2006年1月、米ワシントン州ブレマートン。6歳から子役として活動し、映画やテレビドラマに出てきたジョー・ピクラーは、18歳になって地元で一人暮らしをしていた。歯の矯正器具が外れたら、もう一度ロサンゼルスへ行って俳優の仕事に戻るつもりだったという。1月5日の明け方、友人たちと過ごしたあと、午前4時すぎに携帯電話から友人にかけた電話を最後に、彼の消息は途絶えた。4日後、市内の交差点で彼の銀色のセダンが見つかる。車内に残っていた詩などの書きつけには、「もっと強い兄になりたい」という言葉と、自分の持ち物を弟に譲ってほしいという頼みが書かれていた。
警察は自ら命を絶った可能性を示唆したが、母親は「別れの言葉はなかった」と、遺書だという見方を否定した。遺体は見つからないまま、2026年1月で失踪から20年がたった。犬のコメディ映画『ベートーベン』シリーズの続編などに出演した元子役は、どこへ消えたのか。海外掲示板の議論をまとめた。
事件の概要
🗓️ 発生日:2006年1月5日(午前4時すぎの電話が、確認されている最後の連絡)
🌫️ 場所:米ワシントン州キトサップ郡ブレマートン。シアトルからフェリーで1時間ほどの港町
👤 行方不明者:ジョー・ピクラー(本名ジョゼフ・デヴィッド・ウォルフガング・ピクラー、当時18歳)。元子役
🔍 状況:友人たちと過ごしたあと連絡が途絶えた。自宅アパートは鍵が開いたまま明かりがつき、1月9日には市内の交差点付近で本人の車が見つかった
🕯️ 現状:2026年時点でも行方不明のまま。遺体は見つかっておらず、事件なのか、事故なのか、本人の意思だったのかも分かっていない
ジョーは1987年2月14日、ブレマートンで5人きょうだいの4番目として生まれた。6歳ごろからCMやテレビドラマに出るようになり、高校フットボールを描いた青春映画『バーシティ・ブルース』(1999年)では主人公の弟を演じた。いちばんよく知られているのは、日本でも公開されたセントバーナード犬のコメディ映画『ベートーベン』(1992年)の続編、3作目と4作目(原題『Beethoven’s 3rd』『Beethoven’s 4th』、2000年・2001年)のブレナン・ニュートン役だ。最後の映画出演は2002年の作品だった。
子役のころはロサンゼルスと地元を行き来していたが、華やかな世界から離れた私生活を大事にする、控えめな青年だったと元スレの投稿者は紹介している。2000年代の初めに地元へ戻り、18歳で信託財産※のお金を受け取って、自分のアパートを借りた。家族によれば、矯正器具が外れたらカリフォルニアに戻り、俳優の仕事を再開するつもりだったという。一人暮らしを始めてからも、よく実家の夕食に顔を出していた。好物は西海岸に多いハンバーガーチェーン「ジャック・イン・ザ・ボックス」と、チップスにサルサ。カードゲーム「マジック:ザ・ギャザリング」が好きだった。
※ 信託財産:本人が成人するまで、別の人が管理して預かっておく財産。米カリフォルニア州では、子役の収入の一部をこうした口座に積み立てておくことが法律(通称クーガン法)で義務づけられている。ジョーの信託財産の中身や額は報じられていない。
判明している事実
最後の連絡は午前4時すぎの電話
1月4日の夜から5日の明け方にかけて、ジョーは友人たちと酒を飲み、カードゲームをしたり詩を書いたりして過ごしていた。一緒にいた友人たちは、別れたときの彼は機嫌がよかったと話している。ところがその後、ジョーは少し前まで一緒にいた友人の一人に電話をかけた。時刻は、家族の説明では午前4時8分(4時15分ごろ、4時半とする資料もある)。電話を受けた友人は、ジョーは酒に酔っていて、なだめようがないほど取り乱していたと話したと伝えられている。これが、確認されている最後の連絡になった。
部屋の鍵は開いたまま、明かりもついていた
連絡がつかないのを心配した家族がアパートを訪ねると、玄関の鍵は開いたまま、部屋の明かりもついていた。ふだんのジョーなら、まずしないことだったという。家族が異変に気づいた日も、警察に正式に届け出た日も、資料や報道によって1月5日、9日、16日と食い違っている。チャーリー・プロジェクト※によると、持ち出されたとみられるのは財布と車の鍵だけで、ほかの持ち物は部屋に残っていた。いつも持ち歩いていた吸入薬も、持っていなかった。2006年7月のシアトル・タイムズの記事の時点でも、財布と車の鍵は見つかっていなかった。
※ チャーリー・プロジェクト:米国の行方不明者の情報を、報道や警察の公開資料をもとに個人がまとめて公開しているデータベース。失踪から1年以上たった事案を載せている。
車内に残っていた2枚ほどの書きつけ
1月9日、ジョーの銀色の2005年式トヨタ・カローラが、市内のウィートン・ウェイとシェリダン・ロードの交差点付近で見つかった。車内には、詩や思いついたことを書き連ねた2枚ほどの紙が残っていた。AP通信によると、そこには「もっと強い兄になりたい」という言葉と、自分の持ち物を弟に譲ってほしいという頼みが書かれていた。警察はこれを遺書と見たが、家族は遺書とは受け取っていない。母親は「別れの言葉はなかった」と話し、詩や歌の書きつけにすぎないと主張した。チャーリー・プロジェクトも、命を絶つつもりだとはっきり書かれてはいなかったと記している。
「車の指紋も取っていない」警察と家族の食い違い
担当刑事はAP通信に「自殺だった可能性を示すかなりの材料はあるが、そうだと分かったわけではない」と話し、事件性を疑う理由は無いとした。「ジョーのことを悪く言う人には、一人も会っていない」とも語っている。一方、母親は、警察が証拠を調べ尽くす前に車を家族に返したと訴え、「車の指紋も取っていない」「アパートにいたのは3分ほど」と批判した。刑事は、指紋は調べたはずだと答えている。のちに家族は、車の助手席に吐いたものの跡が残っていたのに、DNAの検査はされなかったとも訴えたと伝えられている。母親は当時、「誰かの家の地下室にいるのかもしれない。けがをして、通りをさまよっているのかもしれない」と語っていた。
捜索犬もたどれなかった足取り、20年後も手配は続く
失踪後には100人を超える人がろうそくを手に集まり、家族はチラシを配って情報を求めた。チャーリー・プロジェクトによると、捜索犬を使った捜索でも、警察の見立てを裏づける方向へ彼のにおいをたどることはできなかった。カリフォルニアへ向かったのではないかという噂も流れたが、家族は信じていない。2011年、母親は行方不明や事件で子どもを失った親たちの団体のウェブサイトに「ジョゼフは家出したのではない。彼の失踪について確かだと言えるのは、それだけです」と書き、警察の対応を批判した。全米行方不明・被搾取児童センター(NCMEC)は今も、36歳の姿を想定して加工した写真付きの手配書を公開し、ブレマートン警察への情報提供を呼びかけている。今回調べた範囲では、遺体の発見や身元の判明、警察の見方が改められたという報道は見当たらなかった。
主な仮説
仮説1:自ら命を絶った(警察の見立て)
車内の書きつけに、弟に持ち物を譲ってほしいという頼みがあったこと、直前の電話でひどく取り乱していたこと、そして車を残したまま姿を消したことから、警察は早い段階でこの可能性を重く見た。身の回りの物を人に譲ろうとするのは、心が危うい状態にあるときのサインとして知られており、チャーリー・プロジェクトも当時は気分が落ち込んでいた可能性があると記している。一方で、家族は落ち込んでいる様子は無かったと話し、書きつけは別れの手紙ではないと主張している。遺体が見つかっていない以上、この見方も確かめようがない。
仮説2:酒に酔ったまま、事故に遭った
友人たちと酒を飲んだあとだったこと、助手席に吐いた跡があったという家族の訴えから、酔って気分が悪くなり、車を止めて外へ出たところで事故に遭ったという見方。真冬の明け方で、寒さも厳しい時間帯だった。ただ、それなら比較的早く見つかっていてもおかしくない、という反論がある。部屋の鍵が開いて明かりがついていたことから、明け方に一度部屋に戻った可能性もあり、その場合なぜ再び車で出かけたのかも説明しにくい。
仮説3:誰かとのトラブルに巻き込まれた(家族の見方)
母親は「心では、誰かに何かされたんだと感じている」と話している。根拠として挙がるのは、鍵の開いた部屋、見つからない財布と車の鍵、検査されなかったという助手席の跡、そして十分に調べられないまま家族に返された車だ。18歳で信託財産を受け取り、顔の知られた元子役でもあった彼が、お金目当てで狙われたのではないかと考える人もいる。ただ、警察は血痕も目撃者も、連れ去られた跡も見つかっていないとしており、具体的な容疑者が浮かんだという報道も無い。
仮説4:自分の意思で姿を消し、別の場所で暮らしている
もともとロサンゼルスへ戻るつもりだったことから、カリフォルニアへ向かったのではないかという噂は失踪の直後からあった。しかし今回調べた範囲では、この20年、本人の口座が使われた、本人を見かけたといった報道は見つからなかった。家族も否定していて、母親は「家出ではない。それだけは確か」と書いている。俳優の仕事に戻りたがっていた人が、名前も顔も捨てて20年暮らし続けるのは考えにくい、という反論も根強い。
海外の反応
1. 謎の名無しさん
家族が自殺の可能性を受け入れたくないのは、よくあることだと思う。残念だけど、いちばんありそうなのはそれじゃないかな。チャーリー・プロジェクトのページに好物はジャック・イン・ザ・ボックスとチップスにサルサって書いてあって、こういう小さな情報がいちばんこたえる。
2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
それ。はっきりした落ち込みの兆候が無かったなら、なおさら家族は事件だと思うほうが楽なんだよ。持ち物を人に譲ろうとするのは、危ない状態にある人の大きなサインのひとつ。いつか見つかって、家族が区切りをつけられるといい。
3. 謎の名無しさん(>>2への返信)
家族の側には、本気で受け止めなかったと認めたくない後ろめたさもあると思う。自分もつらかった時期に「専門家に診てもらいたい」と家族にはっきり頼んだのに、取り合ってもらえなかった。だから「兆候は無かった」っていう家族の言葉は、そのままは受け取れないんだ。
4. 謎の名無しさん(>>3への返信)
書いてくれてありがとう。あなたが今もここにいてくれてよかった。今は少しでも楽に過ごせているといいな。
5. 謎の名無しさん
最初に思ったのは「年末年始の直後か」ってこと。休みの時期は、ぎりぎりで踏ん張ってる人を追い詰めてしまうことがある。1月5日って、ちょうど正月明けなんだよね。
6. 謎の名無しさん
自殺には宗教的なタブーもからむから、家族によっては、最初からその可能性を考えないことにしたほうが傷つかずに済むんだと思う。自分はそれを責める気にはなれない。
7. 謎の名無しさん
うちもきょうだいを亡くしてる。親は今も「事故だった」と信じていて、自分はそれに反論しない。そう信じることで、親はなんとか立っていられるから。この家族の気持ちも、少し分かる気がする。
8. 謎の名無しさん
書きつけをどう考えたらいいかは分からない。でも電話を受けた友達は、酔ってひどく取り乱してたって言ってるし、車には吐いた跡があった。自殺じゃなかったとしても、車を止めたあとに事故に遭ったのかもしれない。警察がもっと丁寧に調べていればと思う。
9. 謎の名無しさん(>>8への返信)
それ、かなり大きい情報だよね。なんでもっと知られてないんだろう。泣きながら電話して、そのあと連絡が途絶えたなら、やっぱり自分から……という線が濃く思えてくる。
10. 謎の名無しさん
「持ち物をあの人に渡して」と書いたメモを、ほかにどう受け取ればいいのか分からない。家族の気持ちは分かるけど、警察が遺書と見たのは自然だと思う。
11. 謎の名無しさん(>>10への返信)
中身を読むと印象が違うよ。きちんとした手紙じゃなくて、詩や思いつき、これからやりたいことを書きなぐったような紙なんだ。弟に残したい物のリストにも署名は無い。矯正器具が外れたらロサンゼルスに戻るつもりだったんだから、持ち物の行き先を書き出していても不思議じゃない。
12. 謎の名無しさん
自分は前から自殺説寄り。周りから見て急に明るくなった、落ち着いたように見えたっていうのも、危ないサインの一つだと言われてる。友達が「機嫌がよかった」と話してるのも、安心材料にはならないと思う。
13. 謎の名無しさん(>>12への返信)
その理屈だと、機嫌がよくても悪くても自殺のサインになっちゃわない?「明るかった」も「取り乱してた」も同じ結論に使えるなら、どっちも証拠にはならないと思うんだけど。
14. 謎の名無しさん
同い年で、彼の映画はたくさん観てたから写真ですぐ分かった。こんなことになってたなんて知らなかったよ。いちばん覚えてるのはテレビ映画の『When Good Ghouls Go Bad』。ハロウィン前の特集で何度も放送されてたんだ。
15. 謎の名無しさん
『バーシティ・ブルース』の主人公の弟役で覚えてる。食卓に十字架を下げて現れたり、ひどい田舎なまりで「アッサラーム・アライクム」って挨拶したりする場面が、妙におかしかったんだよな。見つかっていないのが悲しい。
16. 謎の名無しさん
ブレマートン育ち。市の西側に大きな行方不明者の看板が立っていて、その前をよく車で通った。当時は夜になると、本当に暗い場所が多い街だったよ。
17. 謎の名無しさん(>>16への返信)
今もあるかは分からないけど、彼の両親の家の庭には、少なくとも10年は行方不明のお知らせが立ってた。最後に前を通ったのは5年くらい前で、そのときもまだあったよ。
18. 謎の名無しさん
ウィキペディアは家族が正式に届け出たのを1月16日としてるけど、リンク先の記事だと母親は5日に届け出たことになってる。基本的な日付から食い違ってるんだよ、この事件。
19. 謎の名無しさん
部屋の鍵が開いて明かりがついてたのは不気味だけど、押し入った跡も争った跡も無いなら、本人が慌てて出て行っただけとも読める。どっちにも取れる材料ばかりなのが厄介なんだよな。
20. 謎の名無しさん
もう全部がしんどくなって、自分から姿を消しただけかもしれないよ。もともとロサンゼルスに戻るって言ってたんだし、カリフォルニアのどこかで、別の名前で暮らしてる可能性もゼロじゃないと思う。
21. 謎の名無しさん(>>20への返信)
顔の知られた元子役が、20年間お金にも手を付けず、誰にも気づかれずに暮らすのは無理があると思う。戻りたかったのは俳優の仕事で、名前を捨てたら戻れない。母親も「家出じゃない。それだけは確か」と言い切ってる。
22. 謎の名無しさん
地元出身で、あのあたりはよく知ってる。車が見つかった交差点のまわりは造船所やフェリー乗り場、大学があって、夜中でも車の通りがある。交通カメラや店の防犯カメラもあったはずなのに、彼を見た人も映った映像も出てこない。妙だと思う。
23. 謎の名無しさん(>>22への返信)
2006年の地方都市の防犯カメラなんて、画質も保存期間もたかが知れてるよ。警察が映像を集めようとしたころには、もう上書きされてたんじゃないかな。映ってないことを重く見すぎだと思う。
24. 謎の名無しさん
いろいろ調べたけど、自分はこの件は自殺じゃないと思ってる。機嫌よく別れて30分もしないうちに取り乱した声で電話して、「1時間後にかけ直す」と約束したのに、かけてこなかった。大事にしてたマジックのカードもなくなってたらしい。何かに追われるように出ていった感じがする。
25. 謎の名無しさん(>>24への返信)
「1時間後にかけ直す」とか、なくなったカードとかは、どこが出どころなんだろう。チャーリー・プロジェクトには、持ち出されたのは財布と車の鍵だけで、ほかの持ち物は部屋に残ってたって書いてある。ネットで伝わるうちに尾ひれが付いてる気がする。
26. 謎の名無しさん
18歳になって、まとまったお金を手にしたばかりだったんだよね。誰かがそのお金に手を付けたのか、まずはそこを調べるべきだと思う。お金の流れを追え、っていうのが鉄則でしょ。
27. 謎の名無しさん(>>26への返信)
同じ学校だったっていう人が「お金のトラブルを抱えてたんじゃないか」って書き込んでたけど、匿名の「知り合いでした」くらい当てにならないものはないよ。口座が動いたって報道も無いし、根拠の無い噂で本人の印象を悪くするのはやめたい。
28. 謎の名無しさん
元子役って聞くと、どうしてもハリウッドで何かあったんじゃないかって考えちゃう。ロサンゼルスにいたころの人間関係が、失踪に関わってる可能性はないのかな。
29. 謎の名無しさん(>>28への返信)
それと今回の失踪をつなげる材料は、何も出てないよ。彼は失踪の数年前に地元に戻って、家族のそばで普通に暮らしてた。元子役だからって「業界の闇」で話を広げるのは、本人にも家族にも失礼だと思う。
30. 謎の名無しさん
10代のころって、小さな悩みでも世界の終わりみたいに思えるものなんだよね。10代の子がいる人は、何を話しても責めないって伝えておいてほしい。どんな答えだったとしても、家族が20年待ってることに変わりはない。いつか見つかって、家に帰れるといいな。
未解決の謎
分かっていないのは、2006年1月5日の明け方、午前4時すぎの電話から4日後に車が見つかるまでのあいだに、何があったのかだ。機嫌よく友人たちと別れた18歳が、ほどなく取り乱した声で電話をかけ、鍵の開いた部屋と、車と、詩の書きつけを残していなくなった。どれも、自ら命を絶った可能性にも、事故にも、事件にも読める材料で、どれか一つに決め手を与えるものが無い。
謎を深くしているのは、初動の捜査をめぐる食い違いでもある。警察は早い段階で自殺の可能性を重く見て、事件性を疑う理由は無いとした。家族は、車が十分に調べられないまま返されたこと、助手席の跡が検査されなかったことを訴え続けた。どちらの言い分が正しかったにせよ、20年たった今、当時調べられなかったものを調べ直すことはできない。
そして何より、ジョー本人が見つかっていない。2026年になっても新しい手がかりは報じられず、手配書は今も公開されている。母親が「確かだと言えるのはそれだけ」と書いた2011年から、家族が手にした答えは増えていない。矯正器具が外れたら、もう一度ロサンゼルスへ——。そう話していた青年の行方は、今も分からないままだ。
※ つらい気持ちを抱えている人は、ひとりで抱え込まず、身近な人や相談窓口に話してください。厚生労働省のウェブサイト「まもろうよ こころ」で、電話やSNSの相談窓口を調べられます。
出典:r/UnsolvedMysteries 元スレ / AP通信、シアトル・タイムズ(いずれも2006年)、チャーリー・プロジェクト、全米行方不明・被搾取児童センター(NCMEC)の手配書

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