「赤ん坊のロック・エイプだった」ベトナムの密林で米兵が語った“岩を投げる大猿”は何者か

「赤ん坊のロック・エイプだった」ベトナムの密林で米兵が語った“岩を投げる大猿”は何者か 都市伝説・陰謀

ベトナム戦争のさなか、ジャングルの奥へ送り込まれた米兵(GI)の間で、ある生き物の話がささやかれていた。二本足で立つと人の背丈ほどもある、赤茶色の毛に覆われた大きな猿のような生き物が群れで現れ、岩を投げつけてくる。兵士たちはそれを「ロック・エイプ(岩の猿)」と呼んだ。

当時の米国は南ベトナム政府を支えるため、多いときで50万人を超える兵士を送り込んでいた。徴兵された若者も多く、相手は北ベトナム軍と南ベトナム解放民族戦線※。正体は猿なのか、敵兵なのか、それとも戦場が生んだ幻なのか。2022年10月にr/UnresolvedMysteriesに立ったスレを紹介する。

※ 南ベトナム解放民族戦線:南ベトナム政府と米国に対抗して戦った武装組織。米軍や南ベトナム政府の側は「ベトコン」と呼んだ。

事件の概要

🗓️ 時期:1960年代〜1970年代前半(ベトナム戦争中)

🌫️ 場所:ベトナムのジャングルや山岳地帯。中部の港町ダナンに近いソンチャー半島(米兵の通称「モンキー・マウンテン」)など

👤 目撃者:米海兵隊員や陸軍の偵察兵など。北ベトナム側の兵士も見たと語られている

🔍 状況:赤茶色の毛に覆われた類人猿のような生き物が群れで現れ、岩を投げつけてきたという証言が相次いだ

🕯️ 現状:死骸・骨・写真といった物証はなく、正体は分かっていない

元スレの書き手がまとめた目撃談によると、ロック・エイプは二本足で立つと1.2〜2.1メートルほど。筋肉質のがっしりした体で腹が突き出し、足・膝・手・顔をのぞく全身が暗い赤茶色の毛に覆われていた。そして攻撃的だった。名前の由来は、出くわした兵士に岩を投げつけてくることで、140〜180キロもある大岩だったという話まである。人を恐れず、森の中を音もなく動くので、気づいたときには目の前にいた、とも語られる。

ベトナムの側にも、毛深い大きな生き物の言い伝えは戦争の前からあったとされ、「ングォイ・ズン(người rừng、森の人)」などと呼ばれる。北ベトナム軍や解放戦線の兵士も見たと語られているが、この生き物がいたことを歴史家や科学者が裏づけたことは一度もない。

判明している事実

「赤ん坊のロック・エイプだった」元海兵隊員の証言
元スレが引用したのは、元海兵隊伍長のアルフォンソ・ビジャレアルさんが2017年、テキサス州の地元紙に語った話だ。ビジャレアルさんたちが見ていると、大きなメディシンボール(運動用の重いボール)のようなものが谷間を近づいてきて、銃口の目の前まで来た。海兵隊員の1人が軽くつつくと、それは叫び声を上げ、腕を振り回して逃げていった。「赤ん坊のロック・エイプだった」。直後、切り立った谷の上から、140〜180キロはありそうな大岩が降ってきた。やがて大人のロック・エイプたちが小道を下りてきたが、ひるむ様子はなかった。「ゴリラみたいだった」「撃つしかなかった。17頭くらいいたと思う」。牙は10〜13センチもあったという。倒れた中に、あの小さな1頭の姿はなかった。

偵察チームが見た「毛に覆われ、二本足で立つ生き物」
陸軍の長距離偵察パトロール※にいた元兵士で作家のクレッグ・ジョーゲンソンさんも、2001年の著書『Very Crazy, G.I.!』(邦訳なし)に、山岳地帯のジャングルでの出来事を書いている。6人のチームの前に、全身が毛に覆われ、二本足で立つ生き物が現れた。背丈は少なくとも150センチ、肩幅が広く、腕は長くて筋肉質。しばらくチームの様子をうかがってから去っていったという。隊員の1人は「ロック・エイプだ」と言ったが、正体についてはチームの中でも意見が分かれた。

※ 長距離偵察パトロール:少人数で敵地の奥深くに入り、何日も身を潜めて敵の動きを探る部隊。頭文字から「LRRP」と呼ばれた。

「モンキー・マウンテン」と呼ばれた半島
目撃がとくに多かったとされるのが、ダナンの近くにあるソンチャー半島の山だ。米兵はここを「モンキー・マウンテン(猿の山)」と呼び、山頂にレーダー施設を置いていた。元スレの書き手は、目撃があまりに多かったのでこの名が付いたとする。ただ、この半島はもともとサルの多い山で、今も絶滅のおそれがあるアカアシドゥクラングールというサルが暮らしている。ベトナム航空の旅行案内は、サルの多さを名前の由来に挙げている。

ベトナム側でも探索が行われたと伝わるが、記録は確かめられない
英語圏の紹介記事やUMA※を扱うサイトには、ベトナムの大学の研究者が森で人に似た大きな足跡の型を取った(1970年とも1982年とも)、著名な動物学者が調査した、といった話が繰り返し出てくる。元スレの書き手も、1974年に北ベトナム側の将軍のもとで、生け捕りを目指す探索隊が出されたと書いている。ただ、どれも出どころは紹介記事に限られ、ベトナム側の公的な記録や論文では確かめられなかった。

※ UMA:目撃談はあるが、存在が科学的に確かめられていない未確認動物を指す和製英語。

死骸も骨も写真も残っていない
撃った、仕留めたという話は何度も出てくるのに、死骸や骨、毛皮や牙は一つも残っていない。戦地には大勢の記者やカメラマンがいて、カメラを持ち歩く兵士も多かったが、はっきり写した写真もない。元スレが立った2022年から2026年10月までにも、存在が学術的に確かめられたという報告は見当たらない。

主な仮説

仮説1:既知のサルの見間違い

元スレの書き手によれば、当初、指揮官たちはオランウータンの見間違いだと片づけたという。だが、ベトナム北部の洞窟から化石こそ出ているものの、東南アジア大陸部のオランウータンははるか昔に姿を消しており、戦争当時のベトナムにはいなかった。そもそも単独で暮らす動物なので、群れで現れたという証言とも合わない。ベトナムの森に今もいるキタホオジロテナガザルは群れで暮らす小型の類人猿だが、大人でも体重は7〜8キロほど。マカク(ニホンザルの仲間)やラングールも、人の背丈にはとても届かない。

仮説2:戦場の極限状態が生んだ幻と伝説

睡眠不足、絶え間ない緊張、仲間を失う恐怖。当時の米兵の間でマリファナなどの薬物が広まっていたこともよく知られている。暗い密林でサルの姿や物音に出くわせば、恐怖がその姿を大きく見せる。そこに地元の「森の人」の言い伝えが加わり、新しく来た部隊へ語り継がれるうちに話が膨らんだ、という見方だ。ただ、至近距離で見た、群れで襲われたという具体的な証言の多さや、ベトナム側の兵士も見たと語られていることは、この説だけでは説明しきれない。

仮説3:偽装した敵兵、あるいは心理作戦

解放戦線の兵士は、草木で全身を覆う偽装や仕掛け罠に長けていた。夜の密林で、葉や枝をまとった兵士が飛び出してきたり、罠で石が飛んできたりすれば、毛むくじゃらの大猿に見えたかもしれない。コメント欄には、現地の人が恐れる言い伝えを利用して米軍が目撃談を広めた心理作戦では、という声もあったが、裏づけになる記録は示されていない。また、ロック・エイプは解放戦線の兵士も襲ったと語られ、北ベトナム側が探索隊を出したという話が本当なら、正体が自分たちの兵士だったとは考えにくい。逆に「動物を捕まえるのに、なぜ学者や猟師でなく将軍を送るのか。探索そのものが目くらましでは」と疑うコメントもあった。

仮説4:学界が知らない大型の霊長類がいた

ベトナムの森は、大型の動物でも人目に触れずにいられるほど深い。1992年には、ラオス国境に近いヴークアンの森で、ベトナム林業省と世界自然保護基金(WWF)の調査チームが、未知のウシの仲間「サオラ」を見つけた。大型哺乳類の新種は50年以上ぶりと言われ、1994年には同じ山地でオオツノホエジカという大型のシカも報告されている。人を避けて暮らす大型の霊長類がいてもおかしくない、という考え方だ。ただ、サオラは地元の猟師が持っていた頭骨から見つかった。ロック・エイプには、そうした骨も毛皮も一つもない。いたとしても、すでに絶滅したのではという見方もある。

海外の反応

1. 謎の名無しさん
うちのおじはベトナム帰りで、ときどきロック・エイプの話をしてくれた。帰国して何十年たっても本気で怖がってたよ。ベトコンの話は平気でするのに、ロック・エイプのことだけはビールが何本か入らないと口にしなかったし、話しながら明らかにおびえてた。まあ、向こうにいた知り合いはもう1人しかいなくて、その人は一度もそんな話をしなかったけどね。

2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
うちの父は69年から70年まで向こうにいた。聞いてみたけど、そんな話は聞いたこともないってさ。でも面白い話だね。

3. 謎の名無しさん(>>1への返信)
素朴な疑問なんだけど、なんで敵兵より猿のほうが怖かったんだろう。撃ち合ってる相手のほうがよっぽど危ないと思うんだけど。

4. 謎の名無しさん(>>3への返信)
敵は怖くても、少なくとも人間だから何をしてくるかは想像がつく。正体の分からないものが暗闇からこっちを見てるほうが、理屈抜きで怖いんじゃないかな。しかも、誰に話しても信じてもらえない。

5. 謎の名無しさん
あれは心理作戦だったんだと思う。アメリカ兵はロック・エイプなんて信じてなかったけど、現地の人たちは本気で怖がってた。だから「目撃談」をわざと広めて、ベトコンをジャングルから追い出そうとしたんじゃないか。要するにベトナム版のビッグフットだよ。

6. 謎の名無しさん(>>5への返信)
筋の通った説だと思う。それと、怖くてたまらない若い兵士が心に深い傷を負って、しかもたぶん相当ハイになってた、っていうのも十分ありえる説だよな。

7. 謎の名無しさん
草や葉っぱで全身を覆った手作りのギリースーツ※の敵兵が群れで襲ってきたら、そりゃでっかい猿に見えるだろ。ベトコンは偽装がとにかくうまかったっていうし。

※ ギリースーツ:細く裂いた布や草木を全身に付けて、茂みに溶け込むようにした迷彩服。

8. 謎の名無しさん(>>7への返信)
茂みが急に動いてしゃべり出したら、どんなに肝の据わった兵士でも腰を抜かすわ。

9. 謎の名無しさん
正直、最初に思ったのは作り話だろうってこと。ベトコンは仕掛け罠をたくさん使ってたし、草木で全身を偽装してた。酒や薬でハイになった何人かが、罠が作動して石が飛んできた瞬間に、偽装した兵士が逃げていくのを見た、くらいのことは十分ありうる。ただ、人間に縄張りを荒らされて怒った未知のサルがいた可能性も、捨てきれないとは思う。

10. 謎の名無しさん(>>9への返信)
でも、もし正体がベトコンだったなら、なんでそのベトコンまで襲われたって話になってるんだ? そこが説明つかないよ。

11. 謎の名無しさん
どこかのサイトで読んだ話なんだけど、米兵の一団がたこつぼ壕にこもって激しい撃ち合いをしてたら、裸の小柄な人間か猿みたいな群れが、おびえてジャングルから飛び出してきて壕に飛び込んできたらしい。兵士たちは応戦で手一杯だったけど、撃ち合いが終わったときには、もうどこにもいなかったって。出どころを知ってる人がいたら教えてほしい。

12. 謎の名無しさん(>>11への返信)
ベトナムじゃなくてインドネシアの話だけど、それで思い出した。フローレス島には「エブ・ゴゴ」っていう小さくて毛深い人の言い伝えがあって、同じ島からは身長1メートルほどの小柄な人類、ホモ・フローレシエンシスの骨が本当に見つかってるんだよ。

13. 謎の名無しさん
1週間、1日1〜2時間しか寝ずに藪の中を歩き続けたことある? いろんなものが見えてくるぞ。自分は体高3メートルの真っ白なヘラジカを見たことがあるし、アニメのキャラクターが目の前を走り回るのを見たこともある。寝不足の幻覚はバカにできないよ。

14. 謎の名無しさん
うちの父は、韓国に駐留してたときに3頭見たって、命にかけて本当だと言ってた。何でもすぐ信じるような人じゃないのに。家族みたいな群れで、1頭は子どもみたいに小さかったって。二本足で歩く黒っぽい猿なのに、身ぶりがやけに人間っぽかったそうだ。気候は違っても、人里離れた深い森って点は同じだし、どこかでつながってたりしないかな。

15. 謎の名無しさん
薬の話がよく出るけど、ベトナム帰りの元近所のおじさんに言われたことが忘れられない。「故郷から遠く離れたジャングルで、薬でハイになったまま、いつ殺されてもおかしくないってのがどういうことか分かるか」って。ひどい幻覚で叫びながら走り回る仲間も大勢いたらしい。

16. 謎の名無しさん
寝不足とトラウマは、長い時間をかけて人をおかしくする。言い伝えも同じで、米兵は自分たちからその話にはまり込んで、新しく来た部隊にまた語り継いでいった。そうやって、次の目撃の下地が少しずつできていったんだと思う。

17. 謎の名無しさん
一度の遭遇で17頭も撃ったのに、死骸を1体も基地に持ち帰らなかったの? 骨も毛皮も、証拠が何ひとつ残ってない? さすがに疑わしいね。

18. 謎の名無しさん(>>17への返信)
ただでさえ重い装備を背負って戦争してる兵士たちが、140キロ近い死骸をどうやって前線の基地まで運ぶんだよ。

19. 謎の名無しさん
一番筋が通るのは、戦争を体験した兵士の多くがトラウマを抱えていたって説明だと思う。それが幻覚や悪夢、実際にあるものの見え方のゆがみとして出ることもある。そこに本物のサルの目撃、仲間内のうわさ、敵兵の偽装、地元の言い伝えが重なれば、こういう話になってもおかしくない。ただ、本当にそんなにたくさんいたなら、もっと物証が残ってるはずだ。

20. 謎の名無しさん(>>19への返信)
戦争には、だいたいこの手の超常的な話がくっついてくるよね。第一次大戦の「モンスの天使」※とか、ガリポリで部隊が丸ごと雲の中に消えた話とか、フィラデルフィア実験とか。モンスの天使なんて、もとは新聞に載った短編小説が本当の話として広まったって言われてる。戦争の心の傷に耐えるための、一種の対処法なんだと思う。

※ モンスの天使:1914年、ベルギーのモンスの戦いで退却する英軍を天使が守ったという伝説。作家アーサー・マッケンが同じ年に新聞に発表した短編小説『弓兵』が、広まるきっかけになったとされる。

21. 謎の名無しさん
どの大陸にも、名前が違うだけのビッグフットがいるよね。ヒマラヤにはイエティがいて、1951年には探検家のエリック・シプトンが雪の上の大きな足跡を写真に撮ってる。日本でも、ちょうどベトナム戦争の最中の1970年に、広島の比婆山のあたりで「ヒバゴン」が目撃されて、町役場に「類人猿係」までできた。何年かで目撃がぱったり止んだところも、どこか似てる。

22. 謎の名無しさん
自分は現実派で、一番分かりやすい答えがたいてい正解だと思ってる。科学者が知らなかった種や、絶滅したと思われてた種が「見つかる」のは珍しくない。深い森が広がるベトナムならなおさらだ。ゴリラにだって牙はあるし、大きいオスは立ち上がれば180センチ近く、体重も140キロを優に超える。目撃者が語ってるのは要するに大きなゴリラみたいな生き物で、そこまで突飛な話じゃない。だから自分は信じる。

23. 謎の名無しさん(>>22への返信)
ロック・エイプが実在するってのが「一番分かりやすい答え」だとは思わないな。一番分かりやすいのは、目撃談が作り話だってことだろ。あれだけ大勢の兵士がいたのに、写真1枚、毛皮のひと切れ、牙1本すら誰も持ち帰らなかったなんてありえない。

24. 謎の名無しさん(>>22への返信)
ベトナムに何年か住んでたけど、未知の種がいても全然驚かない。昔は手つかずの熱帯林がもっとあったし、この地域には変わった生き物も多い。個人的に好きなのはベトナムコケガエル。ロック・エイプもかつては本当にいて、今はもう全滅してしまったんじゃないかな。

25. 謎の名無しさん
ベトナムには新聞やテレビの記者が大勢いたし、米軍の星条旗新聞の記者もいて、兵士も自分のカメラを持ってた。なのに写真が1枚もない。オランウータンか何かの見間違いが語られるたびに盛られていったのと、何日も眠れずに気を張ってた状態が生んだ集団ヒステリーが重なったんだと思う。

26. 謎の名無しさん(>>25への返信)
でも、暗闇で、しかも不意に襲われてる最中に見たんだとしたら、写真なんて撮れないだろ。カメラを構える前に、逃げるか撃つかしてるよ。

27. 謎の名無しさん
うちの父もベトナムにいたけど、アメリカの戦争より前の話。フランスがまだここを植民地にしてたころで、1953年にフランス軍の一員としてインドシナにいたんだ。父自身は見てないけど、仲間は実際に見たらしい。人間みたいにふるまう、ものすごく凶暴な猿がジャングルにいるって話を何度も聞いたそうだ。

28. 謎の名無しさん
自分はモン族※なんだけど、親や祖父母、当時ベトナムにいた親戚はみんな、背の高いビッグフットみたいな生き物の話をしてた。ジャングルで何かが動いてただけかもしれないけど、ベトナムやラオスの決まった地域にビッグフットか大きな霊みたいなものが住んでるって言い伝えがあって、夜はある山に近づくなと言われてたそうだ。アメリカ兵も同じものを見てたかもしれないなんて驚きだよ。

※ モン族:ベトナム北部やラオスなどの山地に暮らしてきた民族。ベトナム戦争のあと、アメリカに移り住んだ人も多い。

29. 謎の名無しさん
かわいそうなロック・エイプ。人間が戦争で滅ぼしちゃったなんて思いたくないな。まだどこかに何頭か生き残っててほしい。この世界にもう一種類、類人猿がいたら、すごく面白いのに。

30. 謎の名無しさん
自分は懐疑派だけど、ベトナム帰りのおじさんたちが何十年もおびえてたって話は本物だと思う。正体が猿でも敵兵でも幻覚でも、あのジャングルで何かを見て、心の底から怖い思いをしたことは変わらない。そこを笑い飛ばす気にはなれないな。

未解決の謎

ロック・エイプの話が不思議なのは、証言の多さと現物のなさの落差だ。海兵隊員や偵察兵の証言に加え、コメント欄にはフランス軍の元兵士やモン族の家族から伝え聞いた話まで並んだ。時代も立場も違う人々が、よく似た生き物を語っている。それなのに、撃ったという話が何度も出てくる生き物の骨は1本も残らず、記者が大勢いた戦争で写真1枚撮られていない。

見間違い、幻覚、敵兵の偽装、地元の言い伝え。どの説も目撃の一部はうまく説明できるが、一つですべてを片づけるのは難しい。いくつもの要因が重なり、兵士から兵士へ語り継がれるうちに、一つの「生き物」の形になっていったのかもしれない。一方で、サオラのように、ベトナムの森が大きな秘密を隠していた例もある。

戦争が終わると、ジャングルの奥へ分け入る人は減り、目撃談も途絶えていった。森の一部は切り開かれ、今も不発弾が残る土地もある。もし本当にいたのだとしても、確かめる機会はもう来ないのかもしれない。

それでも確かなのは、何十年たっても酒が入らないとこの話をしなかった元兵士がいたように、あのジャングルで何かを見て、心底おびえた兵士たちがいたことだ。その「何か」の正体は、戦争から半世紀がたった今も分かっていない。

出典:r/UnresolvedMysteries 元スレ / 参考:Refugio County Press(2017年)、War History Online、Historic Mysteries、South China Morning Post、ベトナム航空 旅行案内、英語版ウィキペディア「Saola」、庄原市

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