1980年4月24日、アメリカ・アイオワ州ダベンポート。通りがかりの兄弟が、警察の競売に出ていた黒いピックアップトラックを140ドルで落札した。修理中の別のトラックに部品を回すつもりで、父親の農場まで運んだ。数時間後、荷台に山積みになった枯れ草や枝をスコップでかき出そうとしたとき、ブーツを履いた足が見えた。
荷台にいたのは、前年のクリスマスに姿を消した30歳の男性2人だった。アメリカでは、路上に放置された車を警察がレッカー移動して一定期間保管し、持ち主が現れなければ競売にかける仕組みがある。このトラックも放置車両として保管場に運ばれ、決められた日数が過ぎてから売りに出された。売られるまで、荷台の中身に気づいた人はいなかった。
この事件を取り上げたスレッドは、2020年11月に海外掲示板Redditの r/UnresolvedMysteries に投稿され、3800を超える高評価と約240件のコメントを集めた。議論が集まったのは、警察署長の「放置車両を清掃する責任は警察にはない」という説明、25年後に警察へ届いた1本のフィルム、そして「遺体は約60日間トラックにあった」という発表と失踪日との食い違いの3点だ。
事件の概要
🗓️ 発生日:1979年12月25日に失踪/1980年4月24日に遺体発見
🌫️ 場所:アメリカ・イリノイ州モリーン(失踪)、アイオワ州ダベンポート(トラックの放置と競売)、同州マスカティーン郡の農場(発見)
👤 被害者:コーディ・ジェームズさん(30歳)、ゲイリー・ハーカーさん(30歳)。モリーン高校で知り合った友人どうし
🔍 状況:エアコンプレッサーを届けに黒いピックアップトラックで出かけ、その夜、代金500ドルを受け取るはずの場所に現れなかった。トラックは約2か月後に路上で放置車両と判定され、警察の保管を経て競売にかけられた
🕯️ 結末:落札した兄弟が、荷台の枯れ草の下から2人の遺体を見つけた。警察は薬物がらみの二重殺人とみて捜査し、2004年には再捜査も行ったが、2026年10月の時点で起訴された人物は確認できない
コーディ・ジェームズさんとゲイリー・ハーカーさんは、イリノイ州のモリーン高校で知り合った友人で、ともに30歳だった。1979年12月25日、2人はモリーンにあるジェームズさんの木彫り工房でペンキ塗りをしていた。その日のうちに、ジェームズさんが所有する1965年式の黒いシボレーのピックアップトラックに乗り、エアコンプレッサーを隣町のロックアイランドへ届けに出た。夜にはその代金500ドルを、川向こうのアイオワ州ダベンポートで受け取る予定だった。2人は受け取りの場所に現れなかった。
モリーン、ロックアイランド、ダベンポートは、ミシシッピ川を挟んで向かい合う「クアッドシティーズ」※と呼ばれる都市圏の町だ。モリーンとロックアイランドがイリノイ州、対岸のダベンポートがアイオワ州で、橋を渡れば州も警察の管轄も変わる。
※ クアッドシティーズ:ミシシッピ川の両岸に並ぶ、アイオワ州とイリノイ州の複数の市をまとめた呼び名。
ハーカーさんはロックアイランドで妻と暮らしており、妻は妊娠中だった。2人について失踪届が出されていたのかどうかは、元スレでも、元スレが参照している未解決事件の記録サイト「アイオワ・コールドケーシズ」の事件ページでも確認できない。
判明している事実
川向こうの路上で「放置車両」になったトラック
1980年2月22日、ダベンポートのアイオワ通り600番台に停まったままの黒いシボレーが、放置車両と判定された。荷台は枯れ草、枝、がらくた、それに雪でいっぱいだった。3月3日、警察はトラックをレッカー業者の保管場へ移した。競売にかけるまで、最低40日は保管される決まりだった。登録上の所有者であるジェームズさんにあてて、レッカー移動を知らせる書留が送られたが、受け取られないまま返送されている。いつからその通りに停まっていたのかは、公表されている情報からは分からない。
140ドルで落札した兄弟が見つけたもの
4月24日、25歳の兄と10代の弟が競売場の前を車で通りかかり、黒いシボレーに目を留めた。修理が必要な別のトラックがあり、部品取りに使えると考えたという。2人は140ドルで落札し、マスカティーン郡にある父親の農場へ運んだ。数時間後、兄がトラックから異臭がするのに気づいた。荷台の草や土を捨てようと畑まで走らせ、スコップでかき出しはじめたところで、ブーツを履いた足を見つけた。警察に電話しようといったん家へ戻ったものの、通報の前にもう一度確かめに行き、そこで2足目のブーツと、もう1人の遺体に気づいた。
警察の発表と署長の説明
ダベンポート警察は、遺体は約60日間トラックの中にあったとみられると発表した。2人はどちらも、木を切るときに使うくさび※で頭を殴られていたという。ケネス・コンロン警察署長は、このトラックが警察の競売で売られたことを認めたうえで、保管場に運ばれた放置車両を清掃する責任は警察にはない、と述べた。
※ くさび:木の切り口や割れ目に打ち込んで使う、金属などでできたV字形の道具。
警察が追った「3人」と薬物の線
1980年5月下旬、警察は、この二重殺人に関わったとみられる3人の行方を追っていると明らかにした。事件は薬物がらみで、扱われていたのはアンフェタミン※の可能性がある、という見立てだった。3人の名前は公表されていない。ハーカーさんの妻は当時、夫がジェームズさんと一緒に、他人のための薬物取引を仲介していたことは知っていたと話している。アイオワ・コールドケーシズによると、近所からは工房で薬物を売っていたという苦情も出たが、妻はこれを否定した。2人が姿を消した日の朝、トラックの荷台は片づけられて空だった、という目撃証言もある。
※ アンフェタミン:中枢神経を興奮させる薬物。日本では覚醒剤に指定されている。
25年後に警察へ届いたフィルム
2004年12月17日、ダベンポート警察は再捜査を発表した。きっかけは、被害者の友人が持ち込んだ写真だった。2人は自分たちに敵がいることを分かっていて、生前、この友人にフィルムを1本預けていた。そのとき添えた言葉が「俺たちに何かあったら、このフィルムを現像してくれ」だったという。警察は当初、事件に関わったとみられる人物が写っていると説明した。写真はカリフォルニア州ボリナスで撮られたとみられている。サンフランシスコの北にある海辺の小さな村で、2人は薬物を仕入れるためにたびたび通っていたとされる。写真は現地の新聞にも掲載された。
担当のグレッグ・ケラー刑事は、事件には薬物の供給元が関わっているとの見方を示し、捜査記録を読み直して「やるべきことが、やられていなかった」と語った。1980年にトラックから採取されていた毛髪と血液の試料に加え、再捜査では、事件当時は開発が始まったばかりだった薬品処理によって、トラックにあった証拠品から指紋が1つ見つかった。荷台の土が、殺害現場と疑われる場所のものと一致するかどうかも調べられたが、その場所は明かされていない。アイオワ・コールドケーシズによれば、ケラー刑事はその後、写真の男性2人を「容疑者」と呼ぶことは避け、犯人にたどり着く手がかりになりうる人物だ、と述べるにとどめている。
主な仮説
仮説1:薬物の仕入れ先とのトラブル
2004年の再捜査でケラー刑事が示した見方に近い。2人はカリフォルニア州ボリナスへたびたび仕入れに通っていたとされ、友人に預けたフィルムもそこで撮られたとみられている。「何かあったら現像してくれ」という言葉は、本人たちが身の危険を感じていたことをうかがわせる。ただし、写真の男性たちは容疑者と名指しされたわけではない。相手が遠い西海岸にいたのなら、トラックがなぜアイオワの路上に残されたのかという点も説明がついていない。
仮説2:地元での取引をめぐるもめごと
2人は地元のクアッドシティーズで荷物を届け、代金を受け取る予定で出かけ、そのまま足取りが途絶えた。トラックが見つかったのもダベンポートの路上である。元スレのコメント欄にも「地元の売人どうしの争いだろう」と見る声がある。もっとも、1980年に警察が追った「3人」が誰で、2人とどんな関係だったのかは公表されておらず、その夜の受け取り相手が誰だったのかも分かっていない。
仮説3:別の場所で殺害され、あとからトラックに積まれた
コメント欄で引っかかる人が多かったのが、「約60日間」という警察の見立てだ。失踪は12月25日、発見は4月24日で、あいだは約4か月ある。遺体が60日ほど前に荷台へ置かれたのなら、その前の2か月、2人はどこにいたのか、という疑問が出ている。警察が荷台の土を「殺害現場と疑われる場所」と照合しようとしたことからは、捜査側もトラック以外の現場を想定していたことが読み取れる。失踪した日の朝に荷台が空だったという証言どおりなら、草や枝はそのあとで積まれたことになる。
仮説4:遺体は早い段階から荷台にあり、「60日」の推定がずれていた
逆に、推定のほうが実際より短かったという読み方もある。事件が起きたのは真冬の中西部で、荷台には雪が積もっていた。低温が続けば遺体の変化は遅くなるので、経過した日数が実際より短く見積もられた可能性はある。アイオワ・コールドケーシズは、米国の社会保障の死亡記録ではジェームズさんの死亡が「1979年12月」、ハーカーさんが「1980年1月」となっていることも紹介している。この読み方が正しければ、トラックが路上にあったあいだも保管場にあったあいだも、2人はずっと荷台にいたことになる。
海外の反応
1. 謎の名無しさん
署長の「放置車両を清掃する責任は警察にはない」って説明、責任逃れにしか聞こえない。レッカーで運んで売るだけ、荷台に何が載っているかは見もしない、あとは買った人の問題です、ってことだろ。
2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
警察の保管場と取引のある解体屋で働いてたけど、回ってくる車は前の持ち主の荷物が積まれたままだったよ。罰金と高い保管料を払わないと荷物も引き取れないから、ほとんどの人は車ごと諦めるんだ。中を片づけるのは自分の仕事だった。だから署長の言い分は、運用としてはたぶん本当なんだと思う。それでいいのかは別として。
3. 謎の名無しさん
掃除する責任がないのは、まあ分かる。でも荷台に人が横たわっていないか確かめる責任もない、というのはさすがに苦しいと思う。
4. 謎の名無しさん
時系列がよく分からない。4月下旬の時点で「遺体は約60日前からトラックにあった」というのが警察の見立てだけど、2人が消えたのは12月下旬で、発見の4か月前だよね。残りの2か月はどこにいたの? それとも警察の推定が大きくずれていただけ?
5. 謎の名無しさん(>>4への返信)
投稿者です。自分もそこは引っかかった。記事に書いてあったとおりに書いただけで、正直つじつまが合わないと思ってる。
6. 謎の名無しさん(>>4への返信)
トラックが放置車両と判定されたのが2月22日で、発見のほぼ2か月前なんだよね。「60日」は単にそこから数えただけ、という可能性もあるかなと思った。確かめようがないけど。
7. 謎の名無しさん
遺体を覆っていた枯れ草と土が気になってる。あの冬の気温を調べてみたら、1980年2月1日がマイナス21度、14日がマイナス12度、放置車両の札が付いた22日でようやく0度をわずかに上回るくらいだった。草も土もカチカチに凍っていたはずで、掘って積めるような状態じゃなかったと思う。
8. 謎の名無しさん(>>7への返信)
失踪した日の朝には荷台は空だった、という証言もあるんだよね。だとすると草や枝は、2人が消えたあとで誰かが積んだことになる。地面が凍る前に済ませたのか、どこか別の場所から運んできたのか。
9. 謎の名無しさん
奥さんは失踪届を出さなかったのかな。妊娠中の妻がいたのに、届けが出ていたという話がどこにも見当たらなくて混乱してる。
10. 謎の名無しさん(>>9への返信)
奥さんがいたのはハーカーさんで、トラックの登録名義はジェームズさんのほう。仮に奥さんが夫の失踪届を出していたとしても、川向こうに放置されたジェームズさんのトラックと結びついた保証はないよ。ジェームズさんの身内か知人が届けていないと、つながらなかったんじゃないかな。
11. 謎の名無しさん
夫が違法な取引の仲介をしていると知っていたなら、警察に駆け込むのをためらう気持ちは分かる。出産を控えていたんだし、届けたせいで夫が刑務所に入ることになるかもしれないわけで。
12. 謎の名無しさん
ダベンポート出身だけど、この事件は初めて知った。土地勘のない人向けに言うと、ダベンポートはミシシッピ川沿いの町で、対岸がイリノイ州のモリーン。川を挟んで州が2つあって、警察の管轄はいくつにも分かれてる。ネットもない時代だし、各市の警察がこういう件でうまく連携できていたとは思えない。
13. 謎の名無しさん
「俺たちに何かあったら、このフィルムを現像してくれ」と託された友人が、実際に警察へ持っていったのが2004年。25年後って、どういうこと?
14. 謎の名無しさん(>>13への返信)
当時名乗り出たら、自分まで警察に調べられると思ったんじゃないかな。預かった時点では、本当に何か起きるとは考えていなかったのかもしれない。25年たって、もう怖がる理由がなくなったから出せた、ということだと想像してる。
15. 謎の名無しさん
フィルムの友人を責める人が多いけど、再捜査の刑事も「いま話してくれる人たちは、報復を恐れずに話している」という趣旨のことを言ってるんだよね。裏を返せば、当時はみんな怖かったわけで。2人が実際に殺されたあとで、その写真を持って名乗り出るのは相当な覚悟が要ったと思う。
16. 謎の名無しさん
もし自分が誰かに「万一のときの証拠」を預けることになったら、「警察に渡すまで25年も待たないこと」と必ず書き添えておく。
17. 謎の名無しさん
被害者2人の写真や、フィルムに写っていた写真はなぜ公開されていないんだろう。警察が市民からの情報を求めているなら、いちばん大事なところだと思うんだけど。
18. 謎の名無しさん(>>17への返信)
投稿にもあるとおり、写真は地元の新聞に載ったよ。当時の紙面の切り抜きを探してきてくれた人がいて、投稿の末尾に追加されてる。
19. 謎の名無しさん
ところで、兄弟はトラックをそのまま持っていられたの? それとも140ドルは返してもらえたんだろうか。
20. 謎の名無しさん(>>19への返信)
証拠として警察が調べているから、少なくともすぐには手元に戻らなかったんじゃないかな。返金されたかどうかは、探しても書いてある記事が見つからなかった。部品取りのつもりで買っただけなのに、気の毒すぎる。
21. 謎の名無しさん
正直、トラック1台が140ドルで買えたことにも驚いてる。1980年の話とはいえ、放置車両の競売ってそんな値段だったのか。
22. 謎の名無しさん
警察の競売にかける車を、荷台も見ずに売れるものなの? 武器や薬物が積まれていた可能性だってあるのに。あの山盛りの枯れ草を一度どかしていれば、売る前に見つかっていたはず。
23. 謎の名無しさん(>>22への返信)
自分もてっきり、禁制品がないか一通り調べてから売るものだと思ってた。怪しい物が出てきたら持ち主を調べる、という流れが当然あるものだと。
24. 謎の名無しさん
擁護するつもりはないけど、真冬の中西部で荷台に雪まで積もっていたら、においも出ないし、外から見ても「ごみを積んだ放置車」にしか見えなかったと思う。路上の放置車両なんて、当時いくらでもあっただろうし。
25. 謎の名無しさん(>>24への返信)
2月ならそうかもしれない。でも競売は4月下旬で、兄弟は持ち帰って数時間でにおいに気づいてるんだよ。売りに出す前に誰かが荷台をのぞくだけで、違う結果になっていたんじゃないかな。
26. 謎の名無しさん
「木を切るときに使うくさび」で頭を殴られたって、要するに斧のこと? それとも丸太に打ち込む金属のくさびそのもの? 薪割りに使う、斧より分厚い刃の道具を指している気もする。どれなのかで、凶器の出どころの見え方が変わってくる。
27. 謎の名無しさん
読みごたえのある投稿だった。ただ、警察が何も気づかないまま、手がかりのほうから転がり込んでくるのを待っていたように見える事件をまた読むことになって、少し気が重い。
28. 謎の名無しさん(>>27への返信)
1980年の対応はそう見えるね。ただ、2004年の再捜査は評価していいと思う。担当の刑事は「やるべきことがやられていなかった」と認めたうえで、新しい薬品処理で指紋を1つ見つけて、5つ以上の州で聞き取りをしてる。それでも起訴まで届かなかったのが、この事件の難しさなんだろうね。
29. 謎の名無しさん
警察が追っていた「3人」はその後どうなったんだろう。1980年5月に発表されたきり、自分が探した範囲では続報が見当たらない。2004年の写真の2人と重なるのかどうかすら、外からは分からない。
30. 謎の名無しさん
この辺りで育ったけど、この事件は聞いたことがなかった。今度、親に聞いてみる。2人が何に関わっていたにせよ、4か月ものあいだ誰にも見つけてもらえなかったのは、やりきれない。
未解決の謎
2004年の再捜査から、20年以上がたった。アイオワ・コールドケーシズは2026年10月の時点でも、この事件を未解決事件として掲載している。2024年12月にこの事件を取り上げた米国の未解決事件ポッドキャスト「The Trail Went Cold」も、起訴された人物はいないと伝えている。今回調べた範囲では、逮捕や起訴を伝える報道は見つからなかった。
残っている問いは多い。警察は遺体が「約60日間」トラックにあったとみたが、2人が消えたのは発見の約4か月前だ。この差を警察がどう説明したのかは、伝わっていない。失踪した日の朝には空だったという荷台へ、いつ、どこで草や枝が積まれたのかも分かっていない。1980年に警察が追った3人がその後どうなったのか、2004年の写真に写っていた人物と関係があるのかも、公表されていない。
もう一つ、犯人捜しとは別の問いがある。トラックは放置車両と判定され、警察の手でレッカー移動され、40日以上保管されたあとで売られた。警察自身の「約60日」という推定に従うなら、レッカー移動の時点で、2人はすでに荷台にいたことになる。署長の言うとおり、清掃は警察の仕事ではなかったのかもしれない。それでも、登録名義人にあてた書留が返送されてきたとき、誰かが荷台の草をどけていれば、という思いは残る。
2人は敵がいることを知っていて、万一に備えてフィルムを友人に預けた。その備えが警察に届くまでに25年かかった。140ドルでトラックを買った兄弟が荷台にスコップを入れなければ、2人がいつ見つかったのかも分からない。誰が2人を殺し、荷台に枯れ草をかぶせてダベンポートの路上に残したのか。その答えは、いまも出ていない。
出典:r/UnresolvedMysteries 元スレ / Iowa Cold Cases「Cody James and Gary Harker」 / 参考:ポッドキャスト「The Trail Went Cold」第410回(2024年12月)


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