カナダ西部、ブリティッシュコロンビア州の山あいにある小さな町プリンストン。1994年10月、町の北にあるキャンプ場で、生まれたばかりの双子の女の子が亡くなった姿で見つかりました。あれから32年。ふたりの名前も、両親が誰なのかも、いまだに分かっていません。
身元の分からないふたりを、町の人たちは放っておきませんでした。葬儀社が棺を、町議会が墓地を用意し、お金を出し合って墓石を建てました。墓には「プリンストンの双子の天使」と刻まれています。海外の掲示板では、この事件が「プリンストン・エンジェルズ」として改めて取り上げられ、地元出身の人たちの書き込みも集まりました。
事件の概要
🗓️ 発見日:1994年10月9日(日)午後7時半ごろ。州の死亡記録では、亡くなった日は10月8日とされている
🌫️ 場所:カナダ・ブリティッシュコロンビア州プリンストンの北約30km、アリソン・レイク州立公園のキャンプ場
👤 被害者:生まれたばかりの双子の女の子2人(身元不明。記録上の名前は「身元不明の女児A」「女児B」)
🔍 状況:父親と来ていた10代の少年が、なくしたナイフを探してキャンプ場の汲み取り式トイレをのぞき、黒いごみ袋に入ったふたりを見つけた
🕯️ 現状:両親とも特定されず、逮捕者もいない。カナダ連邦警察(RCMP)※は未解決の殺人事件として捜査を続けている
※ RCMP(王立カナダ騎馬警察):カナダの連邦警察。ブリティッシュコロンビア州のように独自の州警察を持たない州では、町や地方の警察の役目も担っている。
アリソン・レイク州立公園は、プリンストンから州道5A号線を北へ走った先にある小さな湖畔のキャンプ場です。10月の連休中で、少年は父親と一緒に、父親が落とした狩猟用ナイフを探して来た道をたどっていました。トイレの中を懐中電灯で照らしたところで、ごみ袋を見つけたといいます。通報を受けた警察が確かめると、袋の中にいたのはひとりではなく、双子の女の子でした。
カナダの感謝祭(10月の第2月曜日)の連休のさなかで、小さな町はこの知らせに大きく揺れました。
判明している事実
ふたりは健康に生まれていた
当時の解剖では、病気やけがの跡は見つかりませんでした。RCMPのダン・モスカルク伍長は2017年、「ふたりは生まれたときに呼吸をしていて、適切な手当てを受けていれば、どちらも助かっていた」と説明しています。体重はそれぞれ6ポンド(約2.7kg)ほどで、母親はほぼ臨月だったとみられています。へその緒と胎盤がついたままだったことから、病院の外で生まれたと考えられています。警察は「ふたりの死に責任を負う者がいる」として、殺人事件として扱っています。
母親はどこからも見つからなかった
警察は当初から、母親を責めるよりも身を案じる呼びかけをしていました。「母親の健康と安全を心配している。RCMPかかかりつけの医師に連絡してほしい」。州内の病院や診療所の記録を調べても、双子の妊娠で当てはまる人は見つかりませんでした。そのため警察は、母親が妊婦健診を一度も受けていなかったか、州外、あるいは国外から来た人だった可能性があるとみています。
行方の分からないままの二人連れ
警察は、発見の5日前の10月4日に、公園から北へ車で20分ほどのアスペングローブで見かけられた男女を探しました。女性はおなかの大きく目立つ18〜20歳くらいの金髪の人、男性は20歳くらいの金髪の細身の人で、丸いテールランプの古い白い車に乗り、後部座席には青いシートをかぶせた箱を積んでいたとされます。二人は道ばたの公衆電話を使い、言い争ってから南へ向かったと報じられました。同じ年の11月末までに、警察はほかに100件以上の情報を確かめましたが、この二人だけはたどれなかったと認めています。二人が事件と関係があるのかどうかも、確かめられていません。
町が執り行った葬儀
1994年11月24日、町の葬儀社が棺と礼拝堂を提供し、ふたりの葬儀が開かれました。参列したのは町の人たち40〜50人ほどと、プリンストンのRCMPの署員たちで、署員が棺を運んだと伝えられています。説教をした牧師は、最後に姿の見えない母親へこう語りかけました。「お母さん、もしここへ来なければならないと感じたら、あなたの子どもたちが安らかに眠る場所があります。ふたりが愛されていたこと、そして今も愛されていることを知ってください」。町議会が寄付したプリンストン墓地の区画にふたりは並んで眠り、のちに集めたお金で建てた花こう岩の墓石には「いつまでも忘れない」と刻まれています。
2017年の呼びかけのあと、新しい発表は見当たらない
事件から23年たった2017年10月、RCMPは改めて情報提供を呼びかけました。鑑識の資料は、新しい技術が出るたびに検査へ回し直してきたほか、情報を寄せた人たちからDNAの提供も受けてきましたが、身元にはつながっていません。モスカルク伍長は「母親自身が被害者だったのか、関わっていたのかは、はっきりしていない」と述べています。その後、警察から新しい発表があったかどうかは、確認できませんでした。
主な仮説
仮説1:追い詰められた母親が、ひとりで抱え込んだ末の出来事
誰にも妊娠を知られずに出産し、どうしていいか分からないまま、という事件は国を問わず起きています。病院の記録がまったく無いことも、周囲に隠していた妊娠だったことと合います。ただ、双子を医療の手を借りずに産んだ直後の体で、ひとりでキャンプ場まで動けたのかという疑問は残ります。
仮説2:母親以外の誰かが関わった
出産直後の母親が動けない状態だったとすれば、ふたりをキャンプ場へ運んだのは別の誰かだった、という見方です。掲示板では、見つかったのが男性用のトイレだったことを根拠に挙げる人もいました。一方で、男女の表示を気にする余裕があったとは限らない、という反論もあります。アスペングローブの二人連れが関係しているかどうかは分かっておらず、ここから誰かを決めつけることはできません。
仮説3:母親もまた事件に巻き込まれた
RCMPが「母親が被害者だった可能性」を今も否定していないことから、母親自身も無事ではなかったのでは、と考える人は少なくありません。32年間、母親が一度も名乗り出ず、どこにも記録が残っていないことを、この説で説明しようとする意見です。ただ、これを裏づける証拠も出ていません。
仮説4:州の外から来た人たちだった
州内の医療記録に当てはまる妊婦が見つからず、地元の人たちも「小さな町で双子の妊娠を隠せるはずがない」と口をそろえます。州道を通りがかった、別の州やアメリカから来た人たちだったとすれば、地元での聞き込みで手がかりが出なかったことにも説明がつきます。
海外の反応
1. 謎の名無しさん
自分の故郷がこの板に出てくるなんて。1992年にプリンストンの病院で生まれた。母は葬儀に参列した町の人のひとりで、町じゅうがひどく動揺していたと話してた。町を出る前に母と墓地へ行ったけど、今も町の人たちがきれいにしてくれていたよ。
2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
お母さんが参列してくれたのは本当に優しいことだと思う。あの日あの場にいた一人ひとりのことを考えると、胸が詰まる。
3. 謎の名無しさん(>>2への返信)
母はもう亡くなっていて聞けないんだけど、地元の女性じゃないってことはみんな分かってた。あれだけ小さな町で妊娠を隠し通すなんて無理だし、ましてや双子だよ。
4. 謎の名無しさん
牧師が母親に向けた言葉がつらすぎる。責めるんじゃなくて「来たければ場所はある」って語りかけるの、本当に思いやりのある言葉だと思う。
5. 謎の名無しさん
読んでいて手が震えた。祖母がプリンストンで葬儀の仕事をしていて、感謝祭で家族が集まって夕食を食べていたら、警察の人が知らせに来たんだ。当時11歳で、ものすごく怖かったのを覚えてる。双子だったとは知らなくて、あの赤ちゃんはどうなったんだろうってずっと思ってた。
6. 謎の名無しさん(>>5への返信)
カナダの感謝祭は10月なんだよね。家族が集まる連休のど真ん中に、あの知らせが町に届いたわけか。何十年たっても忘れられないのは当然だと思う。
7. 謎の名無しさん
どういう経緯だったにせよ、恐ろしくて悲しい話だ。何かひとつでも分かって、事件が前に進んでほしい。
8. 謎の名無しさん
おそらく若い母親で、医療の手を借りずに自宅かどこかで出産、しかも双子。母親もすでに生きていなくて、別の場所に置き去りにされた可能性もあると思う。
9. 謎の名無しさん(>>8への返信)
自分もそれを考えた。捜査側が「母親も被害者かもしれない」という線を捨てないのも、そのせいじゃないかな。正直、産んだばかりの母親がこれをしたとは感じにくい。母親がいなくなって、別の誰かがやったように思えてしまう。もちろん全部推測だけど。
10. 謎の名無しさん(>>9への返信)
公平に言うと、ひとりで追い詰められた母親が、人目につかない場所を選んでしまう事件は世界中で起きてる。トイレは公共の場なのに個室だから、悲しいけど珍しくないんだ。逆に男が関わっていたなら、母親が圧力をかけられていた可能性もある。どっちにも転びうる。
11. 謎の名無しさん
母親も、そんな状況に追い込んだ何かから、無事に逃げられていたらいいと思う。
12. 謎の名無しさん
最初に頭に浮かんだのは、残念だけど母親も被害者なんじゃないかってことだった。32年も誰も名乗り出ないのは、それくらいの理由がある気がする。
13. 謎の名無しさん
読み落としてたら申し訳ないけど、ふたりは臨月で生まれたの?双子の妊娠なんて隠せるものじゃない。せめて当時DNAを採っておいてくれていたらいいんだけど。
14. 謎の名無しさん(>>13への返信)
1994年10月15日のバンクーバー・サン紙には「母親はほぼ臨月だったとみられる」とあった。2017年の報道では、解剖でふたりとも健康で、それぞれ6ポンド(約2.7kg)ほどだったと伝えられてる。
15. 謎の名無しさん
前から不思議なんだけど、どうしてこの事件はDNAで調べないんだろう。今なら何か出てきそうなのに。
16. 謎の名無しさん(>>15への返信)
2017年の時点で、警察はふたりのDNAを採って、ほかの人のDNAと照らし合わせてきたと言ってる。情報を寄せた人からも提供を受けたらしい。ただ、一致した相手はいなかった。
17. 謎の名無しさん(>>16への返信)
2017年と今とでは、照合できる人の数がまるで違う。遺伝的系図調査※が、これまでの照合で届かなかったところを埋めてくれるかもしれない。親本人じゃなくても、いとこくらいの親族が登録していれば道は開ける。
※ 遺伝的系図調査:民間の遺伝子検査サービスに登録された人たちのDNAと照らし合わせ、遠い親族から家系図をたどって身元を割り出す方法。北米では2018年ごろから、身元不明の遺体や未解決事件の解明に使われるようになった。
18. 謎の名無しさん
墓石のお金まで集めた町だよ。民間の研究所でDNAを調べ直す費用が必要だって言われたら、プリンストンの人たちはきっとまた集めると思う。
19. 謎の名無しさん
医療の手も道具もなく森の中で双子を産んだ直後の女性が、ひとりで男性用のトイレまで行けたとは思えないんだよね。母親が動けないあいだに、一緒にいた誰かがやったんじゃないかと考えてしまう。
20. 謎の名無しさん(>>19への返信)
いい指摘だと思う。ただ、そういう状況の人が、入口の男女の表示までいちいち気にするかというと、どうだろう。それだけで決めるのは早い気がする。
21. 謎の名無しさん
言いにくいけど、妊娠して追い詰められて、怖くてどうしようもなくなった十代の子が、取り返しのつかない判断をしてしまうことは実際にある。
22. 謎の名無しさん(>>21への返信)
こういう事件の母親って、若くて怯えていて、本人も何かの被害にあっていることが少なくないと思う。誰にも相談できなかった時点で、もう周りの大人が見落としてるんだよ。
23. 謎の名無しさん
子どもの命を奪うのは許されないことだけど、事件のたびに嘆いてみせるだけでは何も変わらない。妊娠中や産後の女性が助けを求められる仕組みのほうに、もっとお金と手間をかけるべきだと思う。
24. 謎の名無しさん
丁寧に調べた投稿をありがとう。当時同じ州のケロウナに住んでたけど、この事件はまったく覚えていなかった。遺伝的系図調査でふたりの名前が分かって、何があったのかがはっきりする日が来てほしい。
25. 謎の名無しさん
ひとつ気になるのは、生まれたときに生きていたかどうかを、解剖でどこまで確かに判断できるのかってこと。新生児の場合、その判定は専門家でも難しいと聞いたことがある。
26. 謎の名無しさん(>>25への返信)
当時の発表では、病気やけがの跡がなく、手当てを受けていれば助かったとされてる。少なくとも警察は、32年間ずっと殺人事件として扱ってきた。ごみ袋に入れて置き去りにした誰かがいるのは間違いないわけだし。
27. 謎の名無しさん
見つけた16歳の子のことも考えてしまう。父親の落としたナイフを探していただけなのに。きっと一生忘れられない夜になったと思う。
28. 謎の名無しさん
白い車の二人連れが怪しく見えるのは分かるけど、警察は「見つけられなかった」と言っているだけで、事件と関係があったとは一言も言ってないんだよね。そこを決めつけて話すのは危ないと思う。
29. 謎の名無しさん(>>28への返信)
同じ時期に100件以上の情報を確かめてたらしいし、あの二人がたまたま通りがかっただけで、まったく無関係だった可能性も十分ある。むしろ名乗り出てくれれば、それだけで一つ線が消えるのに。
30. 謎の名無しさん
町議員の人が毎年お墓を訪ねて、天使の石像を置いたって記事を読んだ。名前すら分からないのに、ふたりは町の子として覚えられてる。それだけは救いだと思う。
未解決の謎
この事件でいちばん大きな空白は、母親です。州内のどの病院にも記録がなく、地元の人も「この町の人ではない」と口をそろえます。母親が自分で選んだことだったのか、誰かに追い込まれたのか、あるいは母親自身も事件に巻き込まれたのか。RCMPが32年たっても「被害者だったのか、関わっていたのか分からない」と言うしかないのは、母親がどこの誰なのかという入口で、捜査が止まったままだからです。
アスペングローブで見かけられた二人連れも、結局たどれませんでした。おなかの大きい若い女性という特徴は気になりますが、二人が事件と関係していたという証拠はありません。100件を超える情報がつぶされていくなかで、この一件だけが残った、というのが報じられている事実のすべてです。
望みがあるとすれば、DNAです。2017年の時点では照合相手が見つかりませんでしたが、その翌年ごろから、北米では民間の遺伝子検査の登録データを使って、何十年も前の身元不明者の名前が次々に分かるようになりました。ふたりの親族が一人でも登録していれば、名前が分かる日が来るかもしれません。
それまでのあいだ、プリンストンの墓地では、町の人たちが「いつまでも忘れない」と刻んだ墓を守り続けています。牧師が語りかけたとおり、ふたりが愛されていたことを、いつか母親が知る日は来るのでしょうか。情報はプリンストンのRCMP(250-295-6511)か、匿名ならクライム・ストッパーズ(1-800-222-8477)で受け付けています。
出典:r/UnresolvedMysteries 元スレ / Global News(2017年10月5日) / The Northern View(2017年10月5日)

コメント