【1994年】「家と牛の囲いの間にしか足跡が無かった」400メートル先へ向かった牧場主が消えた朝

【1994年】「家と牛の囲いの間にしか足跡が無かった」400メートル先へ向かった牧場主が消えた朝 行方不明・失踪

1994年8月20日、土曜日の朝。アリゾナ州アヴラバレーで牛を飼っていたジーン・ペインさんは、まだ日が昇りきらないうちに自宅のトレーラーハウスを出た。行き先は、家から400メートルほど離れた牛の囲い。歩いて数分の、毎朝繰り返してきた距離だ。

※ 約400メートル:原資料の表記は「4分の1マイル」。ジーン・ペインさんが一度に歩ける距離の限界がおよそこの長さで、自宅から牛のところまでの距離とほぼ同じだったとされる。

それきり、彼は戻らなかった。ピマ郡保安官事務所と地元の牧場主たちが砂漠をしらみつぶしに歩いたが、遺体も、脱ぎ捨てられた衣類も、争った跡も、見慣れない車の轍も、何ひとつ出てこなかった。あれから30年以上が過ぎた今日まで、ジーン・ペインさんの痕跡はただの一片も見つかっていない。

事件の概要

🗓️ 発生日:1994年8月20日(土)朝7時ごろ

🌫️ 場所:アメリカ・アリゾナ州ピマ郡アヴラバレー(ツーソン北西の砂漠地帯)

👤 行方不明者:ジーン・アンドリュー・ペインさん(1948年5月18日生まれ、当時40代半ば)

🔍 状況:自宅のトレーラーハウスから約400メートル先の牛の囲いへ徒歩で向かい、そのまま戻らなかった

🕯️ その後:大規模な捜索でも痕跡ゼロ。2005年に法的な死亡宣告。2010年以降は報道もない

ジーン・ペインさんは1948年にアイオワ州で生まれ、のちにアリゾナへ移って、ツーソンの北西に広がるアヴラバレーで牛を飼いはじめた。住まいはノース・マスケット・ロード沿いのトレーラーハウス。妻のペギーさんと、当時14歳の息子ジャスティンさん、そしてもう一人の息子ラモントさんがいた。その日は息子たちと出かける約束をしていた、とペギーさんは後に語っている。

アヴラバレーは、日本の住宅地の感覚がまったく通用しない土地だ。「歩いて数分の距離で人が消えた」と聞くと住宅街の路地を思い浮かべてしまうが、実際の絵はまるで違う。周囲には見通しのいい荒れ地と低い灌木が広がるだけで、その400メートルを目撃していた人間は、おそらく一人もいなかった。

※ アヴラバレーの生活感:一区画が数エーカーから数十エーカー単位で、隣家の明かりが見えないことも珍しくない。商店も病院もツーソン方面まで車で出るしかなく、車がなければ生活そのものが成り立たない。ただし人跡未踏の秘境ではなく、ツーソンへ通勤する住民も多い「郊外の外側」にあたる。

判明している事実

朝7時ごろ、歩いて牛のところへ向かった
出発したのは午前7時前後。牛に餌をやるための、毎朝の日課だった。目的地は自宅から約400メートル。車を使う距離ではなく、徒歩で向かったと見られている。この日は土曜日で、息子たちと出かける予定も入っていた。

1986年の労災で、歩ける距離が限られていた
1986年に仕事中の事故で背骨を折り、その後遺症で脚にも影響が残った。一度に歩ける距離はおよそ400メートルが限界だったとされる。この数字は偶然ではなく、自宅から牛の囲いまでの距離とほぼ一致する。つまり彼の行動範囲は、そもそも自宅のごく周辺に限られていた。犯罪歴はない。

保安官と地元の牧場主による大規模な捜索
ピマ郡保安官事務所と地域のボランティアが広範囲を捜索した。地元メディアも取り上げ、同業の牧場主たちが情報提供を呼びかける募金活動まで開いている。それでも手がかりは出なかった。

1986年7月、本人と妻が被告になった民事訴訟がある
ピマ郡上級裁判所の記録によれば、1986年7月、ジーン・ペインさんは妻のペギーさん、そしてコンクリート会社とともに、ある夫婦から民事訴訟を起こされている。原告は夫婦で、二人ともすでに故人。訴訟が何をめぐるものだったのか、どう決着したのかは公開情報からは分からない。ただ、提訴の年が労災事故の年と重なっている点だけははっきりしている。

2005年に法的な死亡宣告、2010年以降は報道もない
失踪から11年後の2005年、家族の申し立てによりジーン・ペインさんは法的に死亡と宣告された。妻のペギーさんは2009年に亡くなっている。事件を扱った報道は2010年の地元紙記事を最後に途絶え、ピマ郡の匿名通報プログラム「88-CRIME」の掲載リストにも、現在この件は載っていない。二人の息子はいずれも健在で、今も同じ地域に暮らしているという。

※ 法的な死亡宣告:遺体が見つからないまま一定年数が経過した場合、家族の申し立てを受けて裁判所が死亡を認定する制度。相続や保険の手続きを進めるために必要になるもので、捜査が打ち切られたことを意味するわけではない。

※ 88-CRIME:ピマ郡で長く運営されている匿名の情報提供窓口。未解決事件の概要を掲載して通報を募る仕組みで、ここに載っていないということは、少なくとも公開の呼びかけ対象からは外れている状態を意味する。

主な仮説

仮説1:家のすぐそばで倒れ、砂漠がそれを隠した

もっとも単純な説明がこれだ。足場は岩がちで、8月のアヴラバレーは日中の最高気温が38℃前後まで上がる。転倒でも、急な体調の異変でも、動けなくなればその先は環境が決める。砂漠では遺体の発見が驚くほど難しいことも知られていて、車の位置が分かっていた事例ですら、発見まで10年以上かかったケースがある。一方で、この説には強い反論もある。捜索範囲はせいぜい自宅から400メートル圏だ。そこに横たわっていて、大人数の捜索隊が誰も気づかなかったというのは、いくらなんでも通りにくい。

仮説2:自らの意思で姿を消した

労災で身体の状況が変わり、係争も抱えていた——という断片から、精神的に追い詰められていたのではないかと見る人はいる。捜索救助の現場に長く関わった人たちからは「屋外での自死は思っている以上に多く、そのすべてが発見されるわけでもない」という声も出ている。ただ、この説には決定的な引っかかりがある。ペギーさんは生前、「彼が息子たちを置いていくはずがない」と一貫して語り続けた。そしてこの説を取るなら、彼は歩ける限界の距離を超えて、誰にも見つからない場所まで自力でたどり着いたことになる。

仮説3:日課を知っている誰かが、そこで待っていた

毎朝ほぼ同じ時刻に、ほぼ同じ経路を、一人で歩く。狙う側から見れば、これ以上ないほど予測しやすい行動だ。1986年の訴訟に目を向ける人が多いのはそのためで、民事の被告という立場が何かを引き起こしたのではないか、と考える向きもある。ただし、これを裏づける材料は今のところ何もない。提訴から失踪までは8年空いており、その間に何が起きていたのかも分からない。原告夫婦を含め、誰かを名指しできる段階には到底ない。

仮説4:早朝の砂漠で、見るべきでないものを見た

アヴラバレーは国境に近く、1990年代当時は密輸の通り道としても知られていた。地元の牧場主が「土地を使わせてほしい」と持ちかけられることもあったという。夜明け前の砂漠で、たまたま何かに出くわしてしまったのではないか——という見立てだ。これも状況からの推測にすぎないが、「自宅からわずか400メートルの範囲で、遺体も遺留品もいっさい残らなかった」という結果に、いちおうの説明を与えられる数少ない仮説ではある。

海外の反応

1. 謎の名無しさん
アリゾナの田舎と聞いて真っ先に浮かんだのが、放棄された鉱山の縦坑だな。あのへんは古い坑口が草に埋もれたまま塞がれずに残ってて、地図にも載ってないやつが普通にある。落ちたら助からないし、まず見つからない。

2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
人が消えて見つからなくなるのは、正直どこでも起こる。うちの地元でも高齢の男性が行方不明になって、最後にいた場所も車の位置も分かってたのに、遺体が見つかるまで数か月かかった。しかも森ですらない場所でだ。

3. 謎の名無しさん
砂漠で遺体を探すのは信じられないくらい難しい。ジョシュアツリーで消えたハイカーの件なんて、捜索隊が何度も入って、それでも見つかるまで10年以上かかった。しかも最終的な発見場所は、過去の捜索でかすめていた範囲のすぐ外だったんだよな。

4. 謎の名無しさん
そもそも移動手段はなんだったんだ? 徒歩なのか、車なのか、それともバギーみたいなものか。そこがはっきりしないと、捜すべき範囲が数百メートルなのか数キロなのかも決まらないと思うんだが。

5. 謎の名無しさん(>>4への返信)
本文にちゃんと書いてある。徒歩だ。一度に歩ける距離が約400メートルで、それが自宅から牛のところまでの距離とほぼ同じだった、と。つまり捜すべき範囲は、原理的には家のまわりのごく狭い円のはずなんだよ。それでこの結果なのがおかしい。

6. 謎の名無しさん
息子さんと個人的に面識があった。とんでもない話なんだ。彼は歩いて餌やりに向かった。それで、家と牛の囲いの間についている足跡以外、足跡も車の跡も、ほかにいっさい無かったんだよ。

7. 謎の名無しさん(>>6への返信)
家族も本当に何が起きたのか分からないままだった。金銭的な問題は無かったし、記事にある通りその日は家族と予定があったのも事実だ。覚えている限りでは、出発したのは早朝でまだ日が昇っていなくて、その少し前に雨が降っていたから、新しい跡があればすぐ分かる状態だったらしい。

8. 謎の名無しさん
現場の地形はどうなってるんだろう。普通に考えたら、どこかで転んで自力で起き上がれなかった、というのが一番ありそうじゃないか。牛に押し倒された可能性だってある。うちの近所でも、行方不明になった人の骨が12年後にショッピングセンター裏の茂みから出てきたことがあった。外傷らしい外傷は無かったよ。

9. 謎の名無しさん
アリゾナ在住だけど、あのへんは岩がゴロゴロしていて足元は決して良くない。身体の状況を考えれば、転んで起き上がるのに苦労した可能性は十分ある。しかも8月だ。アリゾナの夏の暑さは冗談抜きで危険で、エアコンなしでは生活できないレベル。地形と暑さの両方が絡んだ、というのはあり得る話だと思う。

10. 謎の名無しさん
でも家から400メートル圏内にいたなら、あれだけ人を入れて捜して見つからないというのはさすがに考えにくい。動物に襲われたのでもない限りは、と言いたいところだけど、それなら血の跡くらい残るはずだしな。

11. 謎の名無しさん
そうとも限らない。ピューマの襲撃は痕跡がほとんど残らないことがあって、血もろくに落ちていないケースがある。しかも大型のネコ科は仕留めた獲物をかなり離れた場所まで運んで隠す習性がある。あと、脳卒中や心臓の発作みたいな急変が起きた人は、思いのほか遠くまで、しかも不規則な動き方で移動してしまうことがあるんだ。捜索救助を何年かやってきた経験からいうと、実は家のすぐ近くにずっとあった、という結末は珍しくない。

12. 謎の名無しさん
体調の急変があって、あの環境に耐えられなかった、という線が一番自然に読める。8年も前に起こされて、その後どうなったかも分からない訴訟に、そこまで重みを置くのはどうなんだろう。時間が空きすぎている。

13. 謎の名無しさん(>>12への返信)
それだと納得がいかないんだよ。体調の急変なら家畜のすぐそばで倒れているはずで、それなら遺体は見つかる。仮に何かに食い荒らされたとしても、骨も衣類も血も現場に散らばって、何が起きたかは一目で分かったはずだ。誰かが彼の日課を知っていて、そこで待っていたように思えてならない。

14. 謎の名無しさん
あの一帯の8月の平均最高気温は38℃前後だ。日本の人が想像する「暑い日」とは別物で、日陰でも体力の消耗が桁違いに早い。動けなくなってからの猶予は、時間じゃなくて分の単位になる。これだけでも十分に要因になり得る。

15. 謎の名無しさん
1990年代から2000年代初めにかけて、アヴラバレーを自転車で何十時間も走り回っていた者だけど、あそこは地面を覆う草木がほとんど無くて、峡谷も無く、とにかく平坦だ。体調の急変でも自らの意思でも、あの地形なら見つかっていたと思う。ただ、亡くなった方の記憶を汚したくはないが、当時のアヴラバレーは人や物の密輸の通り道でもあった。牧場主が話を持ちかけられることもあった。早朝に自分の土地で何かに出くわしてしまった、という可能性は捨てきれない。

16. 謎の名無しさん(>>15への返信)
訴訟の部分だけ訂正させてほしい。彼は訴えた側ではなく、訴えられた側だ。妻とコンクリート会社と一緒に、ある夫婦から民事で訴えられている。方向が逆だと動機の見え方もまるで変わってくるから、そこは押さえておいたほうがいい。

17. 謎の名無しさん
農家をやっている父なら、この話を聞いて最初にこう聞くと思う。「で、牛には餌がやられていたのか?」と。餌が済んでいたのか、手つかずだったのかで、彼がどこまでたどり着いたかが分かる。そこが書かれていないのが一番もどかしい。

18. 謎の名無しさん
柵に穴が空いていなかったのかも気になる。異変に気づいて確かめに行き、いつもより遠くまで足を伸ばしたところで転んだ、あるいは体調を崩した、という流れなら一応筋は通るんだよな。日課から外れる理由があったかどうかで話がだいぶ変わる。

19. 謎の名無しさん
トレーラーハウス住まいで牛を飼っていた、という組み合わせが引っかかる。牛は維持費がとんでもなく高くて、所有している人がトレーラー暮らしをしているイメージがあまり無い。本当に牧場主だったのか、それとも別の何かをしていたのか。

20. 謎の名無しさん(>>19への返信)
それは偏見だと思う。当時の農業従事者の所得中央値は、全体の中央値を下回っていた。今でも小規模な畜産は別の収入と組み合わせて成り立たせているのが普通で、平均的な肉牛の飼養頭数は数十頭規模だ。近くに住んでいた母親の家畜も見ていたという話もあるし、彼が「本物の牧場主ではなかった」と疑う理由は特に無いよ。

21. 謎の名無しさん
その訴訟の中身が結局なんだったのか、そこが一番知りたい。コンクリート会社が一緒に被告になっているのが妙だし、労災と同じ年というのも偶然にしては噛み合いすぎている。工事か土地をめぐる話だったんじゃないかと想像はするけど、そこから先が分からない。

22. 謎の名無しさん(>>21への返信)
名前は出さない。無関係かもしれない人たちだし、そこは慎重にいきたい。言えるのは、ピマ郡上級裁判所の検索で彼の名前から出てくるのは1986年7月のその訴訟と、2005年の死亡宣告に関する記録の二つだけ、ということ。そして提訴の年は、新聞が「仕事中の事故」と書いている年と一致している。原告夫婦は以前にも別の民事訴訟を起こしていて、初めての裁判ではなかったようだ。

23. 謎の名無しさん
自らの意思で、という説を取る人に聞きたいんだけど、そもそもなぜ自分の身体を見つけさせないようにする必要があるんだ? 家族に何も残さず消えることに、どんな意味があるのか分からない。

24. 謎の名無しさん(>>23への返信)
葬儀の費用を家族に負担させたくなかった、という可能性はあるんじゃないか。労災で働き方が変わったあとなら、家計の心配をしていてもおかしくない。自分がいなくなること自体より、残る負担のほうを気にする人はいる。

25. 謎の名無しさん(>>24への返信)
それだと、葬儀代を浮かせる代わりに家族を一生「何があったのか分からない」状態に置き去りにすることになる。弔う相手すらいない。どう考えても後者のほうが重い。その理屈は無理があると思う。

26. 謎の名無しさん(>>25への返信)
本人が「遺体はすぐ見つかるもの」と思い込んでいた可能性はある。実際には見つからない方が普通なくらい難しいんだけど、それを知らない人は多い。遺書に葬儀の指示まで残していたのに、発見までかなりの時間がかかった事例もある。そういう思い違いが起きること自体は、そんなに不思議じゃない。

27. 謎の名無しさん
捜索犬のハンドラーを10年ほどやっていた。屋外で自ら命を絶つケースは、実際に関わるまで思っていたよりずっと多かった。しかも全部が発見できるわけじゃない。ただ、この件に関しては個人的にはその線だと思っていない。歩ける距離があまりに限られているからだ。

28. 謎の名無しさん
殺人だと決めつけるのはよくないと思う。分かっているのは「彼が消えた」ということだけだ。事故かもしれないし、自らの意思かもしれない。民事の被告だったからといって、それが誰かに命を狙われる理由になるわけじゃない。

29. 謎の名無しさん(>>28への返信)
元の投稿が「彼の殺害」と書いているところが、まさにその飛躍だよな。この掲示板では根拠のない決めつけが本当によく出る。書かれているのは実在した人の話で、その息子たちは今も同じ町で暮らしている。そこを忘れている書き込みが多すぎる。

30. 謎の名無しさん
ピマ郡には、身元が分からないまま名前のない墓標の下に眠っている人が何人もいる。国境を越えようとして砂漠の暑さを甘く見た人も、家を持たない人も含めてだ。彼がそこに紛れていない保証はどこにもない。息子さんたちに、いつか何かしらの答えが届いてほしいと思う。

未解決の謎

この事件がここまで奇妙に見えるのは、捜すべき範囲があまりにも狭いからだ。ジーン・ペインさんが一度に歩ける距離は約400メートル。行き先は、その距離のちょうど先にある自分の牛の囲い。つまり、彼が自力で到達できる場所には物理的な上限があった。それなのに保安官も、地元の牧場主たちも、その円の中から何ひとつ見つけられなかった。

状況を最も不可解にしているのは、掲示板に書き込まれたある証言だ。息子と面識があったという人物によれば、家と牛の囲いを結ぶ足跡以外、足跡も車の轍もいっさい無かったという。しかも直前に雨が降っていて、新しい跡なら残るはずの地面だった。これが事実なら、事故説も、連れ去り説も、同じ壁にぶつかる。倒れたなら足跡はそこで途切れているはずで、誰かが来たなら車か靴の跡が残るはずだからだ。ただし、これは報道で裏づけられた情報ではなく、あくまで一人の書き込みである点は差し引いて読む必要がある。

1986年の訴訟をどう評価するかで、この事件の見え方は正反対になる。労災と同じ年に、本人と妻とコンクリート会社がまとめて被告になった民事訴訟。因縁の始まりと読むこともできれば、失踪の8年も前に始まって、その後どうなったかも分からない古い紙切れと読むこともできる。訴訟の中身が公開情報から分からない以上、どちらの読み方も推測の域を出ない。そして、誰かを名指しできる材料は現時点でひとつも無い。原告の夫婦はすでに亡くなっており、名前を並べて疑いを重ねることに意味はない。

妻のペギーさんは2009年に、答えを聞かないまま亡くなった。報道は2010年で途絶え、郡の匿名通報プログラムの掲載リストにも、この件はもう載っていない。ジーン・ペインさんは生きていれば70代後半になっている。あの朝、家から400メートルの間に何が起きたのか——それを説明できる材料は、30年以上経った今も一片も出てきていない。

出典:r/UnresolvedMysteries 元スレThe Charley Project: Gene Andrew Payne

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