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【1931年】存在しない住所への呼び出し——リバプール・ウォレス事件95年の謎

【1931年】存在しない住所への呼び出し——リバプール・ウォレス事件95年の謎 未解決事件

1931年1月20日、英国リバプール郊外アンフィールド地区。保険集金人ウィリアム・ハーバート・ウォレスが帰宅すると、妻ジュリアが居間の暖炉前で頭を粉砕されて死んでいた。前夜、彼が通うチェスクラブに「クォルトラフ」と名乗る謎の男から電話が入り、翌晩7時半に存在しない住所「メンラブ・ガーデンズ・イースト25番地」へ来てほしいと指示。その指示で家を空けた数時間のうちに、妻は撲殺された。容疑者は事実上、夫ウィリアム1人。だが彼の衣服には血痕がなく、凶器は見つからず、犯行時間はギリギリ可能なだけの18分間——。アガサ・クリスティ、レイモンド・チャンドラーまでが取り上げた「英国古典whodunnit」の代表格として、95年経った今も推理小説愛好家を悩ませ続ける完全犯罪である。

※ チェスクラブ:ウィリアムが通っていたのはリバプール中央チェスクラブ。週2回、市内のコトル・カフェで例会が開かれていた。当時の英国では中産階級の社交場として根付いており、上流志向の労働者にも人気があった。

事件の概要

🗓️ 発生日:1931年1月20日(火)午後6時45分〜8時30分頃

🌫️ 場所:英国リバプール、アンフィールド地区ウォルバートン・ストリート29番地

👤 被害者:ジュリア・ウォレス(戸籍上69歳、結婚証明書では推定52歳)

🔍 状況:自宅居間にて鈍器で頭部を11回殴打され死亡。血痕は天井近く2メートル超まで飛散

🕯️ 発見/結末:午後8時45分頃、夫ウィリアムが帰宅し発見。隣人ジョンストン夫妻立ち会いのもと通報。夫が逮捕されるも控訴審で異例の無罪確定、真犯人は今も不明

事件の前夜、リバプールはひどい霧と豪雨、そしてインフルエンザの流行で街全体が沈んでいた。アンフィールド一帯では「アンフィールド・ハウスブレイカー」と呼ばれる連続空き巣も出没中で、住民の不安は高まっていた。そんななか、ウィリアムが家を空けた夜に妻ジュリアは撲殺された——前夜の謎の電話、不在を作るかのような遠出指示、存在しない住所、そして血一滴付いていない夫。それぞれの要素が単体では説明可能でも、組み合わせると人為的に過ぎる、と当時から議論を呼んだ。

判明している事実

電話の発信元は自宅から400ヤード
「クォルトラフ」を名乗る男がコトル・カフェに電話をかけたのは午後7時20分。後の捜査で、発信元は自宅からわずか400ヤード(約365メートル)のロチェスター通りとブレック通り角の公衆電話と判明した。電話交換手3名が「教養のある声、北部訛りはなく『カフェ』の発音が綺麗」と一致して証言している。

※ ボタンA/Bの公衆電話:当時の英国公衆電話は通話成立時にボタンA、不成立時にボタンBを押す方式。発信者がボタンAを押したと主張しつつ実際にはBを押した「ボタンA錯誤」が交換手の記録に残っており、これが偶然なければ通話履歴は永遠に追跡不能だった。

血まみれの現場、血一滴ない夫
ジュリアの遺体は左耳裏に致命傷を受け、頭蓋骨が割れて脳組織が露出。返り血は壁を伝って7フィート(約2.1メートル)の高さまで達していた。にもかかわらず帰宅直後のウィリアムの衣服・体・浴室・タオル・排水管にベンジジン試験を施しても、血痕反応は完全にゼロだった。

凶器は永遠に不明
家から鉄製の火かき棒と鉄棒2本が消えていたと家政婦サラ・ドレイパーが証言したが、近隣を何日も浚っても発見されず。ウォレス家の暖炉前は普段から複数の鈍器が置かれており、犯人が即興で使い、持ち去ったと考えられている。

奪われたのは4ポンドだけ
ウィリアムが集金した保険料を入れていた茶筒型の金庫は、7フィートの戸棚の上から下ろされ、ドアが破壊されていた。しかし手付かずで残された4ポンド超の現金、ジュリアの宝飾品、コルセットに隠された1ポンド札——どれも盗まれていない。窃盗を装った偽装説の根拠となっている。

犯行時間は最大18分
牛乳配達の少年アラン・クローズが午後6時30〜45分にジュリアと言葉を交わし、ウィリアムは7時06分にスミスダウン・レーンの停留所で目撃。「アンフィールド・ハリアーズ」と呼ばれた巡査隊の徒歩実験で、自宅を最遅で6時49分に出ても電車に間に合うと判明。残された18分間で52歳・腎臓1つの病弱な男が撲殺と血痕処理と凶器隠匿を完遂できたか——これが裁判の最大の争点となった。

主な仮説

仮説1:夫ウィリアムによる単独犯行

警察が逮捕に踏み切った筋。クォルトラフの電話自体をウィリアムが偽装し、自分宛のメッセージを残させて翌晩のアリバイを構築。帰宅後ジュリアを裸で撲殺し、グレーのマッキントッシュを盾代わりに使って血を防ぎ、すぐに洗ったというシナリオ。一審で陪審が死刑判決を出したものの、控訴院が「合理的疑いを排除できない」として異例の無罪を言い渡した。

仮説2:第三者を雇った代理殺人

近年の論者に支持の多い説。ウィリアム自身は綿密なアリバイを作り、実行犯(同僚あるいは知人)にジュリアの殺害を依頼したというもの。これなら病弱な彼が現場にいる必要はなく、血痕ゼロも凶器消失も説明がつく。クォルトラフの「カフェ」という発音の上品さも、保険業界の同僚なら符合する。

仮説3:強盗の偶発犯行

当時アンフィールドを荒らしていた連続空き巣「アンフィールド・ハウスブレイカー」、もしくは保険集金人ウィリアムを狙った計画的強盗が、想定外にジュリアと鉢合わせて殺害したという説。だが奪われた額が4ポンドのみ・宝飾品手付かず・正面玄関に押し込み形跡なしなど、強盗としては不自然な点が多い。

仮説4:ジュリアの過去関係者

ジュリアの実年齢を17歳も偽っていたこと、家族と疎遠で結婚式にも葬儀にも誰も来なかったこと、父親の職業や母親の出自まで作り変えていた——彼女の隠された過去から「もう一人」が現れた可能性。地味な中産階級主婦の顔の裏で何を隠していたのか、ウィリアム自身も把握していなかった節がある。

海外の反応

1. 謎の名無しさん
素晴らしい解説、ありがとう。この事件、最初に読んだ時すぐに法廷記録まで遡ってしまった一作。あなたと同じ結論に辿り着いたかどうか、Part 2が楽しみすぎる。

2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
分かる。この事件は「読み物としての面白さ」と「実際の謎としての深さ」が両立してる稀有なケース。ドロシー・L・セイヤーズやP・D・ジェイムズが筆を執るのも納得。Part 2まで待てない。

3. 謎の名無しさん
私の書いてきた事件まとめより遥かに長い……しかも自分が知らなかったディテールまである。実は私、リバプールに行った時にタクシー運転手がわざわざ遠回りしてウォレス邸を見せてくれた。地元では今も語り継がれてるんだなと感心した。

4. 謎の名無しさん
ウィリアムが家にいる頃に元同僚アルフレッド・メイザーって人物が彼を「冷酷で計算高く、邪悪な気質の男」と評していた一方で、なぜか「メンラブ・ガーデンズ・ウェスト25番地」の住人もリチャード・メイザー夫妻だった。このメイザーつながりが偶然にしては出来すぎている。Part 2でこの線、深掘りされる?

5. 謎の名無しさん(>>4への返信)
それは私もずっと気になってた。アルフレッド・メイザーとリチャード・メイザーは血縁関係なしという公式見解だけど、ウィリアム自身が獄中日記で「別の元同僚への疑念」を綴ってたのが本当に気持ち悪い。

6. 謎の名無しさん
ジュリアという人物そのものが本当にミステリー。年齢を17歳サバ読み、両親の職業も出自も改竄、兄弟姉妹の存在を夫にすら隠してた。そういう人間の過去には普通、何かある。私は「ジュリアの隠された家族」の線が一番怪しいと思ってる。

7. 謎の名無しさん(>>6への返信)
17歳サバ読みって物理的に隣で寝起きしてた夫がなぜ気付かないの……結婚時点で53歳の女性と36歳の男性、肌や姿勢で気付くだろ普通。40代に入ったらもっとボロが出るのに。

8. 謎の名無しさん
セイヤーズが『The Anatomy of Murder』に寄稿した分析を読んだことがあるけど、彼女の結論は「ウォレスは絶対に殺してない、不可能」だった。当時の推理小説家コミュニティでは無罪説が主流だった点、もっと知られていい。

9. 謎の名無しさん
夫を信じた隣人と、冷淡だと感じた医療関係者で評価が真逆なのが気になる。私は医療関係者の証言を重視する派。具合が悪い時って人間関係の地金が出るし、隣人は「外面」しか見てない。

10. 謎の名無しさん(>>9への返信)
それは公平な観察。とはいえ20年隣に住んでた家族(ジョンストン夫妻)が「一度も口論を聞かなかった」のも事実として重い。両方が真実かもしれない——「対外的に取り繕う夫婦」は珍しくない。

11. 謎の名無しさん
電車運転手と検査員に4回も「メンラブ・ガーデンズ・イースト行きですか?」と確認したエピソード、これがアリバイ作りに見えるか不安症の表れに見えるかで読者の立場が分かれる。私は不安症派。腕時計をしてるのに警官に時間を聞いた件も、自分の時計が正しいか確認しただけだろう。

12. 謎の名無しさん(>>11への返信)
いや無理ある。腕時計を装着してて警官にわざわざ時刻確認するのは普通やらない。「7時45分です」と警官の口から言わせたかったとしか思えない。

13. 謎の名無しさん
私は「夫が誰かに依頼した」説。実行犯はジュリアと面識のある人物(だから玄関を開けてもらえた)、おそらく保険業界の同僚。ウィリアム本人には体力も時間もないが、依頼主としてアリバイを完璧に固める能力はあった。

14. 謎の名無しさん
妻の遺体を発見した直後にキャッシュボックスをチェックして「4ポンド盗まれた」と隣人に説明する夫——これがどうにも気持ち悪い。普通、奥さんの脳が露出してる現場で金庫の中身まで把握してる?「強盗が動機です」とアピールしたかったようにしか見えない。

15. 謎の名無しさん(>>14への返信)
これ、犯罪心理学でよく指摘されるパターン。無実の人間は混乱して「何が起きたか分からない」と狼狽するが、犯人は「これは強盗です」と物語を即座に語り始める。ウィリアムの初動は後者に近い。

16. 謎の名無しさん
当時のリバプール警察の現場保全がひどすぎる。証拠採取前にトイレを流す刑事って何?牛乳でジュリアの猫に餌までやってる。死亡推定時刻の確定材料を自ら潰してる。

17. 謎の名無しさん
マクフォール教授が直腸温ではなく死後硬直で死亡時刻を推定した判断が痛恨。直腸温なら誤差30分以内だったのに、死後硬直は1時間以上ズレうる。「午後8時死亡」という推定がなければ起訴自体が成立しなかった可能性もある。

18. 謎の名無しさん
コルセットの中に1ポンド札を隠してた件、ジュリアの「金銭への警戒心」が伝わってきて切ない。何を恐れてたんだろう。空き巣?それとも夫?

19. 謎の名無しさん
裏戸を出る時に妻の肩を「ぽんと叩いた」描写、もしこれが脚色だとしたら、わざわざ「最後の優しい接触」を残す筋書きが上手すぎる。事実だとしたら今度は何ともいえない哀しさがある。

20. 謎の名無しさん(>>19への返信)
日記魔のウィリアムなら自分用に「最後の場面」を演出するくらいやりかねない。彼の日記、後の研究者にとって便利すぎるくらい全部書かれてる。狙って残した感がある。

21. 謎の名無しさん
個人的には「ジュリアの過去から来た誰か」説を推す。年齢詐称・家族隔絶・両親の経歴改竄、ここまで人生を作り変える人間には必ず「逃げてきた何か」がある。1931年当時のリバプールに、その「何か」がたまたま追いついた——という可能性は、ウィリアム犯人説より物語として整合する。

22. 謎の名無しさん(>>21への返信)
それだとクォルトラフ電話とウィリアム不在のタイミング一致が説明つかない。仮にジュリアの過去関係者が殺したとしても、その人物がコトル・カフェのチェスクラブ予定まで把握してた合理性が薄い。

23. 謎の名無しさん(>>22への返信)
クラブの予定表は店内の掲示板に何週間も貼り出されてた、と本文に書いてある。電話一本入れて確認すれば誰でも知れた情報だよ。意外とハードルは低い。

24. 謎の名無しさん
ウィリアムが片腎で長年の腎不全持ちって設定、もっと重く受け止めたい。透析もない時代に残った1個の腎臓だけで何十年も生きるって精神的にも肉体的にも消耗する。50代のあの写真の老け方、納得しかない。重労働の集金歩きを続けながら撲殺なんて体力的に無理筋。

25. 謎の名無しさん
近所のバイトの少年(ベイカリーの配達)が「奥さん具合悪そうですね」と声をかけたら「ちょっと気管支炎気味で」と返したというエピソードに、なぜか涙腺やられた。普通の主婦の普通の午後の最後の会話が、その2時間後に殺害につながる。

26. 謎の名無しさん
こんなにも「アガサ・クリスティ的」と評される事件だけど、現実では誰も探偵が真犯人を指差してくれない。逆に小説家たちはこの事件をベースに何作も傑作を生んだ。現実が虚構を養分にする倒錯感、たまらない。

27. 謎の名無しさん(>>26への返信)
レイモンド・チャンドラーがどこかのエッセイで「ウォレス事件は完璧な殺人だ。だがその完璧さこそが夫の犯行ではない証拠だ」と書いてた。あの一文が個人的には今も腑に落ちる。

28. 謎の名無しさん
控訴院が陪審判決をひっくり返した1931年5月のあの判決、英国法制史でも極めて稀な事例。「合理的疑いの基準」の運用基準を作り直すきっかけになった。ウィリアムは無罪になっても残り人生2年で病死してる。社会的には完全に終わってた。

29. 謎の名無しさん
帰宅時に正面玄関も裏口も鍵が開かなかったという描写、ここに何かトリックを仕込みたい気持ちは分かるけど、実際は隣人を呼んでから「あ、開いた」となってる。これも「目撃者を呼んでから家に入る」アリバイ工作なのか、本当に鍵が建付け悪かっただけなのか。判断材料がない。

30. 謎の名無しさん(>>29への返信)
当時のテラスハウスの木製ドア、湿気の多い夜は本当に開けにくくなる。リバプールは港町で常に湿潤、しかもあの夜は豪雨明け。鍵の不調は普通にあり得る範囲。アリバイ工作の方が無理筋に見える、私は。

未解決の謎

ウォレス事件は95年が経過した今も「英国推理史上もっとも完璧な不可能犯罪」として残り続けている。1931年に死刑判決が下り、控訴院で覆り、ウィリアム自身も2年後に病死。Part 2で扱われるはずの「真犯人候補」——ウィリアムが獄中日記で名指しを匂わせたとされる元同僚パーキンス、あるいはジュリアの隠された過去から立ち現れる第三者——いずれも決定打のないまま歴史の中に溶けていった。

もっとも腑に落ちる説は今もって「ウィリアムが第三者に依頼した代理殺人」だが、これとて物的証拠は皆無。逆に「ウィリアム単独犯行」を否定する材料——血痕ゼロ、凶器消失、片腎の病弱な体——は揃いすぎていて、彼を犯人と断じるには合理的疑いが残りすぎる。控訴院の判断は法的には正しかった。

そして残るのは、人生の半分を年齢詐称と家族秘匿で過ごしたジュリアという女性の正体である。なぜ17歳もサバを読んだのか、なぜ兄弟姉妹を夫に隠したのか、なぜ実家との縁を切ったのか。彼女が何から逃げていたのかを誰も解明できなかったまま、その「過去」がリバプールの霧の夜に追いついた可能性は、95年経った今も否定しきれない。Part 2では真犯人候補の検証へ進むが、結論を急ぐ前に——この事件最大の謎は、被害者ジュリア・ウォレス本人だったのかもしれない。

出典:r/UnresolvedMysteries 元スレWikipedia: William Herbert WallaceWikipedia: R v Wallace