2006年、英語圏最大級の二次小説投稿サイトで、『ハリー・ポッター』シリーズのファンフィクション※『マイ・イモータル(My Immortal)』の連載が始まった。主人公は黒ずくめのヴァンパイアの少女。誤字は数千か所におよび、原作の登場人物は誰ひとり原作らしく振る舞わない。寄せられた感想の大半は罵倒だったが、作品はネットで語り継がれ、いつしか「史上最悪のファンフィクション」と呼ばれるようになった。
※ ファンフィクション:既存の小説・漫画・映画などの登場人物や世界観を借りて、ファンが書く小説。日本でいう二次創作小説。
作者は「タラ・ギルズビー」と名乗っていた。2007年、「引っ越すので、続きはそのあとで」という趣旨の書き置きを残して更新は止まり、タラは姿を消した。本気で書いた10代の作品なのか、手の込んだネタなのか。10年後の2017年9月、ひとりの作家が共作者だと名乗り出て、元スレには「作者が特定された」という見出しが立った。ところが翌月、話はもう一度ひっくり返る。
事件の概要
🗓️ 時期:2006年初め〜2007年(連載)/2017年9月(作家が共作者だと名乗り出る)
🌫️ 場所:英語圏の二次小説投稿サイト「ファンフィクション・ネット(FanFiction.net)」
👤 人物:作者を名乗った「タラ・ギルズビー」と、編集役の友人「レイヴン」(いずれもネット上の名前)
🔍 状況:全44章・約2万2700語。誤字と原作無視で嘲笑と人気を同時に集めたが、作者は続きを書かないまま消え、作品は2008年に削除された
🕯️ 現状:2017年、作家ローズ・クリストさんが共作者だと公表。しかし翌月、予定されていた回想録は出版中止になり、作者が誰なのかは今も確定していない
物語の主人公は、ホグワーツ魔法魔術学校のスリザリン寮に通う17歳のヴァンパイア、エボニー・ダークネス・ディメンティア・レイヴン・ウェイ。原作の登場人物の多くが黒い服と濃いアイメイクの「ゴス」に作り替えられ、ハリーは額の傷を五芒星に変えて「ヴァンパイア」と名乗り、ドラコ・マルフォイは主人公と恋に落ちる。マイ・ケミカル・ロマンスのライブは実はヴォルデモートと手下たちの集会で、終盤には『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のマーティまで黒いデロリアンで現れる。題名は、米国のロックバンド、エヴァネッセンスの同名曲から取られたとみられている。
笑いどころは筋書きだけではない。「ゴシック(gothic)」は一貫して「ゴフィック(goffik)」と綴られ、スネイプは「スナップ」、若き日のヴォルデモートは『指輪物語』の登場人物と取り違えたのか「トム・ボンバディル」と呼ばれる。ダンブルドアが主人公たちを口汚く怒鳴りつける場面には、あとがきで「頭痛がしていたから」と弁解が付いている。
削除されるまでに付いた感想は8000〜1万件とされ、その多くが罵倒だった。それでも作品はコピーされて読み継がれ、YouTubeでは朗読動画が次々に作られた。2013年にはファンの手で全15話のウェブドラマにもなっている。
判明している事実
全44章・約2万2700語、2008年に削除
連載は2006年の初めから2007年まで続き、全44章、約2万2700語に達した。作者はタラ・ギルズビーと名乗り、友人の「レイヴン」が編集と下読みを担当していると書いていた。二人は途中で仲たがいし、しばらくレイヴンが手を引いた時期もあったという。あとがきによれば、第39章と第40章はハッカーが書いたものだという。最後の第44章には、作者が「dubya」(ドバイのことではないかと言われた)へ移るので、戻るまで更新を休むという書き置きが付いていたが、続きは書かれなかった。作品は最終章の数か月後、2008年にサイトから削除されている。
綴りは崩れていても、文法は崩れていない
2011年に本文の誤りを数え上げた分析によると、綴りの誤りは約5200か所あるのに対し、文法の誤りは700か所ほどにとどまる。分析は、文法の確かさと綴りの崩れの落差から「書こうと思えばきちんと書けるのに、そうしていない」ことが読み手に伝わると結論づけている。「予言(prediction)」と書くべきところに「地獄落ち(perdition)」を置くような、妙に凝った取り違えも見られる。
名乗り出た者はいても、確かめられた者はいなかった
作者が消えたあと、自分が書いたと名乗る人物は何人も現れたが、誰ひとり作者だと確かめられなかった。2008〜09年には、「タラ」と「レイヴン」を名乗る10代の二人組がゴス文化をからかう動画をYouTubeに投稿し、作者ではないかと騒がれた。しかし2014年に米公共ラジオ番組の取材に応じた二人は、作者ではないと否定している。2017年8月には、ベストセラーリストの順位操作疑惑で話題になった別の小説と文体が似ているとして、その作家が作者ではないかという憶測も広がった。
2017年9月、ヤングアダルト作家が共作者だと公表
その直後、タラのものとみられる小説投稿サイトのアカウントが更新され、「自分はその作家ではない」「SNSは本名で使っているTumblrだけ」と書き込まれた。ファンがそのTumblrを探し当てると、持ち主は10代向けの小説を何冊も出している作家、ローズ・クリストさんだった。クリストさんは9月に共作者だと表明し、出版大手マクミラン傘下のレーベルから2018年5月に回想録『Under the Same Stars』(邦訳なし)を出す予定だと発表された。報道によれば、出版元は弁護士を雇い、3日かけて主張を確かめたとされる。クリストさんは、投稿用アカウントを作ったときのメールアドレスと、最初の11章の未編集原稿が入ったフラッシュメモリーを証拠として示したと説明している。
本人の説明では、『マイ・イモータル』を書いたのは15〜16歳のころ。ニューヨークのフォスターケア※のもとで暮らしていた時期で、そこで知り合った友人「レイヴン」と、学校のパソコンで冗談半分に書いた作品だったという。当時、彼女は離ればなれになった幼い弟を探しており、作品のファンを通じて、弟探しの助けになる人とつながれないかとも考えていた。回想録はその弟探しを描くもので、「10代のころ自分に起きたことと重なっていなければ、名乗り出ることはなかった」と語っている。
※ フォスターケア:虐待や養育困難などで親元で暮らせない子どもを、州の機関が里親家庭や施設に預ける米国の制度。日本の里親制度や児童養護施設に近い。
翌月、回想録の出版は中止に
10月2日、クリストさんはTumblrで、回想録の出版が中止になったと明かした。本人の説明は、「家族の実名を出したくなかった」ので、出版の過程で提出した書類のコピーに手を加えて名前を隠した、ばかなことをした、というもので、中止は『マイ・イモータル』とは関係がないとした。原本は手元にあるとも書き、弟は無事でいるが名前は明かさないと添えている。出版元のレーベルは米メディアの問い合わせに「『Under the Same Stars』の出版を中止しました。これ以上のコメントはありません」とだけ答えた。米Voxは「回想録は中止になり、悪名高い二次小説の謎は深まった」という見出しで続報を出し、英語版ウィキペディアは2026年10月現在も、作者欄を「タラ・ギルズビー(身元に異論あり)」としている。
主な仮説
仮説1:ローズ・クリストさんが共作者で間違いない
出版元が確かめたと報じられた証拠のうち、アカウント作成時のメールアドレスは、本人でなければ扱いにくい。タラのものとみられるアカウントの書き込みから本名のTumblrが見つかるまでの流れも筋が通っているし、元スレには「作中にニューヨークらしい言い回しが多い」という声もあった。ただし、証拠そのものは公開されておらず、出版元も中止の理由を語っていない。
仮説2:名乗り出たのは別人で、作者は今も分からない
回想録の書類に手を加えたと本人が認めたことで、ほかの説明も額面どおりには受け取れない、という見方が広がった。英語版ウィキペディアも、回想録の記述の正確さが問題になったことが、作者だという主張への疑いにつながったとまとめている。当時はTumblrなどに、彼女の説明の食い違いを並べた投稿も出回った。一方で、手を加えたとされるのは回想録の書類であって、作品の原稿ではない。出版元の確認結果をくつがえす材料も、公には出ていない。
仮説3:最初から計算されたパロディだった
クリストさん自身は、冗談で書いた作品だと説明している。2011年の分析が示した「文法は確かなのに綴りだけが崩れている」という特徴や、ハッカーが書いたとされる2章がかえって整った文章で、それまでの章をからかうパロディのように読めることも、この説を後押しする。ただし、風刺だったという根拠は、作者を名乗る本人の言葉に頼っている。その本人が作者かどうかが揺らいでいる以上、決め手にはならない。
仮説4:本気とネタが入り混じった10代の作品
ネット文化を記録するサイトの利用者の間では、関連するアカウントまで作り込まれていて偽装にしては手間がかかりすぎるとして、作者は本気で書いていたという見方が主流だった。ネットミームの解説サイトの編集者も、2000年代初めのブログ系サービスで似た作品をいくつも見てきたとして、高校生が書いたものだろうと話している。元スレの投稿者がたとえに出したのは、2003年の米映画『ザ・ルーム』だ。監督・主演のトミー・ワイゾーが大真面目に撮った結果、「史上最悪の映画」としてカルト的な人気を得た作品で、ネタに見える箇所と本気にしか見えない箇所が同居している点が似ているという。
海外の反応
1. 謎の名無しさん
『マイ・イモータル』はハリポタのファン文化の宝なんだよ。一節を口にすれば、みんな何の話か分かる。ひどいと言っても、12歳のころに書いた二次小説がみんなひどいのと同じ意味でひどいだけ。ファンがどれだけこの作品を愛してるか、本人に伝わってるといいな。
2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
ひどいのは確か。でも、ものすごく独創的で、なぜか温かいんだよな。文法はめちゃくちゃ、綴りはひどい、言い回しは変。なのにそこが、心のこもった生き生きした感じに見える。ひどい。でも読んだ人はみんな好きになる。
3. 謎の名無しさん
映画の『ザ・ルーム』と同じ立ち位置だと思う。ひどすぎて一周回って面白くなって、ちゃんとしたカルト的なファンがついた。書いた人が今は元気に暮らしていて、この作品がみんなの心にずっと残ってるってことを、少しでも分かってくれてたらいい。
4. 謎の名無しさん
スレタイの「史上最悪のファンフィクション」には物申したい。失礼だろ。あれを最悪と呼ぶなら、俺が中学のときにノートに書いてた小説は何になるんだ。
5. 謎の名無しさん(>>4への返信)
けなしてるつもりはないよ! 「最悪」は愛を込めた呼び名だから。この作品に限っては、最悪であることは悪いことじゃないんだ。
6. 謎の名無しさん
まさか生きているうちに『マイ・イモータル』の作者が名乗り出る日が来るとはな。ただ、ちょっと残念でもある。ずっと「ロボットに小説の書き方を教えようとした結果」であってほしいと思ってたから。
7. 謎の名無しさん(>>6への返信)
俺はずっと、J・K・ローリングが別名義で書いたんだと思ってた。なにしろ「ホグワーツの戦い」を予言してたわけだし(笑)
8. 謎の名無しさん
ここ数日、重い殺人事件の裁判報道ばかり追いかけてたから、いい息抜きになったよ。ありがとう。たまにはこういう話がこのサブレにあってもいい。
9. 謎の名無しさん(>>8への返信)
でしょ! ちょっと悲しい部分もある話だけど、全体としては、いつもの題材よりずっと気楽に読めると思う。
10. 謎の名無しさん
自分も物書きだけど、子どものころに書いたものは恥ずかしくてたまらない。有名でもないし、誰にも読まれてないのに。作家が昔の作品を恥ずかしがるのは普通のことだよ。
11. 謎の名無しさん(>>10への返信)
自分は逆だったな。10代のころ友達のために書いた話を読み返したら、今の自分が思いつく何よりも面白かった。年をとって退化したらしい。
12. 謎の名無しさん
下手な文章にひかれるのは、下手な作家でも作家ではあって、目の肥えた批評家でも作家ではない、ってところなんだよ。「誰がこんなの書いたんだ」と言うけど、「そもそも誰ならこれを書けるんだ」という問いもあると思う。
13. 謎の名無しさん(>>12への返信)
「下手でも作家は作家」ってくだりは、かなり刺さった。ただ、批評もそれ自体ひとつの芸術だとは思う。いい批評家もいれば、悪い批評家もいるってだけで。
14. 謎の名無しさん
『マイ・イモータル』! 本当に10代の女の子が書いてたんだとしたら、なんだかうれしい。たくさん笑わせてもらったうえに、これでマイ・ケミカル・ロマンスを知って、今でも聴いてる。弟さんが見つかりますように。離ればなれにされたなんて、あんまりだ。
15. 謎の名無しさん
ずっと全部いたずらだと思い込んでた。誤字のいくつかはわざと笑わせにきてるように見えたし、レイヴンとの仲たがいも怪しいと思ってた。まさか本当だったなんて。全部本当だったなんて。
16. 謎の名無しさん(>>15への返信)
いや、本気の作品じゃなかったって話でしょ。名乗り出た本人が「冗談で書いた」って言ってるんだから。
17. 謎の名無しさん
連載当時、作者が本気かどうかでずっと議論してたのを覚えてる。登場人物を「うっかり」トム・ボンバディルって書いた箇所があって、「本気であんな文章を書く人間が『指輪物語』まで読んでるはずがない、だからわざとだ」っていう一大理論ができてた。
18. 謎の名無しさん
素朴な疑問なんだけど、最初に出たとき、本気でパロディ以外の何かだと思った人っているの? 今回初めて知って原文を読んでみたら、腹がよじれるほど笑った。どう読んでも冗談として書かれてるとしか思えないんだけど。
19. 謎の名無しさん(>>18への返信)
10代で二次小説を書いてた人間には、そこの見分けがずっと難しいんだよ。自己投影した主人公に過剰なゴス趣味を足せば、だいたいこれになる。みんな一度はこういうのを書いてる。『ザ・ルーム』と同じで、明らかにネタだと思う箇所と、本気かもと思う箇所が両方あるんだ。
20. 謎の名無しさん
念のため言っておくと、リンク先の記事に載ってる写真の女の子は本人じゃないからね。ファンが作ったウェブドラマで主人公を演じた俳優さんの写真。本人と取り違えないように。
21. 謎の名無しさん
この件はまったく詳しくないけど、昨日長い記事を読んで面白かった。ただの勘だけど、今語られてる「本当の話」も100%正確とは限らない気がする。根拠はない。
22. 謎の名無しさん(>>21への返信)
そう? 自分は本当のことを言ってると思うな。作中にはニューヨークっぽい言い回しが多くて、前からニューヨークの人が書いたんじゃないかと言われてた。フォスターケアのもとで暮らしてた10代の子が書いたっていうのは、かなり筋が通ってる。
23. 謎の名無しさん(>>21への返信)
Tumblrに、彼女の説明の食い違いを細かく並べた投稿があるよ。信じたい気持ちはあるけど、引っかかる点が多すぎて、話を盛ってる可能性も考えちゃう。
24. 謎の名無しさん
自分の立場ははっきりしてて、彼女が自分の身の上について語ってることはほぼ全部信じる。ただ一点、『マイ・イモータル』の作者だという部分だけは信じられない。ここは切り分けて考えたい。
25. 謎の名無しさん
よく分からないのが、『マイ・イモータル』のファンを使って弟を探すっていう計画。具体的には、どうやるつもりだったんだろう。
26. 謎の名無しさん(>>25への返信)
人気作の作者になれば大勢の目に触れるから、その中に手がかりを持ってる人がいれば、って考えたんじゃないかな。15、16歳の子が大人に頼れないなかで思いつく方法としては、ありえなくはないと思う。
27. 謎の名無しさん(>>21への返信)
出版中止のニュースを見て、このスレに戻ってきた。最初に疑う書き込みをしたら反対票だらけになったのに、今は少し戻ってるな。偽物だと決まったわけじゃないけど、ネタで有名になった作品の作者が名乗り出る話としては、少し出来すぎてる気がしたんだよ。
28. 謎の名無しさん
回想録が出版中止になったのは正直残念。弟探しと『マイ・イモータル』誕生の話が本当なら、インディー映画にぴったりの題材だったと思う。作中の場面を有名俳優に演じさせて挟んだら、絶対に観に行ったのに。
29. 謎の名無しさん
結局、出版社がどこまで確かめたのかが公開されてないのが、混乱のもとだと思う。メールアドレスとフラッシュメモリーの中身を第三者が見られれば、それで片がつく話なのに。
30. 謎の名無しさん
『マイ・イモータル』は本物の傑作だよ。冗談じゃなく。読者が本気かどうか最後まで迷うほどうまくパロディを書くなんて、まず聞いたことがない。誰が書いたにしても、あれのおかげで人生が少し楽しくなった。
未解決の謎
2017年の「作者特定」は、決着ではなく新しい問いの始まりだった。クリストさんが示したとされるメールアドレスとフラッシュメモリーの中身は公開されず、出版元は中止の理由を語らなかった。主張を裏づける材料も、くつがえす材料も、公の場には出ていない。それでも、書類の一件で主張への信頼は大きく揺らいだ。
もう一人の当事者であるはずの「レイヴン」についても、クリストさんはその呼び名で触れるだけで、詳しくは語っていない。共作者が実在するなら、その人の証言がいちばん強い裏づけになるはずだが、英語版ウィキペディアの記述にも、レイヴンの側からの裏づけは出てこない。
もうひとつの謎は、本気だったのかネタだったのかだ。この作品は、ネットでいう「ポーの法則」※の見本のような存在で、パロディにも本気にも見える。作者を名乗る人が「冗談だった」と言っても、その人が作者かどうかが揺らいでいる以上、答えにはならない。
※ ポーの法則:作者の意図がはっきり示されないかぎり、極端な主張のパロディは本気の主張と見分けがつかない、というネット上の経験則。
作品は2008年に消されたが、コピーは今もネットに残り、読まれ続けている。「引っ越すので、続きはそのあとで」と書き残したタラは、結局戻らなかった。名乗り出た人がそのタラなのか、それとも別の誰かなのか。連載開始から20年がたった今も、答えは出ていない。
出典:r/UnresolvedMysteries 元スレ / Vox(2017年9月13日) / 参考:BuzzFeed、The Daily Dot、Vulture、Vox(2017年10月9日)、英語版ウィキペディア「My Immortal (fan fiction)」

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