【1994年】名乗り出た米国の27歳は別人だった、それでも祖母は「あの子は生きている」——レグニツァ

【1994年】名乗り出た米国の27歳は別人だった、それでも祖母は「あの子は生きている」——レグニツァ 行方不明・失踪

1994年7月16日、ポーランド南西部の町レグニツァで、生後16か月のモニカ・ビェラフスカが姿を消した。その日、風邪で熱を出していた彼女は、祖父母に連れられて診療所へ行った帰りだった。祖父母が薬局で薬を買っているあいだ、店の前でベビーカーに乗ったモニカを見ていたのは、途中で合流した父親だった。祖父母が店から出てきたとき、2人の姿はもうなかった。

父親はのちに取り調べで、娘を「2000万旧ズウォティ※で売った」と話した。別の取り調べでは「ベビーカーから落ちて死んでいた」と言い、最後にはすべてを否定した。裁判所は2009年、父親が娘を連れ去って売ったと認め、懲役15年を言い渡した。それでも、モニカがどこへ行ったのかは分かっていない。

※ 旧ズウォティ:ポーランドの通貨ズウォティは、1995年のデノミネーション(通貨単位の切り下げ)で1万分の1になった。2000万旧ズウォティは、新しい通貨の2000ズウォティにあたる。

2020年5月、養子として育ったアメリカの27歳の女性が、自分はモニカかもしれないと警察に申し出た。写真を見た祖母は、孫が見つかったと信じた。元スレは、DNA鑑定の結果を待っていたこの時期に立てられたものだ。9月に出た結果は、血縁を「100%」否定した。海外掲示板の議論をまとめた。

事件の概要

🗓️ 発生日:1994年7月16日

🌫️ 場所:ポーランド南西部、ドルヌィ・シロンスク県の町レグニツァ。町なかの薬局の前

👤 行方不明者:モニカ・ビェラフスカ(当時生後16か月)。金髪に青い目、身長84センチ

🔍 状況:祖父母が薬局に入っているあいだ、店の前のベビーカーにいたモニカを父親が見ていた。祖父母が出てくると、父親もモニカも消えていた

🕯️ 現状:見つかっていない。父親は娘を連れ去って売った罪で懲役15年が確定し、服役中。2020年に名乗り出た米国の女性は、DNA鑑定で別人と分かった

レグニツァは、ドイツやチェコとの国境からそう遠くない、人口10万人ほどの町だ。冷戦期にはソ連軍の北方軍集団の司令部が置かれ、「小さなモスクワ」とも呼ばれた。事件が起きたのは、1989年に共産党政権が倒れてから5年後のことだ。

以下は、元スレの投稿と、ラジオ・ヴロツワフ、ポルサット、TVN24などポーランドの報道にもとづく。父親と家族の名前は、この記事では伏せる。

判明している事実

薬局の前で、ベビーカーごと父親と消えた
診療所の帰りに父親が加わり、一行は薬局の前まで来た。祖父母は薬を買いに店へ入り、ベビーカーのモニカを父親に任せた。祖母はのちにテレビの取材に「(父親が)子どもと残った。薬局から出てきたら、もういなかった」と話している。

父親は、すでに国外へ逃れていた。1995年1月、検察は父親を容疑者として国際手配した。祖父は、事件の6年後に亡くなっている。

「売った」「死んでいた」「連れていかれた」——取り調べのたびに変わった話
1997年、ポーランドの捜査当局は、潜伏先のオーストリアで父親の居場所をつかみ、国内へ連れ戻した(1998年とする報道もある)。

検察の取り調べでは、娘を「2000万旧ズウォティで売った」と話した。1998年6月には、「娘がベビーカーから落ち、抱き上げたら死んでいた」と供述した。同じ年の9月には一転して、「店の前にベビーカーごと娘を置いていたら、連れていかれた」と主張している。ほかにも、娘はチェコでの交通事故で死んだ、娘を殺して埋めた、と話したことがあったと報じられている。最後には、そのすべてを撤回して無実を訴えた。

なぜ、殺した、売った、と話したのか。ポルサットの報道によると、そう聞かれた父親は「取り調べた連中が、それを聞きたがったから」と答えたという。

逃亡、出頭、判決、そして再び逃亡
1998年、検察は父親を、娘を連れ去って売った罪で起訴した。ところが裁判が開かれないまま勾留が解かれ、父親は数日後にまた国外へ出てしまう。

それから10年後の2008年3月、父親はレグニツァの裁判所に「通行安全状※」を求め、身柄を拘束されずに済むなら出廷すると申し出た。2009年4月、レグニツァ地方裁判所は、父親が娘を連れ去り、身元の分からない誰かに売ったと認定して、懲役15年を言い渡した。同じ年の9月にはヴロツワフの控訴裁判所がこれを支持し、2010年には最高裁判所が弁護側の破棄申立て※を「明らかに理由がない」として退けた。最高裁は、証拠から売却は確かだとし、被告の態度のために細部が分かっていないことは問題にならないと述べた。

※ 通行安全状:ポーランド語では「リスト・ジェラズニ(鉄の手紙)」。国外にいる被告人が、呼び出しに応じて裁判に出ることなどを条件に、手続きが終わるまで勾留しないと裁判所が約束する制度。

※ 破棄申立て:ポーランド語では「カサツィア」。控訴審までで確定した判決に法律上の誤りがあるとして、最高裁判所に取り消しを求める手続き。

ところが父親は、判決が確定したあと、またしても姿を消した。EU域内で使える欧州逮捕令状が出され、2013年にオーストリアで再び身柄を拘束された。ポーランドへ移送され、2013年から刑に服している。2026年3月の報道によると、刑期を終えるのは2027年9月の見込みだという。

2020年、「自分がモニカかもしれない」という米国からの連絡
養子として育ったアメリカの27歳の女性が、自分の出自を調べるうちに、行方不明者の情報を共有するフェイスブックのグループ「ミッシング・インターナショナル」で、モニカについての投稿を見つけた。載っていたのは、17歳になったモニカの顔立ちを警察が推定した画像※で、女性はそこに自分の顔を見たと報じられている。女性が地元の警察に相談し、話はインターポールを経て、2020年4月末にレグニツァの警察へ届いた。

※ 顔立ちを推定した画像:失踪当時の写真をもとに、年を重ねたあとの顔を推定して作る画像。元スレの投稿者によると、この画像はレグニツァ市警察が2010年に作った。

レグニツァの警察は5月19日、捜査を再開したと発表した。報道によると、女性は自分の年齢や出身地がモニカと重なると考えていた。写真を受け取った祖母は、女性がモニカの母親に似ていると話し、地元ラジオの取材に「遅くとも1か月後には会える」と期待を語った。照合に使うモニカの母親のDNAは、1990年代と2015年に採取したものが警察に保管されていた。

元スレのコメント欄には、のちに本人を名乗るアカウントが書き込んでいる。「当時は自分が彼女だと考えるだけの理由があったから、インターポールに連絡した。こんな騒ぎになるとは思わなかった」。鑑定の結果が出る前の時点で、「調べを進めた今は、自分が彼女だとは思っていない」とも書いていた。

2020年9月、DNA鑑定は血縁を「100%」否定
9月9日、行方不明者の捜索を支援するポーランドの団体「ザギニェニ・ツァワ・ポルスカ(行方不明者・ポーランド全土)」が、モニカの母親の了承を得て、フェイスブックで発表した。「残念ながら、DNA鑑定の結果は、2つの家族の血縁を100%否定しました」。レグニツァの警察もこの結果を確認し、モニカの捜索を続けると述べた。

祖母は、娘から結果を聞いて泣いたという。それでもポルサットの取材にこう話している。「あの子は生きていて、いつか私のところに帰ってくると、ずっと思っている」。そして、「私がそれまで生きていられるかどうか」とも。

主な仮説

仮説1:子どものいない国外の家庭に売られた

裁判所と捜査当局が、もっとも確かだと見ている筋書きだ。裁判所は、父親が娘を身元の分からない誰かに売ったと認定した。捜査当局は、違法な養子縁組か子どもの売買の形で引き渡されたと見ており、子どものいない国外の家庭に売られたという見方が有力だと報じられている。2020年にはレグニツァの検察幹部も、もっとも念入りに調べたのは売却の線だったと話している。

元スレでは、体制転換後のポーランドで西側の家庭への養子縁組が急に増え、闇の取引も広がっていると報じた1992年のニューヨーク・タイムズの記事も紹介された。ただ、モニカの売り先は特定されていない。

仮説2:その日のうちに亡くなっていた

父親の供述の一つに沿った見方だ。モニカはその日、熱を出していた。父親は「ベビーカーから落ちて死んでいた」と話したことがあり、交通事故で死んだ、殺して埋めた、と語ったこともある。もし娘を死なせてしまい、それを隠そうとしたのなら、何年も逃げ続けたことの説明にはなる。

ただ、遺体は見つかっていない。供述はどれも場所や経緯が食い違い、父親自身がのちにすべて撤回している。裁判所はこの線ではなく、売却を事実と認めた。

仮説3:売り先へつないだ仲介者がいた

生後16か月の子どもを国境の向こうの家庭に渡すには、書類や移動の手配が要る。父親ひとりの思いつきでできることではない、という声は元スレにもあった。違法な養子縁組では、生年月日や出生地を偽った書類が作られることがある。2020年の件でも、支援団体の代表は、女性の年齢や生年月日にはモニカと合わない点があるとしたうえで、子どもの書類が偽造されていればありうることだと話していた。

この見方に立てば、モニカは別の名前と別の生年月日で、どこかで暮らしていることになる。ただし、報道で伝えられている範囲では、罪に問われたのは父親だけで、仲介者がいたことを示す証拠も公開されていない。

海外の反応

1. 謎の名無しさん
正直、自分も半信半疑。でも同じ町の出身で、生まれた年も同じで、しかも養子だというなら、かなりありうる話だと思う。養父母は、引き取る前のことを何か聞いていないのかな。赤ちゃんのころの写真を、モニカの写真と並べてみたことはあるんだろうか。

2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
女性の正確な誕生日は公表されていない。生まれた年と場所は同じらしいけどね。本人についての情報がほとんど出ないのは残念だけど、身元を守りたい気持ちはよく分かる。

3. 謎の名無しさん
誕生日が少しずれていても、別人とは言い切れないと思う。本当に娘を売ったのなら、足どりを分かりにくくするために、生年月日くらい偽っていてもおかしくない。

4. 謎の名無しさん
見落としていたらごめん。投稿者が懐疑的なのは、具体的に何が引っかかっているの? 同じ町で同じ年に生まれた養子なら、かなり有力な話に思えるんだけど。

5. 謎の名無しさん(>>4への返信)
何年も前にいなくなった子どもだと名乗り出て、DNAで別人と分かる人が実際にいるからだと思う。それに今回は、なぜレグニツァだと考えたのか、決め手になった情報がほとんど出ていない。

6. 謎の名無しさん(>>5への返信)
でも今回は、なりすましとは限らないよ。本人が本気でそう信じていて、DNAで違うと分かるだけかもしれない。養子として育った人が、自分のルーツや実の親を探すのはごく自然なことだし。

7. 謎の名無しさん
行方不明の誰それだと名乗り出た人が、本当に本人だったことってあるの? 自分が読んだ話は、どれもDNA鑑定で別人だと分かって終わっていた。

8. 謎の名無しさん(>>7への返信)
フェニックス・メアリーの件がある。警察に、20年以上前に消えた13歳の女の子本人だと名乗った女性で、みんなペテン師だと決めつけていたのに、DNAで母親の実の娘だと確かめられた。それでも警察も家族も、なかなか信じようとしなかったんだよ。

9. 謎の名無しさん(>>8への返信)
メアリーは10代で自分から家を出ているから、自分が誰なのかは最初から分かっていた。今回に近いのはカーリナ・ホワイトだと思う。1987年にニューヨークの病院から生後19日で連れ去られた子で、出生証明書が出てこないことで怪しいと気づき、行方不明の子どものサイトで自分にそっくりな赤ちゃんの写真を見つけて、DNAで確かめたんだ。

10. 謎の名無しさん
本人が見つかった例なら、南アフリカにもある。高校で出会った2人の女の子が似すぎていて、調べたら姉のほうは赤ちゃんのときに病院から連れ去られた子で、2人は本当の姉妹だった。ゼファニー・ナースの事件だ。本人は育ての母親をかばったとも読んだ。

11. 謎の名無しさん
家族のためにも本人であってほしい。でも、行方不明だった誰かが見つかったと名乗り出る話には、どうしても身構えてしまう。ティモシー・ピッツェンの件を思い出すんだ。2019年に本人だと名乗った男が現れて、DNAで別人だと分かった。

12. 謎の名無しさん
もし別人だったら、警察はちゃんと発表するのかな。それとも黙ったまま? この話がどう転ぶのか、本当に気になる。

13. 謎の名無しさん(>>12への返信)
ポーランドのメディアでは、もうかなり大きく報じられているから、どっちに転んでも続報は出ると思う。自分もポーランドの人間だから、新しい話が出たらここに書くよ。

14. 謎の名無しさん
DNA鑑定なんて、長くても数日で結果が出るものだよね。どうして結果を待たずに記事にしたんだろう。もし外れたら、騒がれた本人がかわいそうだ。

15. 謎の名無しさん(>>14への返信)
意地悪な見方をすれば、別人だと分かったあとでは記事にならないからじゃないかな。血のつながりが確認されれば、同じ話でもう一回記事が書ける。

16. 謎の名無しさん
数日で済むのは条件がそろっていればの話みたい。警察の説明だと、照合は一か所の研究所でやる必要があって、女性のDNAをアメリカからポーランドまで送らないといけなかった。

17. 謎の名無しさん
言葉の壁があるのに、どうやってレグニツァにたどり着いたんだろう。ポーランド語はまったく話せないんだよね? そこがずっと不思議だった。

18. 謎の名無しさん(>>17への返信)
ポーランド語の記事によると、フェイスブックの行方不明者のグループでモニカの投稿を見かけて、載っていた画像に自分の顔を重ねたらしい。そこにコメントしたのがきっかけで、地元の警察からインターポールに話が行ったそうだ。

19. 謎の名無しさん
1996年のニュージーランドで、まだ若かった自分たちに赤ん坊の娘がいたころ、裕福そうな年配のアメリカ人夫婦が娘にやたらと興味を持って、暮らし向きまで根掘り葉掘り聞いてきた。気味が悪くて急いで離れたけど、少しでも迷うそぶりを見せていたら、買おうとしてきたと今でも思う。ポーランドのような国では、もっとあったんだろうね。

20. 謎の名無しさん
いちばんぞっとするのは、父親の話の変わり方だよ。売った、ベビーカーから落ちて死んでいた、店の前で連れていかれた。どれか一つが本当なら、残りは全部うそだ。懲役15年を受けても本当のことを言わないのは、言えない事情があるからじゃないか。

21. 謎の名無しさん
昔の「養子縁組」には、実質ただの赤ん坊の売買だったものがどれだけあったんだろう。アメリカでも1950年ごろまで、テネシー州で貧しい家庭から子どもを取り上げて裕福な家に渡していた施設がある。ジョージア・タンで調べると出てくる。国内の規制が厳しくなると、同じ問題が国際養子縁組へ移っていった。

22. 謎の名無しさん
投稿にあった違法な養子縁組のことを調べてみた。1992年のニューヨーク・タイムズに、共産党政権が終わったポーランドで、赤ちゃんの国際養子縁組が急に増えているという記事があった。多くは合法だけど闇の取引も広がっていて、どれだけあるのか誰にも分からない、という内容だった。

23. 謎の名無しさん(>>22への返信)
人民共和国※の末期にも、養子縁組がらみのスキャンダルはあったと聞いている。ただ多くは、役人が書類を偽造したり、手続きを早める見返りに賄賂を受け取ったりという話だった。今は書類の手続きが厳しくなって、そういうことはほとんど無くなったと思う。

※ 人民共和国:共産党政権の時代のポーランドの正式な国名「ポーランド人民共和国」のこと。1952年から1989年まで使われ、現地では略称の「PRL」でも呼ばれる。

24. 謎の名無しさん
70〜80年代がいちばん多かったとしても、90年代にぴたりと止まったわけじゃないよね。スペインにも、病院で「赤ちゃんは亡くなった」と告げられた親たちが、実は子どもを売られていたと訴えた問題があって、90年代初めの例もあると言われている。

25. 謎の名無しさん
手配の資料に足のあざのことが書いてあったけど、あの女性にもそれがあるのかな。赤ちゃんのころの特徴で確かめられそうなのは、それくらいしかなさそうだし。

26. 謎の名無しさん(>>25への返信)
足にあったのなら、もう消えていても不思議じゃないよ。自分も子どものころ手にくっきりしたあざがあったけど、今は跡形もない。資料にも、当時から色が薄かったと書いてあったし。

27. 謎の名無しさん(>>25への返信)
あざのことなら、おばあちゃんが真っ先に確かめたんじゃないかな。写真を見て孫だと信じたくらいだから、家族なりの根拠はあったんだと思う。

28. 謎の名無しさん(>>27への返信)
うーん、この件でおばあちゃんの見立てはあまり当てにできないと思う。孫が見つかってほしい気持ちが強すぎて、どうしてもそっちに引っぱられる。責める気はまったくないけど、だからこそDNAで確かめるしかないんだよ。

29. 謎の名無しさん
「2000万旧ズウォティで売った」って、ゼロの数だけ見るとすごい大金に見える。デノミ前の話だから、新しい通貨なら2000ズウォティ。ポーランドで百万長者をやるのも楽じゃないな。

30. 謎の名無しさん
結果が出たね。DNAで「100%」別人だと分かったそうだ。残念だけど、あの女性はうそをついて名乗り出たわけじゃない。自分が誰なのか知りたいと思うのは当然だよ。それより、結果を聞いて泣いたあとも「あの子は生きている」と言い続けているおばあちゃんのことを思うと、言葉が出ない。

未解決の謎

2020年の騒ぎには、DNA鑑定でひとつの答えが出た。アメリカの女性はモニカではなかった。けれども、その答えは「モニカはどこにいるのか」という最初の問いには何も足していない。裁判所は父親が娘を売ったと認めたが、誰に渡し、娘がどこへ行ったのかは確定していない。

残る問いは多い。父親の話のうち、本当のことは含まれていたのか。売ったのなら、間に立った人物はいたのか、どんな書類が作られたのか。モニカが生きているなら、彼女は自分がレグニツァで生まれたことを知っているのか。別の名前と生年月日を与えられて育ったのなら、本人が気づくきっかけは、2020年の女性がそうしたように、自分から出自をたどることくらいしかない。

2026年3月のポーランドの報道でも、警察はこの事件を終わっていないものとして扱っている。記事は「モニカ・ビェラフスカに何が起きたのか、その答えを知っているのは父親だけだ」と結ばれていた。父親は2027年に刑期を終える見込みだ。祖母は2020年の時点で、孫が帰ってくる日まで「私が生きていられるかどうか」と話していた。

生きていれば、モニカは今33歳になる。照合に使う母親のDNAは、2020年の時点で警察に保管されていた。どこかで誰かが自分の生まれを調べ始めたとき、その答えがレグニツァにつながる可能性は、まだ残っている。

出典:Reddit r/UnresolvedMysteries/ラジオ・ヴロツワフ(2020年5月)/ポルサット・ニュース、TVN24、naTemat、o2、INFOR.pl ほか

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