古代の地中海世界に、料理の味付けにも薬にも欠かせない植物があった。名前はシルフィウム。北アフリカの都市キュレネはこの植物の交易で栄え、自分たちの硬貨にその姿を刻んだ。ローマでは「同じ重さの銀貨に値する」とまで言われたという。ところがこの植物は、およそ2000年前に記録から消えた。博物学者プリニウスは「最後に見つかった1本は皇帝ネロに献上された」と書き残している。
困ったことに、いま私たちはシルフィウムがどんな植物だったのかを正確に知らない。絶滅したのか、それとも名前を変えてどこかに生えているのか。2017年に海外掲示板で話題になったこの「古代の植物の正体」の謎を、その後の研究とあわせてまとめた。
事件の概要
🗓️ 時期:紀元前6〜5世紀にはキュレネの硬貨に描かれ、紀元1世紀ごろに記録から姿を消す
🌫️ 場所:キレナイカ(現在のリビア東部)の沿岸。長さ約200km・幅約56kmの細長い土地にしか生えなかったとされる
👤 主役:シルフィウム(ギリシャ語でシルフィオン、ラテン語ではラーセルとも)。セリ科※のフェルラ属の植物と考えられている
🔍 状況:香辛料・万能薬として地中海じゅうで珍重されたが、栽培ができず、野生の株を採り続けるしかなかった
🕯️ 結末:プリニウスによれば最後の1本はネロに献上された。正体は特定されないまま。2022年、トルコの植物が「生き残りではないか」と報じられた
※ セリ科:ニンジン、セロリ、パセリ、フェンネルなどを含む植物の仲間。フェルラ属はその中の一群で、背が高く太い茎を伸ばす「オオウイキョウ」の仲間が多い。
キュレネは、ギリシャ人が北アフリカの海岸に建てた植民都市だ。この町にとってシルフィウムは交易の柱で、紀元前6〜5世紀の銀貨には、太い茎に丸い花の房をつけた植物の姿がくり返し刻まれた。商品として売られたのは、茎や根から採れる樹脂(ヤニ)だった。この樹脂がラテン語で「ラーセル」と呼ばれ、ローマの料理や薬に使われた。
エジプトやクレタ島のミノア文明にも、この植物を表す専用の文字があったとされる。神話ではアポロン神からの贈り物とされた。それほど広く知られた植物が、なぜ消え、なぜ正体まで分からなくなったのか。
判明している事実
生えていたのはリビアの細い海岸だけ
古代の記録によると、シルフィウムが育つのはキレナイカの沿岸、長さ約200km・幅約56kmの範囲に限られていた。地中海じゅうで需要があったのに、産地はこの一か所だけだった。安い代用品として、中央アジア産のアサフェティダ※が出回り、地理学者ストラボンは両方を同じ言葉で呼んでいる。
※ アサフェティダ:フェルラ属の別の植物から採る樹脂。強い匂いがあり、いまもインド料理で「ヒング」という名の香辛料として使われている。
「栽培できない」と書かれていた
紀元前4世紀ごろの学者テオフラストスは『植物誌』に、シルフィウムと呼ばれる種類は栽培できないのが不思議だ、と書いた。ただし、彼自身が聞いた話には食い違いがあるとも付け加えている。栽培できなかったのが事実なら、需要が増えるほど野生の株は減るしかない。
最後の1本はネロへ
紀元1世紀のプリニウスは『博物誌』で、近年キレナイカで見つかったのは1本だけで、それが珍品として皇帝ネロに献上された、と記している。「ネロが最後の1本を食べた」と語られることも多いが、プリニウスが書いているのは献上されたところまでだ。消えた理由については、肉の味をよくするために家畜に食べさせすぎた、採りすぎた、土地の乾燥が進んだ、など複数の説があり、決め手はない。
消えたあとも名前だけは残った
シルフィウムはローマの料理書『アピキウス』のレシピに登場する。実物が手に入らなくなってからも、香辛料の一覧は写本から写本へ書き写され、8世紀の写本に残る「家に置いておくべき香辛料の短い一覧」にまで名前が出てくる。医学の父ヒポクラテスも、この植物を使った湿布の処方を書いている。
トルコの火山の麓に候補が見つかった
2022年、イスタンブール大学の生薬学※者マフムト・ミスキ教授が、トルコ中部カッパドキアのハサン山の麓に生える Ferula drudeana(フェルラ・ドルデアナ)こそシルフィウムではないか、という説を唱え、ナショナル ジオグラフィックなどで大きく報じられた。教授は2021年に学術誌『Plants』で論文を発表している。報道によれば、太く枝分かれした根、ハート形の薄い実、羊やヤギが葉を食べることなど、古代の記述と重なる点が多い。この植物も種から育てるのが難しく、教授のチームは種を低温で湿らせておく処理をして、ようやく温室で芽を出させたという。確認されている株は世界で約600株、そのうち野生は約300株しかない。
※ 生薬学:植物などの天然物から薬になる成分を探し、その性質を調べる学問。
主な仮説
仮説1:採り尽くされて絶滅した
もっともよく知られている説。産地が狭く、栽培もできないのに、地中海じゅうから注文が来た。加えて家畜に食べさせると肉がおいしくなるという評判が広まり、放牧も重なって株が回復しなくなった、という筋書きだ。ローマがギリシャ系の住民から土地の支配を引き継いだあと、無理な採り方で土地が痩せたという見方もある。ただし、植物学者を名乗る投稿者が元スレで指摘したように、一か所にしか群落がない植物は珍しく、本当に最後の1株まで採れたのかには疑問も残る。
仮説2:避妊薬として乱獲された(根拠は弱い)
雑学記事や動画でいちばん人気のある説が、「古代の避妊薬だったので、みんなが使いすぎて絶滅した」というものだ。もとになっているのは、プリニウスが月経を促す効果を書いていることと、セリ科の植物の一部に妊娠に影響する成分が含まれることくらいだ。この説は1990年代にアメリカの歴史家ジョン・リドルの著作で広まったが、古代の文献でシルフィウムが主に避妊のために買われていたことを示すものは見つかっておらず、史料の読みが強引だという批判がある。古代の記録の大半は、料理と薬としての使い道について書いている。広く語られているが、裏付けの弱い俗説として扱うのが妥当だろう。
仮説3:トルコのフェルラ・ドルデアナが生き残りだった
ミスキ教授の説。キュレネから種が運ばれ、ギリシャ系の人々がアナトリアで育てたのではないかと考えている。報道によれば、1909年にハサン山から東へ約240km離れたタウルス山脈で採集された標本が、のちにロシアの植物学者によって新種として名付けられた。離れた2つの群落が遺伝的に同じだったことから、教授は人の手で運ばれたと見ている。英キュー植物園の研究者は「形の上ではもっとも有力な候補」と評価した。いっぽうで、古代の文献は最上のシルフィウムをキュレネ周辺に限っており、800マイル(約1300km)離れたトルコの植物とする説には地理の壁がある。根の成分の研究は2025年にも発表されているが、決着はついていない。
仮説4:いまもどこかに普通に生えている
元スレの本文が引用している研究者パレイコの言葉どおり、「正確に特定できない以上、絶滅したかどうかも分からない」。候補にはフェルラ・ティンギタナ、タプシア・ガルガニカなど、いまも地中海沿岸に生える植物が昔から挙がってきた。伝説の薬草の正体は案外ありふれた草で、効き目が評判ほどではなかったから、交易が細るうちに忘れられただけ、という見方だ。
海外の反応
1. 謎の名無しさん
これ知ってる!効きすぎる避妊薬だったから採り尽くされた、って説が特に面白いんだよな。いつの時代も人間のやることは変わらない。
2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
面白いけど、その説はかなり盛られてるらしいぞ。古代の文献だと、ほとんどは料理と薬の話なんだって。避妊薬の話だけが一人歩きしてる。
3. 謎の名無しさん
実はいまもどこかに生えてて、俺たちが気づいてないだけって可能性もあるんだよな。そう考えるとちょっとワクワクする。
4. 謎の名無しさん
犯罪がらみじゃないミステリーって好きだわ。オオウイキョウみたいな見た目だったらしいけど、写真が無いってのがもどかしい。
5. 謎の名無しさん(>>4への返信)
ちなみにこのスレの本文、ほぼウィキペディアの丸写しな。まあ読みやすかったから許すけど。
6. 謎の名無しさん(>>5への返信)
え、そうなの……。じゃあ、まとめてくれてありがとう、ウィキペディア 😂
7. 謎の名無しさん
硬貨に絵が残ってなかったら、正直大麻のことだと思ってたわ。古代の万能薬って言われたら、まずそっちを疑うだろ。
8. 謎の名無しさん(>>7への返信)
大麻はギリシャ人もローマ人も普通に知ってたから別物だよ。テントの中で燃やして煙を浴びる部族の話が古代の記録にあるくらいだ。
9. 謎の名無しさん
今朝ちょうど雑学雑誌でシルフィウムを読んだばかりなんだよ。「避妊薬として採り尽くされた」って言い切ってて、そもそも正体分かってるの?神話じゃないの?って思ってた。そしたらこのスレ。
10. 謎の名無しさん(>>9への返信)
それ、一度知った言葉を急にあちこちで見かけるようになるやつだな。頻度錯覚って名前まで付いてる現象。
11. 謎の名無しさん
ティルス紫の染料を採るために、アッキガイもほとんど獲り尽くされたって話を思い出した。古代人も贅沢が大好きで、なくなったときのことは何も考えてなかった。今の俺たちと同じだ。
12. 謎の名無しさん
どうしても信じられないのが、そんなに人気の植物を誰も畑で育てようとしなかったってとこ。普通はまず庭に植えるだろ。野山を這い回って最後の1本まで摘んだってのは無理がある。
13. 謎の名無しさん(>>12への返信)
いや、テオフラストスが「栽培できない」って書いてるんだよ。ただ本人も、聞いた話が食い違ってるって断ってるけど。
14. 謎の名無しさん(>>13への返信)
栽培できないって聞くと、倍数体だったのかなと思う。染色体の組がいくつも重なった植物は、種がちゃんと育たないことが多いんだ。
15. 謎の名無しさん
野生でしか育たない植物って実はけっこうある。今の作物だって、雨や気温や土のちょっとした違いで全滅するものがあるし。シルフィウムは条件にものすごくうるさい植物で、だからリビアの一角にしか生えなかったんじゃないかな。
16. 謎の名無しさん
わさびもそうだよ。昔住んでた土地がアメリカでも数少ないわさびの育つ場所で、種を売ったらかなり儲かった。うちの庭師は何年もかけて試行錯誤してたけど、条件が合わないと全然育たない。
17. 謎の名無しさん
英語名の「レーザーワート」がかっこよすぎて笑った。古代植物なのに名前だけSFっぽい。
18. 謎の名無しさん(>>17への返信)
シンセウェイブのバンド名でありそう。アルバムのジャケットに古代の硬貨が描いてあるやつ。
19. 謎の名無しさん
安い代用品のアサフェティダが出回ってたってのがリアルすぎる。復活したら高級ブランド品として売られて、横にジェネリックのアサフェティダが並ぶんだろうな。
20. 謎の名無しさん
植物学をやってる者から言わせてもらうと、確かに言えるのは「正体が分からない」ってことだけ。一か所の群落を採り尽くすのはあり得るけど、海岸の植物が一か所にしか生えてないってのはかなり珍しい。不可能ではないけどね。
21. 謎の名無しさん(>>20への返信)
じゃあ実際はどうだったと思う?俺は、交易が広がってもっと良いと思われる薬が入ってきて、ただ忘れられただけって気がしてる。
22. 謎の名無しさん(>>21への返信)
個人的には同じ意見。ありふれた草で、今の医学の目で見たら評判ほど効かなかったんだと思う。伝説の薬草ってだいたいそうだし。
23. 謎の名無しさん
2022年にトルコで候補が見つかったってニュースを見て、このスレを掘り返しに来た。カッパドキアの火山の麓に生えてるやつで、野生は300株くらいしかないらしい。
24. 謎の名無しさん(>>23への返信)
でもリビアから1000km以上離れてるんだろ?古代の文献はキュレネ産が最上って書いてるのに、トルコのが本物ってのはさすがに飛躍してないか。
25. 謎の名無しさん(>>24への返信)
種を誰かが運んで植えた可能性はあるでしょ。離れた2つの群落が遺伝的に同じだって話もあるし。羊が葉を食べるとか、ハート形の実とか、古代の記述と合う所も多いんだよ。
26. 謎の名無しさん
古代の壺の中から「シルフィオン」ってラベル付きで樹脂が出てきたら決着なんだけどな。結局それしかない気がする。
27. 謎の名無しさん
ネロが最後の1本を食べたって話、子どものころ図鑑で読んだ気がする。でもプリニウスの原文だと献上されたとしか書いてないのか。どこで話が膨らんだんだろう。
28. 謎の名無しさん
旧約聖書の聖なる香油に入ってた「カネ・ボセム」って材料も正体不明なんだよな。古代のレシピに出てくる謎の植物、他にもいっぱいありそう。
29. 謎の名無しさん
ハートのマークの由来がシルフィウムの実だって説も好き。硬貨に描かれた実の形がそっくりなんだよ。これも確証はないらしいけど、ロマンはある。
30. 謎の名無しさん
絶滅するまで採り続けた植物ってだけで興味がわく。2000年前の人間も、目の前の儲けしか見てなかったんだろうな。
未解決の謎
シルフィウムをめぐる謎は、大きく分けて2つある。1つは「何という植物だったのか」、もう1つは「本当に絶滅したのか」だ。この2つは切り離せない。パレイコの言葉どおり、正体を特定できない以上、絶滅したかどうかも確かめようがない。
2022年に報じられたトルコのフェルラ・ドルデアナは、これまでで最も具体的な候補だ。根の形、実の形、家畜が好んで食べること、育てにくいことなど、古代の記述と重なる点は多い。しかし古代の人々は、最上のシルフィウムはキュレネ周辺のものだと口をそろえている。1000km以上離れたアナトリアに同じ植物があった理由を説明するには、誰かが種を運んだという仮定が要る。決め手になるのは、古代の遺跡から見つかる植物の残りかすや樹脂そのものだろう。それが見つからない限り、どの候補も「似ている」の域を出ない。
避妊薬だったから絶滅した、という話は、いまも雑学として繰り返し語られている。だが、古代の文献がシルフィウムについて書いていることの大半は、香辛料と薬としての使い道だ。人気の高い説と、史料が語っていることの間にはずれがある。ネロが最後の1本を食べたという話も同じで、プリニウスの記述は献上されたところで終わっている。
確かなのは、ある地方の経済を支え、硬貨に刻まれるほど大切にされた植物が、わずか数百年で手に入らなくなったということだ。理由が採りすぎでも、土地の乾燥でも、ただ忘れられただけでも、人間が便利な資源を使い切ってしまう話として、この謎はいまも読まれ続けている。
出典:r/UnresolvedMysteries 元スレ / Wikipedia「Silphium」 / ナショナル ジオグラフィック(2022年9月)


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