2011年、地中海に浮かぶキプロス島の山中で、ひとりの研究者が一本の木の前で足を止めた。イチジクの木だった。実のなる、どこにでもある木だ。ただ、そこにあることがどうにも解せなかった。岩がちで標高のあるその一帯に、イチジクは他に一本も見当たらない。しかもその木は、洞窟の中から外へ向かって枝を伸ばしていた。誰が植えたのか。どうやってここまで来たのか。研究者は、木の根元を掘ってみることにした。
土の下から出てきたのは、3人分の遺骨だった。1974年、キプロス紛争※のさなかに姿を消したまま、37年にわたって行方の分からなかった人たちである。そのうちの一人、アフメト・ヘルギュネさんの身元は、のちにDNA鑑定で確認された。では、この木の種はどこから来たのか。それについては、ひとつの推定が語られている——殺される少し前に、彼がイチジクを口にしていた、というものだ。
※ キプロス紛争:地中海東部のキプロス島で続いた、ギリシャ系住民とトルコ系住民の対立。1974年に大規模な武力衝突と島の南北分断に至り、双方のコミュニティに多数の行方不明者を残した。分断はいまも解消されていない。
事件の概要
🗓️ 発生日:1974年(正確な日付は公表されていない)
🌫️ 場所:キプロス島の山あいにある洞窟
👤 被害者:アフメト・ヘルギュネさんほか2名、計3名
🔍 状況:3人は洞窟に連れ込まれ、投げ込まれたダイナマイトによって命を落とした。その爆発で洞窟の側面に穴が開き、内部に日光が差し込むようになった
🕯️ 発見/結末:2011年、洞窟に生えていたイチジクの木をきっかけに3人分の遺骨を発見。DNA鑑定で身元が確認された
1974年、キプロス島は大きな混乱のただ中にあった。ギリシャ系とトルコ系の住民が長く隣り合って暮らしてきた島で、この年、対立が武力衝突へと発展し、島は南北に分断される。多くの人が住まいを追われ、そして多くの人が、二度と帰らないまま消息を絶った。
アフメト・ヘルギュネさんもその一人だった。彼を含む3人は洞窟へ連れ込まれ、そこで殺害された。誰が、どういう経緯でそれを決めたのか——元記事にその記述はない。ここで分かっているのは、3人がその場所で命を落とし、以後37年にわたって誰にも見つけられなかった、という事実だけである。当時どちらの側にどれだけの非があったのかは、この記事の扱う範囲ではない。行方不明者は双方のコミュニティに存在し、その捜索は今も続いている。
判明している事実
山にそぐわない一本のイチジク
発見のきっかけは、たった一本の木だった。2011年、行方不明者を追っていた研究者が現地を訪れ、洞窟にイチジクの木が生えていることに気づく。イチジク自体は地中海では珍しくないが、その山の一帯では見かけない木だった。周囲に同じ木はなく、なぜここに一本だけあるのかが説明できない。この「説明がつかない」という引っかかりが、木の根元を掘ってみるという判断につながった。
爆発で開いた穴が光を通した
洞窟の内部は本来、植物が育つ場所ではない。木が枝を伸ばせたのは、殺害に使われたダイナマイトの爆風で洞窟の側面に穴が開き、そこから日光が入るようになっていたからだと考えられている。つまり、3人の命を奪った爆発そのものが、のちに3人を見つけ出す条件を作っていたことになる。
木の根元から3人分の遺骨
研究者らが木の根元を掘ったところ、3人分の人骨が出てきた。数十年ぶりに、彼らがどこにいたのかが明らかになった瞬間である。3人が同じ場所から一緒に出てきたことは、洞窟に連れ込まれてそこで命を落としたという経緯とも一致していた。なお本記事では、遺骨の状態そのものには立ち入らない。
DNA鑑定で確認された身元
掘り出された遺骨は鑑定に回され、アフメト・ヘルギュネさんの身元がDNAによって確認された。行方不明のまま数十年を過ごしてきた家族が、ようやく弔いの場を持てるようになった。キプロスでは、こうした身元確認の作業が行方不明者委員会※によって今も続けられている。
※ 行方不明者委員会:キプロスの行方不明者を、どちらのコミュニティに属するかを問わず捜索・発掘し、身元を特定して家族に返すことを任務とする組織。ギリシャ系・トルコ系の双方が参加して運営されている。
種の出どころは推定にとどまる
「殺される直前にイチジクを食べていた人物の胃の中の種から、木が育った」——広く紹介されているのはこの説明である。ただし、これはあくまで有力な推定であって、証明された事実として語られているわけではない。元の記事も「そう考えられている」という書き方をしている。ここは押さえておきたい。
主な仮説
仮説1:殺害の直前に食べたイチジクの種が、体内に残っていた
もっとも広く紹介されている説明。イチジクの種は小さく硬く、動物や鳥の消化管を通り抜けても発芽力を保つことが知られている。もともと鳥に食べられて運ばれることで分布を広げる木であり、体内に残った種が発芽するという筋書きに無理はない。洞窟に穴が開いて日光が届くようになったこと、根を張れる隙間の多い岩場だったことも条件として噛み合う。ただし前述のとおり、これは推定である。
仮説2:鳥や小動物が種を運び込んだ
もっとも平凡な説明でもある。イチジクを食べた鳥が洞窟の割れ目に降り、そこで糞とともに種を落とした——それだけで木は生える。この場合、木と遺骨が同じ場所にあったのは純粋な偶然ということになるが、偶然であっても発見の引き金になったことに変わりはない。実際、種の出どころを厳密に特定する手立てはなく、この可能性を否定する材料もない。
仮説3:「木が見つけた」は、証言者を守るための説明という見方
元スレのコメント欄では、この話の受け止め方をめぐって懐疑的な意見も出た。実際には場所を知る人物からの証言があり、その人の身を守るために「木が不自然だったので掘った」という筋書きが対外的な説明になった、という読み方である。紛争の当事者がまだ生きている土地では、情報提供者の保護は現実的な問題になる。あくまで推測にすぎないが、こういう可能性が話題に上ること自体が、この事件の背景の重さを示している。
仮説4:報道の過程で、話の輪郭が整えられた可能性
英語圏で広まった記事に付いていた写真の提供元が、過去に話を誇張したとして批判されたことのある通信社だったため、そもそも作り話ではないかと疑ったユーザーもいた。ただし追跡したコメントによれば、元になったのはトルコの日刊紙『ヒュリエット』の記事で、遺族の映像や写真も併せて公開されている。事件そのものは実在し、英語圏に伝わる過程でとりわけ目を引く部分が前面に出た、というあたりが実像に近そうだ。
海外の反応
1. 謎の名無しさん
木が生えたおかげで遺体が見つかる。これ、英語圏の古いマーダーバラッド※にそのまま出てきそうな展開なんだよな。現実に起きたと言われても、しばらく飲み込めなかった。
※ マーダーバラッド:殺人を題材にした英語圏の民謡・物語歌。隠された遺体、その場所から伸びる草花といったモチーフが繰り返し歌われてきた。
2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
「バーバラ・アレン」を思い出した。恋人同士が死んで、男の墓からはバラが、女の墓からはイバラが伸びて、絡み合うっていうあれ。植物が人の死を語り継ぐという発想は、たぶんずっと昔からある。
3. 謎の名無しさん(>>1への返信)
自分が思い出したのはSF小説の『死者の代弁者』(『エンダーのゲーム』の続編)のほうだった。殺された人物の体から木が育つ場面がある。現実の事件のほうが先に同じ絵を見せてくるとは思わなかった。
4. 謎の名無しさん
教訓:殺される予定があるなら、腹にイチジクを入れておけ。……不謹慎なのは分かっているんだけど、この結末を知ってしまうとつい言いたくなる。
5. 謎の名無しさん(>>4への返信)
種なら何でもいいのかが気になる。チューリップの球根じゃさすがに無理だろうし、イチジクみたいに小さくて硬い種じゃないと、体の中で潰れて終わりそうな気がする。
6. 謎の名無しさん(>>4への返信)
ただし、その土地にイチジクが普通に生えているなら誰も不審に思わないぞ。今回は「ここにあるはずのない木」だったから引っかかったわけで、条件が揃いすぎている。
7. 謎の名無しさん
殺人の部分を抜きにすれば、奇妙なくらい美しい話だと思ってしまう。もちろん抜きになんてできないし、遺族にとっては何ひとつ美しくないんだろうけど。
8. 謎の名無しさん(>>7への返信)
死んだら木の下に埋めてほしい、木の一部になりたい、みたいなことを言う人がいるでしょ。彼の場合はそれが意図せず現実になった。最後にやったことが、結果として一本の木を植えることだった——そう考えると胸に来る。
9. 謎の名無しさん
「一日一個のリンゴは医者いらず」じゃないけど、「一日一個のイチジクで殺人者は遠ざけられない。ただし何十年か後に、なんでこんなところに木が生えてるんだと誰かが首をかしげてくれる」……格言にするには長すぎるな。
10. 謎の名無しさん
この研究者はセヴギュル・ウルダーという人。トルコ系キプロス人のジャーナリストで、行方不明になった人たちの話を長年集めて回り、行方不明者委員会の発掘作業に情報をつないできた。地道な聞き取りの積み重ねがあってこその発見だと思う。
11. 謎の名無しさん(>>10への返信)
彼女は自分が追った事例をブログで公開している。読むと分かるけど、「木が見つけた」という一行の裏には、何十年分の証言と地図の照合が積み上がっている。偶然だけで片づく話ではないんだよな。
12. 謎の名無しさん
あの紛争そのものが本当に痛ましい。当時を経験した人から話を聞いたことがあるけれど、それまで隣で暮らしていた人たちとの関係が短期間で変わってしまったことが、いちばん堪えると言っていた。
13. 謎の名無しさん(>>12への返信)
前に見たドキュメンタリーを思い出した。家を追われた一家が何年もかけてようやく元の家に戻る機会を得て、今そこに住んでいる別の一家と顔を合わせる。話し込むうちに打ち解けて、最後にこう言うんだ——「この人たちだって、ここで長く暮らしてきた。今さら追い出せるわけがない」。泣いた。
14. 謎の名無しさん
1974年の夏といえば、うちは父の葬儀の準備をしていた。テレビでずっとキプロスの映像が流れていたのを覚えている。関係のない出来事同士が記憶の中でくっつくのは不思議なものだ。ともあれ、遺族に答えが届いたのはよかったと思う。
15. 謎の名無しさん
条件が揃いすぎていて怖い。爆発で洞窟の壁に穴が開かなければ光は入らず、光が入らなければ木は育たず、木が育たなければ誰も掘ろうとは思わなかった。どれか一つ欠けていたら、あの3人は今も見つかっていない。
16. 謎の名無しさん
フィクションでこれをやられたら、自分は真っ先に「ご都合主義だ」と文句を言う自信がある。事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。
17. 謎の名無しさん
タイトルだけ読んで、胃の中に種を植えられて体内で木が育って死んだ男の話かと思った。全然違った。というか、違っていてよかった。
18. 謎の名無しさん
素朴な疑問なんだけど、その土地の環境に合っていない木がどうして育ったんだろう。遺体が肥料になったからという話なのか、それとも別の理由があるのか。
19. 謎の名無しさん(>>18への返信)
イチジクの種はかなり頑丈で、動物や鳥の消化管を通り抜けても発芽できると言われている。もともと鳥に食べられて運ばれることで広がる木だからね。しかも岩の割れ目のような痩せた場所でも根を伸ばす。光と水さえ届けば、あの環境で育っても不思議はないと思う。
20. 謎の名無しさん
その木は今どうなっているんだろう。伐られてしまったのか、そのまま残っているのか。個人的には、あの場所に立ったままでいてほしい気がする。
21. 謎の名無しさん
偶然にも今年の夏、「イチジクの穴」という名前の洞窟で発掘のボランティアをしていた。現場の責任者が「この標高にイチジクが生えるのは珍しいし、周囲何キロにも他に生えていない」と話していたのを思い出して、少し背筋が寒くなった。
22. 謎の名無しさん(>>21への返信)
この記事を読んだあとだと、その一本の根元を掘ってみたくなってしまう。……いや、たぶん本当にただの偶然だし、余計なことはしないほうがいいのは分かっているんだけど。
23. 謎の名無しさん
似た話でアヴシャロム・ファインバーグの逸話がある。第一次大戦のころに砂漠で命を落とした人物で、ポケットに入っていたナツメヤシの種から木が育ち、それが目印になって数十年後に遺体が見つかったと伝えられている。種というのは本当にしぶとい。
24. 謎の名無しさん
面白い話なのは確かだけど、これが表向きの説明である可能性も頭に置いておきたい。場所を知る人物からの証言があって、その人を守るために「木が不自然だったから掘った」という筋書きになった、という展開だって普通にあり得る。
25. 謎の名無しさん(>>24への返信)
自分も疑ったので情報源をたどってみた。写真の提供元が、過去に話を盛ったとして批判されたことのある通信社だったので身構えたけど、元ネタはトルコの日刊紙『ヒュリエット』の記事で、遺族の映像や写真も一緒に出ている。少なくとも丸ごとの作り話ではなさそうだ。
26. 謎の名無しさん
つまり自分が殺されたときは、場違いなところに生えたビールの木を探してもらえばいいわけだな。それが分かっただけでも今夜は安心して飲める。
27. 謎の名無しさん
人は確かにこの世界に痕跡を残すという当たり前のことを、こんな形で突きつけられるとは思わなかった。彼がそこにいたという事実だけが、木という形であの場所に残り続けていた。
28. 謎の名無しさん(>>27への返信)
しかもその痕跡は、彼の名前を家族に返すという、いちばん意味のある働き方をした。何十年も待った家族にとっては、それがすべてだったと思う。
29. 謎の名無しさん
頭の中で映像が浮かぶ。埃の舞う洞窟に一筋だけ光が差していて、その光に向かって細いイチジクが枝を伸ばしている。映画の一場面のようだけれど、これが実際にあった風景なんだよな。
30. 謎の名無しさん
見つかった3人には待っていた家族がいて、その家族はようやく墓を作ることができた。一方で、キプロスにはまだ帰れていない人が大勢いる。全員に都合よくイチジクが生えてくれるわけではないと思うと、素直に喜びきれない。
未解決の謎
身元は判明した。それでも残るもの
この事件は、少なくとも「誰がそこにいたのか」という問いには答えが出た。37年ぶりに3人が見つかり、アフメト・ヘルギュネさんの名前は家族のもとへ返された。行方不明者の事案では、これは決して当たり前の結末ではない。
それでも分からないままのことは多い。なぜ彼ら3人が連れ去られたのか、どういう判断でその洞窟が選ばれたのか。当時の混乱の中では、こうした問いに答えられる人自体がすでに残っていないことも珍しくない。加害の側を追及する手続きが進んだという話も、少なくとも元スレとそこで紹介された記事の範囲には出てこない。分かったのは「どこにいたか」だけで、「なぜ」の部分は空白のままである。
種の出どころも、厳密には確かめようがない。胃の中に残っていた種が発芽したという説明は筋が通っているし、多くの記事がそう書いている。ただし鳥が運んだ可能性も消えたわけではない。この話がこれほど広まったのは「彼自身が自分の居場所を示した」という筋書きの強さゆえで、そこは事実と願望の境目が少し曖昧になっている。
そして、いちばん引っかかるのは発見の経緯そのものだ。爆発が穴を開け、そこから光が入り、種が落ちて根づき、木が育ち、そこを訪れた人がその不自然さに気づいた。どれか一つ欠けていれば、3人は今も洞窟の中にいた。キプロスにはまだ見つかっていない行方不明者が、両方のコミュニティに数多く残されている。そのすべてにイチジクが生えるわけではない、という当たり前の事実が、この話をきれいなだけの逸話にはしてくれない。


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