1928年7月4日の夕方、ロンドン近郊の空港から1機の自家用機が飛び立った。乗っていたのはベルギーの大富豪と、その従業員たち。天候は良く、飛行は順調だった。ドーバー海峡の上空にさしかかったころ、富豪は席を立って機体後部へ向かった。そして、戻ってこなかった。秘書が確認しに行くと、便所は空で、機外へ通じる扉が風にあおられてはためいていた。
事件の概要
🗓️ 発生日:1928年7月4日
🌫️ 場所:イギリス海峡(ドーバー海峡)上空
👤 被害者:アルフレッド・レーヴェンスタイン(50歳)/ベルギーの金融家
🔍 状況:ロンドンからブリュッセルへ向かう自家用機で、機体後部へ立った直後に姿を消した。乗降用の扉が開いたままはためいているのが発見された
🕯️ 発見/結末:7月19日、フランス沿岸で漁船が腐敗した遺体を発見。衣服から本人と確認された。公式には事故死として処理され、今も再調査は行われていない
アルフレッド・レーヴェンスタインは、20世紀初頭の欧州でもっとも大きな影響力を持った金融家の一人だった。各種の産業と金融の間を取り持つ仲介者として巨額の富を築き、ヨーロッパ各地の企業に出資し、持株会社※という仕組みの草分けとしても知られていた。当時、世界で3番目の富豪だったとまで言われることがある。
※ 持株会社:他の会社の株式を持つことを主な業務とし、その会社群を支配する形の会社。20世紀初頭にはまだ新しい仕組みだった。
その日は、彼が定期的に行き来していたいつもの移動だった。ロンドン近郊のクロイドン空港から、母国ベルギーへ。天候にも恵まれ、特別なことは何もない飛行になるはずだった。
判明している事実
機体後部の構造
客室の後ろにもう一枚の扉があり、その先が短い通路になっていた。通路の片側が便所、もう片側が機体の唯一の乗降口である。つまり便所へ行く人は、外へ通じる扉のすぐ横を通ることになる。姿が見えなくなった彼を探しに行った秘書は、便所が空で、乗降口の扉が開いて風にあおられているのを見つけた。
操縦士は空港ではなく浜に降りた
異常を知らされた操縦士ドナルド・ドリューは、近くの飛行場ではなく、ダンケルク郊外の人けのない浜に着陸した。その浜はフランス軍の管理下にあったため、操縦士と従業員たちはすぐに当局に身柄を押さえられている。彼らは何が起きたのか説明できなかったが、雇い主が誤って乗降口を開けてしまい、そのまま転落したのだろうと語った。
遺体の発見と検死
7月19日、フランス沿岸を航行していた漁船が、海面に浮かぶ腐敗した遺体を発見した。身元は衣類などから確認された。妻マドレーヌは私的な検死を手配したが、他殺や自殺を示す所見は見つからなかった。ただしひとつだけ引っかかる結果があった。血液から少量のアルコールが検出されたのである。彼は酒を飲まない人物だった
扉は飛行中には開かなかった
事故後の数週間、扉の強度を確かめる試験が繰り返された。中には英国航空省事故調査部門の職員が、高度およそ300メートルの飛行中に扉へ体当たりするという試験まで含まれていた。扉は難なく体重を受け止めた。結論は単純だった。誤って機外に落ちることは、あの扉では起こりえない
宣誓なしの調査と、直後の利益
公式の調査は誰にも宣誓をさせないまま進められ、事故死という結論が出された。その根拠の大半は、操縦士ドリューと整備士ロバート・リトルの「扉は簡単に開く」という証言だった。一方で、彼が関わっていた持株会社の株価は事故後の数週間で急騰し、出どころの分からない1,300万ドルの利益が計上されている
主な仮説
仮説1:離陸時から扉が閉まりきっていなかった
飛行中に扉を開けることが不可能だったのなら、そもそも最初から完全に閉まっていなかった可能性がある。客室と通路の間にもう一枚の扉があったため、前方に座っていた人たちは気づかない。便所へ立った本人が異常に気づき、閉めようとして機外に引き出された——という筋である。扉が開いたままはためいていたという証言とも、操縦士が最寄りの浜へ急いで降りた判断とも矛盾しない。
仮説2:自殺
当時の関係者も一部で口にした説だが、根拠は弱い。彼は事故当日まで先の予定を立てており、経営上の窮地にあったわけでもない。そして何より、扉の問題が残る。自ら死のうとしたとしても、飛行中にあの扉を一人で開けることはできなかった。
仮説3:機内での殺害と、扉のすり替え
作家ウィリアム・ノリスが提示した説がこれにあたる。ノリスは、操縦士ドリューと整備士リトルが依頼を受けて動いたとみている。留め具と蝶番を緩めた偽の扉をあらかじめ用意して本物と交換しておけば、飛行中に開けて突き落とすことは難しくない。本物の扉は後部の荷物置き場に隠しておき、着陸後に元に戻す。操縦士が飛行場ではなく人けのない浜を選んだ理由も、これなら説明がつく。すり替えを誰にも見られるわけにはいかなかったからだ。ドリューはその数年後に胃がんで亡くなっているが、事故以降はかなり豪勢な暮らしをしていたとされる。
仮説4:死の偽装
あの扉が飛行中に開かないのなら、彼は最初から機内で死んでいなかったのではないか、という見方もある。似た体格の遺体をあらかじめ積み込んでおき、浜へ降りたときに海へ流す。腐敗が進めば当時の技術では判別できない。自分の機体なら、隠す場所を用意するのも難しくない。ただし、すでに莫大な富を持ち、法的な追及も受けていない人物が、なぜそこまでする必要があったのかは説明できていない。
海外の反応
1. 謎の名無しさん
飛行中に機体の扉が開いていたら、さすがに誰かが気づくものじゃないの。それが一番引っかかる。ちなみに、まとめとしてはとても良い記事だと思う。
2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
自分も同じところで止まった。特にあんな小さい機体なら、扉が急に開いたときの空気抵抗はかなりはっきり感じるはずなんだよ。機首が振られるくらいのことは起きる。
3. 謎の名無しさん(>>1への返信)
仮に扉がその後に閉められていたのなら、それはもう機内の人間の仕業ということになる。飛行中に落ちた人間が、自分の後ろで扉を閉めることはできないので。
4. 謎の名無しさん
そうとも限らないと思う。1928年の飛行機は今よりずっと遅くて、ずっとうるさかった。しかもあの扉はおそらく機首の側へ向かって開く構造で、開けた人が落ちれば、その勢いで扉が自然に閉じ戻る。突き落とされたのか事故で落ちたのかに関係なく、はっきりした抵抗は出なかった可能性がある。
5. 謎の名無しさん
「落ち込んでいる様子はなく、将来の計画を立てていた」という記述を、自殺の可能性を否定する根拠として使うのは本当にやめたほうがいい。この分野で何度も繰り返されているのが不思議でならない。
6. 謎の名無しさん(>>5への返信)
「腕を振り回しながら『これから死にます』と叫んで歩き回っていたわけではないので、大丈夫だったはずです」って言ってるのと同じなんだよな。
7. 謎の名無しさん(>>5への返信)
亡くなる数日前に旅行の日程をすべて組んで、撮影の予約まで入れていた著名な音楽家の例がある。多くの人はぎりぎりまで普通に日常を続ける。外から見えるものは、ほとんど何の情報にもなっていない。
8. 謎の名無しさん
匿名の保険契約?そしてその金額が、たまたま持株会社に湧いて出た利益とほぼ一致する?いやあ、そうですか。
9. 謎の名無しさん(>>8への返信)
一応言っておくと、会社が所有者や役員の死亡に備えて保険をかけること自体は珍しくない。動機の材料にはなるけれど、それ自体が異常というわけではないよ。
10. 謎の名無しさん
百科事典側の記述を読むと、事故説にもそれなりに根拠がある。客室後方の扉の先が短い通路になっていて、片側が便所、もう片側が乗降口。秘書が探しに行ったとき、便所は空で、乗降口の扉は開いて風にあおられていた、と書かれている。扉が飛行中ずっと開いていたのなら、操縦士が一刻も早く浜に降りた判断も説明できる。
11. 謎の名無しさん(>>10への返信)
飛行中には開けられない扉なんだから、離陸のときに閉め忘れていたと考えるのが一番すっきりする。客室と通路の間にもう一枚扉があったから、前の席の人たちは気づかない。便所に立った本人が開いているのを見つけて、閉めようと手を伸ばした瞬間に持っていかれた。
12. 謎の名無しさん
正直、殺人の手口としては手が込みすぎている。扉をすり替えて、飛行中に突き落として、着陸後に戻す。現実というより、推理ドラマの一話向けの筋書きだよ。
13. 謎の名無しさん
可能性は二つに一つだと思う。機内にいた全員が口裏を合わせたか、本当に事故で外に出てしまったか。列車の中で全員が共犯だった、あの小説みたいな話になる。
14. 謎の名無しさん(>>13への返信)
もう一つ考えられるのは、彼が酒を一口だけ口にして、足を滑らせて頭を打ったという線。血中のアルコールの説明にもなる。そして全員が「これは殺人に見える」と青ざめて、もう死んでいると思い込んだまま扉をこじ開けて外に出した。あとで保険金を分ける約束をした。
15. 謎の名無しさん
別の筋も立ててみる。荷物置き場に潜んでいた何者かが便所で彼を襲い、遺体を荷物置き場に隠したまま人けのない浜に降りる。そこで遺体を降ろして、あとは「誤って扉を開けたとしか考えられない」という説明だけを残す。
機体の図を見たけれど、後方に向かって開く扉を、時速250キロ前後で飛んでいる最中に不意の力で開けるというのは、不可能ではないにしても相当に無理がある。時速50キロの車で、走行中に自分でドアを開けてみればいい。
16. 謎の名無しさん
その説の弱いところは、彼が飛行中に便所を使う保証がどこにもないことだと思う。機内には6人ほど乗っていたとされているし、全員が共犯なら便所で不意を突く必要すらない。それに、着陸直後にフランス軍に押さえられているのに、その余分な一人をどこに隠したのかという問題も残る。
17. 謎の名無しさん
操縦士の名前が「ドナルド・ドリュー」。名前になりそうな単語が二つ並んでいる男は信用してはいけない。犯人は操縦士。
18. 謎の名無しさん
そもそも、機体の唯一の出入り口が便所の先にある、という設計をしたのは誰なんだ。用を足しに行くたびに、外へ落ちる扉の前を通ることになる。
19. 謎の名無しさん(>>18への返信)
図を見ると少し違っていて、便所は乗降口のある小さな控えの間の脇にある。扉が便所の中にあるわけじゃない。後部が仕切りで区切られていて、その中に控えの間と乗降口と便所が並んでいる形。
20. 謎の名無しさん
1928年に、15日間も海に浮いていた遺体から血中のアルコールを検出した、という話のほうが自分には引っかかる。当時の科学でそこまでできたのか。
21. 謎の名無しさん(>>20への返信)
腐敗が進んだ遺体は、体内に残っていた食べ物などが分解される過程で、少量のアルコールを自然に生み出すことがある。つまり「飲んでいた証拠」としては、そもそも当てにならない数値かもしれない。
22. 謎の名無しさん
高度300メートルの飛行中に、航空省の職員が扉に体当たりして強度を試した、というくだりが個人的にいちばん衝撃だった。仕事熱心と正気を失っているの境目が非常に細い。
23. 謎の名無しさん(>>22への返信)
誰がその役をやるか、くじ引きで決めている場面が頭から離れない。
24. 謎の名無しさん
扉が本当に飛行中には開かないのなら、いちばん単純な答えは「彼はその飛行機に乗っていなかった」だと思う。離陸前にすべて済ませていたなら、機内で何が起きたかを議論しても意味がない。
25. 謎の名無しさん
自分は死を偽装した説を推す。体格の似た遺体を積んでおいて、本人の衣類や持ち物を着せておく。浜に降りたのは、その遺体を海へ落とすための時間を作るため。しばらく水に浸かれば見分けはつかなくなるし、当時は今のような検査もない。低い高度なら扉も開けやすい。
26. 謎の名無しさん(>>25への返信)
その説を扱っていた番組では、本人自身が浜でこっそり降りたのではないかという線も出ていた。自分の機体なんだから、隠れる場所を作っておくこともできる。
27. 謎の名無しさん
小型機は本当にうるさいんだよ。2000年に、ある企業の社員送迎機から人が落ちた事故がある。同僚が実際にその場面を見て操縦士に伝えたのに、騒音で内容が伝わらなかった。三発の小型機ならなおさらで、扉が開いたことによる風切り音の変化を聞き逃すことは十分にありうる。
28. 謎の名無しさん
気流の乱れで、完全に留まっていなかった扉がふっと開いた、というだけの話かもしれない。立ち上がろうとして扉の取っ手に手をかけていたなら、悪い方の間に当たれば外へ持っていかれる。
29. 謎の名無しさん
事故だとしても、誰も気づかないというのがどうしても信じられない。あの大きさの機体で、人が一人いなくなって、扉が開いたままはためいている。気づかなかったという証言のほうが、扉の話より不自然に思える。
30. 謎の名無しさん
結局のところ、いちばんの謎は事件そのものではなく、フランスとベルギーの当局がなぜあれほど急いで幕を引いたのか、だと思う。誰にも宣誓させずに調査を終えて、事故死と結論づけて、それきり。あれだけの立場の人物が消えたのに、誰も本気で調べようとしなかった。その理由のほうが知りたい。
未解決の謎
この事件がいまだに決着しない最大の理由は、二つの事実が正面から衝突しているからである。ひとつは「飛行中にあの扉は開かない」という試験結果。もうひとつは「扉は開いてはためいていた」という目撃証言。どちらか一方が間違っているか、あるいは扉が飛行の途中で開いたのではなく、最初から閉まりきっていなかったのか。三つのうちどれを選ぶかで、事故にも他殺にも偽装にも見えてしまう。
状況を難しくしているのは、当時の調査があまりに雑だったことだ。宣誓なしの聴取、根拠として採用された関係者の証言、そして早すぎる結論。仮に本当に事故だったとしても、これだけの立場の人物の死をこの扱いで済ませた理由が説明できない。逆に、そこに何らかの意図があったと考えると、今度は関係者全員の口の堅さが際立つ。
そして最後に、海で見つかった遺体が本当に本人だったのかという問いが残る。当時の身元確認は衣類を手がかりにしたもので、今の基準からは程遠い。血中から出たわずかなアルコールも、飲まないはずの人物のものとして語られてきたが、腐敗の過程で生じた可能性を否定できない。手がかりの一つひとつが、そのまま反対の説明にも使えてしまう。
100年近くが経った今も、再調査は行われていない。開いたままはためいていた扉の向こうで何が起きたのかは、その日に機内にいた6人だけが知っていた。そして全員がすでにこの世を去っている。


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