1994年3月15日、米オハイオ州クリーブランド。州間高速道路の出口ランプのそばに架かる高架の下で、一人の男性が亡くなっているのが見つかった。衣類はすべて身につけたまま、腕時計と2つの指輪も残っていた。歯は一本ずつ状態を書き起こされ、指紋も採取されている。それだけの手がかりが残っているのに、彼は30年以上たったいまも「カヤホガ郡のジョン・ドゥ※」と呼ばれ続けている。
※ ジョン・ドゥ:英語圏で身元不明の男性を指すときに使う仮の名。女性の場合はジェーン・ドゥ。日本語の「氏名不詳」にあたる呼び方で、身元が判明するまで事件番号とセットで長く使われる。
この件が改めて注目されたのは、公開されている復顔図※があまりにも粗いからだった。海外の掲示板には「これで家族が気づけるわけがない」という声が並び、そこから話は「1994年という年に何が足りなかったのか」へと広がっていった。名前が戻らない理由は、一つではないらしい。
※ 復顔図:頭蓋骨の形状や残された身体的特徴をもとに、生前の顔を推定して描いた絵や造形物。身元不明者の公開手配で使われるが、精度は制作者の技量に大きく左右される。
事件の概要
🗓️ 発見日:1994年3月15日(死亡推定も同年)
🌫️ 場所:米オハイオ州カヤホガ郡クリーブランド、州間高速道路90号線の出口ランプ付近、ブロードウェイ・アベニューの高架下
👤 身元不明者:黒人男性、推定50〜70歳、身長約155センチ
🔍 状況:死因は特定できず。歯科記録と指紋は保存されているが、DNAは記録上「利用不可」とされている
🕯️ 現状:発見から30年以上、身元は判明していない。カヤホガ郡検死局※の事件番号218508、NamUs事件番号2061
※ 検死官(コロナー):米国の多くの郡に置かれた役職で、死因の判定や身元の公表を担う。日本の監察医と異なり医師資格が必須ではなく、州によっては選挙で選ばれる公職である点が大きく違う。
カヤホガ郡はオハイオ州北東部、エリー湖に面した郡で、州最大の都市クリーブランドを含む。発見場所となった州間高速道路90号線は五大湖沿いを東西に走る幹線道路で、ブロードウェイ・アベニューはクリーブランド市の南東側から中心部に伸びる古い通りである。つまり彼が見つかったのは山奥でも荒野でもなく、車が絶えず流れている都市の真ん中、その高架の下だった。
3月中旬のクリーブランドは、日中でも気温が一桁台にとどまり、朝晩は氷点下まで落ちる日が珍しくない。遺体はすでに腐敗が進んだ状態で見つかっており、死因を特定することはできなかった。事件性の有無についても、公表されている記録に断定的な記載はない。分かっていないことは、いまも分かっていないままである。
判明している事実
推定50〜70歳、身長約155センチの小柄な男性
黒人男性で、髪は白髪の混じった黒い短い巻き毛。生え際が後退しており、額が広いという記載がある。口ひげとあごひげも同じく白髪混じりだった。体重と目の色は不明のままである。推定年齢の幅が20年と広く取られている一方、身長約155センチという数字は成人男性としてはかなり小柄な部類に入る。年齢の幅が絞れない案件では、こうした身体的特徴のほうが照合の役に立つことがある。
腹部と左腕に残っていた2本の傷あと
右の上腹部から中腹部にかけて、縦方向に約8センチの傷あと。もう一つは左の上腕、肩に近い前面に斜めに走る約5センチの傷あとである。いずれも記録には「特徴的な標識」として明記されている。ただし公開されている情報に、この傷が何によるものかの説明はない。腹部の傷を手術痕ではないかと見る声はあるが、あくまで推測である。もし該当する医療記録が残っていて突き合わせることができれば、身元特定の直接の糸口になり得る。
歯科記録と指紋は残り、DNAだけがない
歯については、どの歯が歯根だけを残しているか、どこに虫歯があるか、歯冠が折れているのはどれかまで、一本ずつ番号を振って記録されている。抜歯痕の一つには感染の疑いも書き添えられている。指紋も採取済みだ。ところがDNAの欄だけが「利用不可」と記載されている。もっとも強力な照合手段が、この事件には最初から存在していない。歯科記録も指紋も、照合する相手側の記録がなければ動かない手がかりである。
3枚重ねの上着と、2本重ねのズボン
上半身は、青・白・赤のスウェットジャケット、緑のセーター、白のトレーナーの3枚。下半身はグレーのスウェットパンツと、色柄の入ったチェックのズボン、その下に黒いショーツ、そして黒いベルト。かなり厚く重ねた着方である。装身具は腕時計が1つと指輪が2つ。金目のものが残っていたという事実は、少なくとも所持品を奪う目的で誰かが近づいた形跡がないことを示している。
照会先はNamUsとドゥ・ネットワークに登録済み
この件はNamUs※に事件番号2061として、またボランティア運営の身元不明者データベース「ドゥ・ネットワーク」に1126UMOHとして登録されている。捜査を担当しているのはカヤホガ郡検死局で、連絡先も公開されている。つまり情報の受け皿は用意されていて、なお名前が戻っていないということになる。
※ NamUs:米司法省の資金で運営されている全米行方不明者・身元不明者システム。行方不明者側の届け出情報と、身元不明の遺体側の情報を横断的に照合できる公開データベースで、一般の人でも検索できる。
主な仮説
仮説1:そもそも捜索届が出されていなかった
指紋も歯科記録も残っているのに一致しないというのは、彼を照合できる記録が相手側に存在しないということでもある。行方不明者として届け出がなければ、NamUsで突き合わせる相手がいない。推定年齢は50〜70歳。家族と離れて暮らしていた、あるいは連絡が途絶えて久しかった人であれば、姿が見えなくなっても「行方不明になった」と誰かが判断するまでに時間がかかる。数十年たっても名前が戻らない身元不明者のかなりの部分が、この形だと考えられている。
仮説2:路上で生活していた可能性
上に3枚、下に2本という重ね着は、3月のクリーブランドの寒さを考えれば、屋外で過ごす時間が長い人の着方に見える、という読みは掲示板でも早くから出ていた。高架の下という発見場所も、その解釈と矛盾しない。ただしこれは推測の域を出ない。寒い日に手持ちの服をすべて着込む人はいくらでもいるし、腕時計と2つの指輪が身についたまま残っていた点も、単純な図式には収まらない。断定できる材料は、公開されている記録の中にはない。
仮説3:1994年という年の技術的な壁
この件でもっとも痛いのは、DNAが残されていないことである。米国のDNAデータベースが全国規模で運用を始めたのは1990年代の終わりで、1994年の時点では、郡レベルの検死局が独自にDNAを採取・保存する体制を持っていないところも多かった。しかも当初の運用は凶悪犯罪の前歴者の登録が中心で、犯罪歴のない人はそもそも照合先に存在しない。彼が見つかったのは、制度が形になる数年前だった。
仮説4:公開されている復顔図が手がかりとして機能していない
この件が掲示板で話題になったきっかけそのものである。歯の一本ずつまで記録されている一方で、公開されている復顔図は顔のパーツが不自然につながっており、「これを見て家族が気づけるはずがない」という批判が相次いだ。復顔図は、記録の照合ではなく人の記憶に働きかけるための道具である。それが機能していないなら、30年のあいだに彼を見かけたかもしれない人の記憶へ届く経路が、一本まるごと欠けていることになる。
海外の反応
1. 謎の名無しさん
1994年の時点でDNAが残っていない、というだけで気持ちが沈む。指紋も歯型もそろっているのに、いちばん強い手がかりだけがない。データベース側の記載が間違いであってほしいと本気で思う。しかもこの復顔図だ。
2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
全国規模のDNAデータベースが本格的に動き出したのは1994年より少しあとで、当時は郡の検死局が自前でDNAを保存できる体制になかったところも多い。州や大学の研究室に頼るしかなかった地域もある。しかも当初の運用は凶悪犯の登録が中心だったから、前科のない人はそもそも照合先に存在しない。せめて火葬ではなく土葬されていれば、あとから採取できる可能性は残る。
3. 謎の名無しさん(>>2への返信)
カヤホガ郡の検死局は土葬を基本にしていたはずだから、そこには望みがあると思っている。ただ掘り起こすには手続きと予算がいるし、それを誰が言い出すのかという問題が残る。
4. 謎の名無しさん
腕時計と指輪が2つ。悪くないものを選んで身につけていた人なんだと思う。生前にそれを「いいね」と言った誰かが、どこかにいるはずなんだ。その人がこの記事にたどり着いてくれたらいい。
5. 謎の名無しさん
この人の名前がいつか戻るとして、そのきっかけがあの復顔図になることはないと思う。歯科記録か、指紋か、あるいは将来のDNA照合か。絵はむしろ足を引っ張っている側だ。
6. 謎の名無しさん(>>5への返信)
本当にDNAが残っていてほしい。歯型と指紋は保存されていると書いてあるけれど、照合する相手の記録がなければ、あるだけでは動かない手がかりなんだよな。
7. 謎の名無しさん
それにしてもこの復顔図はひどい。目と鼻と口が、それぞれ別の人の顔から持ってきたみたいにちぐはぐで、一つの顔として成立していない。
8. 謎の名無しさん(>>7への返信)
描画ソフトで適当に加工したようにしか見えない。輪郭だけ元の絵をなぞって、あとは手作業で無理やり足したような不自然さがある。
9. 謎の名無しさん(>>7への返信)
たぶん元は白黒のスケッチで、そこに後から色を足したんだと思う。だったら白黒版もいっしょに公開すればいいのに、なぜ塗ったほうだけを出すのか、そこが分からない。
10. 謎の名無しさん(>>9への返信)
変な言い方になるけれど、顔のパーツの位置だけは妙に正確なんだよ。あの塗りの雑さと同じ人が、手描きでここまで配置を整えられるとは思えない。元の絵を下敷きにしてなぞった線に見える。
11. 謎の名無しさん
この復顔図の雑さは、失礼という言葉で足りるレベルじゃない。ほかの記録は歯の一本ずつまで書いてあるのに、顔だけがこの扱いなのが理解できない。記録を残した人と絵を作った人が、同じ熱量で仕事をしていない。
12. 謎の名無しさん
2000年代より前の黒人の行方不明者の記録を追っていくと、書類の不備や取り違えが目立つ時期があることに気づく。この件だけを取り出して語れる話ではないと思っている。
13. 謎の名無しさん
悪気があって言うのではないんだけど、自分が描画ソフトで描いてももう少しましなものになる気がする。それくらい、この絵は人の顔の情報になっていない。
14. 謎の名無しさん
たいして役に立たない話かもしれないけれど、あの指輪は1940年代あたりのデザインに見える。この人に名前が戻ってほしい。
15. 謎の名無しさん(>>14への返信)
だとすると、かなり若いころに手に入れたことになる。あるいは父親か、家族の誰かのものを受け継いだのかもしれない。指輪は世代をまたいで残るものだから、そこから家系をたどれる可能性もある。
16. 謎の名無しさん
推定身長155センチというのは、成人男性としてはかなり小柄な部類だ。推定年齢の幅が50〜70歳と広く取られているぶん、実際の絞り込みにはこの身長のほうが効くと思う。記憶にも残りやすい特徴だ。
17. 謎の名無しさん
上着とセーターとトレーナーを重ね、下もスウェットの上にチェックのズボンをはいていたとある。3月中旬のクリーブランドは平気で氷点下まで落ちるから、外にいる時間が長い人の着方に見えてしまう。
18. 謎の名無しさん(>>17への返信)
その読み方は分かるけれど、決めつけるのは早い気がする。寒い日にありったけ着込む人はいくらでもいるし、腕時計と指輪が残っていた点も気になる。奪われていないということは、少なくとも金目当てで誰かが近づいた形跡はないわけで。
19. 謎の名無しさん
腹部の縦8センチの傷と、左の二の腕の斜め5センチの傷。とくに腹部のほうは手術痕の可能性がある。どこかの病院に、その手術のカルテが眠っているかもしれないと思うと落ち着かない。
20. 謎の名無しさん
指紋が保存されているのに一致しないというのは、彼が指紋を登録される場面を一度も通らなかったということでもある。前科もなく、指紋を取る職にも就いていなかった。それ自体が彼の人生についての情報だと思う。
21. 謎の名無しさん
本当に描画ソフトで済ませたのか。これが公的機関の仕事として外に出てしまうところが、どうしても飲み込めない。
22. 謎の名無しさん(>>21への返信)
州によっては検死官に医学の訓練を求めていなくて、選挙で選ばれた人がそのまま就任することもある。予算も人員も足りていない事務所は今でもあるし、1994年ならなおさらだったはずだ。擁護する気はないけれど、個人の怠慢だけで説明できる話でもないと思う。
23. 謎の名無しさん
この件は自分がずっと気にかけている事件の一つだ。当時の郡が彼をどう扱ったかを見るたびに、いまだに気持ちが落ち着かなくなる。
24. 謎の名無しさん
こういう復顔図を見ていると、自分でやってみたいという気持ちになる。絵の経験はあるけれど復顔は完全な素人で、どこから始めればいいのかが分からない。それに公開するのが少し怖い。知らないうちに何かの作法を破ってしまいそうで。
25. 謎の名無しさん(>>24への返信)
ドゥ・ネットワークには作品を送る窓口があるらしい。ただ、身元不明者をまとめているウィキのほうは素人の描いたものを受け付けなくなったと聞いた。基準を作る理由は分かるけれど、こういう案件を見ていると複雑な気持ちになる。
26. 謎の名無しさん
もっとまともな似顔絵があれば、と思ってしまう。彼を見かけたかもしれない人の記憶は、この30年のあいだにどんどん薄れていっているはずなのに。
27. 謎の名無しさん
髪が静電気で逆立ったみたいになっている絵を見て、行方不明の家族を思い出せる人はいないと思う。皮肉として言っているのではなくて、本当にそう思っている。
28. 謎の名無しさん
遺体が土葬で残っているなら、いまの技術で骨からDNAを取り、家系調査用のデータベースと照らす方法がある。近年はその手法で、何十年も前の身元不明者に名前が戻った例がいくつも出ている。
29. 謎の名無しさん(>>28への返信)
ただ、その前に掘り起こしの許可と費用がいる。郡の限られた予算のどこに順番を置くかという話になって、1994年の件が上位に来るのは簡単ではない。誰かが声を上げ続けないと、順番は永久に回ってこない。
30. 謎の名無しさん
1994年のどこかで、この人からの連絡が途絶えたままになっている誰かがいるはずだ。返事が来なくなって、そのまま何十年も過ぎた。名前が戻るというのは、その人にようやく答えが届くということなんだと思う。
未解決の謎
この件で分かっていないのは、彼が誰なのかという一点である。そしてその一点が、ほかのすべてを止めている。死因も特定できていないため、事件だったのか、病気や寒さによるものだったのかも判断できない。身元が分かれば、彼の生活と最期の数日をたどる作業が始められる。逆に言えば、名前がないうちは、その作業を始めることすらできない。
手がかり自体は、決して少なくない。歯は一本ずつ状態が記録されているし、指紋も残っている。腹部と左腕の傷あと、約155センチという小柄な体格、白髪の混じった短い巻き毛と広い額。指輪と腕時計もある。問題は、これらがすべて「照合される相手」を必要とする種類の手がかりだということだ。歯科記録は歯科医院のカルテと、指紋は指紋台帳と、手術痕は病院の記録と突き合わせて初めて意味を持つ。相手側の記録が存在しないか、届け出そのものが出されていなければ、どれだけ丁寧に記録を残しても宙に浮いたままになる。
そこにDNAがあれば話は変わったはずだった。近年、遺伝子系図学※によって数十年前の身元不明者に名前が戻る例が相次いでいるが、この手法は照合できるDNAが手元にあることが前提になる。1994年当時、郡の検死局にその体制はなかった。技術が制度として整うほんの数年前に、彼は見つかっていた。それでも遺体が土葬されていれば、いまの技術で採取できる可能性は残っている。掲示板の議論が最終的にそこへ行き着いたのは、それがいま現実に残された数少ない道だからである。
※ 遺伝子系図学:遺体から採取したDNAを、家系調査用に公開されているDNAデータベースと照合し、遠い親類をたどって身元を絞り込む手法。近年、長期未解決の身元不明者の同定に用いられて成果を上げている。
もう一つ、この件が突きつけているのは、記録の精度が均一ではないという事実だ。歯の一本ずつまで書き残した人と、あの復顔図を作った人は、同じ事件の同じ書類の中に並んでいる。復顔図は記録の照合ではなく、人の記憶に働きかけるための道具である。それが役目を果たしていないなら、彼を見かけたかもしれない誰かの記憶にたどり着く経路が、一本まるごと閉じたままだということになる。彼はいまも「カヤホガ郡のジョン・ドゥ」と呼ばれている。呼ぶための名前が、まだ返っていない。


Comments