1988年10月、中国・陝西省の西安(せいあん)市。幼稚園からの帰り道、父親は2歳8か月の息子に水を飲ませようと、小さなホテルに立ち寄った。もらった水を冷ましていた1〜2分のあいだに、息子は姿を消した。母親の李静芝(リー・ジンジー)さんは、それから32年間、息子を捜し続けた。
2020年5月、息子の毛寅(マオ・イン)さんは西安から600キロ以上離れた四川省で見つかり、母と子は警察の建物で再会した。李さん本人に取材した英BBCの記事「32年かかったけれど、誘拐された息子をついに見つけた」は、海外掲示板のRedditで紹介され、約3500の支持と220件を超えるコメントを集めた。元の投稿は記事の冒頭を貼ったものなので、ここではBBCのほか、中国の公安部※の発表を伝えた現地の報道などと突き合わせて経緯を整理し、海外の反応を紹介する。連れ去った人物についての発表は、いまも確認できていない。
※ 公安部:中国の中央政府で、警察を管轄する官庁。
事件の概要
🗓️ 発生日:1988年10月17日
🌫️ 場所:中国・陝西省西安市の西大街にあるホテルの入口
👤 連れ去られた子:毛寅(マオ・イン)さん(当時2歳8か月)。母は李静芝(リー・ジンジー)さん(当時28歳)、父は毛振平(マオ・ジェンピン)さん
🔍 状況:父親が幼稚園から連れ帰る途中、水をもらいに寄ったホテルで、目を離した1〜2分のあいだにいなくなった
🕯️ 結末:2020年5月、四川省で暮らしていることが分かり、同月18日に西安市公安局で両親と再会した。連れ去った人物についての発表は確認できていない
毛寅さんは、李さん夫婦のただ1人の子だった。当時の中国は一人っ子政策※のさなかにあった。李さんは息子を「嘉嘉(ジアジア)」という愛称で呼び、朝は夫婦で幼稚園へ送り、仕事が終わると迎えに行って一緒に遊んだ。1歳半のころ、動物園で虫を見つけた息子が「ママ、虫!」と指さし、つまんだ虫を顔に近づけてきた日のことを、李さんはいまもはっきり覚えているという。
※ 一人っ子政策:夫婦が持てる子どもの数を原則1人に制限した中国の政策。1979年に導入され、2015年に廃止が決まった。
BBCは、一人っ子政策が男の子の連れ去りを増やす一因になったとみられている、と書いている。買うのは、子どものいない夫婦や、娘はいるが息子のいない夫婦が多いという。
判明している事実
水を冷ましていた1〜2分のあいだに消えた
公安部の発表を伝えた中国の報道によると、毛寅さんは1988年10月17日、西安市の西大街にあるホテルの入口で連れ去られた。李さんがBBCに語ったところでは、父親は幼稚園へ迎えに行った帰り、息子に水を飲ませようと、小さなホテルに寄った。水を冷ますために目を離したのは「ほんの1〜2分」(中国中央テレビ=CCTVは「2〜3分」)。振り向くと息子はいなかった。中国紙の新京報は、広さ20平方メートルほどの小さな店で、泣き声ひとつ聞こえなかったと書いている。日本語で配信された記事は、この店を「レストラン」としている。李さんはこの日、出張で西安を離れていて、「家で急ぎの用あり、すぐ戻れ」という電報で呼び戻された。
ビラ10万枚、訪ねた省は10、外れた手がかりは300件以上
BBCによると、李さんは息子の写真を載せたビラを10万枚刷り、西安の駅やバスターミナルで配った。当時は、子どもが連れ去られて売られることがあるとは知らなかったという。似た男の子を引き取った夫婦がいると聞けば、長距離バスを乗り継いで農村まで確かめに行った。外れに終わった手がかりは、32年間で300件を超える。
捜し方は報道によって少し違う。各国の報道の多くは、李さんが仕事を辞めて捜索に専念したとしている。一方、李さん本人はBBCに、金曜の午後に仕事を終えると列車で周りの省へ向かい、日曜の夜に戻って月曜からまた働いた、と話した。訪ねた省は10(中国の報道には「20あまり」、ビラは「数十万枚」とするものもある)。夫婦は一緒に捜したが、ほかの話をほとんどしなくなり、4年後に離婚した(新京報は「5年後」)。
自分の息子より先に、29人の子を家族のもとへ帰した
捜すうちに李さんは、同じ境遇の親が各地にいることを知り、互いの子のビラを送り合って貼るようになった。息子が消えて19年がたった2007年には、行方不明の子と家族を結ぶサイト「宝貝回家(Baby Come Home)」のボランティアになった。BBCによれば、こうした活動を通じて約20年のあいだに29人の子どもを親と引き合わせている。息子が見つかったあとには、「29人の子が家族を見つける手助けをしてきて、自分の息子まで見つかるなんて信じられない」と話した(米CBSなど)。中国の警察発表は、李さんの情報で見つかった子を「4人」としており、人数は数え方で幅がある。
2020年4月の情報提供から、顔写真の照合とDNA鑑定へ
公安部の発表によると、この事件は2009年に公安部が直接監督する案件になり、西安市公安局の専従の捜査班が13の省や市で手がかりを確かめてきた。動いたのは2020年4月の末。「四川省の人物が何年も前に、6000元を払って西安の子どもを引き取った」という情報が西安の警察に入った。対象を絞り込むと、四川省綿陽(めんよう)市の男性が毛寅さんによく似ていた。CNNがCCTVの報道として伝えたところでは、警察は幼いころの写真から成人後の顔を推定し、全国のデータベースと照らし合わせた。照合の詳しい方法は明らかにされていない。
BBCの説明は少し違う。4月に李さんのもとへ、昔西安から連れて来られた男性がいるという話と、その男性の成人後の写真が届き、李さんが警察に渡した写真から顔認証で本人が割り出された、としている。BBCとCCTVによれば、男性が暮らしていたのは省都の成都だった。情報を寄せた人物は、名前を出さないことを望んでいるという。
男性はDNA鑑定を受け、結果は一致した。5月10日、母の日に、李さんは警察から「毛寅が見つかった」と知らされる。5月18日午後、西安市公安局の会場で、扉から入ってきた毛寅さんは「お母さん!」と叫んで駆け寄り、李さんの腕に飛び込んだ。父親も加わり、3人で泣いた。
6000元で売られ、別の名前で育っていた
西安市公安局の発表によると、毛寅さんは四川省の子どものいない夫婦に売られ、その家の子として育てられた。BBCは、売られたのは連れ去りの1年後で、金額は6000元だったと伝えている(2020年のレートで、BBCは約840ドル、日本語の配信記事は約9万円と換算)。育ての家では別の名前で呼ばれ、きょうだいはいなかった。本人は4歳より前のことを何も覚えておらず、連れ去られた子だとは知らずに大きくなった。大学を出て内装の仕事に就き、結婚している。数年前にはテレビで李さんを見て、映っていた息子の写真が子どものころの自分に似ていると感じたが、自分のことだとは結びつかなかったという。
警察は、育ての親について詳しいことを明らかにしていない。新京報によると、再会の前日、育ての母は西安まで彼を送ってきて、「しっかり暮らしなさい」と声をかけた。李さんは育ての母に対して、息子を育て上げてくれたことへの感謝と、母子を引き離した側の1人だという思いの両方を抱えている、と同紙は伝えている。
再会の場で西安市公安局の局長は、捜査班がいまも事件の発端を調べており、連れ去って売った者を厳しく処罰する、と述べた(新京報)。ただ、その後に逮捕や起訴、判決が発表されたという報道は、2026年10月に調べた範囲では見つからなかった。
主な仮説
仮説1:誰が連れ去ったのか——機会をうかがっていたのか、通りすがりか
公表されている事実は少ない。現場は店の入口で、父親が目を離したのは1〜2分。公安部の発表によれば、警察は発生直後から目撃者や近所への聞き込みを行い、安徽、山東、山西の各省まで手がかりを追ったが、進展は無かった。親子の日課を知ったうえで機会を待っていた人物なのか、たまたま通りかかって、とっさに連れて行ったのか。どちらを裏づける材料も公表されていない。
仮説2:連れ去りから売られるまでの1年に、何があったのか
BBCと新京報によれば、毛寅さんが四川の夫婦のもとへ来たのは、連れ去りのおよそ1年後だった。本人の記憶は育ての家に着いたところから始まっていて、その1年をどこで誰と過ごしたのかは分からない。Redditには、仲介者が養子縁組を装い、事情があって届けを出せない子だと説明したのではないか、とみる書き込みがあった。育てた夫婦がどこまで事情を知っていたのかも、はっきりしない。毛寅さんによれば、育ての親は3歳より前の写真を「引っ越しでなくした」と説明し、誕生日も答えられなかった(新京報)。警察の発表にあるのは「6000元を払って引き取った」という言葉だけで、誰に払ったのかは書かれていない。
仮説3:なぜ32年間、見つからなかったのか
まず、連れ去られたのが2歳8か月で、本人に実の家族の記憶が残らなかった。名前が変わり、身分証の誕生日も実際とは違い、暮らしていたのは西安から600キロ以上離れた土地だった。次に、照合の仕組み。BBCによると、中国政府は2009年に、子を失った夫婦と、自分は連れ去られたのではないかと疑う子の双方が登録できるDNAのデータベースを作り、数千件の解決につながった。ただし、双方が登録して初めて一致が出る。連れ去られたと知らない人は、登録しようと思わない。
仮説4:なぜ2020年に見つかったのか——技術か、1件の情報か
再会を伝える見出しには、顔認証の文字が並んだ。ただ、順番を見ると、最初にあったのは4月末の情報提供である。その話が無ければ、照合する相手を絞れなかった。一方で、手がかりだけなら過去に300件以上あり、どれも外れている。今回は半月ほどでDNA鑑定の結果が出た。1件の情報と、それをすぐに確かめられる技術の両方がそろったのが2020年だった、と見るのが自然だろう。なぜこの時期に情報が出てきたのかは、分かっていない。
海外の反応
1. 謎の名無しさん
ハッピーエンドのはずなのに、読んでいてつらかった。32年間苦しみ続けて、やっと会えた息子は4歳より前のことを何も覚えていない。別の街に自分の家庭があって、連絡は取り合っている……。喜ぶべきなんだろうけど、悲しい。
2. 謎の名無しさん(>>1への返信)
「小さいころに戻って、人生をやり直せないかな」と息子に言ったというところで駄目だった。彼は何年か前にテレビで彼女を見て、写真の子が昔の自分に似ていると思ったのに、自分のことだとは気づかなかったんだよね。
3. 謎の名無しさん(>>1への返信)
当時の男の子が受けた衝撃も、私たちが思うよりずっと大きかったはずだよ。2歳で知らない人に連れて行かれて、どれほど怖かったか。
4. 謎の名無しさん
彼が「お母さん!」と叫んで駆け寄ったというところで、声を出して泣いた。あれが、彼女の望んでいたとおりの再会だったことを願う。
5. 謎の名無しさん
32年たっても、彼女は一度もあきらめなかった。再会できて本当によかったけど、2人が失った何十年かを思うと、胸が締めつけられる。
6. 謎の名無しさん(>>5への返信)
母親というのは、たいていそういうものだよ。あきらめ方を知らないんだ。父親の自分が言うんだから間違いない。
7. 謎の名無しさん
記事によると、彼女はこの20年ほどで29人の子どもを親と引き合わせている。32年の地獄のなかで29の家族を助けて、最後に自分の番が来た。とんでもない人だよ。
8. 謎の名無しさん
再会のあとでさえ、痛みと喪失だらけの話だ。「あの子はもう大人で、自分の生活がある。だから遠くから幸せを祈ることしかできない。息子がどこにいるか分かった。生きている。それで十分」。強くて、思いやりのある人だと思う。
9. 謎の名無しさん(>>8への返信)
「それで十分」を美談として読んでいいのか、自分は迷う。32年かけて取り戻せたのが「遠くから祈る」関係だった、ということだから。
10. 謎の名無しさん
育てた夫婦は、連れ去った側から子どもを「買った」わけでしょう? 買う人がいるから、売る人間が出てくる。親のいない年上の子は大勢いるのに、お金を払って小さな男の子を手に入れた。その身勝手さが理解できない。
11. 謎の名無しさん(>>10への返信)
ただ、家族の一員として迎えられて、きちんと育てられていたと知って、正直ほっとした。連れ去られた子が、もっとひどい目的に使われる例もあるんだから。
12. 謎の名無しさん
一人っ子政策を扱ったドキュメンタリーを見たことがある。連れ去った側が養子縁組の仲介を装って、「届けを出せない2人目の子だ」と説明した可能性もあると思う。
13. 謎の名無しさん(>>12への返信)
知らなかったで済む話かな。6000元を払って、3、4歳の男の子を引き取ったんだよ。事情を聞かなかったのだとしたら、聞きたくなかったんだと思う。
14. 謎の名無しさん
それでも、育ての親をただの悪人として切り捨てる気にはなれない。大学まで行かせて、30年あまり親として暮らしてきたのも事実だ。彼にとっては、いまも親なんだと思う。
15. 謎の名無しさん
息子のこれからが気になる。育ての親を愛しているはずのところへ、自分を愛してくれる親がもう一組現れた。息子が老いた親を支えるのが当たり前の土地柄だとしたら、二組とも支えるんだろうか。余裕が無いとき、どちらを後回しにするのか。
16. 謎の名無しさん(>>15への返信)
中国の新聞には、本人が「いまはとにかく稼いで、母と育ての母の面倒を見たい」と話したと出ていた。どちらかを選ぶつもりは無いんだと思う。
17. 謎の名無しさん
自分の息子が大きくなって、私のことを何も覚えていなかったら……。きっと立ち直れない。考えただけで胸がつぶれそうになる。
18. 謎の名無しさん
見つけた方法がいまだに飲み込めない。手元にあるのは2歳のころの写真なのに、大人になった男性の写真を顔認証にかけて、本人までたどり着いたって? どれだけ大きな顔写真のデータベースがあるんだろう。
19. 謎の名無しさん(>>18への返信)
そこまで難しい話じゃないよ。情報をくれた人から鮮明な写真が届いていたなら、身分証やパスポートの写真のデータベースと突き合わせるだけで済む。
20. 謎の名無しさん
どの見出しも顔認証の手柄のように書いているけど、最初にあったのは人からの情報提供だよ。技術は候補を絞っただけで、扉を開けたのは人の口だったと思う。
21. 謎の名無しさん(>>20への返信)
どちらが欠けても駄目だったんじゃないかな。情報だけなら32年間に300件以上あって、全部外れだった。今回は写真の照合とDNA鑑定で、半月ほどで白黒がついた。
22. 謎の名無しさん
DNAのデータベースは2009年からあったんだよね。そこからさらに11年かかったのはなぜなんだろう。
23. 謎の名無しさん(>>22への返信)
子どもの側も登録しないと一致しないからだよ。彼は自分が連れ去られた子だと知らなかった。知らない人は、検査を受けようとは思わない。
24. 謎の名無しさん
売値は6000元、いまのレートで840ドルくらいだそうだ。その金額で、数え方によっては2人、3人の人生が狂わされた。
25. 謎の名無しさん
親をこれほど長いあいだ苦しみと絶望のなかに置くのは、恐ろしい罪だ。連れ去った人間は、まだ分かっていないんでしょう?
26. 謎の名無しさん(>>25への返信)
連れ去りから売られるまで1年あった、というのが引っかかる。その1年、あの子はどこで誰と過ごしていたのか。
27. 謎の名無しさん
2人ともまだ比較的若いのが救いだ。父親のことも考えてしまう。水を冷ましていた1〜2分を、32年間ずっと背負ってきたんだろうから。
28. 謎の名無しさん
1964年にシカゴの病院で、生後1日の赤ちゃんが看護師の格好をした女に連れ去られた事件※を思い出した。DNA鑑定で本人が見つかったのは2019年、55年後だった。母親はもう高齢で、再会を望んでいると聞いたけど、どうなったんだろう。
※ ポール・フロンチャック事件:2019年、ミシガン州で別の名前で暮らしていた男性が本人と特定された。男性は実の母親と電話で話したが、対面はかなわないまま2020年に亡くなったと伝えられている。
29. 謎の名無しさん
記事の最後で紹介されていた「橋で会いましょう」の話※まで読んで、動画も見てしまった。職場で泣く心の準備はできていなかった。
※ BBCが2017年に公開した映像。生後3日で中国の市場に置いて行かれ、米国で育った女性が、「10年後か20年後に橋の上で会おう」という手紙を残した実の両親と対面するまでを追った。
30. 謎の名無しさん
共有してくれてありがとう。私も、もうすぐ娘に会えると信じている。
未解決の謎
再会のあとも残る問い
息子は見つかった。だが、事件としては終わっていない。誰が、どうやって連れ去ったのか。売られるまでの1年に何があったのか。再会の場で警察は捜査を続けると述べたが、その後の逮捕や裁判を伝える報道は見つからなかった。育ての親が法的にどう扱われたのかも、明らかにされていない。「宝貝回家」を運営する団体の代表、張宝艶(ジャン・バオイエン)氏は再会のころ、子が家を見つけるころには時効が過ぎているおそれがあるとして、連れ去った者の責任を一生問えるようにすべきだと提案した(新京報)。李さんは、32年の苦しみを負わせた者たちが罰せられるのを見たい、と語っている。
母と子のあいだにも、埋まらないものが残った。BBCによると、再会のあと毛寅さんは1か月ほど西安に滞在し、母親と父親の家に交互に泊まった。古い写真を一緒に見返したが、幼いころの記憶は戻らなかった。李さんは息子にこう言ったという。「嘉嘉、昔の姿に縮んで戻れない? あなたは2歳8か月から、ママは28歳から、人生をもう一度やり直すの」。
再会の直後、毛寅さんは報道陣に「正直に言って、先のことはまだよく分からない」と語り(英ガーディアン)、新京報には「いまはとにかく稼いで、母と育ての母の面倒を見たい」と話した。2020年8月の時点では、四川で自分の家庭を持って暮らし、李さんとは毎日メッセージアプリでやり取りをしている。李さんは言う。「あの子はもう大人で、自分の考えも、自分の生活もあります。だから遠くから幸せを祈ることしかできません。息子がどこにいるか分かった。生きている。それで十分です」。その後の2人の暮らしを伝える確かな報道は、確認できなかった。
CNNが新華社を引いて伝えたところでは、2009年に全国規模のDNAデータベースができてから、6300人を超える子どもが家族のもとへ戻った(2020年5月時点)。それでも、自分が捜されていることを知らないまま大人になった人は、いまもどこかで暮らしている。李さんは、家族を捜す人たちの手助けをこれからも続けると話した。Redditのスレッドには、こんな書き込みが残っている。「私も、もうすぐ娘に会えると信じている」。
出典:Reddit r/UnresolvedMysteries/BBC News(2020年8月)/中国公安部の発表(2020年5月)、中国中央テレビ、新京報、澎湃新聞、AFPBB News(中国新聞社配信)、CNN、ガーディアン、CBS News

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