1886年6月26日、ロンドン郊外グリニッジの王立天文台で、1台の船舶用クロノメーター※の帳簿に短い一行が書き足された。「エレバス号とともに北極地方で喪失」。40年前に北極へ向かったきり帰らなかったフランクリン探検隊の船に積まれ、氷の海に消えた、という意味である。ところがその時計「アーノルド294」は、20世紀になってロンドンで見つかる。置き時計に作り替えられ、文字盤の名前は叩き潰されていたが、北極にいた痕跡はひとつも無かった。
※ クロノメーター:航海用の高精度な時計。出港地(英国ならグリニッジ)の時刻を正確に保ち、現地の正午とのずれから船の東西の位置(経度)を割り出すのに使われた。
事件の概要
🗓️ 発生日:1845年5月(フランクリン探検隊が出航)/1886年6月26日(帳簿に「喪失」と記入)
🌫️ 場所:英国グリニッジ王立天文台/カナダ北極圏
👤 対象:船舶用クロノメーター「アーノルド294」(ジョン・ロジャー・アーノルド作、1807年ごろ製)
🔍 状況:天文台の帳簿では、北極で探検船エレバス号とともに失われたことになっていた
🕯️ 結末:置き時計に改造された姿で見つかり、いまはグリニッジの国立海事博物館が所蔵。どうやって英国に戻ったのかは分かっていない
1845年、ジョン・フランクリン率いる英国海軍のエレバス号とテラー号は、北米大陸の北を抜けて大西洋と太平洋を結ぶ「北西航路」を探しに出航した。乗組員は129人。2隻はその夏を最後に消息を絶ち、のちに船が氷に閉じ込められ、乗組員が船を捨てて歩き出し、全員が命を落としたことが分かっていく。英国はその後何十年にもわたって捜索隊を送り、食器や本、懐中時計の残骸など多くの遺品が持ち帰られた。2隻の沈没船が見つかったのは、エレバス号が2014年、テラー号が2016年のことである。
当時の船にとって、クロノメーターは命綱だった。英国海軍のクロノメーターは天文台の倉庫で管理され、船ごとに貸し出されては戻ってくる。その出入りを1台ずつ記録したのが天文台の帳簿で、アーノルド294もその1台だった。
判明している事実
40年後に書き足された「喪失」の一行
アーノルド294が探検隊と結びつけられた最初の記録は、1886年6月26日の帳簿の書き込みである。「エレバス号とともに北極地方で喪失」。探検隊の出航から40年以上たち、海軍省が乗組員全員を死亡とみなしてからも30年以上たってから、この時計は正式に帳簿から外された。
名前を叩き潰された置き時計
英紙ガーディアン(2009年5月)によると、この時計は記事の約30年前に売りに出された際、修理職人が機械の内側に「アーノルド」の名を見つけ、潰されていた文字盤の名前が元に戻された。文字盤の「アーノルド」は叩き伸ばされ、「レイノルズ」という別の時計店の名に書き換えられていたという。天文台は記事の約10年前、ふたたび売りに出たところを買い取り、上級時計学者ジョナサン・ベッツ氏が分解して19世紀の記録と照らし合わせ、アーノルド294だと突き止めた。国立海事博物館は「1999年に英国のオークションに現れた」としている。
北極にいた形跡がない
船舶用クロノメーターは本来、揺れを逃がす台座ごと木箱に収められている。アーノルド294は、その台座に持ち手と4つの脚を付けて、持ち運べる置き時計に作り替えられていた。機械に水や氷による傷みは無かった。ベッツ氏は「これは外気にさらされたことがない。探検隊から回収された懐中時計を扱ったことがあるが、腐食がひどくてケースを開けることもできない。北極では1日で錆び始め、1か月でがらくたになる」と語っている。
出航時の受領書に名前がない
帳簿でアーノルド294の「喪失」の直前にある記録は、1837年6月にウィッカム中佐のビーグル号へ渡されたというものだった。一方、1845年5月10日に天文台からエレバス号へ渡されたクロノメーター9台の受領書が残っているが、アーノルド294はそこに無い。ベッツ氏は、すでに船にあった可能性やあとから積まれた可能性までは否定できないとしている。
ビーグル号とエレバス号をつなぐ士官
1837年から1843年にかけて、ビーグル号はオーストラリアの測量航海に出ていた。フランクリン探検史の研究者ラッセル・ポッター氏は、この航海の士官にグレアム・ゴアがいたことを見つけた。ゴアはのちにエレバス号の士官として探検隊に加わり、北極で命を落とした。別のクロノメーター「フレンチ4214」も、かつてビーグル号に積まれたあとエレバス号に渡っている(こちらは1845年の受領書に載っている)。
主な仮説
仮説1:北極から誰かが持ち帰った
捜索隊の誰か、あるいは現地のイヌイットから手に入れた誰かが持ち帰り、出どころを隠すために名前を潰した、という説。いちばん分かりやすいが、時計の状態が合わない。ポッター氏は、箱に入ったままテントの中などにあれば、寒さと乾燥でしばらくは持ちこたえた可能性もあると述べているが、何年も北極にあったものがほとんど無傷というのは考えにくい。捜索隊が船舶用クロノメーターを回収したという記録も無い。
仮説2:グリーンランドで下船した者が持ち出した
探検隊は北極に入る前、グリーンランドのディスコ湾に寄り、そこで5人が船を降りて英国に帰された。そのうちエレバス号の乗組員は、武器の手入れを受け持つ鍛冶役のトーマス・バート1人だけだった。金属を扱う腕があれば名前を潰すこともできた、という見方がある。ただ、クロノメーターは船でもっとも厳重に扱われた道具で、盗まれればすぐ気づかれる。ディスコ湾から家族に送られた乗組員たちの手紙にも、時計がなくなったという話は一つも出てこない。
仮説3:そもそもエレバス号には積まれていなかった
帳簿の「喪失」の一行以外に、アーノルド294がエレバス号に乗っていたことを示すものは見つかっていない。ポッター氏は、謎は1845年ではなく1886年に起きたのかもしれないと書いている。所在の分からない時計を、誰かが「きっとエレバス号と一緒に沈んだのだろう」と帳簿に書いた。その前にどこかで盗まれていたとしても、北極で失われたことになれば誰も探さない。
仮説4:置き時計への改造は、盗みを隠すためではなかった
ベッツ氏は2009年の取材では、改造の目的はアーノルド294を見分けられなくするためとしか考えられないと語っていた。しかし同じ年、ポッター氏のブログに寄せた補足では、「レイノルズ・アンド・サン」は19世紀半ばのロンドンに実在した会社かもしれず、置き時計への改造も1900年ごろの作業で、隠蔽とは関係ないだろうと述べている。ただし、文字盤の「Ar」を変えて文字を足すだけで済む名前だった点は、偶然にしては都合がよすぎるとも付け加えている。
海外の反応
1. 謎の名無しさん
いいまとめ。古い記録を額面どおり信じる怖さがよく分かる。博物館で衣装の来歴を調べる仕事をしてたけど、100年前に誰かがうろ覚えで台帳に書いた一文が、「書いてあるから」という理由だけで事実扱いされる場面をしょっちゅう見た。しかも有名人や面白い話と結びついてると、なおさら疑われない。今回だって証拠は40年後に書かれた一行だけだよね。
2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
図書館で働いてたから、天文台でこんな会話があったとしても全然驚かない。「アーノルド294が棚にないんだけど、貸し出しの記録もない。知らない?」「294?エレバス号に積んでいったやつじゃなかったっけ」「……じゃあ戻ってこないな。帳簿直しとくわ」。パソコンの時代になっても、こういうことは本当によく起きる。
3. 謎の名無しさん
天文台の誰かが、40年も行方不明だったことにようやく気づいて、帰ってこなかった探検隊のせいにして帳尻を合わせたんじゃないかな。確かめようのない相手に押し付けるのがいちばん楽だもんな。
4. 謎の名無しさん
ビーグル号の1837〜43年のオーストラリア測量航海を調べてたら、当時タスマニアの総督だったのがジョン・フランクリン本人で、測量用の小型船まで貸してたらしい。誰かが「フランクリンの航海で行方不明」と聞いて、悲劇の北西航路探検のほうだと思い込んだんじゃないか。月曜の朝5時に航海用の時計を調べることになるとは思わなかった。
5. 謎の名無しさん(>>4への返信)
貸し出されたまま、何かの事情で返ってこなかった。記録係も書き忘れた。何年もたって天文台がないことに気づき、エレバス号の名前と結びつけて北極で失われたことにした。その間に型落ちになった時計を、器用な誰かが置き時計に仕立て直した。自分はこの流れだと思う。
6. 謎の名無しさん
アメリカのネットだと、手放したくない物を「ボート事故で全部湖に沈みました」と言い張るのが定番のジョークなんだけど、まさに元祖「ボート事故で失くしました」だな。相手が北極の氷の海なら、もう誰も確かめに行けない。
7. 謎の名無しさん(>>6への返信)
分かる人には分かるやつ。海の底は何でも黙って引き受けてくれる、いちばん便利な倉庫だからな。
8. 謎の名無しさん
いちばん筋が通るのは、エレバス号には一度も乗ってなかったって説だと思う。ゴアがビーグル号の航海用に借り出して、何かの理由で返さなかった。本人が失くしたのか、盗まれたのか、別の船に回したのか。で、1886年ごろの棚卸しで誰かが記録を見て、「最後に借りたのはエレバス号で死んだ人か。じゃあ一緒に沈んだんだろう」と書いた。
9. 謎の名無しさん(>>8への返信)
自分もそれがいちばんしっくりくる。ビーグル号の周りの誰かが持ち出して売り払い、棚卸しで欠けに気づいた天文台の誰かが、面倒を避けるためにそれらしい一行を書いて片付けた。どこにでもある話だよ。
10. 謎の名無しさん
100年前の人間も嘘をつくってこと、みんな案外忘れてるよね。軍人や学者は几帳面で正確だと思われがちだけど、実際はただの人間。記憶違いもするし、物も失くすし、怒られたくなくてごまかすし、話をよく聞いてなくて間違ったことを書く。
11. 謎の名無しさん
うちの町の1821年の案内書に、ある教会が「ルーベンスの壁画で飾られた美しい内装」って紹介されてる。実際は信者が献金を渋ったせいで内装は未完成のままだった。州になったばかりで見栄を張りたかったんだろうね。誰も確かめに来ないと思って書いたんだ。おかげでその本の何もかもが信用できないのに、いまだにいちばん詳しい資料なんだよ。
12. 謎の名無しさん
ビーグル号か天文台そのものから盗まれて、誰かが「海で失くした」ことにして足跡を消したんだと思う。盗み方としては天才的。自分なら、オークションに出る前の持ち主を順にさかのぼるね。1880年代なんてそこまで昔じゃないし、天文台か船の関係者のひ孫あたりに行き着くんじゃないかな。
13. 謎の名無しさん(>>12への返信)
そうなんだよな。自分には「誰がやったか」以外はあんまり謎に思えない。盗んで記録をいじったか、盗まれたあとで、気づかなかった責任を逃れるために「船に積んでた」ことにしたか。流れ自体ははっきりしてる。
14. 謎の名無しさん
エレバス号とテラー号は、フランクリン隊の前に、ジェームズ・クラーク・ロスの南極探検(1839〜43年)にも使われてる。そっちは無事に帰ってきた。294がロスの航海に積まれて、そこで「失くなった」のを、1886年の記入者がフランクリン隊のことだと思い込んだ可能性はないかな。
15. 謎の名無しさん(>>14への返信)
それはブログの議論でも出てたけど、帳簿では1837年6月にビーグル号へ渡ったのが294の最後の記録で、ビーグル号は1843年まで帰ってきてない。ロスの航海とほぼ同じ時期に地球の反対側にいたわけだから、ロス隊に乗ってた線はかなり薄いと思う。
16. 謎の名無しさん
もし294が積まれてなかったなら、フランクリン隊はどのクロノメーターを持っていったんだろう。フレンチ4214は乗ってたって話だし、こういう大事な計器は何台も積むのが普通なんだろうね。素人だけど、1台が狂っても他と見比べられるようにしておくはず。
17. 謎の名無しさん
ベトナム戦争のころ、補給担当は帳簿上にしか存在しない物資に頭を抱えてたって話を聞いたことがある。なくなったとは言えない予備部品なんかを、ヘリが撃墜されると積荷の一覧にこっそり書き足して処分したらしい。真偽はともかく、「戻ってこない船」が帳尻合わせに使われるのは昔からなんだと思う。
18. 謎の名無しさん
自分の推理。ビーグル号と北極探検隊は人も装備も一部重なってたから、北極行きの予定者に装備を預けたことがあったんじゃないか。その人が出発のときに持っていき忘れたか、結局本人が北極に行かなかったか。294は誰かの家の棚で静かに眠ってたのかもしれない。
19. 謎の名無しさん
素朴な疑問なんだけど、クロノメーターが1台足りなかったせいで、船が位置を見失って遭難したって可能性はないの?
20. 謎の名無しさん(>>19への返信)
それはない。船は迷ったんじゃなくて、海に張った氷に閉じ込められて動けなくなった。乗組員は船を捨てて歩き出し、船が沈んだのはそのずっと後。位置が分かっていても、通れる海がなかったんだよ。
21. 謎の名無しさん
フランクリン隊の死因は鉛中毒ってよく言われるけど、最近はそこまで有力じゃないらしい。確かに遺体から高い鉛の値は出てるけど、ビクトリア朝の英国人がふだんからどれくらい鉛を取り込んでたのか分からない。寒さと飢えと病気のほうがずっと大きかったって見方が強いみたい。
22. 謎の名無しさん(>>21への返信)
でも捨てられた缶詰に、はんだがべったり付いてたって話もあるし、一因だった可能性までは消えないでしょ。それに、作りの悪い缶詰ならボツリヌス菌のほうがずっと早く命を奪いそう。
23. 謎の名無しさん
クロノメーターがどれだけ大事だったかというと、航海は何か月も続くのに、振り子時計は条件がよくても1日10秒くらい狂う。クロノメーターが5分ずれたら、赤道付近だと位置が75海里(約140キロ)もずれる計算になる。そりゃ天文台で1台ずつ管理するわけだ。
24. 謎の名無しさん(>>23への返信)
仕組み自体は普通の時計と同じで、とにかく正確なだけ。船の時計はいつもグリニッジ時刻に合わせてあって、太陽が真南に来た瞬間に時計を見る。それがグリニッジの午後4時なら、グリニッジより西に経度60度のところにいると分かる。
25. 謎の名無しさん(>>24への返信)
経度を正確に測る方法を見つけるのは、18世紀の国家プロジェクトみたいなものだった。英国政府が莫大な賞金をかけて、ジョン・ハリソンって時計職人がほぼ一生をかけて取り組んだ。デーヴァ・ソベルの『経度への挑戦』に詳しく書いてあるから、興味があればぜひ。
26. 謎の名無しさん
フランクリン隊を題材にしたダン・シモンズの小説『ザ・テラー』がすごく好きなんだけど、この時計の話を知ってまた読み返したくなった。ドラマ版も、超常的な味付けはあるけど、当時の人物や出来事の描き方はかなり史実に忠実だよ。
27. 謎の名無しさん
博物館のサイトに帳簿の写真が載ってて、よく見ると1875年12月の水路部長の手紙と一覧に触れたメモがあるように読める。1886年に「喪失」と書いた根拠がそこにあるのかもしれない。その書類をぜひ見てみたい。
28. 謎の名無しさん(>>27への返信)
それが出てきたら一気に進みそう。誰かが「エレバス号の分」として一覧を作って、そこに294が紛れ込んでたなら、1886年の記入者はそれを写しただけってことになるしね。
29. 謎の名無しさん
みんな「北極には行ってない」で決まりみたいに言うけど、自分はまだ捨てきれない。北極は寒いだけじゃなくてものすごく乾燥してる。木箱に入れたままテントや雪の小屋の中にあれば、案外きれいに残ることもあるんじゃないか。それを見つけた誰かが価値に気づいて、出どころを隠して売ったのかもしれない。
30. 謎の名無しさん(>>29への返信)
ロマンは分かるけど、見つけたのが現地の人なら、真鍮や木は貴重な材料だから分解して道具にしちゃうと思う。捜索隊が持ち帰った懐中時計はケースも開かないほど錆びてたわけで、そこまで運よく無傷っていうのはやっぱり無理がある気がする。
未解決の謎
アーノルド294の謎は、時計そのものより、帳簿の一行のほうにあるのかもしれない。北極で失われたはずの時計が無傷で戻ってきた、と聞くと、氷の海から持ち帰った誰かの姿を想像したくなる。しかし、時計に水や氷の傷みは無く、出航時の受領書にもその名は無い。エレバス号に乗っていたことを示すのは、40年以上たってから書かれた「喪失」の一行だけだ。
ビーグル号とエレバス号をつなぐグレアム・ゴアという士官の存在は、この時計が北極行きの船に渡った道筋を説明できるかもしれない。だがゴアは北極で命を落とし、何も語らない。もし時計が本当にエレバス号に積まれていたなら、出航前後の誰が、どうやって持ち出したのか。積まれていなかったなら、1886年の記入者は何を根拠に「エレバス号とともに」と書いたのか。どちらの道をたどっても、肝心のところで記録が途切れる。
名前を潰して置き時計に作り替えたのが盗品を隠すためだったのか、ただの古道具の再利用だったのかも、はっきりしない。分かっているのは、時計が最後は自分を貸し出した建物に戻ってきたことだけである。129人とともに消えた探検隊には、いまも答えの出ない問いが数多く残っている。この小さな時計もその一つで、帳簿の空白は今も埋まっていない。
出典:r/UnresolvedMysteries 元スレ / The Guardian(2009年5月20日) / Royal Museums Greenwich 所蔵品ページ / Visions of the North(ラッセル・ポッター)


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