【2016年】母の遺体が公園で見つかったとき、2歳の娘はそこにいなかった——消えた数週間

【2016年】母の遺体が公園で見つかったとき、2歳の娘はそこにいなかった——消えた数週間 行方不明・失踪

2016年4月8日の朝、サンフランシスコの公園を管理する作業員が、土の中から女性の遺体を掘り当てた。行方が分からなくなっていた32歳の母親だった。だが、この事件でもっとも重い謎はそこではない。彼女の2歳半の娘は、その数週間前からすでに姿を消していた。しかも、誰もそのことを警察に届け出ていなかった。

事件の概要

🗓️ 発生日:2016年1月〜2月(娘の最後の目撃)/同年4月1日(母親の失踪)

🌫️ 場所:米カリフォルニア州サンフランシスコ湾岸地域(オークランド、サンフランシスコ)

👤 被害者:アリアナ・フィッツ(当時2歳/2013年9月6日生まれ)とその母ニコール・フィッツ(32歳)

🔍 状況:娘は預け先で最後に目撃されたのち行方不明に。その数週間後、母親が呼び出されたとみられる場で殺害された

🕯️ 発見/結末:4月8日、母親の遺体がマクラーレン公園に埋められた状態で発見。殺人と断定された。娘は現在も行方不明で、誰一人として起訴されていない

ニコール・フィッツはサンフランシスコの大手家電量販店で働いていた。勤務時間が不規則で、保育の手立てを確保するのが難しく、娘のアリアナは知人にあたる夫婦のもとで預かってもらうことが多かった。市警によれば、アリアナが最後に目撃されたのは2016年の1月から2月ごろ、オークランドでその預け先といるときだった。

報道によると、ニコールはそれ以前に住まいを失った時期があり、支援を申し出た人物から部屋を借りていた。その関係が悪化したため、娘を連れて2時間ほど離れた土地へ移っている。それでも職場までは片道2時間かけて通い、預け先は変えないまま続けていた。彼女がどれほど追い詰められた状況で日々を回していたかが、この一点によく表れている。

判明している事実

娘が消えた時期と、母が消えた時期には数週間の開きがある
捜査機関は、母親が殺害された時点で、アリアナはすでに数週間前から行方不明だったとみている。連邦捜査局は、母親が殺害された現場にアリアナはいなかったと明言している。つまり二つの出来事は連続していない

母親は呼び出されて殺害されたとみられている
4月1日の夜にニコールは姿を消した。警察は、彼女が預け先との面会に誘い出されたとみている。家族が二人の行方不明を届け出たのは4日後の4月5日。その3日後に遺体が見つかった

娘を取り戻そうとしていた
ニコールの周囲の証言によれば、彼女は数週間にわたって娘を取り戻そうと動いていたが、預け先は会わせようとも返そうともしなかったという。同居していた人物は、彼女が失踪した時期にちょうど娘を迎えに行く予定を立てていたと話している

捜索は行われたが、立件には至っていない
連邦捜査局はオークランド、エメリービル、デイリーシティの複数の場所で捜索令状を執行した。2017年には事件との関連が疑われる車両を押収し、遺留物の鑑定に回したと報じられている。それでも現在まで、誰一人として起訴されていない

現在も懸賞金がかかっている
連邦捜査局は児童誘拐即応班と行動分析班の両方を投入し、アリアナを行方不明者として掲載し続けている。年齢を重ねた場合の想定顔写真も公開されている。市警は、母親殺害と娘の失踪に関する情報に25万ドルの懸賞金を出している

主な仮説

仮説1:預け先で子供の身に何かが起き、母親の追及がそれに続いた

コメント欄でもっとも支持を集めているのがこの筋である。何らかの事情でアリアナが亡くなり、それを隠したまま日々が過ぎた。母親が疑いを深めて返還を強く求めはじめ、これ以上は隠しきれないと判断された時点で、母親のほうが排除された。時系列の開きも、母親が数週間にわたって娘に会えなかったという証言とも矛盾しない。

仮説2:子供が第三者に渡された

子供がどこかへ引き渡され、それを取り戻せなくなったために母親が追及を続け、殺害されたという見方である。ただしこの説には強い反論がある。母親が必ず探すと分かっている子供を手放すのは、隠す側にとって最も危険な選択であるという点だ。そして連邦捜査局が名前と顔写真を公開して探している子供を、長期間にわたって隠し続けるのは現実的に難しい。

仮説3:預け先とは無関係の第三者による犯行

母親の死と預け先を直接つなぐ証拠は、現時点で公表されていない。娘が本当にその時点まで預け先にいたのかどうかも、伝聞に基づく情報が中心である。関係者が弁護士の助言で捜査機関との会話を控えた結果、彼らの側から見た経緯が一度も明らかにされていない、という指摘もある。捜索令状が執行されても立件に至らなかったという事実は、この見方を完全には否定しない。

仮説4:届け出の遅れが、事件の性格そのものを変えた

これは犯人像の話ではなく、なぜ捜査がここまで難しくなったかの説明である。娘が消えてから母親が殺害されるまでの数週間、警察には何の届け出も出ていなかった。その間に現場も証言も痕跡も薄れていく。届け出が遅れた理由については、次の項で扱う。

海外の反応

1. 謎の名無しさん
預かっていた側が、アリアナに対して取り返しのつかないことをしてしまった可能性が高いと思う。事故だったのか、そうでないのかは分からないけれど。そのあと母親が娘の様子を問いただし始めて、危険を感じた側が母親も手にかけた。自分にはこの筋がいちばん自然に思える。とてもつらい事件だ。

2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
自分も同じ結論になる。連邦捜査局が全国に写真を出して探している子供を隠し続けるのは、現実的にほぼ不可能なんだよ。どこかで必ず誰かの目に触れる。だから残念だけど、アリアナはもう生きていないと思っている。

3. 謎の名無しさん(>>2への返信)
もう一つの可能性は、子供をどこかへ渡してしまったという線。だから母親に返せなくて、返せないから会わせられなくて、最終的に母親のほうを消すことになった。

4. 謎の名無しさん(>>3への返信)
その説は個人的には成り立ちにくいと思う。母親が必ず探しに来ると分かっている子供を手放すというのは、隠す側にとって最悪の選択なので。母親の死は、計画されたものではなく「そうするしかなくなった」結果に見える。
数か月にわたって母親を引き延ばしていたのは、そもそも子供を出せる状態になかったからではないか。事故か、あるいはそれ以外の理由でアリアナが亡くなり、もう誤魔化しがきかなくなった時点で、母親を排除するという判断に至った。

5. 謎の名無しさん(>>3への返信)
そもそもの話として、普通の人が子供を「売る」方法を知っているだろうか。仮に自分が今そういう立場に置かれたとして、どこから手をつければいいのかまるで見当がつかない。この手の説は、実際より頻繁に持ち出されている気がする。

6. 謎の名無しさん
そもそも情報が足りない。母親と預け先はどういう関係だったのか。なぜよりによってその人たちに預けたのか。報酬は払っていたのか。誰かが何らかの犯罪に関わっていた形跡はあるのか。
母親が警察に行かなかったことには、悲しいけれど一定の理屈がある。ただ、母親の死と預け先を直接結ぶ証拠は公表されていない。そもそもアリアナがその時点まで本当にそこにいたのかどうかも、伝聞の情報が中心なんだよ。
死亡した女性が一人、行方不明の子供が一人、そしてそれ以外にほとんど何もない。令状は取れたのに、決め手は出なかった。

7. 謎の名無しさん(>>6への返信)
まとめている資料を読むと、もう少し背景が見えてくる。母親は一時期住まいを失っていて、支援を申し出た人物から部屋を提供され、その人が子守も申し出た。ただ途中からその人に預けるのが不安になり、別の人に頼むようになった。やがてその関係も悪くなって、母娘は2時間離れた土地へ移っている。
それでも職場へは片道2時間かけて通い、預け先だけは変えなかった。職場に近い友人の家に泊まる夜もあったようだから、娘が預け先で夜を過ごすことも珍しくなかったのだと思う。

8. 謎の名無しさん(>>7への返信)
つまり、ほぼ最悪の条件が揃っていたということだよな。追い詰められた人は極端な選択をせざるをえなくなる。彼女の場合、それが不運な判断の連鎖につながった。もっと信頼できる相手や仕組みに頼れなかったことが本当に悔やまれる。

9. 謎の名無しさん
きちんとした会社に安定した職を持っていた人が、住む場所と子供の預け先を同時には確保できない。それが一番やりきれない部分だと思う。

10. 謎の名無しさん
なぜ母親は子供の行方不明を届け出なかったんだろう。最後に子供を預かっていたのは誰で、その後どうしたのか。預け先はその問いにどう答えているのか。最後に手元にいた人間なら、生きているにせよそうでないにせよ、どこにいるかを説明できるはずでしょう。

11. 謎の名無しさん(>>10への返信)
母親には警察に行けない事情があった可能性が高い。「子供の居場所が分からなくなった」と自分から申告すれば、親としての監護権を失う恐れがある。仕事の都合で長時間他人に預け、自分は別の家に泊まる夜もあった、という状況が明らかになれば、なおさらだ。
そして預け先の側は、弁護士の助言で捜査機関との会話をやめている。それ自体は有罪を意味しない。無実の人が慎重になるのは当然のことでもある。ただ結果として、彼らの側から見た経緯が一度も表に出ていない。

12. 謎の名無しさん(>>10への返信)
警察に行くと最後に言い出したとき、それが引き金になった可能性もある。数週間引き延ばされて、限界が来た。そして呼び出された。

13. 謎の名無しさん
仮に警察が動いて子供を取り戻せたとしても、次は児童保護の部署が入ってくる。最悪の場合、母親自身が育児放棄を問われることもありうる。いったん子供を預かられてしまえば、家すら確保できていない収入で取り戻すのは長い道のりになる。彼女がその選択肢を現実的だと思えなかったとしても、責められない。

14. 謎の名無しさん
自分の推測は、預けた側が子供を事実上の人質にしていたというもの。その状態で子供が事故で亡くなったか、あるいはどこかに渡されたかして、母親が警察に届けるのを止めるために殺した。

15. 謎の名無しさん
この事件で一番おかしいのは、時系列だと思う。子供が消える、数週間経つ、母親が呼び出される、母親が殺されて埋められる、そして子供はどこにもいない。この順番でしか説明がつかないのに、その数週間に何があったのかだけが完全に空白になっている。

16. 謎の名無しさん(>>15への返信)
その空白の期間、母親は何が起きていると思っていたのか。それが自分にはずっと引っかかっている。娘に会えないことは分かっていたはずで、それでも警察には行かなかった。つまり彼女の中では、まだ取り戻せる話だったということになる。

17. 謎の名無しさん
遺体が見つかったのが公園の作業員というのも痛ましい。埋められていたということは、少なくとも計画性のない衝動的な犯行ではなかったということでしょう。

18. 謎の名無しさん
25万ドルの懸賞金が10年近く誰にも取られていない、というのが状況をよく表している。この規模の額なら、普通は何かしら情報が出てくる。

19. 謎の名無しさん(>>18への返信)
懸賞金が効くのは「知っている人が複数いる」場合なんだよね。知っている人がごく少数で、しかもその全員に話す動機がないなら、金額をいくら積んでも動かない。

20. 謎の名無しさん
連邦捜査局が児童誘拐即応班と行動分析班の両方を入れているということは、相当早い段階で「単なる家出や連れ去りではない」と判断していたということだと思う。それでもなお立件できていない。

21. 謎の名無しさん
車両を押収して鑑定に回した、という部分が引っかかる。2017年の時点でそこまで踏み込んだのなら、何かをつかんでいたはず。それが起訴に足りなかったということなんだろうけど。

22. 謎の名無しさん(>>21への返信)
「怪しい」と「有罪を立証できる」の間には、想像よりずっと大きな溝があるからね。捜査側が確信を持っていても、法廷で通らないと判断すれば起訴はできない。この種の事件でよくある行き止まりだと思う。

23. 謎の名無しさん
アリアナが今も生きているとしたら、もう12歳前後になっている。年齢を重ねた想定の写真が公開されているけれど、あれを見るたびに複雑な気持ちになる。希望を捨てないために作られたものであると同時に、時間が経ってしまったことの証明でもあるので。

24. 謎の名無しさん
数週間のあいだ、母親は毎日どんな気持ちで仕事に通っていたんだろう。片道2時間の通勤をしながら、娘に会わせてもらえない。それでも警察には行けない。想像するのがつらい。

25. 謎の名無しさん
この事件が世間の注目を集めなかったこと自体も、一つの問題だと思う。同じ年に消えた別の子供の名前は多くの人が知っているのに、この子の名前を知っている人はほとんどいない。

26. 謎の名無しさん(>>25への返信)
それは本当にそう。だからこういう形で定期的に取り上げられること自体に意味がある。10年前の事件でも、当時その周辺にいた誰かが今も生活していて、何かを覚えている可能性はゼロじゃない。

27. 謎の名無しさん
届け出が4月5日というのも重い。娘が消えたのが1月か2月なら、その時点ですでに2か月以上が経っている。捜査が始まったときには、もう手がかりの多くが失われていたことになる。

28. 謎の名無しさん
関係者が最初の段階で協力的でなく、説明にも食い違いがあったという記述は重い。ただ、そこから先に進めなかったということは、食い違い以上のものが出てこなかったということでもある。

29. 謎の名無しさん
母親が最後にどこへ呼び出されたのか、そこが分かれば大きく動きそうなものだけど、それも公表されていない。捜査側が意図的に伏せているのか、そもそも特定できていないのか。

30. 謎の名無しさん
結局この事件は、二つの空白でできている。娘が消えてから母親が殺されるまでの数週間と、母親が殺されてから今日までの10年。前者を埋められる人は、おそらくごく少数しかいない。そしてその人たちは、これまで一度も口を開いていない。

未解決の謎

この事件がこれほど動かない最大の理由は、出発点にあたる数週間が完全な空白になっていることだ。アリアナが最後に目撃されたのは1月か2月。母親が殺害されたのは4月1日。その間、行方不明の届け出は出ていない。捜査が始まったのは、母親の遺体が見つかった後である。子供の失踪事件としては、初動が2か月以上遅れた形になる。

届け出が遅れた理由については、コメント欄でも繰り返し議論された。仕事の都合で長時間子供を他人に預け、自分は別の場所で夜を過ごす日もあった。その状況で「娘の居場所が分からない」と自ら申告すれば、監護権を失う恐れがある。いったん子供が保護されれば、住まいすら確保できていない収入で取り戻すのは容易ではない。彼女が警察という選択肢を現実的でないと判断したとしても、無理はない。そしてその判断が、結果として捜査の空白を生んだ。

もう一つの空白は、預けられていた側から見た経緯である。関係者は捜査の初期段階で協力的ではなく、説明にも食い違いがあったと記録されている。その後は弁護士の助言により、捜査機関との会話を控えている。これ自体は権利として認められた行動であり、有罪を意味するものではない。ただし結果として、この事件には「母親側から見た話」しか残っていない。捜索令状が執行され、車両が押収され、それでも誰一人として起訴されていないという事実は、この空白の重さを示している。

アリアナが生きていれば、今は12歳前後になっている。連邦捜査局は今も彼女を行方不明者として掲載し、年齢を重ねた場合の想定顔写真を公開し続けている。25万ドルの懸賞金は、10年近く誰にも受け取られていない。懸賞金が機能するのは、事情を知る人が複数いる場合だけである。それが動かないということは、あの数週間に何が起きたかを知っている人間が、ごく少数しかいないことを意味しているのかもしれない。

出典:r/UnresolvedMysteries 元スレ

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