【2011年】「彼女は彼を救った、彼は彼女を救えるか」扉に残された一文と二日で消えた二つの命

【2011年】「彼女は彼を救った、彼は彼女を救えるか」扉に残された一文と二日で消えた二つの命 未解決事件

米カリフォルニア州、サンディエゴ湾に突き出た小さな半島コロナド。白い砂浜と老舗ホテルで知られる観光地の一角に、1908年に建てられた大きな屋敷がある。2011年7月、この家で二日のあいだに二つの死が起きた。ひとつは6歳の男の子の転落、もうひとつは、その子の父親の交際相手だった32歳の女性の死である。当局は前者を事故、後者を自殺と結論づけた。それから15年近く経った今も、この結論に納得していない人は少なくない。

どちらか片方だけなら、おそらく誰も疑わなかった。二つが並んだ瞬間に、この家の出来事は「説明のつかないもの」に変わってしまった。

事件の概要

🗓️ 発生日:2011年7月11日(男児の転落)/7月13日(女性の死亡)

🌫️ 場所:米カリフォルニア州コロナド、オーシャン大通り沿いの通称スプレッケルズ邸

👤 関係者:レベッカ・ザハウ(32)、マックス・シャックナイ(6)、その父ジョナ・シャックナイ(54)

🔍 状況:2階の手すり越しに男児が転落して重体。その2日後の早朝、同じ家にいた女性がバルコニーから吊るされた状態で見つかった

🕯️ 発見/結末:男児は7月16日に死亡。女性の死は同年9月に保健当局と保安官局が自殺と発表したが、遺族はこれを受け入れていない

※ 保安官局:米国の郡単位で置かれる警察組織。市警とは別に郡の広域を管轄し、選挙で選ばれた保安官(シェリフ)が指揮する。日本の県警に近い役割だが、トップが公選職である点が大きく違う。

屋敷はもともと、サンディエゴ開発で財を成した実業家ジョン・D・スプレッケルズのために建てられたもので、地元では今もその名で呼ばれている。事件当時この家を夏の別荘として使っていたのが、製薬会社経営者のジョナ・シャックナイだった。一家は普段アリゾナ州パラダイスバレーで暮らし、夏のあいだだけ海沿いのこの屋敷に滞在していた。

7月11日、屋敷にいたのはジョナの息子マックス(6)、ジョナの交際相手レベッカ・ザハウ(32)、そしてミズーリ州から遊びに来ていたレベッカの妹ジーナ(13)の3人だった。レベッカは「自分は洗面所にいて、戻ったらマックスが倒れていた」と説明し、ジーナが救急に通報した。マックスは搬送されたが意識が戻らないまま、5日後に亡くなっている。

判明している事実

二日のあいだに起きた二つの死
7月12日、レベッカは空港で妹を見送り、その足でジョナの弟アダム(46)を迎えに行っている。3人は知人を交えて夕食をとり、その後アダムは敷地内のゲストハウス、レベッカは母屋に戻った。翌13日の午前6時45分ごろ、アダムがバルコニーから吊るされた状態のレベッカを発見し、6時48分に通報。警察が到着する前に、彼はロープを切って遺体を下ろしていた。

手足の拘束と、警察が公開した再現映像
発見時、レベッカの両手首と両足首は縛られており、手は背中側にまわされていた。遺族はこの状態を「自分ではできない」と主張したが、保安官局側は「思いとどまるのを防ぐために自分で手足を縛る例は全米で記録がある」と説明。ロープを前で巻いてから片手を抜き、背中にまわして締め直すという手順を女性が実演する再現映像まで公開している。ただし遺族側は最後まで納得していない。

二度おこなわれた解剖と、割れた結論
郡の監察医ジョナサン・ルーカスは、遺体に4か所の頭部外傷があることを認めつつ、「垂直でない姿勢で手すりを越えた形跡があり、落下の途中でバルコニーに頭を打った可能性がある」とした。これに対し、遺族の依頼で二度目の解剖をおこなった病理医シリル・ウェクトは、喉の骨折は首吊りではなく手で絞めた結果だとして「他殺だと考える」と証言。別の法医学の専門家からも「手すりに当たりながら落ちて4回も頭を打つ確率は極めて低い」という異論が出ている。

※ 監察医:米国の多くの郡に置かれる、医師資格を持つ死因究明の専門職。行政解剖の実施と死亡種別(事故・自殺・他殺・自然死など)の判定を担う。日本では監察医制度が置かれている地域が限られ、多くは警察の検視と司法解剖で処理されるため、権限の範囲がかなり異なる。また米国では、遺族が私費で別の病理医に二度目の解剖を依頼できる。

扉に残された一文と、消された留守電
バルコニーへ通じる部屋の扉には、絵の具で一文が書かれていた。レベッカの元夫によれば「彼女は彼を救った、彼は彼女を救えるか」という内容だったという。保安官は「明確な遺書とは言えない」としつつ、捜査側はこれを自殺を裏づける材料とみなした。一方できょうだいたちは「筆跡が違う」と反論し、元夫も「彼女が書きそうな文章ではない」と述べている。また通話記録では、彼女が午前0時50分ごろに留守番電話を1件再生していたことが分かっているが、そのメッセージは削除されており、内容は誰も確認できていない。

民事と刑事で食い違ったままの判断
2018年、遺族が起こした不法死亡訴訟で、陪審はアダム・シャックナイに責任があるとの評決を出したと報じられた。ただし同年のうちに和解が成立し、その評決は取り消されている。アダム側は一貫して関与を否定しており、刑事事件としては誰ひとり訴追されていない。保安官局も外部の専門家を交えた再検証をおこなったうえで、自殺という当初の判断を維持すると発表した。つまり法的には、この件で責任を確定された人物は存在しない。

※ 不法死亡訴訟:遺族が「あなたのせいで死んだ」として損害賠償を求める民事訴訟。刑事裁判が「合理的な疑いを超える証明」を求めるのに対し、民事は「どちらの主張がより確からしいか」で足りるため、立証のハードルが大きく下がる。刑事で立件されない案件でも民事では責任が認められることがあり、両者の結論が食い違うのは米国では珍しくない。

主な仮説

仮説1:単独での自殺だったという説(当局の結論)

現場から出た指紋やDNAは、ロープにもナイフにも彼女のものしか見つからなかった。バルコニーには手すりへ向かうV字型の足跡が残り、手すりから拭い取られたような土の跡と、彼女の腰についていた土が一致していた。手には扉の文字と同じ絵の具が付着していた。留守電を再生した直後という時間関係も、当局の判断を支えている。

仮説2:自殺だが、他殺に見えるよう自分で演出したという説

元スレッドの投稿者が支持しているのがこれで、コメント欄でも最も多くの賛同を集めた。レベッカの家族は信仰が篤く、自殺を罪とみなす立場だった。そのため「自殺だと分からない形にすることで家族の体面を守ろうとしたのではないか」という読み方である。過去に彼女が、交際相手との関係を清算するために狂言の誘拐を仕組んだことがあると評伝で報じられており、追い詰められたときの振る舞いの癖として引き合いに出されている。ただしこれは動機の推測であって、物証で裏づけられたものではない。

仮説3:第三者が関与したという説

二度目の解剖で「手で絞めた痕」という所見が出たこと、頭部外傷が4か所あること、扉の文字の筆跡への疑義、削除された留守電、そして警察到着前に遺体が下ろされて現場の状態が失われたことが、この説の根拠として挙げられる。事件の夜10時25分ごろ、屋敷の玄関を開けようとしていた女性を目撃したという通行人の証言もある。後に「それは自分だ」と名乗り出た人物がいるが、目撃者の説明した外見や持ち物とは食い違っていた。もっとも、この食い違いを裏づける物証は出ておらず、名乗り出た人物に法的な嫌疑がかかったこともない。

仮説4:男児の転落をめぐる説明が足りていないという説

捜査当局は7月26日、マックスの死を事故と結論づけ、何かにつまずいたのだろうと推定した。しかし搬送先で彼を診た外傷専門医は、転落による損傷だけでは彼に起きた心停止と脳の腫れを説明しきれないとして、警察に疑問を伝えている。さらに、レベッカが説明した「倒れていたときに一言つぶやいた」という状況や、心肺蘇生をおこなったという説明は、解剖所見と整合しなかったとされる。何が起きたのかを直接説明できる大人の目撃者はおらず、この矛盾は解消されないまま次の死へと話が移ってしまった。

海外の反応

1. 謎の名無しさん
自分は「男の子は事故、彼女は自殺」で落ち着いている。当時サンディエゴに住んでいたけど、地元では最初から、預かっていた子どもが自分の見ている前で大怪我をしたという一点で説明がつくと言われていた。そこまで大きな謎だとは思っていない。

2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
でも彼女が亡くなった時点で、あの子はまだ生きていたよ。むしろ彼女は「自分が見つけて助けた」と思っていたはずで、罪悪感で全部を片づけるのは早いと思う。

3. 謎の名無しさん(>>2への返信)
亡くなる少し前に「良くて一生歩けないし喋れない」という趣旨の留守電を再生して、それを消している。その瞬間に彼女の中で何かが切り替わったんじゃないかと思っている。失うものが一気に見えた夜だ。

4. 謎の名無しさん(>>3への返信)
その留守電、本当にそういう内容だったと確認されているの? 医療チームがその見通しを出したのは数日あとだったという話も読んだことがある。医学的な判断の時系列がはっきりしないまま語られている気がする。

5. 謎の名無しさん
事件を扱った評伝を読むと見方が変わる。過去に、交際相手と別れ話をする代わりに狂言の誘拐を仕組んだことがある人だと知ると、あの凝りすぎた現場の見え方がまるで違ってくる。責めたいわけじゃなくて、追い詰められたときの対処の癖の話として。

6. 謎の名無しさん(>>5への返信)
同意する。あの本を読まないとこの事件は理解できないと思う。彼女は子ども時代のつらい経験をまったく整理できないまま大人になっていて、批判や気まずさを避けるためなら常識の外まで行ってしまう人だった。

7. 謎の名無しさん(>>6への返信)
その「つらい経験」って具体的に何のこと? この話題、いつもふわっとした言い方のまま流れていく気がする。人物像の根拠にするなら、そこはもう少しはっきりさせてほしい。

8. 謎の名無しさん(>>6への返信)
自分も長く追っているけど、「自殺のはずがない」派の多くは彼女の過去を知らないまま話している印象がある。同情はしているし落ち度があったとも思わないけど、責任を引き受けずに済む方向へ大きく舵を切る癖は確かにあった。

9. 謎の名無しさん
この事件、どちらの陣営も決まり文句だけで語りがちなのがもったいない。遺族が語る人物像だけを鵜呑みにすると、絵に描いたような平穏な人生を送っていた人が突然殺された、という話に単純化されてしまう。実際はもっと複雑だ。

10. 謎の名無しさん
自分が引っかかっているのは、警察が来る前にロープを切って下ろしてしまったこと。人としては自然な行動でもあるけれど、そのせいで現場の状態が失われたのは事実で、あとから検証できなくなったことが多すぎる。

11. 謎の名無しさん(>>10への返信)
そこは自分も同じ。ただ、人が吊られているのを見て何もせずに待てる人間がどれだけいるかと考えると、それだけで不自然だと決めつけるのも難しい。判断材料としては弱いと思う。

12. 謎の名無しさん
二度目の解剖で「手で絞めた痕」という所見が出ているのに、公式の判断が一度も変わらないままなのが理解できない。専門家同士がここまで割れている時点で、自殺と断定する言い方は強すぎないか。

13. 謎の名無しさん(>>12への返信)
逆に言うと、遺族が依頼した側の鑑定人は遺族の期待に沿う結論を出しやすい、という指摘もずっとある。どちらの鑑定も、依頼した側の立場込みで読んだほうがいい。片方だけ信じるのが一番危ない。

14. 謎の名無しさん
もし他殺説を取るなら、単独犯ではないと思っている。あの夜10時半ごろ、玄関を開けようとしていた女性を目撃した通行人がいる。あとで名乗り出た人はいるものの、目撃者が説明した外見や持ち物とは食い違っていた。そこが今もすっきりしない。

15. 謎の名無しさん(>>14への返信)
その食い違いは記憶違いの範囲かもしれない。深夜に街灯の下でちらっと見た印象なんて当てにならないし、それを根拠に特定の人を疑うのはさすがに行き過ぎだと思う。

16. 謎の名無しさん
自分はコロナド育ちで、事件の数年前にあの街を離れた。ニュースを聞いた瞬間に、どの家のことか分かった。地元がどれだけ小さくて安全かは言葉にしづらいけど、ああいう劇的な出来事が起きる土地ではまったくない。

17. 謎の名無しさん
評伝でもそこは強調されていた。当時のコロナドは玄関に鍵をかけない家も多かったと。都会から行くと信じられない感覚だと思う。海と橋で本土から切り離されているぶん、街全体が一つの共同体みたいになっている。

18. 謎の名無しさん
「起きない街」ではなく「表に出ないだけ」というのはあると思う。人目につく形で起きたときだけ話題になって、それ以外は静かに処理される。小さな街ほどその傾向は強い。

19. 謎の名無しさん
自殺の方法についての思い込みも、この事件の議論を濁らせている気がする。実際にはもっと激しい形も珍しくないし、「あまり例がない方法」は「あり得ない方法」ではない。この件では、彼女が誰かに向けて何かを伝えようとした結果ああなった、という読み方も成り立つ。

20. 謎の名無しさん
扉の文字がいちばん気になっている。家族は彼女の筆跡ではないと言い、元夫も彼女が書きそうな文章ではないと言った。その一方で、彼女の手には同じ絵の具が残っていた。この二つを同時に説明できる筋書きが、どの説にもまだない。

21. 謎の名無しさん
手足を縛った状態で自分の意思で、という話は最初どうしても信じられなかった。ただ保安官局が再現映像まで出しているのを見ると、物理的に不可能とは言い切れないんだろうとは思う。納得できるかどうかはまた別の話だけど。

22. 謎の名無しさん(>>21への返信)
「物理的に可能」と「実際にそうした」のあいだには、まだかなりの距離があるよね。可能性を示しただけで結論にしてしまうと、検証としてはかなり弱い。そこを飛ばしたのが不信を招いた気がする。

23. 謎の名無しさん
一番の違和感は、6歳の子が重体になった直後の家で、もう一つの死が起きているという偶然のほうだ。どちらか片方だけなら誰も疑わなかったと思う。並んだ瞬間に不自然に見えてしまう。

24. 謎の名無しさん
そこがこの事件の本体だと思っている。二つの死を切り離して眺めると、どちらも一応は説明がつく。それを並べた瞬間に、人間はどうしても間に線を引きたくなる。この事件が15年経っても消えない理由はそこにある。

25. 謎の名無しさん
民事では責任ありとされたのに、刑事では起訴すらされていないという状態が最初はまったく飲み込めなかった。立証のハードルがそもそも別物だという説明を聞いて、やっと腑に落ちた。同じ出来事に二つの結論が並ぶことがあるわけだ。

26. 謎の名無しさん(>>25への返信)
しかもその評決は、その後の和解で取り消されている。だから法的には「責任が確定した人はいない」というのが今の状態。ここを飛ばして、あたかも決着がついたように書いている記事が多すぎる。

27. 謎の名無しさん
男の子の転落についても、当局は事故と結論づけたのに、実際に診た医師が疑問を呈している。その矛盾が宙に浮いたまま次の死へ話が移ってしまったのが、この事件を余計にややこしくしていると思う。

28. 謎の名無しさん
個人的には自殺説寄りだけど、断言する気にはなれない。現場から彼女以外の痕跡が出なかったのは確かに大きい。ただ「出なかった」は「いなかった」の証明ではないので、そこを詰めきれていない感じが残る。

29. 謎の名無しさん(>>28への返信)
その線引きは大事だと思う。科学捜査の話は「何が見つかったか」より「何が見つからなかったか」で語られる場面が多くて、みんなそこで一段飛躍してしまう。無いことの証明はできない。

30. 謎の名無しさん
十数年経っても、この事件について語る人はどこかで自分の話をしている気がする。追い詰められた人がどう振る舞うかを、それぞれ自分の経験から想像している。だから同じ資料を読んでも結論が割れるんだろうし、たぶんこれからも割れ続ける。

未解決の謎

この事件が決着しない最大の理由は、証拠が足りないことではなく、同じ証拠から正反対の結論が引き出せてしまうことにある。現場から本人以外の痕跡が出なかったという事実は、単独での死を示す強い材料にもなるし、「痕跡を残さないほど手際がよかった」という読み方も許してしまう。手足の拘束についても、警察の再現映像は「できる」ことは示したが、「そうした」ことまでは示していない。専門家の所見が真っ二つに割れたまま、どちらの側も相手を論破しきれずに15年が過ぎた。

もうひとつの厄介さは、二つの死が二日しか離れていないことだ。6歳の男の子の転落は事故と結論づけられ、女性の死は自殺と結論づけられた。個別に見ればどちらも一応の説明がつくが、同じ家で立て続けに起きたとなると、人は間に因果を探さずにいられない。そして、その因果を確かめる手立ては、もう残っていない。

失われた情報も多い。警察の到着前に現場の状態が変えられ、再生された留守電は削除され、扉の文字は誰の手によるものか決着していない。転落の瞬間を説明できる大人の目撃者もいない。捜査の初期に取りこぼされたものは、後からどれだけ精密な技術を投入しても戻ってこなかった。

そして忘れてはならないのは、この事件で確定した法的責任が一つもないということだ。民事の評決は和解とともに取り消され、刑事では誰も訴追されていない。当局の結論は据え置かれ、遺族はそれを受け入れていない。海辺の観光地に建つあの屋敷の前を通る人の多くは、今も何が起きたのかを知らないままだ。

出典:r/UnresolvedMysteries 元スレNBC San Diego「スプレッケルズ邸の死をめぐる時系列」

コメント