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【1921〜1951年】名前も、亡くなった日すら分からない——ダムのそばの少年と少女

【1921〜1951年】名前も、亡くなった日すら分からない——ダムのそばの少年と少女 未解決事件

カリフォルニア州ロサンゼルス郡で、ひとりの少年とひとりの少女が、ダイナマイトの爆発によって亡くなった。分かっているのは、ほとんどそれだけだ。二人の名前は分からない。年齢も、どういう関係だったのかも分からない。そして——亡くなった日付すら分かっていない。「1921年から1951年のあいだのいつか」。それが、この二人に与えられている唯一の時間の座標である。

手がかりは、ある殺人課刑事のスクラップブックに貼られていた、日付のない2枚の写真だけ。二人は今も「ロサンゼルス郡のジョン・ドウとジェーン・ドウ」と呼ばれている。誰にも名前を呼ばれないまま、100年近くが過ぎようとしている。

※ ジョン・ドウ/ジェーン・ドウ:英語圏で身元不明の男性/女性を指す仮の名。日本語の「名無しの権兵衛」にあたる。身元が分からないまま扱われる遺体や事件は、この呼び名で記録に残される。

事件の概要

🗓️ 発生日:不明(1921年〜1951年のいずれか)

🌫️ 場所:カリフォルニア州ロサンゼルス郡。ダムのそば、あるいはダムの中とされる

👤 被害者:少年(推定4〜17歳)と少女(推定13〜19歳)。氏名・二人の関係ともに不明

🔍 状況:ダイナマイト1本が二人の手元で爆発し、即死したとされる

🕯️ 発見/結末:警察はすぐに臨場したとされるが、当時の記録は見つかっていない。二人は現在も身元不明のまま

この事件が世に出たきっかけは、捜査資料でも新聞記事でもない。ロサンゼルスの殺人課刑事ジャック・ハドルストンが個人的に作っていた、1冊のスクラップブックだった。彼は1921年から1951年まで現場に立ち、その間に見た現場の写真を貼り集めていた。二人の写真もそこにあった——ただし、日付の書き込みもなく、隣り合った別々のページに1枚ずつ。

ハドルストンが在職した期間が1921〜1951年。「死亡日は1921年から1951年のどこか」という推定は、ただこの一点だけを根拠にしている。二人がいつ亡くなったのかを示す資料は、ほかに何ひとつ存在しない。

判明している事実

出どころはスクラップブック1冊だけ
写真はのちに、キャサリン・ダンとショーン・テジャラッチが編んだ書籍『Death Scenes: A Homicide Detective’s Scrapbook』の58〜59ページに収録された。この本の書評は二人を「若い恋人同士」と紹介しているが、これは根拠のある記述ではなく、書評を書いた人物の推測にすぎないとみられている。つまり「恋人だった」という前提すら、実は誰も確かめていない。

少年について分かっていること
推定年齢は4〜17歳。参照できる資料はどれもこの極端に広い幅を示している。濃い色のローファーに濃い色の靴下、中間色のズボン、おそらく濃い色の長袖シャツ。身長・体重・目の色・髪の色・身体的特徴は、すべて不明。損傷が大きく復顔も作成できなかったため、顔から身元をたどる道は最初から閉ざされていた。

※ 復顔:頭蓋骨や遺体の情報をもとに生前の顔を復元する法医学の手法。身元不明者の特定では、もっとも有力な手段のひとつとされる。

少女について分かっていること
推定年齢は13〜19歳。明るい色の長袖のトップス、濃い色のスカートまたはズボン、上部に縞の入った濃い色の靴下。少年と違い、写真には彼女の顔が写っている。顔が分かる状態で写真が残っているのに、それでも彼女の名前は記録のどこにもない——この事件の不可解さは、そこに凝縮されている。

ダムとダイナマイト
二人はダムのそば、あるいはダムの中で遊んでいるところを見られていたとされる。ダムの建設現場ではダイナマイトが使われていた。ウェブスルースの利用者が、1921〜1951年にロサンゼルス郡で造られたダムを一覧にしている——マルホランド・ダム(1923〜24年)、リンジ・ダム(1924〜26年)、セントフランシス・ダム(1924〜26年、1928年に決壊)、サンタアニタ・ダム(1924〜27年)、リトルロック・ダム(1924年)、ブーケキャニオン・ダム(1934年)、ハンセン・ダム(1939〜40年)、サンタフェ・ダム(1941〜49年)、セプルベダ・ダム(1941〜49年)。ただし、どのダムだったのかを示す資料は無い。

※ ウェブスルース:未解決事件や身元不明者について、一般の愛好家が資料や考察を持ち寄る英語圏の掲示板。この二人についても長年スレッドが続いている。

新聞記事が1本も見つかっていない
子供か10代の若者が2人、ダイナマイトで亡くなったのなら、地元紙の一面になり、通信社を通じて他州にも配信されたはずだ——それが、この件を追ってきた人たちの共通認識である。にもかかわらず、スレッドでは「18年以上、誰ひとりそれらしい記事を見つけられていない」と指摘されている。この「記事が無い」という事実そのものが、いまや最大の手がかりであり、同時に最大の謎になっている。

主な仮説

仮説1:当時は身元が判明していたが、記録から抜け落ちた

もっとも支持されている見方。事故直後、警察は二人が誰なのかを把握していて、家族にも遺体が引き渡された——ただ、その情報がスクラップブックの写真と結びつかないまま、時間とともに失われた、という筋書きである。つまり二人は「最初から名無しだった」のではなく、「あとから名前を落とした」ことになる。だとすれば、彼らの名前は今もどこかの書類の中で眠っている。

仮説2:2枚の写真は、別々の出来事を写している

ウェブスルースで長く議論されてきた説。2枚は1枚の連続した写真ではなく、隣り合ったページに別々に貼られていたにすぎない。それぞれの状況が「1本のダイナマイトが同時に二人を襲った」という説明とうまく噛み合わない、という指摘もある。もしそうなら、ハドルストンが後年、記憶違いで2枚を同じ事件のものとして語ってしまった可能性がある。新聞記事が見つからないのは、そもそも「そんな事故が無かった」からだ、という説明にもなる。

仮説3:事件はカリフォルニアで起きていなかった

ハドルストンのスクラップブックには他州の写真も含まれていた。だとすれば、ダイナマイトの事故という認識自体は正しくても、現場がロサンゼルス郡ではなかった可能性が残る。ロサンゼルス郡の新聞をいくら探しても記事が出てこないのは、探す場所を間違えているから——という、身もふたもない、しかし十分にあり得る話である。

仮説4:報道が別のニュースに埋もれた

スレッドで出た、検証されていないアイデア。もし爆発がダムの決壊や損傷につながっていたなら、ニュースの主役は「ダムが壊れた」ほうになり、二人の死は事故原因の一行として処理されて終わった可能性がある、というもの。ただし、これを裏づける資料も現時点では見つかっていない。

海外の反応

1. 謎の名無しさん
年齢の幅を素直に受け取るなら、4歳と19歳の組み合わせもあり得る。だとしたら母と息子かもしれないし、姉と弟、あるいはベビーシッターと預かった子かもしれない。恋人同士である必要はどこにもないと思う。少年が上着を着ているのも、時代ごとの服装の流行を考えると気になるポイント。個人的には、当時は身元が分かっていたけれど、それが写真や記録と結びつかないまま失われたんじゃないかと疑ってる。答えを出すなら、たぶん一次資料をあたるしかない。地元紙、次に州の報道を、年代ごとに潰していくしかない。誰か博士論文にしてもいいレベルだよ、これ。

2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
「4歳」は誤植でしょ。たぶん14歳。脚と足は無傷で残ってるんだから、4歳の子と見間違えるなんてあり得ない。どこかで数字が1文字落ちたまま、いろんなサイトに転載され続けてるんだと思う。

3. 謎の名無しさん(>>2への返信)
同じことを考えてた。脚も足もそのまま残っているなら、身長と靴のサイズはかなり正確に出るはず。4歳と、それより数歳上の子では、身長も足のサイズも全然違う。逆に14歳と17歳なら大差ないことも多いから、「14〜17歳」なら幅として自然なんだよね。

4. 謎の名無しさん(>>3への返信)
足首やかかとの骨がどこまでくっついてるかで年齢の見当はつけられないのかな。うちの従妹が子供のころ、骨の癒合が少し遅れてて足に問題が出たことがあった。当時の検死でそこまで見ていたかは別として、少なくとも今の技術なら分かるはずのことだと思う。

5. 謎の名無しさん
少年の先の尖ったくるぶし丈の靴は、1920年代から30年代前半を示していると思う。低めのオックスフォード型が男性や少年に広まるのは30年代半ば以降だから。それと、1960年代より前は、女性が普段着でズボンをはくことはほとんどなかった。作業着か運動着か、家の中でくらい。彼女がズボンをはいていたなら、ハイキングのために着替えた可能性がある。逆に「ズボンに見えるほど丈の長いスカート」なら、ふくらはぎ丈が流行った1930年代前半。だから自分なら1932〜1938年あたりから探し始める。

6. 謎の名無しさん
服装から年代を絞る方向性は正しいと思う。ただ引っかかるのは、当時の子供服はお下がりが当たり前だったこと。特に暮らしが苦しい家ほど、10年前の服をそのまま着ていてもおかしくない。流行から割り出した年代は「その服が作られた頃」であって、「その子が着ていた頃」とは限らない。年代の幅は思ったより広めに見ておいたほうがいい気がする。

7. 謎の名無しさん
そもそも、この写真の説明が正確だという保証はあるのか?18年以上、誰ひとり裏づけの新聞記事を見つけられていないという事実が引っかかる。子供か10代が2人ダイナマイトで亡くなったなら、その町の一面記事になったはずだし、通信社が拾って他州でも報じられたはず。貧しい家の子でも同じこと。悲劇と血なまぐささは、昔も今も新聞が飛びつくネタだ。ハドルストンは他人から写真を譲り受けていたのか?ラベルを間違えることはあったのか、そもそもラベルは本人が書いたのか?このスクラップブックを丸ごと信頼していいのか、自分はまだ判断がつかない。

8. 謎の名無しさん(>>7への返信)
実はそこはかなり議論されているところで、ウェブスルースでも指摘があった。2枚は1枚の写真ではなく、隣り合ったページに別々に貼られていただけ。だから、そもそも別の州の別々の出来事で、ハドルストンが背景を思い違いしていたか、他の事件と混同していた可能性がある。この論点は自分の投稿にも追記しておく。最初から書いておくべきだった。

9. 謎の名無しさん(>>8への返信)
ハドルストンの写真を無作為に何枚か選んで、裏の取れる事件と突き合わせてみたら面白いと思う。彼の記録がどれくらい正確だったのか、目安が出る。……とはいえ、あの本を自分でめくる作業だけは、正直やりたくない。

10. 謎の名無しさん
候補になる地域の新聞アーカイブを片っ端から見ていけば、何か出てきそうなものだけどな。そもそも当時の地方紙って、どこまでオンライン化されてるんだろう。

11. 謎の名無しさん(>>10への返信)
ロサンゼルス・タイムズなら、この期間まるごと参照できるはず。ほかの新聞は大学経由じゃないと使えないアーカイブに入っていることも多い。難しいのは検索語のほうで、ダムが建設されていた時期ごとに、当時どういう言い回しで書かれていたかを当てにいく必要がある。もし警察が身元の特定に協力を呼びかけていたなら、記事になっている可能性はむしろ高いと思う。

12. 謎の名無しさん
たぶん二人は、公式の記録に残る形ではなく、身内のあいだで身元が確認されただけなんじゃないか。当時なら、家族が名乗り出て遺体を引き取り、それで話が終わったというだけで、警察の書類に何も残らないことは十分あり得たと思う。

13. 謎の名無しさん(>>12への返信)
でも、それならなぜ今も身元不明者として登録され続けているの?家族が引き取っていたなら、遺体は名前つきで埋葬されているはずでしょ。名無しのまま登録が残っているという事実と噛み合わない気がする。

14. 謎の名無しさん
遺体は引き取られていた可能性は普通にあると思う。二人が今どこに眠っているのか、誰も知らないだけで。結局のところ確実に分かっているのは、ある刑事が現役だった期間に、この写真が撮られたという一点だけなんだよ。それ以外は全部、推測の上に推測を重ねている。

15. 謎の名無しさん
そもそも「引き取られなかった」という記録すら無いはずでしょ。この二人が「ドウ」なのは、遺体が身元不明のまま放置されたという意味じゃなくて、写真に写っている人物が誰なのか今の我々に分からない、という意味でしかない。この2つは全然違う話なのに、ごちゃ混ぜになって語られてる気がする。

16. 謎の名無しさん
ダイナマイトの爆発が、ダムの決壊やそれに近い事態を引き起こした可能性はないだろうか。もしそうなら年代はぐっと絞れるし、二人の死がほとんど報じられなかった理由の説明にもなる。ダムが壊れたほうが圧倒的に大きなニュースだし、まして「原因を作った子供たち」と見なされていたなら、同情的には扱われなかったはずだ。服装から出た年代の候補を見ていて思いついた。その範囲に、決壊と決壊寸前が1件ずつある。もうひとつ聞きたいんだけど、少年の写真に写っている植物から場所を絞れないのかな。カリフォルニアの植生には詳しくないから見当がつかないけど、誰かその角度から見た人はいる?

17. 謎の名無しさん
素朴な疑問なんだけど、ダイナマイトって勝手に爆発するものなの?子供が転がってるのを拾い上げた、というだけで爆発するイメージがどうも湧かない。導火線に火をつけないと爆発しないものだと思ってた。

18. 謎の名無しさん(>>17への返信)
古かったり、保管の仕方が悪かったりすると、ダイナマイトはかなり不安定になる。ちょっとした衝撃や気温の変化だけで起爆することもある。建設現場に余ったまま放置されていたなら、その状態になっていた可能性は十分ある。

19. 謎の名無しさん
当時のダム建設現場って、今みたいにフェンスで囲って警備員が立っているようなものじゃなかったはず。近所の子供が入り込んで遊ぶのは、たぶん日常の風景だったんだろう。だとすると、この二人がそこにいたこと自体は全然不思議じゃない。不思議なのは、そんな身近な場所で起きた事故なのに、誰も二人の名前を書き残さなかったことのほうだ。

20. 謎の名無しさん
遺体はその後どうなったんだろう。失われたのか、火葬されたのか、埋葬されたのか。もし今も残っているなら、この事件こそDNA鑑定をやる価値がある。この一点がいちばん重要な情報のはずなのに、どこを探しても書かれていないのが不思議でならない。あと、写真が残っているなら、写真そのものの画質や現像の特徴から撮影年代を絞れないだろうか。歴史系や写真系の板に投げてみたら、古いカメラに詳しい人が何か言ってくれるかもしれない。

21. 謎の名無しさん(>>20への返信)
刑事のスクラップブックに貼られた写真だけが手がかりなら、そもそも遺体がどこにあるのか誰も把握していないと思う。もし所在が分かっているなら、それが一番賢いやり方だよ。写真からはもう、この子たちについて大した情報は引き出せそうにないんだから。遺体さえあれば、家系をたどって二人に名前を返してあげられるのに。

22. 謎の名無しさん
DNAは、比べる相手と、そもそも検体が無ければ何の役にも立たない。この件で現実的に効くのは、地味に紙をめくる作業のほうだと思う。新聞のマイクロフィルム、郡の検死記録、墓地の埋葬台帳、教会の記録。名前を取り戻す作業は、たいてい研究室じゃなくて書庫で起きる。

23. 謎の名無しさん(>>22への返信)
その通りだと思う。ただ、この時代の郡の検死記録がどこまで残っているのかも分からないんだよね。100年前の書類が全部きれいに保管されていると思うのは楽観的すぎる。「記録の不備」で日付すら分からなくなっている事件なんだから、その大元の記録自体が失われている可能性も普通にある。

24. 謎の名無しさん
これ、自分がネットで読んだ一番古いコールドケースのひとつだ。もう20年以上前になる。当時から情報はこれっぽっちで、20年経った今もほとんど増えていない。これだけ長い時間、これだけ多くの人が見てきて、それでも何ひとつ分からないままなのが、ただただ寂しい。

25. 謎の名無しさん
少女のほうは顔が分かる状態で写真に残っていたわけでしょ。当時なら、その写真を新聞に載せて「この子を知りませんか」と呼びかけることもできたはずなんだ。それをやったのかどうかすら分からない。やったのに誰も名乗り出なかったのか、そもそもやらなかったのか。どっちだったのかで、この話の意味は全然変わってくる。

26. 謎の名無しさん(>>25への返信)
やらなかった、が一番あり得ると思ってる。当時すでに家族が分かっていたなら、公開して呼びかける理由がない。そう考えると、身元不明なのは「誰も知らなかったから」ではなく「知っていた人たちがみんな先に死んでしまったから」ということになる。そっちのほうがよほど切ない。

27. 謎の名無しさん
本の書評が二人を「若い恋人同士」と書いた、それだけのことが、以後ずっとこの二人の紹介文になっている。誰かが軽い気持ちで書いた一行が、名前のない二人の人生の要約として100年近く独り歩きしてしまう。姉と弟だったかもしれないし、近所の子同士だったかもしれないのに。

28. 謎の名無しさん
身元不明者の事件はいくつも読んできたけど、たいていは「いつ亡くなったか」だけは分かっている。名前が無くても、日付はある。この二人はそれすら無い。30年幅のどこか、としか言えない。名前も、日付も、どこの誰なのかも無い。残っているのは、写真に写った服装だけ。ここまで何も無い例は、そう多くないと思う。

29. 謎の名無しさん
現実的な話をすると、誰かがロサンゼルス・タイムズの1932年から1938年を、「ダイナマイト」「爆発」「ダム」あたりの語で片っ端から当たっていくしかないと思う。地味だし、外れたら年代を広げてやり直し。でも、この手の事件が解決するときって、たいていそういう作業の果てなんだよね。有志が分担すれば、そこまで無茶な量でもない気がする。

30. 謎の名無しさん
仮に永遠に分からないままだとしても、この二人が実在した子供で、あの日どこかへ出かけて、そのまま帰らなかった——それを覚えている人がいるというだけでも、意味はあると思う。名前を呼んであげられないのは残念だけど、少なくとも「名無し」のまま忘れられてはいない。今のところ、我々にできるのはそれくらいだ。

未解決の謎

この事件の核心は、爆発そのものではない。「記録が無い」ということのほうだ。ロサンゼルス郡でダイナマイトによって子供が2人亡くなったなら、それは間違いなくニュースになったはずで、警察の書類にも残ったはずで、家族が遺体を引き取ったはずだ。にもかかわらず、そのどれもが確認できない。残っているのは、ある刑事が個人的に貼り集めた、日付のない2枚の写真だけである。

だからこの事件には、二段構えの謎がある。ひとつは「二人は誰だったのか」。もうひとつは、もっと厄介な「そもそもこの話は本当にあったのか」。写真が別々の出来事のものだったなら、カリフォルニアで起きた出来事ですらなかったなら、我々が90年以上探している「ダイナマイトで亡くなった二人の子供」という事件そのものが、存在しなかったことになる。

それでも確かなことがひとつある。写真には、実在した2人の子供が写っている。彼らには名前があり、家族がいて、その日どこかへ出かけていった。ただ、その名前が我々の手元に届いていないだけだ。おそらく彼らの名前は、いまもどこかの新聞のマイクロフィルムか、郡の書類か、墓地の台帳の中に眠っている。誰も、まだそこにたどり着いていない。

100年近く、誰にも名前を呼ばれないまま。それがこの二人に起きた、いちばん静かで、いちばん重い出来事なのかもしれない。

出典:r/UnresolvedMysteries 元スレThe Doe Network: Case File 225UFCA

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