1979年8月、米アイダホ州東部の小さな町デュボアの近く。矢じりを探して洞窟に入った家族が、地面の浅い穴から、麻袋に包まれた男性の胴体を掘り当てた。頭部も、両腕も両脚もなかった。12年後、同じ洞窟群で11歳の少女が、地面から突き出たミイラ化した手に気づく。周りからは片腕と両脚も見つかったが、身元を知る最大の手がかりになるはずの頭部は、ついに出てこなかった。
身元不明のまま40年が過ぎたこの遺体に、2019年の大みそか、名前が付いた。ジョセフ・ヘンリー・ラブレス。1916年に妻を斧で殺した疑いで捕まり、靴に隠したのこぎりで鉄格子を切って逃げた脱獄囚だった。洞窟の遺体は、100年あまり前に殺された男のものだったのである。では、妻を殺したこの男を、いったい誰が殺したのか。そこは今もわかっていない。
事件の概要
🗓️ 発生日:1916年5月18日以降(脱獄した日。殺されたのはその直後とみられ、正確な日付は不明)
🌫️ 場所:米アイダホ州クラーク郡、デュボアの北にある洞窟群の「バッファロー洞窟」(報道によっては「シビル・ディフェンス洞窟」とも)
👤 被害者:ジョセフ・ヘンリー・ラブレス(1870年12月3日生まれ、当時45歳)
🔍 状況:妻アグネスを殺した疑いで勾留中に、靴に隠したのこぎりで鉄格子を切って脱獄。そのまま行方が分からなくなった
🕯️ 発見/結末:1979年に胴体、1991年に片腕と両脚が洞窟で見つかる。頭部は今も見つかっていない。2019年12月31日に身元を発表。誰に殺されたのかは不明のまま
ラブレスは1870年12月3日、当時のユタ準州ペイソンで生まれた。両親はモルモンの開拓者※だ。1899年に最初の妻と結婚したが、1904年に「遺棄」を理由に離婚されている。翌1905年にアグネス・オクテーヴィア・コールドウェルと一緒になり、2人のあいだには4人の子どもが生まれた。
※ モルモンの開拓者:末日聖徒イエス・キリスト教会(通称モルモン教)の信徒で、19世紀にユタ一帯へ入植した人々。教会が一夫多妻をやめると表明した1890年より前は、複数の妻を持つ信徒もいた。
暮らしぶりは、およそまっとうとは言いがたい。酒の密売※で2度捕まり、にせ金づくりにも関わっていたと報じられている。偽名をいくつも使い分け、1914年には、密売で捕まって入れられた牢から逃げている。護送されていた列車を、走っている途中で止めたことまであると伝えられる。1916年の春、一家はデュボアの町外れでテント暮らしをしていて、町では「チャールズ・スミスとエイダ・スミス」の夫婦として通っていた。
※ 酒の密売:アイダホ州では1909年から郡ごとに酒の販売を禁じられるようになり、1916年には州全体が禁酒となった。全米の禁酒法(1920年から)より早い。
1916年5月5日の晩、アグネスは町のダンスから帰ったあと、夫と言い争っていたと伝えられる。その夜、テントの中で彼女は斧で襲われ、命を落とした(その夜のうちとする報道が多いが、数日後に亡くなったとする資料もある)。倒れている母親を見つけたのは、幼い息子だった。当時の新聞や手配書には、犯人が「ウォルト・ケアンズ」「チャールズ・スミス」といった偽名で載っている。ラブレスは5月11日に近くの町スペンサーで捕まり、フリーモント郡※の郡庁所在地セント・アンソニーの牢に入れられた。
※ フリーモント郡:1916年当時、デュボア一帯はフリーモント郡に属していた。今のクラーク郡がここから分かれたのは1919年のことだ。
アグネスの葬儀は5月9日に営まれた。その席で子どもの1人が口にしたとされる言葉が、のちにDNAドウ・プロジェクト※の調べで掘り起こされている。「パパは牢屋に長くいたためしがない。すぐに出てくるよ」。
※ DNAドウ・プロジェクト:米国の非営利団体。家系調べのサイトに登録された遺伝子データを使い、ボランティアの系図調査員が身元不明の遺体に名前を取り戻している。「ドウ」は、米国で身元不明の人を仮に呼ぶ「ジョン・ドウ」から。
言葉のとおりになった。5月18日、ラブレスは看守が夕食に出ているあいだに、靴に隠し持っていたのこぎりで鉄格子を切り、牢を抜け出した(脱獄を5月23日とする地元紙もある)。手配書が出され、アイダホ州北東部で数週間にわたって捜索が続いたが、行方はつかめなかった。生きている彼を見たという記録は、ここで途切れる。
判明している事実
麻袋に包まれた胴体と、手配書と同じ服
1979年8月26日、デュボアの北にある洞窟で、矢じりを探していた家族が遺体を見つけた。遺体は麻袋に包まれ、深さ45センチほどの浅い穴に埋められていた。頭部と両腕、両脚はなく、青いピンストライプの白いシャツに、えんじ色のセーター、黒っぽいズボンを身に着けていた。脱獄後に出された手配書は、ラブレスの服装を「明るい色の帽子に茶色の上着、赤いセーター、黒いズボンの上に青いオーバーオール」と書いている。セーターとズボンが一致したことが、のちに死亡した時期を絞り込む決め手になった。
12年後に見つかった手と脚
捜査は行き詰まったまま、1991年3月を迎える。家族と洞窟を探検していた11歳の少女が、地面から突き出たミイラ化した手に気づいた。周辺を掘ると片腕と両脚が見つかり、これも麻袋に包まれていた。遺体は何種類かの刃物で切り分けられており、隠しやすくするためだった可能性があるとされる。頭部は、捜索を重ねても見つかっていない。
「死後6か月から5年」という見立て
鑑定には、アイダホ州立大学の人類学者のほか、スミソニアン協会やFBIの専門家も加わった。分かったのは、ヨーロッパ系の40歳前後の男性で、髪は赤みがかった茶色らしいということ。死後の経過は「6か月から5年」と見積もられた(「少なくとも6か月、10年以上の可能性もある」とする報道もある)。実際には、遺体は63年ほど洞窟の中にあった。洞窟の環境が、遺体を想定よりはるかに長く保っていたことになる。
3万人を超える家系図
2015年、アイダホ州立大学の人類学部が、身元の特定に力を貸してほしいと頼まれた。2019年3月、同大の人類学者サマンサ・ブラットとエイミー・マイケルが、DNAドウ・プロジェクトに協力を求める。DNA解析の会社オースラムが遺体の試料からDNAを読み取り、ボランティアの系図調査員14人が、家系調べのサイト(GEDマッチ、ファミリーツリーDNA)に登録されたデータをもとに家系図を組み上げていった。いわゆる遺伝子系図学※の手法である。
※ 遺伝子系図学:DNAの一致から遠い親族を見つけ、家系図をさかのぼったり下ったりして本人を絞り込む手法。一般の人が家系調べのために登録した遺伝子データを使う。2018年、米カリフォルニア州の連続殺人犯の逮捕で広く知られた。
ラブレスの祖父の1人は4人の妻を持つ一夫多妻で、親族どうしの結婚も多く、家系図は膨らむ一方だった。最終的に家系図に載った人数は3万1730人。そこから「DNA上のいとこ」を250人まで絞り込み、延べ作業時間は2000時間を超えた。候補としてラブレスが浮かんだ理由の1つが、彼の墓石だった。墓はあるのに、下に遺体が入っていない「空の墓」※だったのである。同プロジェクトによれば、研究所からDNAのデータが届いてから、約3か月半で答えにたどり着いた。
※ 空の墓:英語でセノタフと呼ばれる、遺体を納めずに建てる記念の墓。行方の分からない人のために建てられることがある。
87歳の孫のDNAで裏付け
2019年の後半、プロジェクトは「仮の特定」まで来たと公表したが、名前は伏せた。クラーク郡の保安官※バート・メイは「100%間違いないと確かめるため、もう一歩踏み込む必要があると感じた」と話している。保安官事務所はカリフォルニア州に住む87歳の孫を探し当て、話を聞いたうえでDNAを提供してもらった。照合の結果、孫は洞窟の男の直系の子孫だと確かめられた。こうして2019年12月31日、遺体の名前が公表された。
※ 保安官:米国で郡ごとに置かれる法執行の責任者。多くは住民の選挙で選ばれ、郡の警察にあたる保安官事務所を率いる。
孫を含め、今の親族は先祖のこうした過去を知らず、捜査の手がかりになる話も持っていなかったという。本人の写真は1枚も残っていない。報道に添えられた顔は、両親や近い親族の写真と、当時の人相書きをもとに作られた合成の似顔絵である。同プロジェクトの調査員は、この種のDNA鑑定で解決した事件として「最も古いものの1つ」だと話している。
主な仮説
身元は分かった。だが、ラブレスを殺して洞窟に埋めた人物については、名前どころか手がかりもない。報道とコメント欄で挙がっている見方を4つに整理する。
仮説1:殺された妻の家族による報復
報道によれば、アイダホ州立大学のブラットは、亡くなったアグネスの家族が報復として手を下した可能性を挙げている。妻を斧で殺されたうえ、疑われた夫は2週間たらずのうちに牢を抜けた。法が裁いてくれないなら自分たちで、と考える動機は十分にある。遺体を切り分けて麻袋に包み、手足を胴体とは別に埋めた手間のかけ方に、強い恨みを読み取る人もいる。一方で、家族がそうした行動に出たことを示す記録は見つかっていない。
仮説2:密売仲間とのもめごと
ラブレスは酒の密売とにせ金づくりに関わり、偽名を使い分けて暮らしていた。脱獄したばかりで金も食べ物もない男が頼れる相手は、裏の商売の仲間くらいだっただろう。そこで分け前や借金をめぐってこじれた、あるいは追われている男をかくまうのを嫌われた、という筋書きである。ただ、彼の仲間として具体的な名前が挙がったことはない。
仮説3:脱獄を手引きした者が待ち伏せていた
靴に隠したのこぎりを、ラブレスはどこで手に入れたのか。外から差し入れた協力者がいたのではないか、という推測は以前からある。もしそうなら、その人物は脱獄の日時を前もって知っていたことになる。逃がすふりをして待ち構え、命を奪ったという見方だ。ただ、ラブレスはそれまでにも牢から逃げたことがあり、自分で道具を用意していたとしても不思議はない。
仮説4:法の側の人間による私刑
牢の中で看守などに殺され、遺体を運び出したうえで「脱獄した」ことにされた。あるいは、追っ手がラブレスを見つけ、法の手に渡さずに始末した。そんな見方もある。人の少ない当時のアイダホ東部では、町の外で起きたことは誰の目にも触れにくかった。ただ、実際には手配書が配られ、数週間にわたって捜索が続いている。法の側が手を下したのなら、騒ぎを大きくする理由は薄い。コメント欄にも、この点に首をかしげる声があった。
海外の反応
1. 謎の名無しさん
身元が分かる前は、何人もの若い女性の死や失踪に関わったと疑われていた、ある男の仕業じゃないかって説も一部で出てたんだよな。被害者が1916年に死んでいたなら、その線はこれで消えた。今いちばん怪しいのは、ラブレス本人を知っていた悪い仲間だと思う。
2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
仲間じゃなくて、子どもの誰かって線もあるんじゃないか。母親を殺したろくでなしの父親を、黙って見逃す息子はそういない。
3. 謎の名無しさん(>>2への返信)
それは無理があると思う。殺された奥さんとの子は4人で、上でもせいぜい11歳くらい。前の結婚でできた娘はまだ10代で、殺されたのは自分の母親じゃない。子どもが大人の男を殺して洞窟に埋めるのは考えにくい。賭けるなら奥さんの実家の誰かだね。
4. 謎の名無しさん(>>3への返信)
同意。それに、証拠が何ひとつないのに、子どもが父親を殺したなんて話を広めるのはやめておこう。倒れている母親を見つけたのも幼い息子だったんだ。あの子たちは母親を奪われた側なんだ。
5. 謎の名無しさん
葬式で子どもが言ったとされる「パパは牢屋に長くいたためしがない。すぐに出てくるよ」って言葉、読み返すと背筋が冷える。実際、それから10日もしないうちに牢を破ってるんだから。
6. 謎の名無しさん
あの子がそう言えたのは、何度も牢から逃げてきた父親を見てきたからだよな。1914年にも別の牢から逃げてるし、護送中の列車を止めたって話まである。家族にとっては「どうせまた出てくる」が当たり前だったんだろう。
7. 謎の名無しさん
正直に言うと、記事を開くときに顔写真が出てくるのがちょっと怖かった。あの顔、かなり不気味じゃないか。
8. 謎の名無しさん(>>7への返信)
あれは写真じゃないよ。ラブレス本人の写真は1枚も残っていなくて、両親や親族の写真と、当時の新聞に載った人相の説明をもとに作った合成の似顔絵なんだって。
9. 謎の名無しさん
合成だと分かっていても、帽子までかぶってるせいで『エルム街の悪夢』のフレディにしか見えない。作った人も、ここまでの迫力は狙ってなかっただろうな。
10. 謎の名無しさん
最初の鑑定の見立てがひどい。死後6か月から5年って、実際は60年以上たってたわけだろ。いくら昔の鑑定でも、外れ方が大きすぎないか。
11. 謎の名無しさん(>>10への返信)
洞窟の中では、遺体が驚くほど長く保たれることがあるんだよ。植物の種なんかは何千年も残る。イスラエルでは2000年前の種から絶滅したナツメヤシを育てたって話もある。見た目で年数を出すのは難しかったんだと思う。
12. 謎の名無しさん
それにしても、あれだけミイラ化した胴体を見て「半年かもしれない」は、幅を狭く取りすぎだと思う。分からないなら、もっと広い幅で出すべきだった。
13. 謎の名無しさん
前にこの事件の解説を聞いたとき、当時の担当者は年数の見積もり自体を出したがらなかった、って話だった気がする。自信がなかったのは本人たちも同じだったんじゃないか。
14. 謎の名無しさん
頭がないから身元は無理だと40年言われてきた遺体に、DNAで名前が付いたのがすごい。本人が生まれたのは1870年だぞ。家系図をたどった人たちの根気には頭が下がる。
15. 謎の名無しさん
モルモンの開拓者の家系で、祖父に妻が4人いたから、家系図がとんでもなく複雑になったらしい。3万人を超える家系図から、DNA上のいとこを250人まで絞り込んだって読んだ。気が遠くなる。
16. 謎の名無しさん
決め手のひとつが、本人の墓石の下に遺体がなかったことっていうのが面白い。誰かが名前だけの墓を建てて、行方の分からない男をそこで弔っていたわけだ。その遺体は、ずっと洞窟にあった。
17. 謎の名無しさん
因果応報って言葉がこれほど似合う話もない。妻を斧で殺した男が、逃げた先で自分も殺されて、洞窟に埋められていた。昔の怪奇ドラマのオチみたいだ。
18. 謎の名無しさん(>>17への返信)
気持ちは分かるけど、殺されて当然とまでは言いたくないな。誰がやったにせよ殺人は殺人だ。保安官事務所が今も殺人事件として扱っているのは、筋が通っていると思う。
19. 謎の名無しさん
雇われた誰かの仕事だと思う。殺された奥さんの関係者が人を雇って、脱獄を手伝わせてから始末させた。のこぎりを差し入れた人間がいたなら、出てくる日時も分かっていたはずだ。
20. 謎の名無しさん(>>19への返信)
雇うまでもないかも。脱獄したばかりで金も食べ物もないラブレスが、信用していた誰かに助けを求めた。でも、その相手は彼のやったことを許していなかった。1916年のアイダホなら、そういう決着のつけ方もありえた。
21. 謎の名無しさん(>>20への返信)
証拠はないけど、もし誰かが手を下したのなら、理由は奥さんのことであってほしい。悪党どうしの取引がこじれただけ、というのはなんだか救いがない。
22. 謎の名無しさん
酒の密売をしてた男だからね。仲間を裏切ったか、裏切られたかで消されたとしても驚かない。にせ金づくりにも手を出してたらしいし、敵には事欠かなかったはず。
23. 謎の名無しさん
70年代の初めにアイダホに住んでたけど、その頃でも人は本当に少なくて、廃坑もあちこちにあった。1916年ならなおさらだ。そんな土地で裏の商売をしていたなら、つるむ連中もまともじゃない。金の貸し借りでもめた線は十分ある。
24. 謎の名無しさん
本当に脱獄したのか、ってところから疑ってる。牢の中で看守か誰かに殺されて、遺体を運び出して洞窟に隠した。で、表向きは脱獄したことにした、とか。
25. 謎の名無しさん(>>24への返信)
当時の牢の管理がどこまで厳しかったのか知りたい。看守が囚人を殺したとして、わざわざ隠さないといけないほどの監視の目があったのかどうか。
26. 謎の名無しさん(>>24への返信)
それなら、なんで手配書まで配って何週間も探し回ったんだろう。隠すつもりなら、脱獄の騒ぎを大きくするのは逆効果な気がする。
27. 謎の名無しさん
熊にやられた可能性は?と一瞬思ったけど、麻袋に包んで、手足を別々の場所に埋める熊はいないか。人の手によるものなのは間違いない。
28. 謎の名無しさん
手配書の服と遺体の服が同じだから1916年に死んだ、という推定は筋が通ってる。ただ、厳密には「その服を着たまま死んだ」ことしか分からない。脱獄から何か月か生きていた可能性も、ゼロではないと思う。
29. 謎の名無しさん(>>28への返信)
何か月も同じ服のまま隠れていられたかは疑問だけど、たしかに日付までは決まらないね。DNAドウ・プロジェクトも「1916年に死んだ可能性が高い」という言い方にとどめていた。
30. 謎の名無しさん
今の親族は、先祖にこんな過去があるなんて知らなかったらしい。87歳になってから、祖父が妻殺しの脱獄囚で、しかも誰かに殺されていたと知らされるのは、どんな気持ちなんだろう。
未解決の謎
洞窟の男に名前は戻った。しかし、ラブレスがいつ、どこで、誰に殺されたのかは分からない。洞窟まで運んだ手段も、なぜ頭部だけがどこからも出てこないのかも、説明がつかないままだ。死んだのは1916年とみられるが、それも手配書と同じ服を着ていたことからの推定で、日付までは決まっていない。
クラーク郡のメイ保安官は、身元の発表にあたって、誰がラブレスを殺したのか分からない以上、事件は殺人事件として開いたままにすると述べた。ただ、2026年10月時点で確認できる範囲では、その後に頭部が見つかったという報道も、犯人に迫る新しい手がかりが出たという報道もない。
地元の側は、この事件を土地の物語として語り継ぎ始めている。2021年秋には、地元のライオンズクラブが遺体の見つかった洞窟群を会場に、事件を題材にしたお化け屋敷「密造酒売りの墓」を開いた。主催者の1人は地元紙の取材に「密造酒売りを誰が殺したのか、私たちには分からない」と話し、会場では結論を示さず、考えられる筋書きをいくつか見せる形にしたという。
葬儀の席で子どもが言った「すぐに出てくるよ」は、半分だけ当たったことになる。父親は確かに牢を出た。だが、家族のもとへ戻ることはなく、63年後に洞窟の浅い穴から、名前のない遺体として見つかった。名前が戻るまでには、さらに40年かかっている。最後の場面を知っている者は、もう誰もいない。
出典:r/UnresolvedMysteries 元スレ / ガーディアン(2020年1月1日) / CNN(2020年1月1日) / AP通信、イースト・アイダホ・ニュース(2019年11月〜2021年9月)、Fox News、UPI

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