【1977年】歩いて5分の帰り道で消えた6歳、長靴もリボンも出ない——メアリー・ボイル事件

【1977年】歩いて5分の帰り道で消えた6歳、長靴もリボンも出ない——メアリー・ボイル事件 行方不明・失踪

1977年3月18日の午後、アイルランド北西部ドニゴール州の丘陵地で、6歳の少女メアリー・ボイルが祖父母の家のすぐ近くから姿を消しました。借りていたはしごを近所の農家へ返しに行く親族のあとをついて歩き、途中の水たまりで「戻る」と引き返した。家までは歩いて5分ほどの距離だったとされます。それきり、メアリーの行方は分かっていません。

身に着けていた長靴も髪のリボンも、何ひとつ見つかっていません。アイルランド共和国で最も長く続く子どもの行方不明事件として、失踪から半世紀近くたった今も警察(ガルダ※)の記録上は「捜査継続中」のままです。

※ ガルダ:アイルランド共和国の国家警察「ガルダ・シーハーナ(An Garda Síochána)」の通称。警察官個人も「ガルダ」と呼ばれる。

事件の概要

🗓️ 発生日:1977年3月18日(金)午後3時半ごろ

🌫️ 場所:アイルランド・ドニゴール州バリーシャノン近郊、キャシェラードの母方の祖父母の農家付近

👤 行方不明者:メアリー・ボイル(6歳、身長約119cm、明るい茶色の髪)

🔍 状況:はしごを返しに近所の農家へ向かう親族のあとをついて行き、途中の水たまりで引き返したとされる。その後、祖父母の家に戻らなかった

🕯️ 現状:遺体・遺留品とも未発見。誰も起訴されておらず、ガルダは捜査継続中としている

メアリーは双子の姉妹アンや兄、いとこたちと一緒に、母方の祖父母の家に遊びに来ていました。家のまわりは起伏のある牧草地と、ところどころに水の溜まった泥炭地※が広がる、ほとんど人家のない土地です。子どもたちが外で遊んでいるあいだに、メアリーは親族の男性が、借りていたはしごを数百メートル先の農家へ返しに行くのを見つけ、あとをついて行きました。

※ 泥炭地(ボグ):枯れた植物が分解されずに積み重なってできた湿地。アイルランドに広く分布し、表面は草に覆われていても下はぬかるみや深い水たまりになっていることがある。

その親族の説明では、途中に子どもには渡れないほど深い水たまりがあり、メアリーはそこで引き返したといいます。彼は農家に着いたあと、そこで30分ほど話し込んでから戻りました。そのあいだにメアリーの姿が見えないことに家族が気づき、捜索が始まります。

判明している事実

身に着けていたものは何ひとつ見つかっていない
ガルダの行方不明者情報によると、メアリーは当日、薄紫色の手編みのカーディガン、茶色のジーンズ、黒い長靴という服装でした。髪はリボンでまとめていたとされます。数百人規模の捜索が行われ、近くの湖の水を抜いて底を調べることまでしましたが、長靴もリボンも含め、身に着けていたものは一つも見つかっていません。

現場は捜索の人波で踏み荒らされた
当時の捜査に関わった元捜査員は後に、最初の数日は「行方不明の子どもの捜索」として動いており、殺人を想定した現場保存はされていなかったと振り返っています。200〜300人のボランティアが一帯を歩き回ったため、足跡などの痕跡はほとんど残りませんでした。

最後に一緒にいたとされる親族は、起訴されないまま2023年に死去
メアリーを最後に見たと報告したのは、はしごを返しに行った親族です。一部の親族や支援者は長年この人物を公然と疑ってきましたが、本人は疑惑を「事実無根」と一貫して否定し、逮捕・起訴されたことは一度もありません。2023年1月に病気で亡くなりました。

英国の連続児童殺害犯の関与説は、有力視されなくなった
当時、英国で後に複数の少女の殺害で有罪となるロバート・ブラックが、配送ドライバーとしてドニゴールを走っていたとされ、関与が長く噂されました。ただ、2016年ごろまでには、彼が犯人である可能性は低いという見方が広く定着しています。

2016年に再捜査、発掘も行われたが成果なし
2016年、ガルダは未解決の重大事件を洗い直す専門チーム(重大犯罪再検証班)に事件の再検証を依頼しました。同年7月には、メアリーが最後に目撃された場所に近い土地で掘削調査が行われましたが、新たな証拠は見つかりませんでした。2018年の失踪41年目の呼びかけでも、ガルダは「捜査は今も続いている」と述べています。

主な仮説

仮説1:帰り道で泥炭地の水たまりに落ちた

もっとも単純な説明です。泥炭地の水たまりは見た目では深さが分からず、縁は滑りやすく、底には植物が絡み合っています。6歳の子どもが足を取られれば、自力で上がるのは難しく、沈んだ体が浮かび上がってこない可能性もあります。一方で、捜索は失踪直後から大人数で行われ、水場も調べられています。「歩いて5分の範囲で、これだけ探して何も出ないのは不自然だ」という反論も根強くあります。

仮説2:通りがかりの見知らぬ人物に連れ去られた

家族の一部と当初の捜査が、長く前提にしてきた見方です。ロバート・ブラックの名前が挙がったのもこの流れでした。ただ、現場は人家のまばらな丘陵地で、よそ者の車や人影は目立ちます。当日の目撃情報がほとんどないこと、ブラック説の根拠が弱まったことから、支持は以前より減っています。

仮説3:顔見知りの人物が関わり、事実が伏せられた

メアリーの双子の姉妹アンや、親族にあたる歌手のマーゴ・オドネルらが訴えてきた説です。2016年に公開されたドキュメンタリーでは、元捜査員2人が「ある政治家から、特定の家族を容疑者扱いするなという趣旨の電話が署にあった」と証言したと報じられました。一方で、名指しされた政治家側はこれを否定しています。当時の捜査に関わった元捜査員のあいだでも受け止めは分かれ、「隠蔽があったとしてもガルダの中ではない」と強調する声もあります。圧力があったかどうかは、公的には確認されていません。

仮説4:単独ではなく、事故と事後の混乱が重なった

何かの事故が起き、その後の対応で事実がうやむやになった可能性を考える人もいます。1977年当時はDNA鑑定もなく、現場保存の考え方も今とは違いました。初動の数日が「迷子探し」だったことで、本来残っていたはずの手がかりが失われた、という見方です。どの説を取るにしても、この初動の問題は事件の見通しを大きく悪くしました。

海外の反応

1. 謎の名無しさん
アイルランド人だけど、田舎の村で育ってないと、この事件の空気は分からないと思う。70年代の地方では、ガルダや地元の政治家、神父に誰も逆らえなかった。住民が口を閉ざす感じ、あれは本当にある。

2. 謎の名無しさん
帰り道が5分って聞くと、どうしても「その5分に何があったのか」ばかり考えてしまう。子どもが5分でそこまで遠くへ行けるとは思えないんだよな。

3. 謎の名無しさん(>>2への返信)
逆に言えば、5分でたどり着ける範囲にいたはずなんだよ。それだけ狭い範囲をあれだけ探して何も出ないのは、地形のせいか、それとも人のせいか。そこで意見が割れてる。

4. 謎の名無しさん
最後に一緒にいた人を最初に疑うのは、捜査のイロハだと思う。当時の捜査員も当然そうしたはず。それで立件できなかったのは、疑いが晴れたのか、遺体がなくて何も証明できなかったのか、どっちかだろう。

5. 謎の名無しさん(>>4への返信)
俺は事故だと思う。一緒に出発した時刻と、農家に着いた時刻を見ていた人がいたはずで、その間に何かを隠す時間があったかはすぐ分かる。泥炭地の水たまりは深さが読めないし、縁が滑って大人でも上がれない。慣れない土地で子どもが一人になれば十分起こりうる。

6. 謎の名無しさん
俺も事故説。帰り道で近道しようとして、ちょっとした水たまりを飛び越えようとして落ちた。泥と沈んだ植物に引っかかって浮かんでこなかった。大人がボグにはまって抜け出せなくなる動画を見たことがあるけど、あれが小さい子だったらと思うとぞっとする。

7. 謎の名無しさん(>>6への返信)
ボグは一度のみ込んだものを返さないからね。アイルランドの博物館には、鉄器時代の人間が泥炭の中で何千年も保存されてた「湿地遺体」がいくつも展示されてる。見つかったのはここ数十年で、泥炭を掘り出していた人がたまたま見つけたケースがほとんどだ。

8. 謎の名無しさん
現場は捜索の人波で踏み荒らされて、足跡も何も残らなかったんだよね。今なら真っ先に立ち入りを止めて証拠を守るところだけど、77年の田舎の警察にそれを求めるのは酷かもしれない。

9. 謎の名無しさん
地元では事故じゃないと思ってる人がとても多い。事件のあと家族がばらばらになったのを見れば、何かあったと考えるのは自然だと思う。

10. 謎の名無しさん(>>9への返信)
でも家族が割れたのは、法的に死亡と認めるための審問※を開くかどうかで揉めたことも大きかったって報じられてなかった?子どもを失った家族が割れるのは、それだけでも十分ありうる話だよ。

※ 審問(インクエスト):アイルランドや英国で、死因が不明な死について検視官(コロナー)が開く公開の審理。メアリーについては家族の一部が開催を求めてきたが、開かれていない。

11. 謎の名無しさん
話を聞く限り、水に落ちたか、土地に負けたかのどっちかに思える。6歳の子が一人で歩くには、あの土地は危なすぎる。

12. 謎の名無しさん
YouTubeで無料で見られる「Mary Boyle: The Untold Story」っていうドキュメンタリーがある。10年くらい前のものだけど、背景がよく分かる。見終わったら、答えがどのあたりにありそうか、自分なりに見当がつくと思う。

13. 謎の名無しさん(>>12への返信)
見たけど、あれは作り手がはっきり一つの結論に向かって編集してる作品だよ。証言は貴重だけど、反対側の言い分はほとんど出てこない。面白いけど、うのみにはしないほうがいい。

14. 謎の名無しさん
アイルランドの事件がこのサブで話題になるたびに思うけど、みんなあの国の地方の狭さを分かってない。どこの誰が何をしたか、噂はすぐ回る。そのぶん、噂がそのまま「みんな知ってる事実」になってしまう怖さもある。

15. 謎の名無しさん
田舎だと、畑の真ん中を一人で歩いてる子どもがいれば、通りがかりの車や農家の誰かが必ず覚えてる。目撃者がほとんどいないってこと自体が、遠くへは行ってないことを示してると思う。

16. 謎の名無しさん
向かった農家のほかに、周りに家はあったのかな。ほとんど人のいない土地で、誰にも見られずに子どもを連れていくのは相当難しい。だから俺はボグ説寄り。でも地元の人たちには、別の考えがあるみたいなんだよね。

17. 謎の名無しさん(>>16への返信)
ドキュメンタリーを見て「あの道沿いに子どもがはまるほど深い水場はない」って言う人もいるね。ただ、当時は近くの湖の水を抜いて底まで調べたとも言われてるし、どこをどこまで探したかの記録が公開されないと判断のしようがない。

18. 謎の名無しさん
ロバート・ブラック説はもう成り立たないって考えていいの?当時ドニゴールにいたっていう話だけは、今でもあちこちで見かけるけど。

19. 謎の名無しさん
2016年までには、ブラックが犯人の可能性は低いっていう見方が一般的になってる。英国の事件で名前が挙がりすぎて、未解決の子どもの失踪は何でもブラックに結びつけられてた時期があったんだよ。

20. 謎の名無しさん
最後に一緒にいた親族は2023年に亡くなったんだってね。起訴されたこともないし、本人は最後まで疑惑を否定してた。もし何か知ってたとしても、もう誰にも確かめられない。

21. 謎の名無しさん(>>20への返信)
それでも、裁判で何も証明されてない人を「犯人」と呼ぶのは違うと思う。疑ってる親族がいるのは事実だけど、疑いは疑いでしかない。亡くなった人は反論もできないんだから、なおさらね。

22. 謎の名無しさん
どういう説が有力なの?俺はほとんど事故に聞こえる。ボグに落ちてそのまま。ほかのことが起きるには、時間があまりに短すぎない?

23. 謎の名無しさん(>>22への返信)
メアリーの双子の姉妹やいとこは、事故じゃないと訴えてる。自分も最初は事故だと思ったし、普段なら一番単純な説明が正解だと考えるほうだけど、調べるほどに事故だけでは説明しきれない点が出てくる、と感じてる人は多いよ。

24. 謎の名無しさん
元捜査員が「政治家から圧力の電話があった」とドキュメンタリーで証言したって話、あれは本当なの?それが事実なら、事故か事件か以前の問題なんだけど。

25. 謎の名無しさん(>>24への返信)
そういう証言があったと報じられた、というところまでだね。名前を出された政治家の側は否定してたし、元捜査員の側でも「隠蔽があったとしてもガルダの中ではない」と線を引く人がいる。確かめる手段がないまま、話だけが一人歩きしてる状態だよ。

26. 謎の名無しさん
いい投稿だった。ただコメント欄は残念。「地元の人間はみんな知ってる」って言いながら何の根拠も出さない書き込みが多すぎる。伝聞が裁判で証拠にならないのには理由があるんだよ。

27. 謎の名無しさん(>>26への返信)
本当にそう。ネットで検索すれば「月面着陸はなかった」の証拠だっていくらでも出てくる。重大な告発をするなら、噂話じゃなくて証拠を出してほしい。

28. 謎の名無しさん
地元の人の感覚を全部デタラメと切り捨てるのもどうかと思う。ただ、アイルランドには何百万人も住んでて、全員がこの子のことを知ってるわけじゃない。「みんな知ってる」って言葉は、強いけど危ういよ。

29. 謎の名無しさん(>>28への返信)
結局、この事件のつらいところはそこなんだと思う。確かな証拠が何もないから、噂が真実の代わりになってしまう。その噂のせいで家族同士も傷つけ合ってきた。

30. 謎の名無しさん
事故でも事件でも、6歳の子が家族のもとに帰れないまま半世紀たとうとしてるのは変わらない。いつか何かが見つかって、メアリーがちゃんと眠れる日が来てほしい。

未解決の謎

メアリー・ボイルの事件でいちばん大きな謎は、「歩いて5分の範囲で、なぜ何ひとつ見つからなかったのか」という一点に集約されます。泥炭地に落ちたのなら、長靴やリボンのような小さなものが一つくらい見つかってもおかしくありません。誰かに連れ去られたのなら、人家のまばらな丘陵地で誰かの目に留まっていたはずです。どちらの説明にも、うまくはまらない部分が残ります。

捜査を難しくしたのは、初動の数日間でした。「迷子探し」として数百人が現場を歩き、足跡などの痕跡は失われました。DNA鑑定もない時代で、後から検証し直せる物証はほとんど残っていません。2016年の再検証と掘削調査でも新しい手がかりは出ず、最後に一緒にいたとされる親族は、起訴されることのないまま2023年に亡くなりました。本人は生前、関与を一貫して否定していました。

そのあいだに事件は、家族を分け、地域に噂を残しました。政治的な圧力があったという証言も、それを否定する証言も、公式には決着していません。審問も開かれないまま、メアリーは法的にはいまも「行方不明の6歳の少女」のままです。何が起きたのかを知る手がかりは、今もキャシェラードの丘と泥炭地のどこかに眠っているのかもしれません。

出典:r/UnresolvedMysteries 元スレ / Wikipedia / The Irish Times

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