1969年11月28日、感謝祭※の翌日。ペンシルベニア州立大学パティー図書館の地下、天井の低い書庫(スタックス)※の50列と51列の間で、22歳の大学院生が仰向けに倒れた。棚から本が数冊、床に落ちていた。駆けつけた学生も、図書館の職員も、誰ひとりこれを事件だとは思わなかった。学内の健康管理センターに入った通報は「女子学生が失神した」。彼女が刃物でひと突きされていたと分かったのは、搬送先で衣服に血がにじんでいるのに医師が気づいてからだった。それから57年、犯人は分かっていない。
※ 感謝祭:米国の祝日で11月の第4木曜日。1969年は11月27日にあたり、事件はその翌日の金曜日に起きた。
※ スタックス(stacks):図書館で書棚が林立する書庫エリアの通称。パティー図書館の当該区画は地下にあり、通路が狭く、当時は照明も薄暗かった。
事件の概要
🗓️ 発生日:1969年11月28日 午後4時45分〜4時55分ごろ
🌫️ 場所:ペンシルベニア州ユニバーシティパーク、ペンシルベニア州立大学パティー図書館・書庫レベル2
👤 被害者:エリザベス・ルース「ベッツィ」・アーズマ(22歳・英文学専攻の大学院生)
🔍 状況:書架50列と51列の間で正面から胸をひと突きされ、その場に倒れた。悲鳴も、逃げようとした形跡もなかった
🕯️ 結末:午後5時50分に死亡確認。犯人は特定されないまま未解決。州警察は現在も情報提供を求めている
ベッツィ・アーズマはミシガン州ホランドの出身。絵と詩の才能があり、医師を志して大学に進んだあと美術と英文学に転じ、1969年の夏にミシガン大学を優等で卒業している。当初は平和部隊※に入ってアフリカへ行くつもりだった。それをやめたのは、恋人のデヴィッド・ライトがペンシルベニア州立大学へ進むと知り、しかも長く離れれば関係を保てるとは約束できないと言われたからだった。
※ 平和部隊(Peace Corps):1961年に創設された米国政府の海外ボランティア派遣機関。開発途上国で数年単位の活動にあたる。
彼女がペンステートに入学したのは1969年10月初め。事件が起きたとき、大学院生になってまだ8週間しか経っていなかった。クリスマスには婚約する話も出ていた。彼女がライトに宛てて書いた最後の手紙は、殺された翌日に彼のもとへ届いている。
判明している事実
通報は「女子学生が失神」だった
ベッツィは白いタートルネックのセーターの上に、厚手の赤いノースリーブのドレスを着ていた。11月の気候に合わせた重ね着のせいで衣服の切れ目は目立たず、外に出た血もごくわずかだった。最初に見つけた学生も、駆けつけた学生救急隊員も、失神か発作の類だと判断している。搬送先で上級の医師が衣服のにじみに気づいて蘇生を止めさせ、そこでようやく刺し傷が見つかった。死亡確認は午後5時50分。検死は、犯人が正面から心臓を狙い、右利きだったと結論づけている。
「あの子を助けてやってくれ」と走り去った男
倒れた直後、二人の学生が、右手を隠しながら現場のほうから走ってきた男に出くわしている。男は「あの子を助けてやってくれ!」と叫び、二人を書庫の奥へ導いてベッツィを指し示すと、そのまま立ち去った。一人が図書館の外まで追ったが、逃げられている。目撃証言によれば、カーキ色のスラックスにネクタイ、スポーツジャケット。短く手入れされた茶色い髪、身長180センチ台前半、体重84キロ前後、眼鏡をかけていたかもしれない。警察は「その言葉を発した人物」に名乗り出るよう繰り返し呼びかけたが、応じる者はいなかった。似顔絵は2枚作られたが、公開されたのは1枚だけだった。
警察が来る前に、現場は片付けられていた
図書館の職員はベッツィが失神したものと信じ、警察に通報が行くより前に、用務員に通路の床を清掃させ、倒れた棚を直させ、散らばった本を戻させてしまった。犯人が残したかもしれない痕跡は、この時点でほぼ失われている。ただし最初に臨場した州警察官マイク・シマーズがすぐに区画を封鎖し、レベル3の書庫へ上がる階段から、ベッツィと同じ血液型の新しい血の粒を回収した。犯人が図書館を出たルートは、それによって分かっている。
通常400人の金曜、その日は90人
州警察はおよそ35人の警察官を投入し、学内に臨時の指令所を置いて、数週間で数百人の学生から話を聞いた。構内は隅々まで捜索されたが、凶器は出てこなかった。懸賞金は2万5000ドル(2026年の価値で22万ドル前後)。捜査で判明したのは、金曜の午後4時半から5時のあいだにパティー図書館を出入りする人数は普段およそ400人なのに、その日は90人ほどしかいなかったということだった。それでも、聴取した誰ひとりとして有力な容疑者にはならなかった。
書庫のもうひとつの顔
現場から数列離れた、机や予備の棚を置いてある一角で、捜査員は椅子が後ろに引かれた机を見つけている。上には飲みかけの缶と、成人向け雑誌が積まれていた。ベッツィが倒れていた通路にも、本と本のあいだに雑誌が何十冊も隠されていた。人目を避けた行為の場としてこの区画が使われていた痕跡は、床にも棚にも壁にも大量に残っており、ある捜査員は後に「ほとんどそこら中だった」と表現している。缶からは部分指紋が採れたが、当時の照合先には一致せず、雑誌の指紋はすべて判読不能だった。
主な仮説
仮説1:顔見知りによる、突発的な犯行
ベッツィは正面から近づかれている。しかしあの通路は、二人がすれ違うには、どちらかが体を横に向けなければならないほど狭い。それでも彼女は悲鳴を上げず、逃げようともしなかった。捜査当局は、彼女が相手を知っていた可能性が高いと見た。加えて、その日彼女がペンステートにいることを知る人間はほとんどいない。予定では恋人のところにいるはずだったからだ(恋人は早い段階で容疑を外れている)。徹底した聞き取りの結果、つきまとわれていた形跡も否定された。1969年から捜査にあたったシマーズ巡査は、2008年になってこう語っている——「個人的には、彼女を知る学生の一人だと思う。これは至近距離の、個人的な犯行だ……そう感じる」。
仮説2:見てはいけない場面に踏み込んだ口封じ
書庫の一角の状況から、彼女が人目を避けた行為の現場に踏み込んでしまい、露見を恐れた相手に襲われたとする説。捜査員マイケル・マッチはこの線を特に重く見て、ベッツィが二人の男を目撃し、その片方あるいは両方が顔見知りだったために口を封じられたのではないかと推測した。同性愛が知られただけで職も立場も失いかねない※時代だったことを踏まえると、動機として成立はする。ただし、これを裏づける物証はない。
※ 当時の状況:1969年の米国では同性愛は多くの州で違法行為とされ、公務員や教職からの追放事由にもなっていた。ストーンウォールの暴動が起きたのは、事件のわずか5か月前である。
仮説3:名前は挙がったが、証明されなかった人々
捜査線上にはいくつかの名前が浮かんだ。1969年のクリスマスの集まりで「図書館のあの子を殺した」と口走ったとされる40歳の彫刻家ウィリアム・スペンサーは、1970年初めに事情聴取を受けている。だが彼の説明——ベッツィと知り合いで、彼女は彼の彫刻教室でヌードモデルをしていた、そして自分は犯人を見た——はどれも裏づけが取れなかった。彼がペンシルベニアに移ってきたのは事件のわずか数週間前で、親しくなる時間そのものがない。警察は早い段階でこの主張を退けている。ベッツィの同級生の一人も一時は疑われたが、外見が目撃証言とまったく違い、容疑を外れた。
そしてもう一人。事件を追った作家デレク・シャーウッドと調査報道記者デヴィッド・デコックは、それぞれの著書で、当時25歳の地質学の大学院生だったリチャード・ヘフナーの名を挙げている。彼はベッツィと同じ寮の、中庭を挟んだ向かいに住んでいた。10月末に知り合い、1週間ほどで彼女のほうから「恋人に義理を通したい」と関係を打ち切っていた。普段の身なりはカーキのスラックスにスポーツジャケット、髪は短く整えた茶色。公開されなかったほうの似顔絵は彼によく似ている、と両著者は指摘する。彼は事情聴取で「図書館には一度も足を踏み入れたことがない」と述べたが、数年後、彼の指導教官が「事件の日の夕方、取り乱した様子で家に来て、デートしていた子が図書館で殺されたと言った」と証言し、供述と食い違った。1975年に交わされた彼と母親の口論を甥が立ち聞きしていた、という話も、2009年になって著者に寄せられている。
ただし、これらはすべて状況証拠と伝聞にとどまる。指導教官の証言も、本人が後年「殺害当日だったか翌日だったか確定できない」と語っており、決め手にはならない。ヘフナーは生涯一度も起訴されず、2002年に亡くなった。ここに書いたのは「そう主張する本と記事が存在する」という事実であって、彼が犯人だと確定した事実は、どこにも存在しない。
仮説4:たまたま居合わせた第三者
図書館は誰でも入れる公共の建物であり、当時は入館に記名も不要だった。まったくの通りすがりの犯行という可能性も、理屈のうえでは残る。ドラッグ絡みのトラブルという線も捜査されたが、彼女が薬物に手を出していた形跡は知人の誰からも出てこなかった。何より、正面から、狭い通路で、悲鳴もなく——という状況は、無差別の犯行とは噛み合いにくい。
海外の反応
1. 謎の名無しさん
よくまとまった記事だ。80年代にペンステートに通っていた身としては、パティー図書館のあの書庫が本当に不気味だったことは保証できる。用があっても、できるだけ短時間で出たかった。ペンステート絡みでは他にも未解決の事件や失踪がいくつかあって、学生のあいだでは「人を殺したいならステートカレッジに来い」なんて冗談まで言われていた。警察は何も解決できなかったから。
2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
細かい話だけど、「スタック棟」という建物があるわけじゃなくて、パティー図書館の中の書庫エリアのことを「スタックス」と呼ぶんだ。名前はどうあれ、あの一角の空気が普通じゃないのは同意する。
3. 謎の名無しさん(>>1への返信)
学生時代に一度だけ、肝試しみたいなノリで夜に入ったことがある。あんなに怖いとは思っていなかった。天井が低くて、棚が高くて、通路の先が見えない。自分の足音以外は何も聞こえないのに、誰かいる気配だけはずっとある。あれは建物の設計が悪い。
4. 謎の名無しさん
感謝祭の翌日なのに図書館はそれなりに人がいたわけで、外部の人間がふらっと入って知らない女性を狙うにはリスクが高すぎる。学生の誰かだったとしか思えない。
5. 謎の名無しさん(>>4への返信)
むしろ感謝祭の翌日に図書館が開いていたことに驚いた。今なら役所も大学もほぼ閉まってる日だ。1969年はそのへんの感覚が違ったんだろうな。彼女もレポートに追われて、休みを潰して資料を探しに来ていたわけで。
6. 謎の名無しさん
下の階の書庫は、建物の他の場所と比べて明らかに人の出入りが少なくて、隔離されていたんだろう。だから雑誌が隠されていたり、そういう痕跡が残っていたりする。ただ、彼女が実際に現場を目撃した必要すらないと思う。露見を恐れている人間にとっては、「見られたかもしれない」と思った瞬間がすべてだ。相手が自分の顔を知っている女性なら、なおさら。
7. 謎の名無しさん(>>6への返信)
その通りで、実際に誰かといるところじゃなくて、雑誌を眺めているところを見られただけでも十分に引き金になる。当時の感覚では、それが人づてに広まったら学籍も職も終わりだったわけだから。
8. 謎の名無しさん(>>6への返信)
賑わっている図書館の、誰も来ない地下。見つからない確率がそこそこ高い場所、という言い方がしっくりくる。人が多い建物ほど、逆に「人が来ない一角」が生まれるんだよな。
9. 謎の名無しさん
公平に見れば、単に男が二人でくっついていただけ、キスしていただけ、という可能性もある。図書館でそれをやるのは不自然に見えるかもしれないけど、静かな区画だったならあり得るし、自分も学生の頃を思い返せば十分に信じられる。ちなみにうちの夫は学生時代に大学の警備をしていて、構内の半公然の場所でいちゃついているカップルに何度も遭遇したそうだ。寮は同室の人間がいてプライバシーがないし、実家から通っている学生も多いし、「見つかるかもしれない場所」の高揚感というのも、たぶんある。
10. 謎の名無しさん
もし彼女が男二人の場面に踏み込んで、その片方に殺されたのだとしたら、もう一人は自分が露見するのを恐れて、57年間ずっと黙り続けたことになる。刺される前に逃げていたとしても、恋人があの場にいたことは知っていたはずだ。ここで気になるんだけど——「あの子を助けてやってくれ」と叫んで走り去った男は、犯人ではなく、もう一人のほうだった可能性はないだろうか。
11. 謎の名無しさん(>>10への返信)
その発想はなかったけど、筋は通る。ただどちらにしても、純粋に善意で人を呼んだだけなら、後から名乗り出ればいい話だ。警察があれだけ「その言葉を言った人へ」と呼びかけ続けたのに出てこなかった時点で、その人物には出てこられない事情があったということになる。
12. 謎の名無しさん
1969年に「面倒に巻き込まれたくない」で黙り込む人間はいくらでもいたと思う。学生ならなおさら、警察に名前を覚えられたくない時代だ。ただ、懸賞金が当時の2万5000ドル、今の価値で22万ドル前後まで積まれても誰も出てこなかったのは、やっぱり重い。知っている人間がいないか、金では動かせない理由があったかのどちらかだ。
13. 謎の名無しさん
一番やりきれないのは、警察が来る前に現場が片付けられていたことだ。職員が「失神」だと思い込んで、用務員に床を拭かせて、棚を直させて、本まで戻させてしまった。1969年で鑑識の常識が今と違うのは分かるけど、人が運び出された直後の場所を掃除するという発想がどこから出てくるのか。あの数十分で、この事件は半分解けなくなった。
14. 謎の名無しさん
あの日いちばんまともな仕事をしたのは、最初に来た州警察官だと思う。到着してすぐ区画を封鎖して、上の階へ上がる階段に残っていた血の粒を見つけている。おかげで犯人がどっちへ抜けたかだけは分かった。全部が台無しにされた現場で、たった一つ残った手がかりがこれというのが、また切ない。
15. 謎の名無しさん
普段は400人が出入りする時間帯に、その日は90人しかいなかった。90人なら全員辿れそうなものなのに、有力な容疑者が一人も出なかったというのが信じられない。名簿さえあれば、と何度も思ったはずだ。
16. 謎の名無しさん(>>15への返信)
出入り口を通った人数を数えることと、書庫の奥に誰がいたかを特定することは、まったく別の作業だよ。当時は記名なしで入れたし、出入口も一つじゃない。90人というのはあくまで概算で、しかも「入館した人」の数だ。犯人が入館者として数えられていた保証すらない。
17. 謎の名無しさん
容疑者候補として名前が挙がっている人物は確かに条件が揃って見えるけど、そこがずっと引っかかっている。彼を拒絶した女性は他にもいたはずなのに、なぜベッツィだけが殺されなければならなかったのか。振られたから、では説明が足りない。何か別の一線を越えたことがあったはずで、たとえば秘密を明かすと言った、とかでないと動機の重さが合わない。
18. 謎の名無しさん(>>17への返信)
自分の理解では、そもそも殺すつもりはなかったんだと思う。予定になかった鉢合わせがあって、見られたと思い込んで、言いふらされると信じ込んで、その場のパニックで刺した。だから凶器が用意されていたわけでもなく、逃げ方も雑で、しかも直後に「助けてやってくれ」なんて叫んでいる。計画犯の動き方じゃない。
19. 謎の名無しさん
目撃された男の服装、狭い通路を横向きにならないとすれ違えない距離まで近づける間柄、短気で知られていたという評判、打ち切られたばかりの友人関係——並べていくと矢印がひとつの方向を向いてしまうのは、正直よく分かる。ただ、矢印が向くことと、それを証明することはまったく別の話だ。彼の死に方が事件と重なるのを「因果応報」と呼びたくなる気持ちも分かるけど、それは証拠じゃない。
20. 謎の名無しさん
状況証拠はいくら積み上げても物証にはならない。似ている似顔絵、食い違う供述、悪い評判、どれも「怪しい」止まりだ。1969年に立件できなかったものが、57年後に立件できるようになるわけでもない。本を書く側は結論を出せるけど、検察は出せない。この差はとても大きくて、そこを混同したまま名前だけが一人歩きするのが、この手の事件で一番よくないところだと思う。
21. 謎の名無しさん
記事に出てくる指導教官のローレン・ライトは男性だよ(被害者の恋人のライトとは別人)。大学の地質学の教授で、名前の挙がっている大学院生の修士論文の指導教官であり、メンターでもあった。1985年に24年勤めて退職し、2013年に94歳で亡くなっている。
22. 謎の名無しさん(>>21への返信)
補足すると、ローレンは歴史的にはむしろ男性名なんだ。今の感覚だと女性名に見えるから混乱するけど、当時の世代なら普通にいる。恋人のデヴィッド・ライトと姓が同じなのも偶然で、血縁関係はない。
23. 謎の名無しさん(>>21への返信)
そのライト教授が7年も黙っていたのが、この事件で一番信じがたい部分だ。教え子がナイフを日常的に持ち歩いていたことを知っていて、それでも学部長に話したのは1976年。学部長は大学の顧問弁護士に報告して、そこで話は止まった。1969年から83年まで主任捜査官だった巡査部長は、その件を誰からも聞いていないと後に語っている。警察が公に情報提供を呼びかけている最中も、彼は電話一本かけなかった。しかも本人は、教え子が亡くなるまで親しい付き合いを続けている。
24. 謎の名無しさん(>>21への返信)
ただ、そのライト教授の証言自体もかなり危うい。2025年に出た地元誌の記事だと、彼は2009年の取材で「あの学生が家に来たのが殺害当日の夜だったか、翌日だったか、はっきり思い出せない」と答えている。しかも彼が来訪時に口にしたとされるのは「新聞を見たか?」という言葉で、新聞が事件を報じたのは翌日だ。だとすると、来訪は29日だった可能性のほうが高い。それなら供述との矛盾は消えるし、デートしていた相手が死んだ翌日にメンターの家へ行くのは、むしろ自然な行動ですらある。
25. 謎の名無しさん
名前の挙がっている人物は2002年、ラスベガスの病院で亡くなっている。死因は大動脈の裂傷で、先天性の心臓の疾患が原因だったとされている。事件と死に方が似ていることに意味を見出したくなる人は多いけど、単なる偶然だと思う。
26. 謎の名無しさん(>>25への返信)
あるいは、長年きちんと管理されていなかった高血圧の合併症という線もある。あの年代の男性の大動脈解離は、だいたいそれか結合組織の病気が背景にある。どちらにしても、そこに物語を読み込むのは無理筋だ。
27. 謎の名無しさん
彫刻家の名前が出てきたところで二度見した。自分の最初の勤め先の上司が、その人が最初の妻と一緒に開いた店の、当のレナ・スペンサーその人だったから。彼が店を離れてずっと後の時代の話だけど、当時を知る人たちが彼について語る口ぶりは、お世辞にも良いものではなかった。まさかこんな事件の記事で名前を見るとは思わなかった。
28. 謎の名無しさん
シェリ・ジョー・ベイツの事件を思い出した。1966年、カリフォルニア州リバーサイドの短大で、図書館で勉強していた18歳の女子学生が構内で刺されて亡くなった事件で、こちらも未解決のままだ。時代も場所も違うけれど、「大学の図書館という、誰もが安全だと思っている場所で、若い女性が短時間のうちに殺されて、犯人が普通に立ち去っていく」という構図が同じで、読んでいて背筋が寒くなる。
29. 謎の名無しさん
凶器は構内をくまなく探しても出てこず、缶から採れた部分指紋は照合先がなく、雑誌の指紋は全部潰れていて、似顔絵は2枚あったのに1枚しか公表されなかった。決め手になりそうなものが、一つずつ手のひらからこぼれ落ちていった事件だと思う。書庫がそういう用途で使われていたという話も、結局は状況の傍証にしかならなかったわけで。
30. 謎の名無しさん
この事件を読むのは初めてだけど、結局ここの多数派と同じところに落ち着いてしまった。ベッツィが記事にあるとおり真面目で潔癖な人だったなら、昔デートした相手が誰かといるところや、雑誌を眺めているところに出くわしただけでも、たぶん顔に出ていたと思う。それを見て「言いふらされる」と思い込んだ人間がいたなら、あの数秒で全部が起きてしまう。ただ、誰がやったにせよ、家族にとってはたまらない話だ。57年間、答えを聞けないまま待たされているわけだから。
未解決の謎
この事件でもっとも重いのは、犯人が特別に賢かったからではなく、周りの全員が「事件だと思わなかった」ことで、彼が逃げ切ってしまったという点だ。厚手の服が傷を隠し、通報は「失神」になり、職員は善意で床を拭かせ、本を棚に戻させた。警察が現場を見たときには、そこはもう現場ではなくなっていた。犯人がしたことは、狭い通路で数秒を使い、走って階段を上がっただけである。
もっとも妥当に見えるのは、やはり顔見知りによる突発的な犯行だろう。正面から近づける距離、悲鳴も抵抗もなかったこと、その日彼女がそこにいると知る人間がほとんどいなかったこと、性的な暴行がなかったこと、そして凶器が最後まで出てこなかったこと。これらは「計画された殺人」よりも「起きてしまった数秒」の像を結ぶ。1969年から捜査を担当した巡査が40年近く経ってなお「彼女を知る学生の一人だ」と言い続けたのも、たぶん同じ手触りからきている。
それでも、決定的なものは何ひとつない。二冊の本と複数の報道が特定の人物を名指ししているが、根拠は状況証拠と、数十年後に語られた伝聞にとどまる。その人物は生涯一度も起訴されないまま2002年に亡くなり、証言者だった指導教官も2013年に世を去った。事件の記録は今も州の法律のもとで封印されている※。当事者の多くが去り、書類は開かず、物証は最初の30分で失われた——立件の可能性は、時間とともに理屈のうえでも細っていく。
※ 記録の封印:ペンシルベニア州のオープンレコード法(公文書公開法)では、捜査中の事件に関する記録は公開の対象外とされる。本件は現在も継続捜査の扱いであり、そのため資料が公開されない状態が続いている。
結局のところ、この事件が今も語られ続けるのは、答えが出そうで出ないからだ。走り去った男が誰なのかも、彼が犯人だったのかも、分からないままである。分かっているのは、22歳の大学院生がレポートの資料を探しに書庫へ降りていって、二度と上がってこなかったという、それだけだ。
出典:r/UnresolvedMysteries 元スレ / Wikipedia: Murder of Betsy Aardsma


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