年から1920年」
身元につながる所持品はなかったが、服が残っていた。体に沿う仕立てのジャケット、襟の立ったブラウス、丈の長いスカート。服飾史・織物史の専門家が捜査に協力し、この組み合わせを1910年から1920年ごろのものと鑑定した。切れた金のネックレスと、男物のベストとズボンも遺体とともに見つかっている。ここから、亡くなったのは1900年代前半の成人女性である、という捜査の土台ができた。

骨が語った人物像
サスカチュワン大学の法人類学者が骨を調べ、白人女性、年齢は25歳から35歳、身長はおよそ155センチ、鼻が高く、髪は明るい茶色から赤みがかった色、という特徴を割り出した。服・装身具に加えて歯の治療痕の状態から、中流以上の暮らしをしていた人物と考えられた。市警は復顔像を2体公開し、古い家族写真の中から誰かが彼女を見つけてくれることを期待した。

30件の問い合わせ、すべて不一致
復顔像の公開後、カナダ各地から、遠くはフランスからも、行方の分からない母・祖母・大叔母を探す人たちの問い合わせが約30件寄せられた。だが、どれも一致しなかった。骨からはSTR型のDNAプロファイルも作成されたが、照合できる既知の人物はいなかった。彼女は名前のないまま、ウッドローン墓地の無名の墓に埋葬された。

19年目に名前を返したDNA系図捜査
2023年、市警は米国テキサス州にある鑑定機関オスラムへ資料を送った。100年以上経った骨からゲノム解析に耐えるDNAを抽出することに成功し、そこから作成したプロファイルを使ってDNA系図捜査が行われた。トロント市警の担当者が追跡調査を進めて血縁の候補にたどり着き、親族から提供された照合用のDNAと突き合わせた結果、身元が確定した。「井戸の女性」は、1881年9月生まれのアリス・バーク・スペンスだった。

※ DNA系図捜査:遺体から読み取ったゲノム情報を、一般の人が家系調査に使うDNAデータベースの登録者と照合し、共通の祖先をたどって血縁の輪を狭めていく手法。直接の一致がなくても、遠縁の複数の一致から家系図を組み立てて候補を絞り込める。

主な仮説

仮説1:家庭の内側で起きたとする見方

記録に残る最後のアリスは1916年の国勢調査で、その次に出てくるのが1918年に家を焼いた火災である。捜査当局は、この2年のどこかで事件性のある死が起きたとみている。1921年の記録では、夫は娘と家政婦、そして家政婦の息子とともに暮らしている。ネット上ではこの流れから身近な人物を疑う声が多い。ただし当局は容疑者の名前を一切公表しておらず、記録の空白を推測で埋めているだけだという点は押さえておきたい。当時の再婚・同居のかたちは今と違い、妻を亡くした男性が家政婦を雇って同居すること自体は珍しくなかった。

仮説2:下宿屋「ショア・ホテル」の側で起きたとする見方

遺体が落とされていた井戸は、家庭の敷地ではなく下宿屋の敷地にあった。鉄道の町の下宿屋は人の出入りが激しく、身元のはっきりしない滞在者も普通にいた。井戸の場所と使われ方を知っていて、樽を運び込んでも不自然に見えない人物、という条件で考えれば、建物に出入りしていた側に目が向く。一方で、狭い町では住民の多くが井戸の存在を知っていたはずで、これだけでは絞り込めない。

仮説3:1918年の火災と結びついているとする見方

家が焼けたという出来事を、証拠を消す動きと重ねて見る意見がある。ただし当時は暖房も照明も明かりも火が基本で、住宅火災そのものが今よりはるかに多かった。火災と死を直接つなぐ材料は公表されていない。現時点で言えるのは、火災が「アリスが生きていた記録がここで途切れる」という時間の区切りとして機能している、というところまでである。

仮説4:真相は絞り込まれたまま、公表されずに終わるとする見方

記者会見を見たという参加者の書き込みによれば、市警は状況証拠から犯人の見当はついているものの、その人物がすでに亡くなっていて自分を弁護できないため名前は公表しない、と説明したという。状況証拠の中身についても説明はなかった。裁判で争われることのない見立てに実名を付けて発表することの是非は、コメント欄でも割れている。

海外の反応

1. 謎の名無しさん
100年以上前に死んだ人の名前が、いまになって戻ってくる。誰にも覚えられないところまで行ってしまった人を、それでも探し続けた人たちがいたということが、この件でいちばん効いた。

2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
発表があったのは、彼女が名前のないまま墓地に埋葬されてからちょうど19年目の同じ日だったらしい。地元紙にひ孫の言葉が載っていて、「祖母イデラは自分の家族のことを一度も話さなかった」と語っていた。

3. 謎の名無しさん
系図の作業が始まった9か月前に、DNAが一致した親族として連絡を受けた一人です。ここまでの過程を見届けられたのは本当にすごい体験だった。どの身元不明の遺体にも、これだけの手間をかけてもらえたらと思う。

4. 謎の名無しさん(>>3への返信)
それはすごい。ご家族のあいだに、その人にまつわる言い伝えのようなものは残っていましたか。血筋としてはかなり遠いのだろうけど、自分の家系の中から謎が出てくるというのは、それだけで引き込まれる。

5. 謎の名無しさん(>>4への返信)
かなり遠縁で、家系調査サイトの照合結果にたまたま出ただけ。名前すら聞いたことがなかった。しかも電話ではなく1月に届いたメールで、最初は完全に詐欺だと思って代表番号にかけ直したくらい。家族全員、しばらく疑っていた。

6. 謎の名無しさん(>>5への返信)
まさかの同じ側だ。私は彼女のいとこの孫にあたる筋で、連絡が来たのは3年前。それからずっと家系図を作っては送り続けていた。やっと口に出せるようになって嬉しい。黙っているのが本当にしんどかった。

7. 謎の名無しさん
服から年代を絞ったというところが、個人的にいちばん驚いた。この手の話では骨とDNAばかり注目されるけど、最初に捜査の的を作ったのは着ていたもののほうだったわけだ。

8. 謎の名無しさん(>>7への返信)
当時は流行の移り変わりが速くて、襟の高さ、スカートの丈、上着の仕立てが数年単位で違う。専門家が見れば「1910年から1920年のあいだ」くらいまでは狭められる。年代不明の古写真を見て撮影時期を当てるのと同じ理屈。

9. 謎の名無しさん
骨から身長155センチ、年齢25歳から35歳、髪は明るい茶から赤みがかった色、鼻が高い、というところまで出るのか。しかも歯の治療の痕から暮らし向きまで読み取っている。

10. 謎の名無しさん
復顔像を2体もつくって公開したのに、それでも一致しなかったというのが切ない。カナダ中どころかフランスからも問い合わせが来たわけで、それだけ多くの家に「いなくなった女の人」の記憶が残っているということでもある。

11. 謎の名無しさん
麻袋に包んで樽に詰めて井戸に落とす、という手順が異様すぎる。見つからないようにするという意志がはっきりしている。事故や病気で亡くなった人が、こういう状態で出てくることはまずない。

12. 謎の名無しさん(>>11への返信)
一緒に男物のベストとズボンが入っていたところが引っかかっている。なぜ女性の遺体と男性の服が同じ樽に収まるのか。処分したかったのは遺体だけではなかったのでは、と考えてしまう。

13. 謎の名無しさん
娘のイデラは1905年生まれだから、母がいなくなったときは11歳から13歳くらい。17歳で父も亡くして天涯孤独になり、それでも1995年まで生きた。母のことは生涯ひとことも話さなかったという。

14. 謎の名無しさん
1910年代のサザランドというのは、どういう町だったんだろう。ガソリンスタンドが建つ前は下宿屋があって、その井戸に、という話の流れが自分の中でまだうまく像を結ばない。

15. 謎の名無しさん(>>14への返信)
鉄道の町。サスカトゥーンが急に大きくなっていく時期で、線路の仕事を追って人が入っては出ていく。下宿屋はそういう人たちの受け皿で、素性のはっきりしない滞在者も普通に泊まっていた。

16. 謎の名無しさん
ショア・ホテルの説明が「評判はまちまちだった」で止まっているのが、かえって気になる。1927年に取り壊されて、その上にガソリンスタンドが建った。井戸が埋め戻されたのもそのタイミングだろう。

17. 謎の名無しさん(>>16への返信)
下宿屋というのは部屋と食事をまとめて貸す宿のことで、いまの感覚だと簡易ホテルと寮の中間くらい。何年も住みつく人もいれば、数日で消える人もいる場所だった。

18. 謎の名無しさん
記者会見を見た人の書き込みによると、状況証拠から誰がやったかの見当はついているが、その人物がすでに死んでいて反論できない以上、名前は出さない、という説明だったそうだ。

19. 謎の名無しさん(>>18への返信)
その状況証拠が何なのかまでは説明されたんだろうか。100年前の話で、しかも当人が死んでいるのなら、もう資料として出してしまってもいい気はする。

20. 謎の名無しさん
名前を出さない判断には賛成しづらい。これだけ昔なら直接の子や孫はもう生きていないだろうし、伏せられたら伏せられたで、かえって憶測のほうが好き勝手に回ることになる。

21. 謎の名無しさん
自分は逆だと思う。子孫は普通に生きている。裁判で争われたわけでもない見立てに実名が付くと、その名字を持っている人が一生説明を求められることになる。慎重でいい。

22. 謎の名無しさん
1916年の国勢調査が生きていた最後の記録で、次に出てくるのが1918年の火災。この2年のどこか、という絞り方しかできないところがもどかしい。日記の一冊でも残っていたら全然違ったはず。

23. 謎の名無しさん
1918年に家が焼けているのが引っかかる。火事が証拠を消すために起こされることがある、という見方も分かる。ただ当時は暖房も明かりも火が基本で、住宅火災そのものが今よりずっと多かった。

24. 謎の名無しさん
生まれてすぐ亡くなった子の記録を見つけて意味ありげに扱う流れになっているけど、当時の死産や乳児死亡の多さを考えたら、ほとんどの家に同じような記録がある。事件と結びつけるのは無理がある。

25. 謎の名無しさん(>>24への返信)
同意。趣味で家系図を調べているけれど、生後すぐに亡くなった子の記録は本当に多い。あの記録から言えることがあるとしたら、その時点で彼女がまだ生きていた、という一点くらいだと思う。

26. 謎の名無しさん
100年前の骨からゲノムを読み出して系図をたどれるなら、いま追いかけている身元不明の遺体にも望みがある。無理だと思われていたものが1件でも解けると、他の案件の見え方まで変わってくる。

27. 謎の名無しさん(>>26への返信)
ただ、この方法は遺体が見つかっている人にしか使えない。行方が分からないまま出てきていない人には、そもそも当てはめる対象がない。そこは切り分けて期待したほうがいい。

28. 謎の名無しさん
カナダの警察が先住民の女性の行方不明・殺害事件をどう扱ってきたかを思うと、100年前の一件にここまで人手を割けるのか、という気持ちにはなってしまう。

29. 謎の名無しさん(>>28への返信)
扱いが公平だったとは思わないが、この件と並べるのは違うと思う。骨からDNAを取って照会するのは送って結果を待つ作業で、行方の分からない人を探し出すのとは難度がまったく違う。埋立地の捜索に1800万ドルを投じた例だってある。

30. 謎の名無しさん
井戸の底に90年近く、名前のない墓に19年。ようやくアリス・スペンスとして呼ばれるようになった。誰がやったのかは結局分からないままだけれど、ここまで来ただけでも大きいと思う。

未解決の謎

名前は戻ってきた。だが、彼女に何が起きたのかは戻ってきていない。捜査当局は事件性があったとみているものの、いつ、どこで、誰の手によってなのかは公表されていない。1916年の国勢調査を最後に記録が途切れ、1918年の火災でその先の手がかりも失われる。残されたのは、樽と麻袋と、切れた金のネックレスだけである。

説明のつかないものがいくつも残っている。なぜ男物のベストとズボンが同じ樽に入っていたのか。なぜ家の近くではなく、下宿屋の敷地にあった井戸だったのか。その井戸に樽を運び込んで落とすまでのあいだ、誰にも見咎められなかったのはなぜなのか。井戸の位置と使われ方を知っている人物でなければできない処分の仕方だが、狭い町ではそれを知る人間の範囲もまた広い。

骨からの推定年齢が25歳から35歳だったのに対し、1881年9月生まれという記録に照らせば、亡くなったときの彼女は34歳から36歳ごろだった計算になる。推定の上限ぎりぎりである。100年を経た骨から読み取れることの限界が、こういうところに出る。

そして、娘のイデラが何を知っていたのかも分からないままだ。母がいなくなったとき11歳から13歳、父を亡くして17歳で孤児になり、1995年に世を去るまで、家族のことを語らなかった。何も知らなかったのか、知っていて口を閉ざしたのか。それを確かめられる人は、もう一人もいない。ひ孫は発表の場で「もう一時間でいいから祖母と話したかった」と語っている。

出典:r/UnresolvedMysteries 元スレサスカトゥーン市警 発表DNA Solves

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