「すぐそばに22人の仲間がいたのに、誰も物音を聞いていない」ボーイスカウトの少年はなぜ殺されたのか

「すぐそばに22人の仲間がいたのに、誰も物音を聞いていない」ボーイスカウトの少年はなぜ殺されたのか 未解決事件

1970年の春、ペンシルベニア州の教会の裏手にある草地で、ボーイスカウトの少年たちが焚き火を囲んで眠っていました。朝7時半、仲間が11歳のテレンス(テリー)・バワーズ君を起こそうとすると、彼は寝袋の中で亡くなっていました。刃物で何か所も刺されていたのに、すぐそばで寝ていた20人以上の少年と引率の大人は、誰ひとり物音を聞いていません。凶器も目撃者も動機も見つからないまま、事件は半世紀以上たったいまも解決していません。

事件の概要

🗓️ 発生日:1970年4月26日(日)早朝。監察医の推定では午前6時半ごろ

🌫️ 場所:米ペンシルベニア州チェスター郡イースト・パイクランド郡区、聖バジル大教会の敷地近くの草地(建物から約180メートル、小川のそば)

👤 被害者:テレンス・“テリー”・バワーズ君(11歳)。フィラデルフィア近郊から来たボーイスカウト第275隊※の隊員

🔍 状況:金曜から始まった週末キャンプの日曜の朝、寝袋の中で背中・右腕・胸を刺された状態で見つかった。小さな刃物とみられるが、凶器は見つかっていない

🕯️ 発見/結末:午前7時半ごろ仲間が発見。容疑者は特定されず、未解決のまま

※ ボーイスカウトの隊:地域ごとに置かれた活動の単位で、番号で呼ばれる。第275隊はフィラデルフィアに隣接するアッパーダービーの隊だった。

キャンプは4月24日の金曜日に始まりました。アッパーダービーから来た隊員23人と大人の引率者6人(人数は記事によって多少違います)が、教会から少し離れた小川沿いの草地にテントを張りました。昼間はふつうのスカウト活動をして過ごし、テリー君を含め、誰かの様子がおかしいと感じた人はいなかったといいます。

夜、少年たちは焚き火を囲むように輪になって寝袋を広げました。テントも張ってありましたが、外で寝て寒くなった子だけがテントに移るという寝方でした。テリー君は緑色の寝袋で眠っていて、そのまま朝を迎えることはありませんでした。性的な暴行の痕跡はなかったと報じられています。

テリー君の父親は1978年に48歳で心臓発作で亡くなりました。母親ときょうだいは、その後も情報を求め続けています。姉のモーリーンさんは「あのときは怯えた小さな男の子だった彼らも、いまは子どもを持つ大人になっている。『実は何か聞いた、何か見た』と言ってくれるかもしれない。母が生きているうちに区切りをつけてあげたい」と話しています。

判明している事実

数メートル先に仲間がいたのに、目撃者がいない
テリー君のすぐ近くでは、ほかの隊員22人と引率者2人が眠っていました。それでも、襲われる場面を見た人も、変わった物音を聞いた人もいませんでした。監察医は、発見のおよそ1時間前、午前6時半ごろに刺されたとみています。春の朝6時半は、もう空が白み始める時間です。

警察が着いたときには、現場はすでに崩れていた
警察が到着した時点で、テリー君の体はすでに動かされており、保護者たちも現場に駆けつけていました。最初の発見者は子どもたちで、驚いた大人たちが手当てをしようとしたとみられます。現場の状態を記録する最初の機会は、ここで失われました。

凶器は3度の捜索でも見つからなかった
6人の捜査班が北チェスター郡の住民数百人から話を聞きました。隊員たちは持っていたナイフを証拠として提出させられ、ポリグラフ※にもかけられました。金属探知機で3回捜索しましたが、凶器は見つかっていません。隊員と引率者は全員、繰り返し事情を聞かれ、当時どこにいたかの説明はすべて裏付けが取れたとされています。

※ ポリグラフ:呼吸や脈拍、発汗の変化を測って、うそをついているかどうかを推定する装置。いわゆる「うそ発見器」。結果は確実ではなく、米国でも裁判の証拠として認められないことが多い。

手がかりは浮かんでは消えた
警察は近くの州立施設ペンハースト州立病院や軍の病院から無断で外出していた患者も調べ、事件後しばらくは毎週日曜の夜明けに教会の近くで検問を開いて、通りかかった運転手に「あの朝、何か見なかったか」と尋ねました。1972年には事件の新聞の切り抜きを部屋に置いていた男が、1983年には事件について知っていると言う受刑者が調べられましたが、どちらも事件にはつながりませんでした。

2012年に見つかった「告白」の記録と、2017年の懸賞金
2012年、ボーイスカウト連盟が問題のある人物の入会を防ぐために保管していた内部記録の中から、1971年に書かれた手紙が見つかりました。そこには、隊を除名された元スカウトの男が「仕返しにテリーを刺した」と話していたと書かれていました。男は元スレが投稿された2019年の時点で、別の事件により服役中でした。しかし捜査員によると、その告白には犯人しか知りえない内容が欠けていて、捜査陣は容疑者から外しています。2017年4月には州警察があらためて情報提供を呼びかけ、スカウト連盟の地元の協議会と遺族がそれぞれ2万5000ドルの懸賞金を出しました。その後、事件が解決したという報道は見当たりません。

主な仮説

仮説1:キャンプにいた誰かの犯行

外から来た人間が、眠っている20人以上の中を歩き回って一人を刺し、誰にも気づかれずに立ち去るのは難しい。そう考えると、もともとその場にいた誰かが犯人だと考えるのが自然だ、という見方です。小さな刃物という見立ても、スカウトが持ち歩くナイフと重なります。一方で、隊員も引率者も全員の居場所の説明に裏付けが取れたとされ、ナイフを提出させても凶器は特定できませんでした。11〜14歳の子どもが返り血を隠し、何十年も黙り通せるのかという疑問も強く残ります。

仮説2:外から入り込んだ人物の犯行

現場は小川沿いの開けた草地で、道路からも近い場所でした。外部の人間であれば、凶器を持ったまま立ち去れば見つからなかったことの説明がつきます。警察が近くの病院から外出していた患者や、朝に現場の近くを通った車を調べたのも、この線を考えていたからです。ただ、なぜわざわざ大勢が眠る場所に入り込み、一人の子どもだけを狙ったのかは、この説でもうまく説明できません。

仮説3:除名を恨んだ元スカウトの男

2012年に見つかった記録の「告白」は、いまのところ名前が挙がった中でもっとも具体的な手がかりです。事件当時、捜査員がこの男に似た人物から話を聞いていたという証言もあります。ただ、告白には犯人しか知りえない内容が欠けていて、捜査陣は容疑者から外しました。男は起訴されておらず、警察もこの男を犯人と見ていません。

仮説4:狙われたのは別の少年だった

当時の記事を読み比べた人の整理によると、1980年代に、この日のキャンプに参加するはずだったのに直前で取りやめた元隊員が「本当に狙われたのは自分で、背格好の似ていたテリーが間違えられたのではないか」と話したことがあるといいます。暗い中で寝袋に入った子どもを見分けるのは難しく、人違いはありえない話ではありません。ただ、裏付けとなる証拠は示されていません。

海外の反応

1. 謎の名無しさん
本当にかわいそうな話。家族が早く答えにたどり着けますように。あれだけ何度も刺されたなら、何かしら声を上げたはずだと思うんだけど、そこがどうしても引っかかる。

2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
見つかる危険も、時間がかかることも分かっていて、それでも何度も刺している。傷の数だけで決めつけはできないけど、テリーに個人的な恨みを持っていた人間のように見える。

3. 謎の名無しさん
軍にいたころ応急処置で習ったけど、胸を刺されて肺がしぼむと、息を吸うことも大声を出すこともほとんどできなくなる場合がある。誰も声を聞いていないのは、それで一応説明がつくのかもしれない。

4. 謎の名無しさん
位置関係を考えると頭が混乱する。傷は背中にも胸にもあるから、途中で体の向きが変わったことになる。寝袋の上から刺したなら、それも簡単じゃない。しかも周りには30人近くいて、春の朝6時半ならもう明るくなり始めてるんだよ。

5. 謎の名無しさん(>>4への返信)
それに、その時間なら大人の誰か一人くらいは起きていてもおかしくない。引率者が全員まだ寝ていたというのが、どうも腑に落ちない。

6. 謎の名無しさん
横向きに寝ていたなら、わざわざひっくり返さなくても、前にも後ろにも腕にも刃が届く。体の向きについては、そこまで不思議に考えなくていいと思う。

7. 謎の名無しさん
実はうちの父がこの隊にいたんだ。少し前に、捜査をやり直している刑事から電話がかかってきたらしい。聞きたいことがあれば、父が帰ってきたら聞いてみるよ。

8. 謎の名無しさん(>>7への返信)
お父さんが本当にあの場にいたの? 捜査がまた動いていて、お父さんが証人になるかもしれないなら、ここで細かい話はしないほうがいいと思うよ。

9. 謎の名無しさん
ほかの子にも大人にも、血の付いた服や体を片付ける時間はなかったはず。寝袋が血をかなり受け止めたのかもしれないけど。外の人間なら凶器を持って帰れる。でも、なぜそんな危ない場所で一人だけを狙ったのかが分からない。

10. 謎の名無しさん
直感だけど、同じキャンプにいた子の誰かだと思う。相手は誰でもよくて、ただ人を傷つけてみたかった。ただ、もしそうなら、その後の数十年で別の事件を起こして、どこかでこの件と結びついていそうなものなんだよね。

11. 謎の名無しさん(>>10への返信)
別の罪はとっくに犯していて、この事件と結びつけられていないだけ、という可能性は十分あると思う。昔の記録はつながっていないことが多いから。

12. 謎の名無しさん(>>10への返信)
でも人を刺すのはそんなに簡単じゃない。慣れない子どもなら自分の手も切るのが普通だし、どこかに血が残る。それをきれいに始末する知恵が、11歳から14歳の子にあったとは思えない。

13. 謎の名無しさん
外の人間だとしたら、薄暗い中で寝ている子の顔を一人ずつ確かめて、テリーを探したことになる。そんなことをして誰も起きないなんてある? 変な要素が多すぎる事件だよ。

14. 謎の名無しさん(>>13への返信)
いや、時刻からするともう夜明けで、明るくなり始めていたはず。顔を確かめるのは難しくなかったかもしれないけど、そのぶん見られる危険も大きかった。

15. 謎の名無しさん
犯人がテリーを狙ったとは限らないと思う。たまたま最初に近づいた場所で、一人だけ離れて寝ていたのが彼だった、ということもありえる。誰が誰かは後から知ったのかもしれない。

16. 謎の名無しさん
当時の記事をいくつも読み比べたけど、細かい数字が記事ごとに違う。隊員と引率者の人数も、刺された時刻の推定も、刃の長さも。一つの記事は、発見されたときはまだ息があって病院で亡くなったとまで書いている。

17. 謎の名無しさん(>>16への返信)
いちばんの問題は、現場が守られなかったことだと思う。見つけた子どもや大人は、ショックで何も覚えていなかったり、助けようとして動かしたりしたはず。細かい状況を確定しようがないよ。

18. 謎の名無しさん
別の記事では、その朝6時半ごろに車で通りかかった人が、キャンプ地の近くの道路に暗い色のセダンが止まっていて、10代後半か20代前半くらいの男2人がいたのを見た、と話していたらしい。これが本当なら外部の線も捨てきれない。

19. 謎の名無しさん
保護者や子どもが入り乱れた時点で、いちばんのチャンスは消えたと思う。小さなナイフはスカウトには持ちやすいけど、人を襲う道具としては変な選び方。あの混乱の中なら、凶器をこっそり外に持ち出すこともできたはず。

20. 謎の名無しさん
監察医の時刻の見立てが間違っていた、としか思えない。明るくなった朝6時半に、すぐそばに何十人もいる中で子どもを刺して、そのまま逃げおおせるなんて本当にありえる?

21. 謎の名無しさん
細かい話だけど、1970年4月26日は、アメリカで夏時間が始まった日曜日にあたる。夜中に時計を1時間進める日だから、大人たちが口にした時刻が人によってずれていた可能性はないかな。考えすぎかもしれないけど。

22. 謎の名無しさん(>>21への返信)
面白い視点だけど、監察医の推定は「見つかった1時間ほど前」だから、時計がずれていても発見から犯行までの間隔は変わらないんじゃないかな。証言どうしの食い違いには影響しそう。

23. 謎の名無しさん
お姉さんが「隊の誰かが何か知っている」と考える気持ちは分かる。11歳で何かを見てしまって、同じ目にあわせるぞと脅されたら、自分なら絶対に黙ってる。みんなショックで様子がおかしかったから、隠し事があっても目立たない。

24. 謎の名無しさん(>>23への返信)
でも、もう何十年もたって、みんな大人になっているんだよね。話すならとっくに話していると思う。上の人のお父さんも、最近になってまた話を聞かれているみたいだし。

25. 謎の名無しさん
ホラー映画みたいな話だけど、隊の何人かが一緒にやって、かばい合っているんじゃないかと最初に考えてしまった。すぐ隣で寝ていた子たちなら、ほかの子は気づかないかもしれない。

26. 謎の名無しさん(>>25への返信)
それはさすがに無理があると思う。子どもは秘密を守れないし、すぐ誰かにしゃべる。あれだけ事情を聞かれてポリグラフまでかけられて、何人もいて誰一人崩れないなんて考えにくいよ。

27. 謎の名無しさん
本当にその場で刺されたのかな。別の場所で襲われて、あとから寝袋に戻されたとしたら、誰も物音を聞いていないことの説明はつく。

28. 謎の名無しさん(>>27への返信)
寝袋の周りが血だまりになっていたんだから、その場で起きたと考えるのが自然だと思う。人目のあるキャンプ地へ運び戻すほうが、よっぽど危ない橋を渡ることになる。

29. 謎の名無しさん
地元に近いのにこの事件は知らなかった。アッパーダービーはのどかな田舎じゃなくて、フィラデルフィアのすぐ隣にある大きな町。そこから郊外の教会の草地に泊まりに行くのは、子どもたちにとって楽しみな週末だったはずなんだよ。

30. 謎の名無しさん
20人以上がすぐそばにいて、誰も何も聞いていない。家族は50年以上、答えを待ち続けている。当時その場にいた誰か一人でも、あの朝の小さな記憶を思い出して話してくれたらと思う。

未解決の謎

この事件でいちばん不可解なのは、やはり「誰も何も聞いていない」という一点です。20人以上が数メートルの範囲で眠り、空が白み始めた時間帯に、一人の少年が何度も刺されている。胸の傷で声が出せなかった可能性や、寝袋が音や血を吸った可能性は考えられますが、それでも犯人が近づき、立ち去るまでのあいだに、誰ひとり目を覚まさなかった理由は説明しきれません。

捜査は最初の数時間でつまずきました。警察が着く前に体は動かされ、保護者が駆けつけ、現場の状態はほとんど記録されないまま失われました。凶器は3度の捜索でも見つからず、隊員のナイフを集めても手がかりにはなりませんでした。記事によって人数や時刻、傷の数が食い違っているのも、当時の記録が確かでなかったことを表しています。

内部の犯行か外部の犯行かという問いにも、決め手はありません。内部だとすれば、子どもか大人が血の跡を残さず、何十年も黙っていることになります。外部だとすれば、なぜ大勢が眠る場所にわざわざ入り込んだのかが分かりません。2012年に見つかった「告白」も、捜査陣は信用できないと判断しています。

1970年に11歳だった仲間たちは、いまでは60代後半になっています。姉のモーリーンさんが言うとおり、あの朝のことを覚えている人が、まだどこかにいるかもしれません。テリー君の家族は、半世紀以上たったいまも、その一言を待っています。

出典:r/UnresolvedMysteries 元スレ / NBC Philadelphia / Delaware County Daily Times / PhillyVoice(2017年4月)

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