「絵画は死んだ、ここにあるのは生そのものだ」レンズの像に驚いた時代、フェルメールは道具で描いたのか

「絵画は死んだ、ここにあるのは生そのものだ」レンズの像に驚いた時代、フェルメールは道具で描いたのか 未解決事件

窓から差しこむやわらかな光、壁に落ちる淡い影、パンの表面できらめく小さな光の粒。17世紀オランダの画家ヨハネス・フェルメールの絵は、写真の発明より150年以上前のものとは思えないほど「写真っぽい」。『真珠の耳飾りの少女』や『牛乳を注ぐ女』の前で、そう感じた人も多いはずだ。

この精密さは、レンズや鏡の助けを借りたものではないのか。画家デイヴィッド・ホックニーは2001年の著書で、ヨーロッパの巨匠たちは光学機器を使っていたと唱え、発明家のティム・ジェニソンは、鏡を使ってフェルメールの絵を自分の手で再現してみせた。美術史家と光学の研究者を巻き込んだ論争は、いまも決着していない。2021年12月、r/UnresolvedMysteries に「美術史最大の秘密かもしれない」と題したスレッドが立ち、282件のコメントが付いた。

事件の概要

🗓️ 時代:1650年代〜1675年(1632年10月31日に洗礼、1675年12月15日に43歳で死去)

🌫️ 場所:オランダ・デルフト。作品はいま、アムステルダム、ハーグ、ドレスデンなど各地の美術館にある

👤 人物:ヨハネス・フェルメール。師匠は不明。本人の作と広く認められている絵は34点(数え方によっては37点)

🔍 謎:写真のような光と細部を、カメラ・オブスクラ※やレンズ、鏡を使って描いたのか、目と手だけで描いたのか

🕯️ 現状:死後の財産目録に光学機器はなく、使ったという記録もない。研究者のあいだでも見方は割れたまま

※ カメラ・オブスクラ:ラテン語で「暗い部屋」。暗くした部屋や箱に小さな穴やレンズを付けると、反対側の面に外の景色が上下逆さまに映る。写真機の祖先にあたり、17世紀にはすでに知られていた。

元スレの書き手によれば、17世紀のバロック絵画では劇的で大げさな表現が好まれていた。ところが1650年ごろ、オランダの一部の画家が、悪魔に魂を売ったかのように、精密な細部と完璧な光を「ほとんど一夜にして」身につけたという。その筆頭に挙げられるのがフェルメールだ。

書き手が注目したのは、当時のオランダがレンズ磨きの先進地だったことだ。フェルメールと同じ1632年10月にデルフトで生まれたアントニ・ファン・レーウェンフックは、自作の顕微鏡で微生物を観察したことで知られる。1622年には、オランダの外交官コンスタンティン・ホイヘンスが、ロンドンで手に入れたカメラ・オブスクラに映る像を見て、「絵画は死んだ。ここにあるのは生そのものだ」と手紙に書き残している。

判明している事実

師匠も修業先も分かっていない
誕生日は分かっておらず、記録にあるのは1632年10月31日の洗礼からだ。1653年12月29日に画家の組合である聖ルカ組合に入ったが、それまで誰に習ったのかは記録がなく、独学だったとみる研究者もいる。本人の作と広く認められている絵は34点で、アムステルダム国立美術館は37点と数える。2022年にワシントンのナショナル・ギャラリーが所蔵の『フルートを持つ女』を「工房の作」に改めた一方、アムステルダム国立美術館は翌年これを本人の作として展示した。数え方そのものが揺れている。

財産目録に光学機器はない
フェルメールの死後に作られた財産目録には、イーゼル2台やパレット3枚などの画材が並ぶが、レンズや箱型の装置は記されていない。光学機器説へのいちばん強い反論がこれだ。1676年には、未亡人の破産した財産の管財人にレーウェンフックが任命された。この縁から「レンズの名人が身近にいた」と語られることも多いが、2人が生前に付き合っていたことを示す記録はない。

ピンぼけのような光の粒と、像の大きさの一致
『牛乳を注ぐ女』のパンや水差しには、明るい点がちりばめられている。ピントの合っていない像をレンズで映すと、明るい部分が丸くぼけて広がるが、それによく似ているという。建築学者フィリップ・ステッドマンは2001年の著書『フェルメールのカメラ』で、絵から部屋の間取りを割り出し、視点の位置にレンズを置いたと考えると、少なくとも6点で奥の壁に映る像の大きさがキャンバスとぴったり一致すると論じた。2023年には、アムステルダム国立美術館のグレゴール・ウェバーが、近所のイエズス会の神父が装置を持っていたとみられ、1656年の神父の死後にフェルメールの手に渡ったのかもしれないと唱えた。

下描きも描き直しも見つかっている
元スレの書き手は、X線で調べても下描きやなぞった跡は見つからない、と書いている。だが、その後の調査で見方は変わってきた。アムステルダム国立美術館は2022年、新しい画像解析で『牛乳を注ぐ女』の女性の頭の後ろに、黒い絵の具で描いてから塗りつぶした水差し掛けの下描きを見つけたと発表した。2025年には、フェルメール作とされる37点のうち30点に描き直しの跡があるとしている。消失点に小さな針穴が残る絵も少なくとも13点あり、ピンに糸を張り、チョークで遠近法の線を引いた跡と考えられている。

鏡で再現した発明家と、それへの反論
映像機器メーカーの創業者ティム・ジェニソンは、小さな鏡を斜めに置き、鏡に映った実物とキャンバスの色を見比べながら合わせていく「比較鏡」を考え出した。『音楽の稽古』に描かれた部屋を倉庫の中に実物大で作り、それまで絵筆を持ったことがなかったのに、約4か月かけて同じ絵を仕上げた。その挑戦は、奇術コンビ「ペン&テラー」のテラーが監督した映画『Tim’s Vermeer』(直訳すると『ティムのフェルメール』、2013年)になった。これに対し、画像科学者デイヴィッド・ストークら3人は2020年の論文で、この方法では円盤状の光の粒を説明できないなどとして、比較鏡を使った可能性は「きわめて低い」と結論づけた。

主な仮説

仮説1:カメラ・オブスクラの像を手がかりに描いた

レンズで壁や紙に映した像を手がかりに、構図や光を決めたという説。ピンぼけのような光の粒、像とキャンバスの大きさの一致、近所の神父の装置が根拠に挙がり、アムステルダム国立美術館も2023年の大回顧展でこの説を後押しした。反論は、財産目録に装置がないこと、映る像は暗くて逆さまなこと、『牛乳を注ぐ女』のように動作の途中の人物を何時間も映し続けるのは難しいこと。使ったとしても写せるのは輪郭や明暗の手がかりまでで、色を作って塗り重ねたのは本人の腕だ、という見方も根強い。

仮説2:鏡で実物と見比べながら色を合わせた

ジェニソンの説。絵の素人だった本人が、それらしい『音楽の稽古』を仕上げてみせたことが最大の根拠だ。ただ、前述の論文に加え、イギリスの美術評論家ジョナサン・ジョーンズは、仕上がった絵を「死産の模造品」と評した。1枚に何か月もかかること、動く人物には使えないことも弱点とされる。元スレの書き手は、映画そのものがやらせではないかと疑うブログ記事があることにも触れつつ、製作に加わったペン・ジレットはそれを否定していると書いている。

仮説3:光学機器は15世紀から使われていた(ホックニー=ファルコ説)

ホックニーは1999年、19世紀の画家アングルの小さな肖像素描の正確さに驚き、ヨーロッパ絵画の写実は1420〜30年ごろから、凹面鏡やレンズで像を映す技術に支えられてきたと考えた。物理学者チャールズ・ファルコとともに唱え、2001年の著書『秘密の知識』(原題 Secret Knowledge)にまとめた。ストークは、曲面の鏡やレンズで映した像に出るはずのゆがみが絵に見当たらないと反論した。美術史家の多くは、巨匠たちが「ずるをしていた」と言われたように受け取って反発した。

仮説4:道具ではなく、技術と観察の積み重ね

そもそも「急に写実的になった」という前提が違う、という立場。15世紀のファン・エイクや16世紀のホルバインの絵もすでに十分に写実的で、大きな転機は線遠近法と油絵の具の普及だったとみる。針穴は糸とチョークで遠近法を引いた跡、30点に残る描き直しは試行錯誤の跡と読める。20世紀には、贋作者ハン・ファン・メーヘレンの描いた「フェルメール」が専門家までだました。ただ、この立場でも、あの光の粒がどこから来たのかには答えきれていない。

海外の反応

1. 謎の名無しさん
ホックニーがこれをテーマに番組をやってて、同じやり方で実際に場面を描いてみせてたよ。昔の絵がだいたい決まった大きさになってる理由も、それで説明がつくって話だった。

2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
オーストラリアのタスマニアにあるMONA※って美術館に、この仕掛けを小さく組んだコーナーがあって、自分で試せたよ。ほかの来場者が描いたものも飾ってあった。

※ MONA:タスマニア州ホバートにある私設美術館。ジェニソンと組んだ展示で、来場者が鏡を使った描き方を試せるようにしていた。

3. 謎の名無しさん
ホックニーの『秘密の知識』は、2001年から03年にかけて美大の大学院にいたころ大流行してた。もうとっくに受け入れられた話だと思ってたよ。

4. 謎の名無しさん
美術史の修士で、昔フェルメールとカメラ・オブスクラで論文を書いた者だけど、使ってたのはほぼ通説だと思う。それらしい絵はどれも室内で、床のタイルみたいな格子がある。本当の謎は、『デルフトの眺望』みたいな大きな風景をどうやって描いたか、なんだよね。

5. 謎の名無しさん(>>4への返信)
通説なんかじゃないよ。死後の財産目録に光学機器はないし、絵の下には下描きの跡もある。グレーズ※を多用してるけど、あれはカメラ・オブスクラじゃ無理。箱の中で逆さまの像を写すんだから、なぞれるのは輪郭くらいで、そこは巨匠にとって難しい部分じゃない。

※ グレーズ:乾いた絵の具の上に、透明な絵の具を薄く塗り重ねる技法。下の色が透けて、深みのある色やつやが出る。

6. 謎の名無しさん
ちなみにスレ主が最初に貼ってる『窓辺で手紙を読む女』、奥の何もない壁に、もともと大きなキューピッドの絵が掛かってたことが分かったんだって。手紙が恋文だってほのめかしてたわけ。なんで塗りつぶしたのかは、はっきりしないらしい。

※ キューピッドは1979年のX線調査で見つかり、長く本人が消したと考えられてきたが、所蔵するドレスデン国立古典絵画館は2019年、上塗りは死後に別人が施したものだと発表し、修復で取り除いた。修復後の姿は2022年に東京都美術館で、所蔵館以外では初めて公開された。

7. 謎の名無しさん(>>6への返信)
修復後のを東京で見た。平日なのにすごい人だった。キューピッドがいると部屋の空気がまるで違って見えて、消えてたほうが好きだったって友達と軽く揉めたわ。

8. 謎の名無しさん
6歳のころ、虫眼鏡1枚で、向かいの家が自分の部屋の壁に逆さまに映ることに気づいた。なぞって絵にしようなんて考えもしなかったけど、フェルメールは6歳の俺よりずっと賢かったはず。

9. 謎の名無しさん
面白かった!でも鏡の仕組みがよく分からない。実物じゃなくて鏡を見ることに何の得があるの?鏡に絵の具を塗って色を合わせたってこと?下描きがないのも不思議だし、なんでその描き方をやめちゃったの?

10. 謎の名無しさん(>>9への返信)
スレ主です。自分でもこの方法を試してみて、うまくいったと思う。正直、白黒の肖像でしか試してないけどね。なんでやめたのかは、それ自体が謎の一部なんだ。ある地域の、ある時代の画家たちだけが知っていて、秘密にしてたのかもしれない。

11. 謎の名無しさん(>>9への返信)
鏡に映った像とキャンバスを見比べながら、像に合わせて塗っていくんだよ。番号どおりに色を塗る塗り絵みたいなもので、形の比率や色を目で推し量る手間が省ける。

12. 謎の名無しさん
たしかフェルメールのパトロンの1人がレンズ職人だったんだよね。どんな道具を手に入れられたのか、想像がふくらむ。

※ おそらく、フェルメールと同じ1632年10月にデルフトで生まれた顕微鏡のレーウェンフックのことだが、パトロンではない。死後に未亡人の財産の管財人を務めた記録はあるが、2人の生前の付き合いを示す記録は見つかっていない。

13. 謎の名無しさん
絵を描く人間として言うと、これは謎でも何でもない。「急に描き方が変わった」って前提が間違ってるから。ヨーロッパの絵は1200年代から少しずつ写実的になってきたし、大きな転機は1400年ごろの線遠近法と油絵の具の普及。今だって、鏡なしで写実的に描く人はいくらでもいるよ。

14. 謎の名無しさん(>>13への返信)
ドキュメンタリーを見ながら同じことを考えてた。今でもとんでもなく写実的に描く人はいるし、描いてるところを見ればいいだけ。謎なんて必要ない。

15. 謎の名無しさん
ティムの映画は面白いけど、フェルメールが鏡を使ったとは思えないな。ティムは1枚に何か月もかかってて実用的じゃないし、色を作るほうがよっぽど難しいのに、映画のティムはいつも正しい色を持ってる。動くものにも使えない。やらせだとは思わないけどね。

16. 謎の名無しさん
初めて見たときは完全に信じたけど、このスレをきっかけに調べ直して懐疑的になった。スミス=ケトルウェル眼科研究所とハーバードの科学史の研究者が関わった論文が、フェルメールが光学を使った証拠はあるとしつつ、ティムのような装置を使った可能性はきわめて低いと結論づけてるんだ。

17. 謎の名無しさん
マジシャンって、昔の心霊ブームのころからインチキを暴く側なんだよね。タネがあると分かったうえで楽しんでもらう商売だから、同じ手口で人をだますやつには厳しい。ペン&テラー※が手の込んだ悪ふざけを仕掛けたとは思えない。

※ ペン&テラー:米ラスベガスを拠点にする奇術コンビ。インチキや疑似科学を検証するテレビ番組でも知られる。

18. 謎の名無しさん(>>17への返信)
映画ができたころ、ペン・ジレットのポッドキャストを聞いてたけど、あれが演技なら史上最高の名演だよ。ティムの方法の意味を何時間も語ってて、本人にとって大事な話なのが伝わってきた。ペテンなら、とっくに種明かししてるはず。

19. 謎の名無しさん
趣味で絵を描く者として言うと、画風を崩す前に、まず基本を知らなきゃいけない。だからバロックの時代に写実を磨き続けた画家がいても驚かない。フェルメールは独学の天才だったんじゃないかな。レンズや鏡を参考にしたかもしれないけど、ずば抜けた才能を神秘的な仕掛けのせいにしすぎだと思う。

20. 謎の名無しさん(>>19への返信)
自分はカメラ・オブスクラ説に傾いてる。フェルメールの絵には、少しピントの外れたカメラ越しに見たような光る点がよくある。X線で下描きの線が見つからないって話も、道具を使った証拠に思える。ほかの画家の絵をX線で見ると、描き直しだらけなのが普通だから。

21. 謎の名無しさん(>>20への返信)
下描きがないって話は、もう古いんじゃないかな。本文にあるとおり『牛乳を注ぐ女』でも描いてから消した跡が見つかってるし、描き直しのある絵のほうがずっと多いらしい。迷いながら描いてたのは確かだと思う。

22. 謎の名無しさん
あの時代の画家は組合に入らないと仕事がもらえなかったから、フェルメールもどこかで修業はしてるはず。生前はそれほど有名じゃなかったから、お金になる肖像画じゃなくて、日常の場面や寓意画を描いてたんだと思う。

23. 謎の名無しさん
その前提には同意できないな。ホルバインやアントネロ・ダ・メッシーナ、ファン・エイクは、1世紀以上前の時点ですごい写実だよ。バロックで急に飛躍したんじゃなくて、北では油絵、イタリアでは古代の彫刻の再発見をきっかけに、着実に進んできたんだ。

24. 謎の名無しさん(>>23への返信)
スレ主です。ホルバインもその時代としては間違いなくいい画家だけど、細部、とくに光の描き方には、はっきりした差があると思うんだよね。

25. 謎の名無しさん
ナチスに「国宝」のフェルメールを売ったと責められたオランダ人、ハン・ファン・メーヘレン※は、あれは自分が描いた偽物だと言い張って、捕まったまま「フェルメール」を描いてみせた。17世紀にも装置なんていらなかったんじゃないかな。

※ ハン・ファン・メーヘレン(1889〜1947):オランダの贋作者。戦後、ナチスの高官ゲーリングに「フェルメール」を売った対敵協力の疑いで逮捕され、自分の贋作だと主張。1945年に立会人の前でフェルメール風の新作を描いた。1947年に偽造の罪で禁錮1年の判決を受け、服役する前に亡くなった。

26. 謎の名無しさん(>>25への返信)
スレ主です。それは興味深いね。ただ、この装置はいちばん素朴な形でもちゃんと使えるんだ。基本は小さな鏡と棒だけだから、捕まってる人でも手に入らないとは言い切れないよ。

27. 謎の名無しさん
読みながら映画の『真珠の耳飾りの少女』を思い出した。作り話だけど、フェルメールがアトリエにカメラ・オブスクラを持ち込む場面があるんだよね。あれが実際にある説に基づいてたなんて知らなかった。

28. 謎の名無しさん
日本でもフェルメール展は来るたびに大行列で、自分も何時間も並んだ口。道具を使ってたとしても、あの光の選び方や、どこを描いてどこを省くかは本人の目だと思う。カメラがある今だって、誰が撮ってもいい写真になるわけじゃないし。

29. 謎の名無しさん
12年間美術を習ってた親友が、昔の巨匠たちは絵の多くをなぞってたかもしれないと知って、本気で怒って泣き崩れてた。フリーハンドで必死に練習してきたのに、目標の人たちがそれだったなんて悪い冗談だって。

30. 謎の名無しさん(>>29への返信)
そこまで落ち込むことはないって伝えてあげて。巨匠たちは、絵の多くをなぞってなんかいないから。

未解決の謎

フェルメールが光学機器を使ったことを、じかに示す証拠はいまもない。財産目録に装置はなく、本人の手紙や弟子の証言も残っていない。その一方で、ピンぼけの像のような光の粒や、部屋の奥行きとキャンバスの大きさの一致のように、道具を思わせる手がかりは絵の中にある。証拠が絵そのものしかないから、同じ光の粒が、ある人には「レンズの跡」に、別の人には「観察の成果」に見える。

ここ数年の調査は、謎の形を少しずつ変えてきた。下描きがないという元スレの前提は、『牛乳を注ぐ女』の水差し掛けや、37点中30点に残る描き直しの跡で揺らいだ。像をそのまま写しただけなら、ここまで迷う必要はない。一方でアムステルダム国立美術館は、28点を集めて65万人以上が訪れた2023年の展覧会で、カメラ・オブスクラが彼の光の表現に影響したという見方を打ち出した。問いは「なぞったかどうか」から、「装置で見た像が画家の目をどう変えたか」へ移りつつあるのかもしれない。

使ったと考える側も、絵の具を混ぜ、塗り重ね、何を描いて何を省くかを決めたのは本人だという点は否定していない。鏡と棒があればあの絵は描けるのか。それとも、鏡と棒があっても描けないのか。答えは、来日するたびに長い列ができる三十数点の絵の中にしかない。

出典:r/UnresolvedMysteries 元スレ / Stork, Tyler, Schechner「Did Tim Paint a Vermeer?」 / アムステルダム国立美術館の発表 / 東京都美術館「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」 / Smithsonian Magazine / The Art Newspaper

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