「コートはいらないよ、今夜は」1978年カリフォルニア、動く車を捨てて消えた5人の夜

「コートはいらないよ、今夜は」1978年カリフォルニア、動く車を捨てて消えた5人の夜 行方不明・失踪

1978年2月24日の夜、カリフォルニア州チコの大学体育館でバスケットボールの試合を見終えた5人の若い男性が、1台の車に乗り込んで帰路についた。3ブロック先の商店でパイと菓子と牛乳を買い、店を出て、そのまま消えた。4日後に見つかった車は、自宅とは正反対の山中で、雪の壁に鼻先を突っ込んだまま止まっていた。燃料は4分の1残り、直結すればエンジンは一発でかかった。海外の掲示板でこの事件が「アメリカのディアトロフ峠事件」と呼ばれるのは、動くはずの車をなぜ5人全員が捨てたのか、48年経った今も誰ひとり説明できていないからだ。

※ ディアトロフ峠事件:1959年、旧ソ連ウラル山脈で雪山登山中の9人が深夜にテントを内側から切り裂いて飛び出し、軽装のまま全員が死亡した事件。原因が特定されないまま、雪崩説・気象現象説・軍事実験説などが今も議論されている。

事件の概要

🗓️ 発生日:1978年2月24日(金)午後10時頃

🌫️ 場所:カリフォルニア州ビュート郡〜プルーマス郡、フェザー川上流の山岳地帯(標高約1,370メートル)

👤 行方不明者:テッド・ワイアー(32)、ジャック・マドルーガ(30)、ビル・スターリング(29)、ゲイリー・マサイアス(25)、ジャッキー・ヒューエット(24)

🔍 状況:チコでの試合観戦後、約80キロ南のユバシティ方面の自宅へ帰るはずが、逆方向の山道に車を残して5人全員が消息を絶つ

🕯️ 発見・現状:同年6月、4人が山中で相次いで発見。マサイアスは現在も未発見

5人はいずれもマリーズビル・ユバシティ周辺の実家で家族と暮らしていた。全員が同じ職業リハビリテーションセンターのバスケットボールチームに所属し、翌2月25日には、勝てばロサンゼルス遠征がかかった大会を控えていた。ベージュのチームTシャツは、出かける前に各自の部屋にたたんで並べてあった。ワイアーは新しい白いバスケットシューズを母親に洗ってもらい、マサイアスは「土曜は大事な試合だから絶対に寝坊させないでくれ」と母親に何度も念を押していた。出かけ際、祖母に「上着を持っていきなさい」と言われたワイアーは、こう返している——「おばあちゃん、コートはいらないよ。今夜はね」。

当時の報道によれば、5人のうち3人には知的障害の診断があり、車の持ち主だったマドルーガも診断こそ受けていないものの、家族から「理解がゆっくりだった」と語られていた。残るマサイアスは、5年前から統合失調症の治療を受けていたと報じられている。この点は「なぜ動く車を捨てたのか」を考えるうえで避けて通れない事実だが、当時の捜査でも、そして今も、彼ら自身の判断が原因だと結論づけられたことは一度もない。

※ 表記について:1978年当時の英語報道には現在では使われない差別的な表現が含まれるが、本記事では現在の一般的な表現に改めている。また診断内容は当時の報道と家族の証言に基づくもので、医学的な断定ではない。

判明している事実

車は「動く状態」で捨てられていた
2月28日、車はチコから約110キロ離れた山道の雪線上で見つかった。タイヤが空転した跡はあったものの、5人がかりなら押し出せる程度で、燃料タンクは4分の1残っていた。グローブボックスにはカリフォルニア州全図を含む4枚の地図が、きれいにたたんで入っていた。鍵だけが消えており、警察が配線を直結するとエンジンは即座にかかった。座席には商店で買った菓子の包み紙が散らばり、板チョコが1本だけ半分残っていた。

車体の下回りに傷がひとつもなかった
現場は舗装が切れた先の、轍だらけの林道だった。車高の低い大型のアメリカ車が大人5人を乗せ、暗闇の中で登り切れるような道ではない。それにもかかわらず、車の下回りには擦り傷も打痕も泥の付着もなかった。捜査員は「運転者は異常なほど慎重だったか、この道を熟知していたかのどちらかだ」と述べている。家族によれば、その車を運転したのはマドルーガだけで、彼はキャンプを嫌い、寒さを嫌い、この道を知らなかったという。

唯一の目撃者は心臓発作の最中だった
同じ晩、55歳の男性ジョセフ・ションズが雪の状況を見るために同じ林道を車で登り、5人の車が見つかる地点の約45メートル先で雪にはまった。彼は車を押し出そうとして軽い心臓発作を起こし(後に医師が発作の事実を確認している)、暖房をつけたまま車内に横たわっていた。深夜、彼は口笛のような音を聞いて外に出る。ヘッドライトの光の中に人影の集団が見え、話し声も聞こえた。助けを求めて叫ぶと、ライトが消え、声も止んだ。数時間後には懐中電灯らしき光をふたたび見て叫んだが、光は同じように消えた。彼はガソリンが尽きるまで車内で耐え、明け方に約13キロ歩いて麓の山小屋まで下りている。

約3か月半後、31キロ先の管理小屋で
6月4日、林道の終点にある森林局のキャンプ場に迷い込んだツーリング客が、全長約18メートルの管理用トレーラーから漂う異臭に気づいた。中で見つかったのはテッド・ワイアーだった。車の停止地点から約31キロ、深さ1.2〜1.8メートルの吹きだまりを越えた先である。窓を割って侵入した形跡があり、彼はベッドの上で、シーツ8枚を頭まで掛けられた状態だった。捜査側は、この掛け方は本人がひとりで行えるものではないと見ている。枕元には「Ted」と刻まれた指輪、金のネックレス、現金の入った財布、そして5人の誰の物でもない、風防の欠けた金時計が置かれていた。彼は約180センチ・91キロの体格から36〜45キロ痩せ、足には重い凍傷を負っていた。

燃料も食料も、そこにあった
トレーラーには紙のマッチが転がり、燃やせる文庫本と木製の家具があった。しかし火を焚いた跡はまったくなかった。屋外の物置からは携行食の缶が十数個開けられ空になっていたが、同じ物置のロッカーには、5人が1年食いつなげる量の乾燥食品が手つかずで残っていた。別の物置にあったプロパンのタンクにも誰も触れていない。捜査を担当したユバ郡の警部補は「あのバルブを開けるだけで、トレーラーに火も暖房も来たんだ」と語っている。翌日以降、マドルーガとスターリングがトレーラーへ続く道の両脇で、さらにヒューエットがトレーラー寄りの地点で相次いで発見された。トレーラーの北西約400メートルの路肩には、森林局の毛布3枚と、スイッチの切られた懐中電灯が落ちていた。

主な仮説

仮説1:道を間違え、低体温症が判断力を奪った

もっとも単純な筋書きである。チコからユバシティへ向かう途中で分岐を取り違え、暗闇の中で引き返す機会を逃したまま山へ入り込んだ、というものだ。低体温症は体力より先に思考を削る。上着を脱ぎ出す「矛盾脱衣」が起きるほど判断が壊れることも知られており、車を降りて数十分で全員の思考が正常でなくなっていた可能性はある。ただしこの説には強い反論がある。チコもユバシティも標高100メートルに満たない平野で、両者を結ぶ幹線道路は雪など降らない一本道だ。車が見つかった地点は標高約1,370メートル。「間違えて1,300メートル登る」ことは地形上ほぼ起こりえない。

仮説2:グループ内で体調の急変が起き、それが引き金になった

掲示板でもっとも繰り返し語られてきたのが、マサイアスの体調に何かが起きたのではないか、という推測だ。翌日の大会に備えて服薬を控えていたなら、帰り道で強い不安に襲われ「追われている」と感じた——という筋書きは、確かに多くの断片を説明する。しかし当時の主治医は彼を「もっともうまくいっている患者のひとり」と評しており、義父も「失踪した週も薬は飲んでいた」と証言している。2年間、症状の再発はなかったともされる。つまりこれは根拠のある事実ではなく、外部からの推測にすぎない。5人の中でただひとり見つかっていない人物に、説明の重荷をすべて背負わせる形になっている点は、割り引いて読む必要がある。

仮説3:助けを求める声を「森で倒れている誰か」と取り違えた

ションズが暗闇の中で助けを呼んだ、という証言を起点にした説である。雪と風の中では音の方向は簡単に狂う。ワイアーの母親は「息子は助けを求める声を聞いたら必ず動く子だった」と語っており、過去に友人と急病人を病院へ運んだこともあったという。声の主が道の上の車ではなく森の奥にいると誤認し、1人が走り出し、残りが追いかけた——そうであれば、助けを求めた叫びがそのまま5人を山奥へ導いたことになる。夜間に一度散り散りになれば、足跡は雪ですぐに消える。

仮説4:第三者が関与した

家族が一貫して主張してきたのがこの見方だ。マドルーガの母親は「何かの力があの子たちを山へ上げたんです。5人がウズラの群れみたいに勝手に森へ逃げ込むわけがない」と語っている。車体が無傷だったこと、鍵が消えていること、当時の目撃証言にピックアップトラックが繰り返し登場することが、この説の支えとされてきた。一方で、財布の現金は手つかずで、車内から金品が奪われた形跡もない。捜査当局は当時から現在に至るまで、事件性を示す物証は得られていないとしている。

海外の反応

1. 謎の名無しさん
地元の人間だから言うけど、あそこは道を間違えて着ける場所じゃない。チコからユバシティは谷底の一本道で、山も丘もない。車が停まっていた地点は標高1,300メートルを超えている。うっかり1,300メートル登る人間はいないよ。

2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
しかも途中にオロビル湖という巨大なダム湖がある。あれを横目に通り過ぎて「まだ家に向かっている」と思える人はまずいない。方向を間違えたにしても、どこかで気づく地形なんだよな。

3. 謎の名無しさん
5人のうちマサイアスだけ見つかっていないのが引っかかる。ただ、それを確かめる手段がもう残っていない。遺体があれば血中の薬の有無くらいは分かったはずで、そこで止まっているのがもどかしい。

4. 謎の名無しさん(>>3への返信)
翌日は勝てばロサンゼルス行きがかかった試合だった。1978年の薬は今より副作用が重い。試合のために自分の判断で服薬を控えた、というのはありそうな話だと思う。ただ「ありそう」で止めておくべき話でもある。

5. 謎の名無しさん(>>3への返信)
主治医は「うちで一番うまくいっている患者のひとり」と言っていたし、義父も「あの週も薬は飲んでいた」と話している。週1回の服薬が注射だったのかどうかだけでも分かれば、話はだいぶ変わるんだけどな。

6. 謎の名無しさん
低体温症は体より先に頭にくる。手先が動かなくなるより早く判断力が落ちる。あの晩の風と雪の深さを考えたら、車を降りて数十分で全員の思考がまともでなくなっていた可能性は普通にあると思う。

7. 謎の名無しさん(>>6への返信)
それは小屋に着いてからの行動の説明にはなる。でも「なぜ最初に全員が車を降りたのか」は説明できないんだよ。1人が出ていったなら残りが止めるはずだし、5人が同時に判断を誤る理由がない。

8. 謎の名無しさん
「人の物に勝手に触ってはいけない」と繰り返し教わって育った人なら、鍵のかかったロッカーをこじ開けるという発想自体が出てこないと思う。窓を割って小屋に入った時点で、本人にとっては相当な例外だったはずだ。

9. 謎の名無しさん(>>8への返信)
うちの子も自閉スペクトラムで、食感が違うものは絶対に口に入れない。腹が減っていようが関係ない。「生き延びるためなら何でも食べる」は健常者側の想像で、そうならない人は本当にそうならないんだ。

10. 謎の名無しさん
素直に考えると、道に迷って明かりを探していたんじゃないか。目撃者は車のエンジンをかけたままにしていた。夜の山でその光を見つけたら、道を聞きに行こうとするのはむしろ自然だ。運転席の窓が開いていたのも、顔を出して路面を見ながら徐行していたなら説明がつく。

11. 謎の名無しさん(>>10への返信)
そこで彼が助けを呼ぶ声を上げたのが、いちばん残酷な部分だと思う。雪と風で音の方向は簡単に狂う。「森の奥で誰かが倒れている」と受け取って走り出した1人を全員が追いかけた——だとしたら、助けを求めた叫びがそのまま5人を連れて行ったことになる。

12. 謎の名無しさん
どうしても納得できないのが小屋での2〜3か月だ。物置の缶詰を十数個開けていて、同じ物置のロッカーには5人が1年食べられる量の食料が入っていた。マッチもあった。外にはプロパンのタンクもあった。ひとつも使われていない。

13. 謎の名無しさん(>>12への返信)
缶詰を開けているということは、物置までは行っているんだよな。だから「外に出られなかった」では説明がつかない。見えていたのに手を出さなかったのか、手を出すという発想が浮かばなかったのか、そのどちらかになる。

14. 謎の名無しさん
目撃者の話がそろいすぎていて逆に怪しい、と感じる人の気持ちも分かる。2月の夜に雪の様子を見に山へ行き、そこで心臓発作を起こし、たまたま5人を見ている。しかも本人が後から「幻覚だったかもしれない」と言い直している。

15. 謎の名無しさん
心臓発作は自覚のないまま済むことがある。重い風邪くらいの感覚で普通に動けてしまう例もあるし、そのまま気づかない人もいる。「発作を起こしたのに13キロ歩けたのはおかしい」という指摘は、医学的にはそんなに強い根拠にならない。

16. 謎の名無しさん
「赤ん坊を抱えた女性」は、髪の長い誰かが何かを抱えていただけだと思う。ヘッドライトの逆光で、しかも本人は激痛の中だ。人数も輪郭もあてにならない。ただ、その「何か」が何だったのかは気になって仕方ない。

17. 謎の名無しさん
元軍人が2人いたというのが一番引っかかる。携行食の缶を軍用の缶切りで開けられたのはその2人だけだったと書かれているのに、火をおこすほうは誰もやっていない。缶を開ける手はあって、マッチを擦る手はなかったことになる。

18. 謎の名無しさん
鍵が見つかっていないのが鍵だと思っている。雪の中で落としたなら、あの車はもう「暖かい安全な車」じゃなく、ただの冷えた鉄の箱だ。ガソリンが4分の1残っていた理由も、押し出そうとしなかった理由も、それで一気に通る。

19. 謎の名無しさん(>>18への返信)
その前提に立つと「暖かい車を捨てて出ていった」という話の枠組み自体が崩れるんだよな。捨てたんじゃなくて、車のほうが先に使えなくなったのかもしれない。そう考えると急に人間らしい行動に見えてくる。

20. 謎の名無しさん
板チョコが半分だけ残っていたのが妙に生々しい。買った物は全部食べ切っているのに、1本だけ食べかけ。長時間歩くつもりなら持っていくはずだし、置いていったなら「すぐ戻る」つもりだったことになる。

21. 謎の名無しさん
当時の新聞に載った地図と、記事にある距離が合わないのが気になる。車から31キロと書かれているのに、地図上では5キロも離れていないように見える。直線距離と実際に歩いた距離の違いにしても、差が大きすぎないか。

22. 謎の名無しさん
森林局の雪上車が2日前にあの道を通っていて、雪が踏み固められた跡が残っていたらしい。膝上の雪の中でそこだけ歩ける帯があったなら、なぜ31キロも進めたのかは少し分かる。進んだ先に何があるかは分からないままだけど。

23. 謎の名無しさん
翌日の昼にブラウンズビルの商店の前で5人を見た、という女性の証言がある。2人が古いピックアップの中、2人が外の電話ボックス、1人が店の中。担当の警部補は「信用できる目撃者だ」と言っていたそうだ。

24. 謎の名無しさん(>>23への返信)
ただ、電話ボックスにいたのがヒューエットだとされた点は家族が否定している。彼は電話が苦手で、掛けるときはいつも友人に番号を回してもらっていた。人違いの可能性が高いと当時から言われていた。

25. 謎の名無しさん
シーツ8枚で頭まで包まれていた、というのが自分にはいちばん重い。捜査側も「本人がひとりでああはできない」と見ていた。つまり最後まで誰かがそばにいて、そのうえでその人はあの場を出ていったことになる。

26. 謎の名無しさん(>>25への返信)
マサイアスの運動靴が小屋の中に残っていた。凍傷で足が腫れて、大きいサイズの靴に履き替えて出たという推測はされている。もし助けを呼びに行ったのだとしたら、彼はまだ山のどこかにいることになる。

27. 謎の名無しさん
あのスレッドには、遺族に近いと名乗る人から「車内に赤ん坊用の毛布があった」「車の外で薬莢が見つかった」という書き込みもあった。当時の報道では確認できない話なので鵜呑みにはできないが、家族がずっと事件性を疑い続けてきたのは事実らしい。

28. 謎の名無しさん
捜索の責任者が「場所を知らなければ、あんな所には千分の一の確率でも辿り着けない」と言っている。これが一番怖い。偶然あそこに着いたのなら奇跡だし、偶然でないなら誰かが道を知っていたことになる。

29. 謎の名無しさん(>>28への返信)
そこなんだよな。5人とも山を知らなかったと家族は口を揃えている。運転していたとされる人はキャンプ嫌いの寒がりだった。それでも車は無傷であの林道を登り切っている。この一点だけがどうにも収まらない。

30. 謎の名無しさん
48年経って、マサイアスはまだ見つかっていない。義父が「眼鏡だけはどこかに残っているはずだ」と言って、雪が解けるたびに山へ通っていたという話が忘れられない。事件の謎より、そこが一番きつい。

未解決の謎

この事件がいまだに落ち着かないのは、事実の断片がどれも「単独では説明できるのに、並べると噛み合わない」からだ。道を間違えることはある。雪にはまることもある。低体温症で判断が壊れることもある。だが、平野の一本道から標高1,370メートルの林道へ入り、車体を一度も擦らずに登り切り、動く車を置いて深い雪の中を31キロ進み、たどり着いた小屋で燃料にも食料にも手を付けないまま数か月を過ごす——この連なりを一本の線で通す説明は、48年間ひとつも出てきていない。

捜査は最後まで事件性を立証できなかった。同時に、事件性がなかったことも証明できていない。ユバ郡の担当者は当時「他殺だと証明できないし、他殺でないなら説明がつかない」と語っている。1,000件を超える情報が全米から寄せられ、霊能者まで動員され、そのいずれもが空振りに終わった。指し示された「オロビルの赤い二階建ての家」は、番地ごと実在しなかった。

残された家族は、はっきりと事件性を信じ続けてきた。「あの子たちがウズラの群れみたいに森へ逃げ込むわけがない」というマドルーガの母親の言葉は、当時の記事から48年経った今もそのまま引用され続けている。マサイアスの義父母は、もう探す場所などないと言われながら、雪解けのたびに山へ上がった。「どこかにあるはずだ」と言い続けたのは、遺品のためではなく、まだ見つかっていない家族のためだった。

そしてこの事件でもっとも重いのは、5人が何を怖がったのかを誰も知らないという一点に尽きる。火を焚けば助かった。ロッカーを開ければ生きられた。それをしなかった理由が「できなかった」のか、「してはいけないと思った」のか、あるいは「見つかりたくなかった」のか——分かれ目はそこにあり、どれを取るかで事件の形はまったく変わる。ゲイリー・マサイアスは今も行方不明のままで、彼が最後に何を見たのかを語れる人間は、48年前のあの夜に全員いなくなった。

出典:r/UnresolvedMysteries 元スレ

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