1979年8月、アラスカ州トクの町はずれ。人けのない田舎道の脇で、住民が白い骨を見つけた。通報を受けた警察が集めたのは、一年ほど前に死んだとみられる成人男性の、散らばった骨だった。骨には刃物の痕が残り、左の眼球が失われていた。指紋も財布も名前もない。それからまもなく、現場に残されていた何らかの証拠が一人の男を捜査線上に浮かび上がらせ、その男は殺害を認めた。犯人は分かったのだ。にもかかわらず、殺された側の名前だけが、47年経った今も空欄のままである。米国の身元不明者データベース※に「片目のジャック」として登録されたこの男は、いったい誰だったのか。
※ NamUs(ネイマス):米司法省が運営する全米規模の行方不明者・身元不明遺体データベース。誰でも閲覧でき、推定年齢・身長・着衣・所持品といった情報が公開されている。家族が「探している人」を登録し、捜査機関が「名前のない遺体」を登録して、両側から突き合わせる仕組み。
事件の概要
🗓️ 発見日:1979年8月20日(死亡は1978年ごろと推定)
🌫️ 場所:アラスカ州トク近郊、人通りのない田舎道の脇
👤 被害者:氏名不明。通称「片目のジャック」。白人男性、推定19〜39歳、身長約183センチ、体重82キロ超、長い茶色の髪
🔍 状況:1978年、アイダホ州ボイシ郊外でヒッチハイク中に車へ乗せられ、アラスカへ向かう途中で殺害された
🕯️ 現状:犯人ジェシー・バート・ビショップは犯行を認めたが被害者の身元は不明のまま。ビショップは2003年に死亡
トクは、カナダ国境からアラスカ側へ入ってすぐの場所にある小さな町だ。アラスカハイウェイ※沿いに位置し、陸路で州へ入る車はほぼ全てここを通る。逆に言えば、この道を走る人間の大半は「通り過ぎるだけの他所者」であり、途中で一人減っても誰も気づかない。
※ アラスカハイウェイ:カナダのブリティッシュコロンビア州からユーコン準州を抜けてアラスカへ至る長距離道路。第二次大戦中に軍用路として突貫工事で造られた経緯があり、1970年代は未舗装の区間が長く残っていた。
時代背景も無視できない。1970年代のアラスカは、パイプライン建設※の熱気に沸いていた。南の州から働き口を求めて男たちが大量に流れ込み、身元をろくに確かめられないまま雇われ、季節が変われば消えていく。「片目のジャック」も、その流れに乗って北を目指した一人だった可能性が高い。
※ パイプライン建設:アラスカ北部の油田から南岸の港まで原油を運ぶ全長約1,300キロの「トランス・アラスカ・パイプライン」の建設事業。1970年代半ばに数万人規模の労働者が全米から州内へ流入し、州の人口構成そのものを一時的に変えた。
判明している事実
名前は「ジョンかジャック」——それも殺した男の記憶
被害者について語れる人間は、彼を殺したビショップただ一人だった。ビショップの供述によれば、男の名は「ジョンかジャック」、年齢は30代前半(本人は32歳と証言)。一度だけ見た運転免許証はオレゴン州発行で、生年は1944年か1946年だったという。ただしビショップ自身が「あいつはよく嘘をついていた」と付け加えており、証言の土台からしてすでに揺らいでいる。
残された服と、ポケットのガラス玉
遺体とともに見つかったのは、マーヴィンズ※の「マークII」ブランドの緑と茶のチェックのジャケット、緑と白のチェックのシャツ、白いTシャツ、ブルージーンズ、青い靴下、茶色い革のアンクルブーツ、そして青いバンダナ。黒い眼帯も一緒にあった。さらにジーンズのポケットからは変色したガラス玉が出てきており、義眼だった可能性がある。他にはウィンストンのタバコが2箱とマッチ、そしてカナダの硬貨で15セント。
※ マーヴィンズ:1949年にカリフォルニアで創業し、米西部を中心に展開していた中価格帯のデパートチェーン(2008年に破綻)。「マークII」はその自社ブランドのひとつ。西海岸で買い物をする生活圏にいた傍証として扱われている。
見つかっていないのは下顎の骨だけ
骨格はほぼ一式が揃っていたが、下顎だけが欠けていた。遺体の状態が悪く、指紋もDNAも採取できていない。残された生体的な手がかりは、上顎の歯科記録と頭蓋骨に付いたままだった長い茶色の髪、そして左眼窩の欠損だけである。顔の中心を成す骨が失われていることは、復顔※を試みるうえでも大きな制約になる。
※ 復顔:頭蓋骨の形状から生前の顔立ちを粘土や3Dモデルで再現し、公開して情報提供を募る手法。法医人類学者が担当する。骨が欠けている部分は推定で補うしかないため、顎が無い場合は口元や輪郭の再現精度が大きく落ちる。
失った左目と、伐採事故の話
男は黒い眼帯をしており、「林業の伐採事故で目を失った」とビショップに話していたという。事故が起きた場所はオレゴンだった可能性が高い。生活は各地を渡り歩くもので、コロラドかユタでリンカーンの自動車販売店の洗車係をしていたこと、過去のどこかで結婚していたことも語っていた。ただしそれが過去の話なのか当時も婚姻関係にあったのかは分かっていない。
これまでに除外された2人の候補
行方不明者の中から照合が試みられ、ジョン・ヘイウッド・バレット、フランクリン・デイヴィッド・ハーダーの2人はいずれも別人と確認されている。2026年時点でそれ以降の進展はなく、唯一の証言者だったビショップは2003年に、それ以上何も語らないまま死亡した。
主な仮説
仮説1:情報源そのものが汚染されている
名前も、年齢も、免許の州も、目を失った理由も、すべてビショップという殺人犯の記憶を経由した情報である。取り調べは事件から1年以上あとで、彼自身が被害者を「嘘つきだった」と評していた。捜査当局はオレゴンとアイダホを軸に探してきたが、その軸自体が最初から誤っている可能性は消えない。
仮説2:そもそも行方不明者として届け出られていない
ヒッチハイクの途中で「オレゴンへ」という当初の予定を捨て、その場でアラスカ行きに切り替えた——この身の軽さは、行き先を報告すべき相手がいなかったことを示している。複数の州を転々とする働き方をしていたのなら、どこか一か所で「戻ってこない」と気づかれる仕組みもなかった。届が出ていない人物は、どれだけデータベースを検索しても照合されない。
仮説3:カナダ側に縁があった
「ジョン」「ジャック」はフランス語圏で「ジャン」「ジャック」に対応する名でもある。ポケットにあったカナダ硬貨も、カナダ側の行方不明者リストを当たるべき理由として挙げられている。もっとも陸路でアラスカへ入ればカナダを縦断することになるため、小銭の混入だけでは根拠として弱い、という反論も根強い。
仮説4:出会った場所も経路も、犯人の都合で歪められている
アイダホ州ボイシ郊外で拾い、2日後にアラスカで殺した——この時系列には当初から疑問が出ている。当時の道路事情で2日は物理的に厳しく、供述の「2、3日」が調書で丸められた可能性も、ビショップが意図的に出発地を南に置いた可能性もある。後者だとすれば、被害者はアラスカ州内の行方不明者だったことになり、探すべき場所は正反対になる。
海外の反応
1. 謎の名無しさん
その場の思いつきでアラスカ行きを決めたということは、そもそも行き先を告げる相手がいなかったんだと思う。ビショップの話が本当なら、彼は誰にも心配されないまま消えた可能性が高い。届が出ていない人間は、どれだけ照合しても一致しない。
2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
複数の州を転々とする働き方をしていたなら、どこか一か所に強い縁があったとも限らないよね。そもそも「オレゴンの免許を見た」という部分からしてビショップの作り話という可能性も残っている。
3. 謎の名無しさん
気になったんだけど、アイダホからトクまで2日で着いたことになっていない?運転手ひとりで?いくらなんでも無理があると思うんだけど。
4. 謎の名無しさん(>>3への返信)
しかも70年代の話だからね。今のアラスカハイウェイと当時の路面状況はまったくの別物で、未舗装の区間もかなり残っていた。2日はさすがに厳しい。
5. 謎の名無しさん(>>3への返信)
現在の道路でも、休憩なしのぶっ通しで50時間くらいかかる距離だよ。当時ならもっとかかったはず。どこかで数字が狂っている。
6. 謎の名無しさん(>>3への返信)
一応、擁護の余地はあると思う。殺害場所はトクの町中ではなく「アラスカに入ったあたり」で、ボイシ郊外から州境のすぐ内側までなら地図上は39時間ほど。1日14時間走れば2日半だ。それに「2、3日」くらいの言い方を、調書で「約2日」と丸めた可能性もある。取り調べは事件から1年以上あとなんだから。
7. 謎の名無しさん
自分もこの「2日」という数字の出どころを追ってみたけど、一次資料にたどり着けなかった。報道の段階で誤って伝わったのか、ビショップが記憶を盛ったのか、どちらもありうると思う。
8. 謎の名無しさん
名前が「ジョン」「ジャック」なら、綴りがジャンやジャックだった可能性はないかな。カナダ側の行方不明者も当たってみるべきだと思う。あと資料によってはDNAが「利用可能」と書かれていた気がするんだけど、あれは誤記なんだろうか。
9. 謎の名無しさん
カナダ硬貨15セントは、正直そこまで強い根拠にはならないと思う。陸路でアラスカへ行けばカナダを縦断するわけで、釣り銭に混ざるのはごく普通のことだから。
10. 謎の名無しさん
地元アラスカの行方不明者という線も切れないと思う。ビショップが「本土側から連れてきた」と言い張ったのは、捜査の目を逆方向へ向けさせるためだったのかもしれない。フェアバンクス周辺とか。
11. 謎の名無しさん
犯人がいつ捕まったのかが気になる。「時間が経ちすぎて細部を思い出せない」と言っているということは、事件からかなり間が空いてから身柄を押さえられたということだよね。
12. 謎の名無しさん(>>11への返信)
遺体が見つかったのが約1年後で、そこからの捜査で彼にたどり着いて、あっさり認めたという流れらしい。
13. 謎の名無しさん
そもそも「気に障ったから」で見ず知らずの他人を殺す人間が、これ一件だけで済んでいるとは思えない。財布が見つかっていない以上、強盗目的だったと考えるほうが自然だし、当時のアラスカは今よりずっと無法な土地だった。彼が北へ向かっていたこと自体、南の州で何かから逃げていた結果かもしれない。
14. 謎の名無しさん
別件で服役中に自供したという話が本当なら、取引材料として差し出した可能性もあると思う。だとすると、細部を適当に埋めた動機まで説明がついてしまう。
15. 謎の名無しさん
伐採事故で片目を失ったのなら、地元紙のどこかに小さくでも載っていそうなものだけど。オレゴン、あるいは北西部全体の新聞アーカイブを当たってみた人はいるのかな。
16. 謎の名無しさん(>>15への返信)
たぶん載っていないと思う。当時は林業も工場も建設現場も事故だらけで、いちいち記事にはならなかった。まして本人がその町の住人でなければなおさらだ。
17. 謎の名無しさん
下顎の骨さえ残っていれば、と思ってしまう。理屈のうえでは骨の成分を調べて育った地域の見当をつけられるし、歯からDNAが取れれば系譜検索に持ち込めた。いま足りていないのは技術ではなく試料のほうなんだよね。
18. 謎の名無しさん
自分はジョージ・ジャック・ビールという行方不明者ではないかとずっと思っている。彼は林業の仕事をしていて、失踪前に顔と目に傷を負う事故に遭っている。ただアラスカ側の捜査員によると彼のDNAは手元になく、提供してくれる親族もまだ見つかっていないそうだ。分の悪い賭けではあるけれど。
19. 謎の名無しさん(>>18への返信)
そこが一番の壁だよね。候補者の名前が挙がっても、比べる試料が両側に揃わないと確かめようがない。片方だけでは一歩も進めない。
20. 謎の名無しさん
「あいつはよく嘘をついていた」というビショップの言葉が引っかかる。殺した相手を信用ならない人物として語るのは、自分の記憶違いや作り話に対して逃げ道を用意する言い方でもあるから。
21. 謎の名無しさん
ジャケットのブランドが西海岸のデパートのものだったのは、地味だけど意味のある手がかりだと思う。少なくとも彼が西部で買い物をする生活圏にいたことは示している。
22. 謎の名無しさん(>>21への返信)
古着や人からのお下がりという可能性もあるけどね。渡り歩く暮らしなら、服の出どころと本人の居住地が一致しないことのほうが多いくらいだと思う。
23. 謎の名無しさん
リンカーンの販売店で洗車の仕事、という細部がやけに具体的で気になる。コロラドかユタというところまで覚えていたのなら、当時の従業員名簿が残っていないか探す価値はありそうだ。
24. 謎の名無しさん
眼帯をしていて、ポケットには義眼らしきガラス玉が入っていた。この二つが同時に出てきたことが、なぜか一番こたえる。持ち歩いてはいたけれど、その日は着けていなかったということだから。
25. 謎の名無しさん(>>24への返信)
合わない義眼は本当に痛いらしいよ。長時間の移動中は外しておいて、人に会うときだけ入れる——そういう使い分けをしていたのかもしれない。
26. 謎の名無しさん
この時代のアラスカには、南の州から仕事を求めて男たちが大量に流れ込んでいた。名前も経歴も確かめられないまま雇われて、ある日いなくなっても誰も追いかけない。そういう場所だった。
27. 謎の名無しさん(>>26への返信)
つまり彼のような人間は、消えたこと自体が記録に残らない。名前が分からないのは捜査が甘かったからではなく、社会の側に彼を数える仕組みが無かったからだと思う。
28. 謎の名無しさん
上顎の歯科記録だけでも、照合できる望みはゼロじゃない。当時の歯科医院のカルテが残っている地域なら、地道に当たって一致にたどり着いた例は実際にある。
29. 謎の名無しさん
名前も年齢も生年も、全部「彼を殺した男の記憶」を通ってきた情報でしかない。これほど不安定な土台の上に47年ぶんの捜査が積み上がっていることのほうが、事件そのものより恐ろしい。
30. 謎の名無しさん(>>29への返信)
しかも「片目のジャック」という呼び名すら、本人が名乗ったかどうかも怪しい断片から付けられたものだ。奪われたのは命だけじゃなかったんだと思う。
未解決の謎
この事件の奇妙さは、順序が逆さになっている点にある。未解決事件といえばふつう「被害者は分かっているが犯人が分からない」ものだ。ところがここでは犯人が特定され、自白し、すでに世を去っている。分からないのは、殺された側が誰だったのかという一点だけである。
身元にたどり着けない理由ははっきりしている。指紋もDNAも採れず、下顎は失われ、手元に残ったのは上顎の歯科記録と衣類の記録だけ。そのうえ、彼の人物像を語れる唯一の人間が彼を殺した張本人であり、その男自身が「あいつはよく嘘をついていた」と付け加えている。名前も年齢も免許の州も、一次情報がひとつもない。
いま望みがあるとすれば、上顎の歯科記録との地道な照合か、残された骨から使える試料を取り出して遺伝子系譜学※に持ち込む道だろう。ただし前者は当時のカルテが保管されていることが前提で、後者は試料が取れることが前提だ。どちらの前提も、いまのところ満たされていない。
※ 遺伝子系譜学(DNA系譜学):遺体から得たDNAを民間の遺伝子検査サービスに登録された一般ユーザーの遺伝情報と照らし合わせ、遠縁の親族をたどって本人にたどり着く手法。2018年前後から米国で身元不明遺体の同定に使われ、数十年前のコールドケースを次々に解決してきた。
そしてもうひとつ、より重い問題がある。彼が行方不明者として届け出られていないのであれば、照合すべき名簿にそもそも彼の名前が載っていない。1978年のどこかで一人の男が消え、誰も探さなかった。その空白こそが、この事件が半世紀近く解けないままでいる最大の理由なのかもしれない。

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