1995年5月18日、カナダ・トロント東部のダンフォース※で、解体作業にあたっていた作業員が建物の床下から女性の白骨遺体を見つけた。遺体は1949年に打たれたコンクリートの層の下に、意図して埋められた状態だった。誰なのか、いつからそこにあったのか、何ひとつ分からないまま、彼女は「ダンフォースの女性」と呼ばれ続けることになる。それから30年。2026年7月27日、トロント警察は記者会見を開き、ついに彼女の名前を公表した。
※ ダンフォース:トロント東部を東西に走るダンフォース通りと、その沿線一帯を指す地区名。今回の現場はコクスウェル通りとの交差点付近にあたる。
事件の概要
🗓️ 殺害時期:1936年4月ごろ(遺体の発見は1995年5月18日)
🌫️ 場所:カナダ・オンタリオ州トロント、ダンフォース通りとコクスウェル通りの一帯
👤 被害者:メアリー・マクラウド・モファット(1905年スコットランド生まれ、当時31歳)
🔍 状況:1949年に打設されたコンクリートの下に埋められた状態で発見。ハンマーのような凶器による6か所の損傷が死因と判断された
🕯️ 結末:2026年7月27日にトロント警察が身元を公表。加害者とみられる夫は1985年に死亡しており、立件は不可能
白骨化した遺体が出てきたのは、建物の床を支えるコンクリート層の真下だった。そのコンクリートが打たれたのは1949年。少なくとも46年間、彼女は誰の目にも触れずにそこにいたことになる。発見当時の捜査陣に残されていたのは、性別といくつかの身体的特徴だけだった。彼女はジェーン・ドウ※として登録され、情報提供の呼びかけが何度も繰り返されたが、名乗り出る家族は最後まで現れなかった。
※ ジェーン・ドウ:英語圏で身元不明の女性を指す慣用的な呼び名。男性の場合はジョン・ドウと呼ばれる。
判明している事実
1949年のコンクリート層の下
遺体は偶然そこにあったのではなく、意図して埋められていた。上を覆っていたコンクリートは1949年に打たれたもので、1995年に解体工事が入るまで、誰もその床下を掘り返してはいない。
死因は6か所の鈍器損傷
鑑定の結果、ハンマーのような凶器による6か所の損傷が確認され、これが死因と判断された。事故や病死の線は当初から除外されている。
DNAは2022年提出・2024年取得・2026年一致
2022年に改めてDNA鑑定へ回されたものの、遺体の劣化が激しく、プロファイルの取得は何度も失敗した。使えるDNAプロファイルが得られたのは2024年。照合で一致が出たのは2026年である。骨が土の下にあった時間を思えば、取れたこと自体が薄氷の結果だった。
被害者はメアリー・マクラウド・モファット
1905年にスコットランドで生まれ、1913年に家族とともにカナダへ渡った女性だった。警察は歴史資料、親族への聞き取り、埋められていた現場に残されていた証拠を突き合わせ、殺害時期を1936年4月ごろまで絞り込んでいる。
夫は改名して別の人生を送っていた
加害者とみられるのは夫のアンドリュー・ロイド・モファット。事件のあと、彼は遺体が埋められた場所のすぐ隣でタイヤ商を開いている。その後は複数回の結婚を重ね、ドレイク・ロイド・カミングスという別名を名乗って米国とカナダ・バンクーバーで暮らし、1985年に死亡した。遺体が見つかるちょうど10年前である。警察は会見で「生きていれば殺人罪で起訴していた」と明言した。
主な仮説
身元が判明する前、この遺体をめぐって立てられていた見立ては、大きく4つに整理できる。いま並べ直してみると、当たっていたものと外れていたものがきれいに分かれる。
仮説1:1949年のコンクリート打設に合わせて隠された
最も素直な読み方だった。床を作る工事があり、そのタイミングで下に入れて封じてしまえば、まず出てこない。工事関係者か、少なくとも工事現場に自由に出入りできる人物が犯人だ、という筋書きになる。ただし実際の殺害時期は1936年4月で、コンクリートが打たれるまでには13年の開きがあった。この仮説は時系列で外れた。
仮説2:先に埋められていた遺体が、後年の工事でたまたま覆われた
解体現場から出る古い遺体では珍しくない形だ。浅く埋めておけば、その後の基礎工事の下見でも引っかからずに済んでしまう。法医人類学※の現場では同種の事例が実際に扱われており、今回も13年間どこかに隠し続けたのではなく、早い段階で現地の地面に埋められていた可能性は残る。
※ 法医人類学:骨や遺体の形態から性別・年齢・生前の損傷などを読み取る学問分野。身元不明遺体の同定や、埋められた状況の推定に用いられる。
仮説3:探す家族が国内にいなかったから届け出が出なかった
30年間まったく照会が来なかったことから、身寄りが海外にいる移民ではないか、という見方は成り立っていた。実際に彼女は1913年にスコットランドから渡ってきた移民の一人である。ただし家族も一緒にカナダへ移っているので、「国内に誰もいなかった」わけではなかった。
仮説4:公的記録に残りにくい立場の女性だった
失踪者リストに載っていない以上、そもそも届け出をする人間がいなかったのだろう、という推測である。結果的にこれが最も核心に近かった。彼女には夫がいた。本来なら真っ先に届け出るべき立場の人物が、そのまま加害者とみられる人物だった。だから90年間、誰も彼女を探さなかった。
海外の反応
1. 謎の名無しさん
1936年の殺人が2026年になって決着したというのが、まず信じられない。被疑者はとっくに死んでいて、起訴も判決も出ない。それでも最後まで詰めきったトロント警察のチームには素直に頭が下がる。
2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
有罪判決という分かりやすい成果が絶対に出ないと分かったうえで、人員と時間を割く判断ができる組織はそう多くないと思う。名前を返すためだけの捜査だ。
3. 謎の名無しさん
殺されたのが1936年4月で、コンクリートが打たれたのは1949年。この13年間、彼女はどこに置かれていたんだろう。読んでからずっとそこが引っかかっている。
4. 謎の名無しさん
13年ずっとどこかに隠していたと考えると相当おそろしい話だが、必ずしもそうとは限らないんじゃないか。別の説明も十分に成り立つ気がする。
5. 謎の名無しさん(>>4への返信)
法医人類学の訓練を受けていたころ、1920年代に建てられた家の解体現場で出た遺体を扱ったことがある。ヴィクトリア朝末期のもので、基礎工事の下見では見つからない程度の浅さに埋められていた。今回も先に土へ埋められていて、後からスラブで覆われただけという可能性は十分あると思う。
6. 謎の名無しさん
殺害のあと、夫が遺体のすぐ隣でタイヤ商を始めたという一文が一番こたえた。何十年も、毎日そこへ通っていたことになる。
7. 謎の名無しさん
情報提供を呼びかけていた頃の資料に「特徴的な歯の所見」と書かれていたけれど、具体的には何だったんだろう。以前から気になっていた。
8. 謎の名無しさん(>>7への返信)
上顎に部分入れ歯が入ったままだったらしい。ただ発表からまだ日が浅いので、細かい所見が出てくるのはもう少し先になると思う。
9. 謎の名無しさん
DNAの経過が分かりにくかったので整理すると、2022年に再提出、劣化がひどくて何度も失敗、2024年にようやく使えるプロファイル、2026年に照合が一致、という三段構えらしい。
10. 謎の名無しさん
60年近く土とコンクリートの下にあった骨から、そもそもプロファイルが取れるのかというのが自分の最初の感想だった。取れたこと自体がかなりの技術だと思う。
11. 謎の名無しさん(>>10への返信)
2022年に出して2024年にやっと形になった、という経過が劣化の度合いを物語っている。一回で結果が出るような状態ではなかったということだ。
12. 謎の名無しさん
21歳で亡くなったのか。この先の人生が丸ごとあったはずの年齢で、しかも90年間ずっと名前すら分からないままだったというのがつらい。
13. 謎の名無しさん(>>12への返信)
本文にスコットランドで生まれたのが1905年、殺害されたのが1936年4月とあるから、31歳では。
14. 謎の名無しさん(>>13への返信)
訂正ありがとう、単純に計算を間違えていた。31歳でも十分すぎるほど若いことに変わりはないけれど。
15. 謎の名無しさん
メアリー、どうか安らかに。90年かかっても、あなたは名前のない人ではなくなった。この発表を聞ける親族がまだ生きているといい。
16. 謎の名無しさん
同じ発表の中で、2004年に高速道路の車両火災の現場で見つかったもう一人の身元不明女性も特定されたと出ている。こちらも2022年に見直された案件だそうだ。
17. 謎の名無しさん(>>16への返信)
そちらは火による損傷が激しく死因が特定できなかったと発表文にある。身元が分からないままでは、死因を追う捜査そのものが組み立てられない。名前が戻ったのはせめてもの救いだと思う。
18. 謎の名無しさん
当時の有罪判決に並んだ罪名を見ると、暴力的な犯罪だと法廷で証明しきれなかったのだろうと思う。関係者がおおよそ察していても、合理的な疑いを超えて示せなければ問えない。
19. 謎の名無しさん
夫が別名を名乗って米国とバンクーバーで暮らしていた、というくだりが一番こわい。名前さえ捨てれば消えられた時代だったんだな。
20. 謎の名無しさん
しかも結婚を何度も重ねている。あとから来た相手は、彼が何をしてきた人間なのか一切知らないままだったことになる。
21. 謎の名無しさん(>>20への返信)
1985年に亡くなるまで、殺害から数えて50年近くある。その長い年月のあいだに本当に何も起きなかったのかどうか、そこが気になってしまう。
22. 謎の名無しさん
警察が「生きていれば殺人罪で起訴していた」と言い切ったのが印象に残った。単なる心証ではなく、そこまで証拠が揃っているという宣言に聞こえる。
23. 謎の名無しさん
30年間「ダンフォースの女性」と呼ばれてきた人が、メアリー・マクラウド・モファットという名前を取り戻した。この一点だけでも捜査を続けた価値はあったと思う。
24. 謎の名無しさん(>>23への返信)
身元不明のままだと、墓碑に刻む名前すらない。名前が戻るというのは、そういうきわめて具体的な話でもあるんだよな。
25. 謎の名無しさん
1913年に家族とスコットランドから渡ってきたとある。移民一世は本国側と移住先の両方に記録が散らばるので、たどるだけでも相当な作業だったはずだ。
26. 謎の名無しさん
当時の記録と親族への聞き取りを突き合わせて「1936年4月」まで絞り込んだというのが、DNAだけでは絶対に出せない仕事だと思う。地味だけどここが一番すごい。
27. 謎の名無しさん
1995年の発見時点で、夫はすでに10年前に死亡していた。あと十数年早く技術が追いついていたら、本人を法廷に立たせられたかもしれない。
28. 謎の名無しさん(>>27への返信)
1995年当時の技術では、あの状態の骨から個人を割り出すのはまず無理だったと思う。2022年に出して2024年にやっと、という経過を見る限りは。
29. 謎の名無しさん
解体作業員が見つけたというのがまた重い。あの工事がなければ、彼女はいまも建物の下のままだった。偶然に頼らないと表に出てこない遺体が、まだいくつも眠っているんだろう。
30. 謎の名無しさん(>>29への返信)
同感。古い建物の解体が進むたびに、こういう発見がまた出てくるはず。90年前の事件でも名前を戻せると分かった以上、他の身元不明案件にも望みはある。
未解決の謎
加害者とみられる人物の名前も、被害者の名前も出そろった。それでもこの事件は、すっきり終わった話にはならない。
なぜ90年間、誰も彼女を探さなかったのか
1936年に31歳の女性が忽然と消えている。にもかかわらず、失踪の届け出も捜索の記録も表に出てこなかった。夫は同じ街に留まり、遺体のすぐ隣で商売を始め、その後も普通に生活を続けている。彼女の不在を周囲にどう説明していたのか、誰も疑問を持たなかったのか。当時の記録が残っていない以上、ここは推測で埋めるしかない。
13年の空白
殺害は1936年4月ごろ、コンクリートが打たれたのは1949年。この13年をどう考えるかで、事件の絵はかなり変わる。ずっとどこかに置かれていたのか、それとも最初から現地の地面に埋められ、後の工事でたまたま封じられただけなのか。警察は現場に残されていた証拠から時期を絞り込んだと説明しているが、その間の遺体の所在についてまで明言してはいない。
名前が戻ったあとに動くもの
アンドリュー・ロイド・モファットは1985年に死亡しており、刑事手続きはもう起こらない。ただし彼は名前を変え、複数回の結婚を重ね、米国とバンクーバーにも生活の跡を残している。別名で過ごした年月のなかに、まだ表に出ていないものがあるのかどうかは分からない。トロント警察は同じ会見で2004年の身元不明女性の特定も発表しており、古い案件の見直しは続いている。メアリー・マクラウド・モファットに名前が戻ったことは、その作業の終わりではなく、途中経過のひとつにすぎない。
出典:r/UnresolvedMysteries 元スレ / トロント警察 プレスリリース / Beach Metro Community News

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